Gentian
私はどこか、おかしいのかもしれない。
見た目や話す言葉は普通なのだけれども、思考回路や感覚的なものは人とは少し違っているのかも知れない。
『真奈美がさ、また浮気してるみたいなんだ。』
話には似つかわしくない雲ひとつない快晴の青空が広がる下で発せられたその言葉は、私の心の奥底をくすぐった。
大和から連絡があったのは、昨晩の事だった。
いつものカフェで話があるとだけの短いメッセージが届き、了承の返事を送った。
大和が私を呼び出す理由なんて、ひとつしかないのだから。
「…また?この間言ってた、サークルの後輩はどしたの?」
私の目の前にいる大和は、整っている顔を歪めて口を開いた。
『その後輩とも、続いてるらしくてさ。俺の友達が、ホテルから手を繋いで出てくるところを見たらしいんだ。
そしたら昨日、バイト先の店長と閉店後にキスしてるところを見たって奴がいてさ。』
大和の目には、薄っすらと涙膜が浮かんでいた。
苦痛の表情を浮かべる目の前の男に、私の心臓は大きく音を立てた。
『大和のこと、嫌いじゃないのよ?ただ、時々飽きちゃうの。』
サロンモデルをやっている真奈美は、綺麗にセットされた大きめのカールを長い爪が輝く指に巻きつけている。
流行のファッションに身を包んだスカートからすらりと伸びた脚を組み替える。
真奈美と大和は、かれこれ三年の付き合いになる。
高校のクラスメイトから同じ大学に進学し、その関係は良好だと思っていた。
目を引く真奈美の存在は大学内でも注目の的で、その頃からたびたび大和から相談を持ちかけられていた。
「飽きる?」
『ほら、好きなものでも毎日は食べられないでしょう?だからたまにつまみ食いがしたくなるの。
でもね……?』
真奈美が続けた言葉に、思わず目を見開いた。
空気に触れる面積が広くなった目から、ピリピリとした感覚が伝わってくる。
ピンクのルージュが塗られた唇が、怪しく弧を描いていた。
『……もうだめなのかもしれないな。』
私の目の前にあるアイスティーが入ったグラスは、水滴が表面を伝って、コースターに吸い込まれていった。
「……そんなことないよ。真奈美ははっきりしてるし、大和とことが嫌いになったなら、きっと言うと思うから。」
『真奈美が考えていることが分からないんだ。』
「いくら付き合いが長くても、そこまでくみ取れる人はいないわ。
信じてみましょう?真奈美のこと。」
次から次へと出てくる慰めの言葉の言動力は、一体どこから来ているのだろうか。
こうして大和から相談を受けた回数は、両手でも足りない程だ。
相手振り回されるのは真っ平な私なら、別れという選択肢もあると諭していてもおかしくはないはずなのに、それでも御託を並べる口は止まらない。
「大丈夫よ、真奈美と大和はお似合いなんだから。今までだって、何度も乗り越えてきたじゃない。」
目の前の男は眉間にしわを寄せ、苦痛の表情に顔を歪めていく。
瞳には今にもこぼれ落ちそうなほどの涙が溜まっている。
その表情に心臓の高鳴りは激しくなり、顔が火照っていく。
だんだんと心拍数が上がっていく。
あぁ、やっぱり私はおかしいのかもしれない。
真奈美の言葉が、頭の中でこだましている。
目をつむると、脳内で放射線を描くように反射しては弾けて消える。私の思考を支配し、心臓に染み込ませていくかのように。
それが今の私の言動力に繋がっているのかもしれない。
リンドウの花言葉
『I like you when you are sad.(悲しんでいるときのあなたが好き)』
Gentian
Gentian(リンドウ)
敬老の日のフラワーギフトとして用いられる。漢方として竜胆(りゅうたん)と名付け中国で「葉は竜葵(りゅうき)に似ており、味は胆(きも)のように苦い」という意味で竜胆(りゅうたん)と名づけたのが語源。