Which

個室がある。

古いレンガの、窓の無い四角い空間に、人が一人倒れている。窓が無いだけではなく、食べ物も、水も、トイレも無い空間に、当然生命維持などできるはずも無い人間がかろうじて息をしている。
何か攻撃されている訳でもないのに《無い》というだけで生物はこんなにも悲惨な姿になる。
今更もう何をしても手遅れな最低限の命しかない人が転がっているその部屋に、次の人が入って来る。入って来る直前まで、当たり前の様に所有していた者だ。食べ物も水も、清潔な住環境も。輝かしい健康な体で、左から1人入って来る。彼は部屋の奥、私たちから見て右手に瀕死の、餓えと、不潔と、病の人間を見付ける。

こちらから問う。

「今から1人殺す。お前か、そこの瀕死の人間か、選べ。」

彼は自分が生き残りたいと願う。すると、瀕死の人間は軽く一発銃弾を食らい即死した。

彼は1人、部屋に残された。時間が経った。健康な体に残された生命を削る事で数日生命を維持した。けれど、やはり継続する為の補充が無い。彼もやはり病になり、部屋の奥に転がり異臭を放つようになった。

さらに時間は経ち、ただ心臓が動いているだけの肉塊になった頃、また1人満たされた人間が部屋に投入された。

「今から1人殺す。お前か、そこの瀕死の人間か、選べ。」

彼は一瞬考えたが、己可愛さだけではなく、俯瞰から見て自分が助かる方が正解だろうと、自分が生き残る方を選択した。瀕死の人間は軽く一発銃弾を食らい即死した。

満たされた人間はまた1人、何も無い部屋で時を過ごした。ただひたすら時を過ごした。そして疲弊した。己の生命維持のために、己が生み出したのは、その生命を更に加速的に弱らせる汚物のみであった。

そうして、何人も何人も、横スクロールのゲームの様に左から一人入り、右に横たわる末期の人間は死んだ。それでも飽きなかった。

ある時、新しい人間が入ってきて、横たわる人間が彼女の親しい人間であった事がある。彼女は聞かれた。

「今から1人殺す。お前か、そこの瀕死の人間か、選べ。」

健康な世界からやってきた彼女は、すぐには答えを出せなかった。どちらの命も大切であった。彼女は瀕死の彼を肩に背負い、逃げる事を企てた。彼女が部屋からでようとしたその瞬間、彼の土手っ腹に銃弾が撃ち込まれた。

しかし、彼はまだ生きていた。彼女は目を見開いて驚き、おののいている。

「銃弾は致命傷を避けた。これから彼には生き続けてもらう。彼の傷は治らないが、死にもしない。食べ物も与えよう、できる限りこの苦しみのまま長く生き続けさせることにする。」

銃口が動いた。

「そしてお前はここで死ね。」

私の額に銃弾の衝撃が走った。

Which

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-29

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