うんこ大王とおしっこ王子(大王街に行く編)(4)

四 家族でモーニング

「ハヤテ。もう、起きたのか」
「学校のある日は遅いのに、休みになると起きるのが早いんだから」
 パパとママが二階から下りてきた。僕は慌てて、胸ポケットを隠す。指と指の間から大王がパパやママを覗いている。
「うん。目が覚めたんだよ」
「もう、散歩にも行って来たぞ」大王が続いてしゃべる。
 僕は大王を胸ポケットに押し込んだ。
「ほほほ。そうか。それはすごいな」
「どうせなら、学校のある日も同じように自分で起きて欲しいわ」
 パパとママは顔を洗いに洗面所に行った。
「ダメじゃないか。パパやママに聞こえるだろ」
 僕は胸ポケットの上から大王に文句を言う。
「休みだからといって寝過ごすのはよくないんだ。人間の体はリズムなんだ。リズムが狂うと、体調も崩れるぞ。そうなると、病気にもなるんだ。わしはお前たちのことを心配しているんだ」
 大王が反対に怒っている。確かに、大王の言うことはもっともだ。でも、パパやママに直接話をされるのは困る。
「わかったよ。パパやママには僕から話すから、大王は黙っていてよ」大王に頼んだ。
「まあ、お前がそこまで言うなら仕方がないな」
 大王はふんぞりかえって、胸ポケットに座りこんだ。
「さあ、行くか」パパが玄関に向かう。
「どこに?」僕が尋ねる。
「久しぶりに、モーニングよ。あなたも行きたいと言っていたでしょう。さあ、着替えなさい」
 パパやママはもうお出かけの服装だ。僕はパジャマに毛が生えたような服だ。大人は動くまでは遅いけれど、動き出したら早い。急いで着替える。
「当然、わしも連れてってくれるよな」
 大王がパジャマのポケットから顔を出した。
「うん。いいよ。でも、静かにしていてよ」
「もちろんだとも」
 僕はポロシャツを被ると、大王をポケットに忍ばせた。運転はパパ。助手席にママ。僕は後部座席に乗り込んだ。
「どこへ行くんだ」大王と目が合う。
「多分、商店街のコーヒー店。モーニングが食べられるんだ」
「おまえはコーヒーが飲めるのか。今まで、コーヒーを消化・吸収した覚えはないけれどなあ」
「僕は飲めないよ。コーヒーの代わりにオレンジジュースにするんだ」
「オレンジジュースか。それなら覚えがある。他には」
「トーストにジャムかバターを塗るかを選べるんだ。それで、三百円」
「三百円か。このご時世にしては安いな。ファーストフード店やうどん屋並みだな」
「コーヒーの味は、本物だよ。パパやママは美味しいって言っている」
「ふーん。それじゃあ、コーヒーを頼んでくれ」
「えっ。コーヒー?」
「わしにもコーヒーを飲ませてくれよ」
「いいけど・・・」
 僕もたまには家でコーヒーを飲む。飲むと言っても、パパやママが残したカップに口をつけるだけだ。苦くて、とても飲めない。いつも、口をつけてはペッペッとする。その後は、冷蔵庫から麦茶や牛乳で口直しをする。それなら、最初から飲まなければいいのだけれど、つい、大人がどんなものを飲んでいるのか試してみたいのだ。そんな訳だから、大王の希望にも応えたい反面、応えたくない気持ちもある。
「さあ、着いたぞ」車は百円パーキングに止まった。三十分百円だ。長くても一時間もいない。店のある商店街まで歩く。朝の十時頃は、休みの日でも商店街の人 通りは少ない。近所に住んでいる人なのか、散歩をしたり、ジョギングをしてたりしている。
 目指すコーヒー店は商店街の中ほどにある。コーヒー色の木の看板が目印で、コーヒー色の木の階段を二階に上っていく。そして、コーヒー色のドアを開けると、コーヒー色のカウンターとテーブルやイスが現れた。
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」
はっきりした言葉だけど、なんだか少しイントネーションが違う。
「な・ん。に・ん?」
「三人」
「こ・ち・ら・へ・ど・う・ぞ」
 女性店員が僕たちをテーブル席へ案内する。
「あの人、外国人?」パパに尋ねる。
「ああ、そうじゃないかな。顔つきからすると南米系かな。この街も国際化した証拠だよ」
「ふーん」
 僕は頷く。やはり、コーヒーの国から来たんだろうか。それに、外国人の女性のお腹にも大王や王子がいるのだろうか。僕の疑問に大王が答えてくれた。
「当たり前だ。お前のパパやママはもちろん、日本人と言わず、外国人にだってお腹にはわしらの仲間がいるぞ。人間だけじゃない。犬や猫、セミやカマキリなど、 生きている物には、全て、大王や王子、その部下たちがいるんだ」
「ふーん。そうなんだ」そうだとすると外国人と言う言い方が変だ。みんな生き物と言った方がいい。うんこ大王やおしっこ王子の仲間と言った方がいい。でも、女性のお腹の中いるのは、うんこ大王やおしっこ王子じゃなくて、うんこ女王とおしっこ王女なのだろうか。
「そうだな。会ってみたいな」
 大王の顔が少し赤らんでいる。
「へえ。大王でも照れるんだ」
「大人をからかうんじゃない」と大王が怒鳴った。やっぱり照れているんだ。店員に案内されて僕たちは席に着いた。
「そうだな。コーヒーはブレンドで、パンはバターにしてくれ」パパはそう言うと新聞を開いた。「あたしはモカに、ジャムがいいわ」ママも雑誌のページをめくる。僕は、 大王の希望を断り、コーヒーを注文したいのだがどれを選んでいいのかわからない。ええい、これだ。メニューの真ん中を指差した。
「キリマンジャロですね。パンはジャムにしますか、バターにしますか」店員さんの問い掛けに僕は「ジャムにしてください」と答えた。
「おっ。コーヒーを注文するのか」
「ちゃんと飲めるの」
 パパとママが少し驚いてこっちを見る。
「大丈夫だよ」
 僕は周りを見た。ほとんどが高齢者、僕のおじいちゃんやおばあちゃんのような齢の人たちだ。それにお店とは顔なじみらしい。店にはいってくると、おはようと声を掛け、迷うことなく席に着く。場所も決まっているらしい。そして、店員さんが水を持って来ると、いつもの、と言うと、持参した新聞を広げている。でも、お客さん同士は会話を交わさない。マスターや店員さんと、一言、二言、言葉を交わすだけだ。当然、あのおじいちゃんやおばあちゃんたちのお腹の中にも、うんこ大王やおしっこ王子たちがいるのだろうか。大王に尋ねてみる。
「もちろんだ。さっきも言ったように、全ての生き物には、わしたち、うんこ大王やおしっこ王子たちがいるんだ。ただし、主たちが齢をとるように、わしたちも齢をとる」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、あのおじいちゃんのお腹の中にいるのは、おじいちゃんうんこ大王やおじいちゃんおしっこ王子なの?大王はいいけど、おじいちゃんなのに王子だなんて変だね」
 僕は納得したようで、納得しない気がする。
「わしたちは、主の食べ物や飲み物を消化し、栄養を吸収するのが仕事なんだ。呼び方なんてどうでもいい」大王が断言する。
 確かに、大王の言う通りだ。僕と大王が話をしている間に、
「お・ま・た・せ・し・ま・し・た」と、
 店員さんがコーヒーとパンを運んできた。パパとママは、早速コーヒーカップを持つ。
「なんだ。野菜はないのか。野菜を食べないとうんこが粘つくぞ」
 大王が運ばれてきたモーニングセットを見て、顔をしかめる。
「だって、三百円だよ。これ以上、ついたら、お店が儲からないよ」
「お店の経営のことを心配するのはいいけれど、自分の体のことをもっと心配した方がいいぞ」
「わかったよ。昼ごはんには、野菜を食べるよ」僕はパパやママにならって、コーヒーカップに口をつけた、苦い。どうして大人はこんなものを美味しいと飲みたがるのだろう。やっぱり、僕にはオレンジpジュースの方がいい。

