お天道さま、お月さま。

健太の家の裏にはおっきな畑があって、その隣に、持ち主の六蔵じいちゃんが住んでいた。六蔵じいちゃんは健太のことを赤ん坊の頃からよく知っていて、健太にとってはもうひとりのおじいちゃんのようなもんだ。
じいちゃんは健太によく、色々な遊びを教えてくれた。
けん玉やお手玉、あやとり、まりつき、ベーゴマ・・・。
健太はじいちゃんちに行くのがとても好きだった。
そして今日も、学校から帰ると、健太は六蔵じいちゃんの家へと向かった。
チャイムを押し、引き戸をガラガラと開ける。
「じーいちゃん!こんちは~!」
少しすると、奥から「ほ~い」と言う返事が返ってきた。
「けんちゃん、いらっしゃい。」
奥から六蔵じいちゃんが姿を現した。じいちゃんはもう75歳になる。腰がちょこんと曲がっていて、にこにこ笑う顔にはたくさんのしわがあった。
「じいちゃん、遊ぼ!」
元気よく言う健太に、じいちゃんは、「おお、もちろんじゃ。」と答えた。
じいちゃんは健太を縁側に連れて来た。
「けんちゃん、ちょっとここで待っとれ。」
「うん!」
健太は元気よく返事した。
縁側に座ると、風がそよそよと気持ちよく吹いた。その時、健太のお腹が、ぐぅ~と鳴った。
「あ・・・。お腹すいたな~・・・。」
健太がぼーっと空を見上げていると、じいちゃんの声がした。
「けんちゃん。」
振り向くと、じいちゃんは両手にざるを抱えていて、その中にはきゅうりやトマトやニンジンやトウモロコシが見えた。
「うっわ~あ!」
健太の目が大きく輝いた。
「ほっほっほ。わしの畑特製の野菜たちじゃ。ほれ、好きなのをお食べ。」
「わ~い!ありがとう!じいちゃん!」
健太はじいちゃんに礼を言うと、きゅうりを取った。
「ヘタを取るんじゃよ~。」
そう言ってじいちゃんはさきっちょをもぎとってくれた。
がぶり!健太がきゅうりにかぶりつく。
「んん・・・・!」
しゃりしゃり、きゅうりを噛むいい音が聞こえた。
「おいし~っ!」
満面の笑顔で健太が言った。じいちゃんが笑う。
「ほっほっほ。そうじゃろうそうじゃろう、お天道様たーんと浴びたきゅうりじゃからな~。」
「・・・てんとうむしぃ?」
健太が不思議な顔をした。かっかっか、とじいちゃんが笑った。
「ちがうよぉけんちゃん、お天道様はお日様のことじゃよ、ほれ、あれじゃ。」
じいちゃんが空を指さした。そこにはさんさんと輝く太陽があった。
「・・・太陽ぉ?なんで太陽が、おてんと・・おーさま?」
じいちゃんはにこにこしながら答えた。
「昔の人たちはみな、太陽のことをお天道さまと言って、感謝していたんじゃよ。」
健太は目をぱちくりさせた。
「なんで感謝してるの?」
じいちゃんはほっほっほ、と笑った。
「何でかのう。けんちゃん、みんなに、お天道さまがなくなったら困るかどうか聞いてみなさい。」
そう言って、じいちゃんはトマトを手に取ると、んー、うまい!と言って、むしゃむしゃ食べた。

