カランコエ

博愛、おおらかな愛、そんな花言葉
彼女が最後まで好きだったとある花の色を僕はまだ知らない。

冬になり雪が降り、北海道も真っ白に色づいた。
真っ白というか殺人並みの雪の量で何も出来ないが。
君が好きだった花はもう枯れてしまっただろう。
そんなことを窓の外を見ながら思い、温かい部屋でため息をついた。
真っ白な病室の中、微笑んでいた人。
眠るように横たわり、それでもいつも笑っていた。

さようなら

彼女は僕に別れも告げず去っていった。
夏の涼しい朝、亡くなったと聞かされた。
眠るように幸せそうに、いや彼女は眠ったのだ。
永遠に目覚めることのない夢を見ているだけで... 。

「アサヒ、散歩しないか?」
「ユウヒ。」
三歳年上の兄が不意に声をかけてきた。
いつも寡黙な兄にしては珍しい。
「こんな寒そうな日に?まぁ... いいけど。」
「一回アサヒの頭を冷やしたくなってな。」
「... は?」
腕を捕まれ、二重ドアの向こうに追いやられる。
「... 寒っ。」
二重ドアといえど寒い。
それなのにユウヒはアサヒ同様のTシャツ一枚で外に出た。
「ねぇ、ユウヒ正気?僕寒いよ?」
「いいじゃんたまには。ほら、雪すご... 」
普通の靴で雪を踏みずぶずぶと沈んでいく兄。
... バカなのだろうか?
そのとき傍らに小さな花を見つけた。
兄が作った穴の近くに。
オレンジ色の小さな... 花。
「こんなに寒いのに... 雪も凄いのに。」
「それはカランコエだよ。」
雪まみれの兄がそう言って僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「花言葉知ってる?
博愛っていうんだ。」
博愛、おおらかな愛。
彼女の笑顔。いつでも笑っていた彼女の甘い声。

「ねえ、アサヒ知ってる?私の好きな花言葉があるんだ。」

彼女が好きだった花、それはこの花だったのかもしれない。
オレンジ色でか弱くそれでも雪の地にしっかりと根付くカランコエーーー。

「ううっぐ、うっ、僕はっ... 」
涙ながらに僕は一人叫ぶ。
「君ずっと一緒にいたかった... !君と一緒に過ごしたかった... !
僕はっ... ... 君のことがずっとずっと好きだったっ... !!」
何故だか涙が込み上げてきてしょうがなかった。

病室でもおどけて見せていた。
それでも一人布団をかぶってすすり泣いていることを僕は知っていた。
「えへ、私は大丈夫だよ?だからアサヒも泣かないで。」
彼女の容態があまり良くないことを知った僕はべそをかいていたのだ。
そんなときでも彼女は微笑んでみせ、僕を励ましてくれた。

思えばなんて自分勝手だったのだろう。
辛い手術にも長い入院生活にも彼女は一言も誰かの前では泣き言も何も
言わなかった。

ごめん。
そう言って泣いた。

それは彼女に言えなかった一つの僕の贖罪でもあった。

雪の舞うなか、僕は真っ白になりながらかじかむ顔を涙で濡らしながら
カランコエを見つめ続けた。
唐突にユウヒが言った。
「カランコエって違う花言葉もあるって知ってた?」
「... え?」
「たくさんの小さな思い出、とかあなたを守る、て意味もあるんだよ。」
彼女らしく思えた。

いつも意地っ張りでお姉ちゃんぶっていて、いつも一人で悩んでいた彼女。
何も出来ず立ちすくんでいた僕にその言葉は光を与えてくれたように感じた。
「あなたを守る、か。」

小さないくつものカランコエが風に揺られてそれでも力強く根付き続けていた。


青く青くどこまでも青く澄んだ空を見上げて彼は寂しげに微笑んだ。

カランコエ

カランコエ

病弱な彼女に恋をした少年の終わってしまった恋

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-28

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