「王子。やっと食べ物が入ってきました」
「今日は、いつもよりも遅いなあ」
「なにしろ、土曜日ですから。主は起きるのが遅くなり、その結果、朝食も遅くなります」
「まあ、体が動いていないから、そんなにエネルギーがいらないから、朝食が遅くてもいいけれど、本当は、毎日、規則正しい生活をして欲しいなあ」
「そうですね。でも、脳や手、足なんかは、たまの休みぐらい、朝からドタバタしないで欲しいと口にしています。それに、うちの隊員たちも、休みの日くらいはゆっくりしたいと言っています。何しろ、われわれは、三百六十五日、二十四時間、食べ物を消化、吸収していますから、気も体も休まる日がありません」
「そりゃ、そうだな。休みの日くらい、ゆっくりするか。まずは、コーヒーの吸収だな。久しぶりにコーヒーの吸収だな。熱いから気を付けてくれよ。リキッド班」
「アイアイサー」リキッド班の隊員たちがホースを持つと、流れてくるコーヒーを耐熱服に着替えて吸収し始めた。
「王子。パンが流れてきました。イチゴジャムが付着しています」
「おっ。僕の大好物だ。固体班、頼むよ」固体班の隊員たちが、ツルハシにスコップなどを持って、粉々にする作業に取り掛かったものの、すぐに消化活動は終わった。
「なんだ。もう終わりなんだ」王子は隊員たちの作業がすぐに終わったので、拍子抜けだ。大王がいない分、自分が頑張らないといけないと思っていたのに拍子抜けだ。
「休みの日の朝食はこんなものです。パンとコーヒーだけです」
「ちょっと寂しいなあ。せめて野菜のサラダぐらいは欲しいなあ。まあいいか。そんなに体も動かないので、エネルギーも消費しないか。みんな、御苦労さま。昼食に備えて、ゆっくり休んでくれ」
「アイアイサー」
 固体班とリキッド班の隊員たちは、その場で休憩に入った。

うんこ大王とおしっこ王子(大王街に行く編)(4)

うんこ大王とおしっこ王子(大王街に行く編)(4)

四 家族でモーニング

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-28

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