家に帰ると健太は、さっそくお母さんに聞いた。
「お母さん、お母さんはお天道さまがなくなると、困るの?」
お母さんはあらまぁと言って健太を見た。
「けんちゃん、お天道さまなんてよく知ってるわね~。・・・そうねぇ、困るかしらねぇ、洗濯物が乾かなくなるからねぇ。」
「・・・そっかぁ・・・。」
洗濯物が乾かないと確かに困るな、と健太は思った。
次は、お父さんに聞いてみた。
「ねぇお父さん、お父さんはお天道さまがなかったら、困る?」
お父さんは笑って言った。
「ははは、お天道さまかぁ。健太はずいぶん古風な言葉を知ってるなぁ。そうだなぁ、夏が来なくなっちゃうからなぁ。夏はビールがう まいからなぁ。うん、困るな、困る。」
そう言ってお父さんはビールをぐびっと飲んで、うまい!と言った。健太は、お父さんはいつでもビールをおいしく飲んでるけどなーと 思いながらも、夏が来ないのは確かに困るな、と思った。次はおねぇちゃんだ。
「おねえちゃんおねえちゃん、おねえちゃんは、お天道さまがないと困る?」
おねえちゃんは言った。
「そりゃそうよ!太陽がないってことはずーっと夜ばっかってことでしょ?私そんなの嫌よ、お化けだらけになっちゃうじゃない!」
おねえちゃんはお化けが大の苦手だ。健太はそんなことなかったけど、ずっと夜なのは確かに困るな、と思った。野球もサッカーも、鬼ごっこだってできない。

次の日、健太はじいちゃんちのピンポンを鳴らした。すると、「ほ~い」と言って、じいちゃんが引き戸の向こうから現れた。
「おお、けんちゃんか、いらっしゃい。」
じいちゃんはまた、健太を縁側に連れてきてくれた。
「じいちゃん、昨日のきゅうり、おいしかったぁ~。」
「そうかそうか、そりゃよかったわい。また取れたてをごちそうするからのぉ。」
「うん!ありがとう!」
健太は笑顔でお礼を言った。
「そんでね、じいちゃん。」
じいちゃんと一緒に縁側に座ると、健太は言った。
「お天道さまのこと、お母さんたちに聞いたんだー。」
じいちゃんは目を細めた。
「ほう、みんなはなんて言っとった?」
「うん、洗濯物が乾かなかったり、夏が来なくてビールがおいしくなくなったり、お化けがたくさん出てきちゃうから、困るって言ってた!」
じいちゃんはそれを聞いて、たいそう笑った。
「そりゃあ、困るのう。」
「・・・うん!」
健太も頷いた。
「・・・じいちゃんも困る?」
「もちろんじゃ。」
健太が聞くと、じいちゃんは健太の頭をポンポン、としながら答えてくれた。
「お天道さまはほんとうにありがたいものじゃ。お天道さまがなければ、緑が育たん、生き物も生きられん、昨日のきゅうりだって、お天道さまをたくさん浴びたからあんなにおいしく出来たんじゃよ。」
健太はじいちゃんの話を黙って聞いていた。
「昔の人はそれを知っとったんじゃなぁ。だから、自然に“さま”をつけ、称えて感謝したんじゃよ。
お星さまやお月さまだってそうじゃなぁ。昔は星で北や南の位置を確認し、満月や三日月で海の満ち引きを確認したんじゃよ。」
「へぇ~!」
健太はおっきな声をあげた。
「すごいねじいちゃん!お天道さまやお月さまは、色々なことを教えてくれるんだね!」
じいちゃんはにっこり頷いた。
健太は立ち上がった。
「ぼくもお天道さまにありがとうって言うよ!そしたらまた、おいしいきゅうりできるかなぁ!?」
健太がじいちゃんに聞いた。
「ほっほっほ、健太はきゅうりがいちばんか。」
じいちゃんは空を見上げた。
「作ってくれるとも。感謝を忘れなければなぁ。」
「ぼく、忘れない!じいちゃん、ぼくもじいちゃんの畑のお手伝いするよ!」
健太も空を見上げた。じいちゃんが、うれしそうに笑った。
「お天道さまー!ありがとう!」
健太の声に答えるかのように、空から降り注ぐお天道さまは、今日もキラキラ輝いていた。



おしまい

お天道さま、お月さま。

お天道さま、お月さま。

普段気づかないけど、自然てほんと、ありがたいです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-21

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