ENDLESS MYTH第3話ー18

18

 意識は潰えようとしていた。土砂降りの雨粒が身体にスライムのようにまとわりつき、鋼のように二ノラ・ペンダースたちの身体を締め上げていた。
 首に纏わりついた雨水は特に、首をねじ切るのではないかというほど、【繭の盾】を縛り切ろうとしていた。
 メシア・クライストは中空をもがくように、掻きむしるかのごとく何かにすがろうとする。
 けれども目の前に立つのは1人と男の、面長い顔である。
 悲しげでもあり、しかしどこか楽しげてもあるそこ顔には、メシアへ対する多くの感情が渦巻いているように見えた。
 転送してきたファン・ロッペンがメシアの前に、雨に打たれながらたたずんでいた。
「君を失うのは心苦しい。お前との日々は実に有意義なものだった。だが、ここで終わる。それもまた有意義なことなんだよ、メシア。分かるかい?」
 水滴に縛られた、芋虫のような彼の姿を凝視して、面長の顔を近づけたファンは、その時ばかりは楽しげに、悪意に満ち溢れた笑みを称えるのだった。
 どうしてこんなことを? そう心中で問うメシアの声はしかし、拗じられた首から出ることはなかった。
 護らなければ!
 雨水の弾丸で貫かれ、鮮血に塗れるオレンジ色の瞳がメシアを見た。が、自分の今の状態ではどうすることもできないことは、自分が最も理解していた。
 二ノラが自らの肉体を獣へと変化させようとしたが、身体を縛る雨水が更に皮膚へ食い込んでくるばかりであった。
「終わりだなぁ、メシア。全部がここで終了だぁ。残念だよ、非常に」
 面長の顔は更にメシアへ近づいてきて、優越感を笑みの上に、メープルシロップのごとく濃厚に乗せた。
 と、その時であった。上空の黒雲から稲妻とともに落下し続ける雨粒が、ふいにその動向を停止すると、中空で白く濁り、塊となって静止した。
 雨水が凍っている。
 ファンが周囲を見回すと、落下するそばから雨水が凝結している様子がすぐにわかった。
 それを目視して、蒼白になったのは、雨水を弾丸とし、刃とし、はたまた金縛りにしているロープへ変化させていた、頬のこけた男である。
 凝結したのは雨水ばかりではない。メシアたちを縛る雨水もまた、氷となり瞬間的に砕け散ったのだった。
 すぐさま面長の男は殺気に気づき、上空へと飛び去った。
 その直後、ファンのいたはずの地面が砕け、ゴリラのような巨大な拳に腕を変化させたニノラの拳が突き立った。
「おっと、あぶない。威勢がいいことだ」
 嘲笑の眼差しが天空から、まさしく獣のように眼が鋭くなった黒人青年へ投げ下ろしていた。
 その背後では部厚い黒雲が明らかな人為的な、超常的な動きで消滅していく。
 それを横目で見たファンは、ニヤリと不敵に笑むのだった。
 敵の能力だということを把握しての、敢えての笑顔であった。
「だから言ったのよ、任せなさいって」
 皮膚が触手のように垂れた種族の女性は、不機嫌そうにファンの横で、苛立ちを口にした。
 それは頬がこけた男も同じらしく、ぎょろりとした瞳を、ファンの面長の顔に投げつけるように向けた。
「始まったばかりではないか。そう焦ることもない。楽しもうではないか、この時を」
 さっきとは真逆の、遊ぶという言葉にメシアは、自らの首を掌でなでながらファンを見上げた。
「メシア。これは果てしなく続く物語の序章だ。お前が生きることで物語は前へ進む。たがお前が死ぬことで物語は終わるんだ。
 これは遊びなんだ、大きな歯車を動かすか壊すかの。お前はその要。お前を殺せば全てが崩れる。だから俺たちはお前を殺すんだ。そう定められて産まれたんだからなぁ」
 眼を剥き出しにしながら、次第に語気を強くしたファンは、まるで自分の知るファンとは違うことに、メシアは驚きの眼差しを向けた。
 それに対して、大きく反応を示したのは、黒人青年、ニノラ・ペンダースである。
 気付いたとき、メシアとニノラの周囲には、多くの人影がある。異世界から抜け出してきたイラートたちが、転送して来ていた。
「お前たちが要を外す定めなら、俺たちは要を護る。絶対にメシアは殺させない。この身体の細胞の1つひとつが消滅したとしても、俺たちはメシアを守護する」
 ニノラの断言と同時に、上空のファンの周りにも複数の影が転送してきた。
 その中にはエリザベス・ガハノフの姿もあった。
 エリザベス!
 ハッと顔を硬直させたメシア。
 これはファンの望む表情だったのどろう、面長の顔を優越感で満たし、両腕を天空へルアー振り上げると、一気に顔の前へと振り下ろした。
 刹那、メシアは横のニノラに抱えられ、重力に逆らって上空へと舞い上がった。
 何が起こったのか分からなかった。ただ地上数帰路に渡り隕石が落下したかのように地面が落ちくぼみ、土煙が上がっていたのだけは、理解できた。
「これは始まりの合図だ。油断するなよ。お前たちは宇宙一大切な宝をスプーンの上に乗せているようなものなんだからなぁ」
 と、高笑いを響かせて、ファンはその場から消えたのだった。
 これに応じて不服そうな【咎人の果実】たちは、転送した。
 エリザベスはメシアのことを一瞥することもなく、俯いたままに、その場から消失したのだった。
 僕は、僕の身になにが。
 心中でただそう呟くことしかメシアにはできなかった。

ENDLESS MYTH第3話ー19へ続く

ENDLESS MYTH第3話ー18

ENDLESS MYTH第3話ー18

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted