ユアストーカー?
ニートの私に懐いたものとは。
私にはストーカーがいる。とっても可愛い、こまっしゃくれた哀れなストーカー。
最近、近くで交通事故があったらしい。
38歳男性死亡とのことで、私はその顔写真を見て、「ぶほっ」と歯磨き粉を吹いた。
その男性は、やっさんだった。
やっさんは、かつて私のストーカーだった男だ。
ニートである私にある晩こんばんはーとおでんを食いながらサンダル履きでぺたぺたと着いてきて、君可愛いねー、今暇?いっつも家にいるよね、とずけずけと質問してきて、私はこの若干おしゃれともいえるパーマ頭にブランド物っぽいシャツと縞模様のスカタンを履いたおっさんに世慣れした空気を感じ取り、「着いてきたって何にもありませんよー」とたわむれに話しながら、マンション前でじゃあと別れた仲だった。
やっさんは、それからもコンビニの前でおでんを食いながら「よお」と私を待ち、私はやっさんがオダギリジョーに似ていることから邪険にせず、いつも律儀にマンション前で別れるというサイクルを繰り返していた。
要するに、暇つぶし。
ロックTシャツを着て生足を披露するほどにはふざけた私にやっさんは同じ空気を感じたのか、急に「昨日見てたテレビがさー」と始まり、「そんでクレしんのみさえって結構いい女だと思うのね、最近のは全体的に子供向けになっちゃったからあんま見てないんだけど」と語り、「じゃ」と手を振る。
毎日おでん食って飽きないのかね。
私はそう思いながら、全く私に踏み込んでこないやっさんに「らっくー」と思っていた。
暇人同士、ちょうど良い。
やっさんでも結婚してるんだな。
「昨日女房がさー、若い子にちょっかいかけてぶち殺すぞって迫ってきたのね」と言うから、「駄目じゃないですか、じゃあ」と言ったら、「だって俺そういう境界線?みたいのに縛られたくないしー」と言って、「卵いる?」と聞いてきた。
それからも「娘が昨日卒園式でさー、俺絶対来んなって言われてんのね」とか、「上の息子がもう高校入試でさー、俺全然勉強教えらんないからもう冷たくて冷たくて」など、何歳で子供産んでんだよとか、思うところがたくさんあってなんだかやっさんは謎だった。
その内、春の日に、やっさんは私に話しかけた直後にお巡りさんに御用となった。
近所のおばさんが通報してくれたらしい。
「あれー?なんかちょっとやばーい」とやっさんは手錠を頭の上でジャラジャラ鳴らして私に笑い、「俺の息子合格したかなー?姫ちゃん嫁から連絡あったら聞いといてよー、会いに来てねー」と手をふりふり、パトカーに乗り込んだ。
私は「隙を見せたら駄目じゃないの」とおばさんと父母に怒られながら、やっさん大丈夫かなーと考えた。
縞模様の服を着て足枷を付け、牢屋の中にいるやっさん。
ぷっと笑ったら父に拳骨を食らった。
あれから八か月。
やっさん死んじゃった。私は葬式に出て、やっさんの息子が某有名進学校の制服を着ているのをしっかりと確認した。
やっさんの嫁さんは美人だった。鼻が高くてすらりとし、一つくくりの髪には聖なるオーラが宿っている。
できる女社長。そんな感じだ。それらしく、部下みたいな人とひそひそと話してはああしろこうしろと指示を出している。
やっさんって紐だったのね。私は理解した。
それから焼香の時間になり、私が並ぶと、奥さんはすっと近づいて「色々とごめんなさいね」と耳打ちした。ころりと耳に鈴が入ったかと思った。綺麗な声。
それから忍者のようにまた素早く奥さんは離れ、深く頭を下げた。私も慌ててお辞儀し、「こちらこそ、すみません」と心の中で謝った。
それからはやっさんのことばかり考えて暮らした。
やっさんがまだ家族のことを話さなかったとき、私は「こいつとなら付き合ってみてもいいかも」と思ったし、やっさんはそれだけ楽で手がかからなくて、私になど全然かまけていなかった。私は私なんか全然好きじゃないけど、一緒に遊ぼうという人と付き合ってみたかった。
友達みたいで、束縛しなくて、お互いの利害関係で大事なこと、いわゆる結婚も決めてしまえるような気楽な相手。
やっさんはシャボン玉みたいだったなあ、と私は思った。おーとーこなーんてしゃーぼんーだまー。
私はそれから、やっさんが毎日待っていたコンビニでバイトを始めた。
店長は「こんな店、客も来ないけど都心だから売れるもんは売れるのよ、ま、気楽にながーく勤めてね」と丸眼鏡にひょろっと痩せてか細く、たるーい空気が店内に漂っていた。ただお洒落だけを気にしていられる空気。私は愚痴が止まらない中年女性とおデブさんでオタク知識が豊富な男の子とアイドルや最近出たライトノベルの新刊の話などして、気楽にたるーく過ごしていた。どちらもお互いに興味がなく、「お前ここしか働けるとこねーんだろ」とお互いに舐めあっていた。だからこその友情である。
やっさん、あんたは私に世界を教えてくれた最初の人かもね、と私はこのコンビニに導いてくれたやっさんに心の中で感謝した。
さて、ある日の帰り道でのことである。
お疲れ様でしたーとコンビニを出て、チャリを押して歩いていると、みゃーおうと足元に小さな生き物がすり寄ってきた。
雑種らしく、くるくるとカールした長い毛の黒猫。
私は、「何お前、可愛いね」と猫を撫でてやった。
猫はみゃーおう、あーおうと鳴き、私と並んで歩きながら、マンションの前で別れた。
その日から、毎日猫は私がバイトを終える時間を見計らったかのように現れ、一緒に並んで歩いてはマンションの前で別れる。
私は、「そっか、やっさんって猫だったんだ」と思って猫を撫でた。
猫はぐうっと背中をしならせた後、そっけなく去って行った。
やっさん、ストーカーって犯罪なんだよ。
私はそんなことを思いながら、マンションの階段を上った。
ユアストーカー?
ちょろっとニートのお話です。