もしくは。

 人間の本音を言うぞという時に本音を言うことなんてあり得るのだろうか。心の芯の部分なんて、正直自分でもわからないだろうに。当たり前のように笑って当たり障りのないことで泣く。そんな感情が動いた瞬間こそ心が動いた瞬間。つまり本音なのではないのか?言葉なんて曖昧で。口から出て空気に触れてしまえば薄まってしまう。でも、表情は違う。それは私であってあなたであるから。

 いつもより明るい顔で何かが伝わるように、じっと見ていた。でも見ているだけで、何も変わらず何も起こらず。高校2年目の冬は過ぎていく。春になれば私も高校三年生。最高学年であってこれからの進路を決める、人生を決める大事な時期。

 授業は退屈だ、特にこの歴史の教師は声がもごもごしててよく聞き取りづらい。教師にばれないようこっそりカバンから出したiPhone。音を立てずに机の中に忍び込ませる。周りを見渡す。教室の3分の1くらいはソシャゲに忙しそう。机を枕に右耳を隠すよう伏せ、慎重に慎重にイヤホンを片耳だけつける。片耳イヤホンは嫌いだ。ロックを聞けばギターが聞こえなくなって、弦楽四重奏を聞けば低域ばかり高域ばかりになってしまう。
 選択したのはrei harakamiのアルバム、lust。片耳イヤホンは非常に寂しい。軽快なリズムと揺れるように動くメロディライン、彼の音は心が締め付けられるほど美しい。

 彼は前から2番目の窓側の席。私は一番後ろの廊下側の席で後ろ姿を必死に見続ける。話しかけたことはない。会話という会話も隣の席だった頃に消しゴムが落ちた時に拾ってもらいありがとうと言ったくらい。私が根暗で無口な典型的なブスだから、話しかけてはいけないような気がして。見つめるだけで、目線が会ってしまうのも怖いからいつでも視線を外せるようにしている。そうやっていると瞼が落ちてきて。


 砂漠を歩く、地平線の先には何もない、このまま行っても餓死するだけだ。私はそこで純粋無垢な子供のように飴をもらって喜んでいた。後ろを見れば足跡も消えていた。時間は巻き戻り海が見えて。そのまま追いつけないようなスピードで車が走っていく。



 浅い眠りについていた。ごちゃごちゃしてよくわからない夢。いつの間にか授業は終わっていて昼休み、食事の時間になっていた。イヤホンで流れていた曲もいつの間にか終わっていた。カバンから弁当を取り出す。周りを見渡せば机を移動したり、仲がいい人同士で食事をしている。私にだって友達はいる。不登校で不定期にしか学校には来ないけれど。たまにいるときは、ご飯を一緒に食べるのだ。それからiPhoneを取り出し無意識的にツイッターをながめる。アイコンを変えるのも面倒なので卵のまんまの私だけのアカウント。ほとんどつぶやいていないしフォロワーもフォローもほとんどいない。食事をするときに画面を見ながらやるのはやめなさいといつも親に言われるけれど、止める気もないしこうしてないととてもじゃないけど学校にいれる気がしない。
 私は強くない、このネットという別の世界がなければ学校にいることすらままならない弱い子。どうでもいいけれど。

 あの人は別の場所に行ったのか教室内にはいないようだ。きっと彼女のところにいったのだろう。あの人はモテるから彼女を一ヶ月に一回くらいの周期でコロコロ変えている。いつか私にも順番が回ってこないかななんて思ったり思わなかったり。
 隣の席の男子オタクAが隣のクラスのオタク何人かを連れてこっちの迷惑も考えずに盛り上がってる。うるさい。昨日のアニメの話も声優の話なんかどうでもいいんだよ!!お願いだから黙れ。噴火しそうだ。イヤホンを取り出しiPhoneに繋げた。最初からこうすればよかった。でもどこか期待していたのかもしれないこの現実に。


 放課後、どこにも属していない私はまっすぐ家に帰る。あの人はサッカー部だから遠くから眺めることもできたけれどそんな気分にはなれなかった。電車で一駅、そこから自転車で30分くらいの距離、しんどい。
 家に着くとまだ誰も帰ってきてないようだ。TVをつけてから、浴室に入りシャワーを浴びる。誰もいないリビングでバラティ番組の音だけが流れる。下らない世界のどうでもいい情報。そんなもの。辛いことなんて全然ない。ただ生きている、それだけでどうしてこうも苦しくなるのか。なんでもないことが重苦しくのしかかって明日が来るのが、とてつもなく怖くなる。
 夕飯は、カレーを作った。自分で作るカレーはどことなく寂しさを助長するようで。母はきっと残業で、弟は部活で忙しいんだろう。父親は単身赴任だし。正直、帰ってきてほしくないけれど。
 それから自室に入る。鏡を見ながら自分の醜さを改めて自覚する。どうしてこんなに醜いのか。 TVで映るあの人のようになりたいわけじゃないけどもっと笑顔とか普通の人になってみたい。そうやって思うのはいけないことなのか。こんなリアルな世界から抜け出して少女漫画の世界みたいなファンタジーな世界に行ってみたい。そうでないなら明日の朝、この世から私を消してほしい。

 眠りについた。

もしくは。

もしくは。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-27

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