本屋の作法
毎月発行されている婦人雑誌を、必ずいつも発売日当日に買いに来ていた品の良い老女が先月は発売日になっても姿を現さず、一か月が過ぎ今日ついに新しい号の発売日となった。これだけが楽しみで、と嬉しそうに毎月雑誌を購入していた老女がついに亡くなったのか…と白髪混じりの店主は複雑な気持ちになる。
店内は相変わらずガランとしていて、小説を立ち読みをしている常連の女子高生一人しか客はいない。ほんの何年か前まではこの書店の様な古びた”街の本屋さん”は何処にでもあって、本や雑誌の購入は本屋ですると言う事が当たり前だったのだけれど、今ではどうだろう。コンビニエンスストアで雑誌は24時間購入可能となり、インターネットでの本の購入、注文、果ては電子書籍などという便利なものが日常的になった現在では、生き残れる本屋は大型の限られたお洒落な本屋しか無い。年金が貰えるようになる一年後には店主もこの店を閉めるつもりでいる。
小説を立ち読みしていた女子高生がその小説を丁寧に本棚に戻し、店主に近づく。
「バイトの話し、考えなおしてくれましたか?」
「うちはバイトを雇うほど忙しくないし、余裕も無い。前にも言ったはずだ」
「私を雇ったら、お客さんきっと増えますよ。可愛い女子高生がバイトしてるって。それに、ここの本屋の何処に何の本が置いてあるか頭の中に全部入ってるし。お客さんの本探しに役に立ちますよ」
「そんなに本屋でバイトしたかったら、もっと大型のお洒落な本屋でバイトすれば良いだろう。可愛い女子高生だから即採用だ」皮肉混じりに店主は言う。
「お洒落な本屋なんて、何か落ち着かない。そんな本屋はお洒落な人がお洒落な本屋でお洒落な本を買ってる自分に酔いしれてるだけだもん。ここみたいに良い感じに古びた本屋がやっぱり落ち着く」
お願いだから雇って下さいよ、と女子高生が店主に泣きついていると人気漫画の最新刊を買いに男子小学生が店内に入って来た。やった、発売されてる!と喜びながら男子小学生は人気漫画の最新刊を手に取り立ち読みを始めた。ここの本屋は漫画などに立ち読み防止の為に帯を巻く事をしていなかった。
「…立ち読み防止の為に帯巻いた方が良いですよ」見兼ねた女子高生が店主に忠告する。
「買う前に試し読みするのは当然の権利だろう。知ってる作品ならいざ知らず、初めて買う作品を試し読みも出来ずに買う勇気は私には無いね」
「試し読みで満足しちゃって買わなくなるんじゃないかな?」
「本当に気に入ったものは必ず買う。手元に置いておきたくなるからな。君だってそうだろう?」
男子小学生はひとしきり読み終わると、面白かった、明日お金持ってくるから絶対置いておいてね、と店主に手を振って帰って行った。
「なるほど…読ませて購買意欲を高めさせる戦略か」
「そんなたいしたものじゃないがね」
「ここは出版会社毎に本を並べずに、作家毎に出版会社ごちゃ混ぜで並べているのもすごく親切。出版会社毎に並んでいると探し辛いんだよね。それからオススメ本とかポップに書いて宣伝もしない所がすごく良い。書店員のオススメなんか興味ないし」
やっぱりここで働きたいな、と女子高生は瞳を輝かせた。来年には店を閉める、と店主はぶっきらぼうに呟いた。え、と女子高生がビックリしていると、品の良い老女が店主に声を掛けてきた。
「あの、この雑誌の先月号の在庫はありますでしょうか?」
老女が手にしていたのは彼女がいつも購入していた婦人雑誌の本日発売の最新号だった。
「先月人間ドックで入院中で買いに来る事が出来なかったのですが、先月号なんて…置いてないですよね」
「取り置きしてありますよ。いつもお買い求め頂いてありがとうございます。お身体は大丈夫でしたか?」
「まあ、親切に置いてくれていたんですね。本当にありがとうございます。身体はどこも悪いところも無く、100歳まで生きられると先生からお墨付きを頂きました」
店の奥に老女の為に取っておいた婦人雑誌の先月号を取りに行こうとする店主に女子高生が耳打ちをする。
「おばあさんが元気な間は店を閉めれないですね」そう言いながら嬉しそうに笑った。
本屋の作法