手を伸ばす君
その隻腕の武士の、ある決意。
例えこの腕をもがれたとしても。
その武将は、まだ若く、精悍であった。
武勇に優れ、もてはやされることもあったが、決して驕らず、それがまた憎らしくも見え、親族から睨まれる面もあるにはあった。
ある日、弟が狂った。
もともと癇症な弟は、刀を抜いて部下に切りかかり、腕力で押さえつけられ、それを武将は「自分のせいにしろ」と庇った。
部下が一人死んだ。
叔父は泣く泣く、「腕を切り落とせ」と命じた。
武将の利き腕はその場で切り落とされ、痛みにもがく武将に母親が駆け寄り、「触れてはなりませぬ」と武将は呻いた。
父は怒り、母は嘆いた。
「たとえこの命果ててでも」と刀を抜こうとするのを、武将は押しとどめた。
やがて、武将は書を読みだした。
左手で字を書き、豆を箸で摘まむ練習をし、取り落としては、「やはり箸は、右手で持つものだな」と傍の者に笑った。
それを見て、親族は涙をこらえた。
やがて、若殿の元へ武将は出向き、身構える若殿に菓子を出し、自慢の馬を差し出して、「駿馬です、可愛がってくだされ」と武将は歩み寄った。
「若、こんなことは、我々の代で終わりにしましょう。どうです、私と、義兄弟の盃を交わしてくれませぬか」
その隻腕の、どこか力の抜けたほっそりとした姿に、若殿も力を抜き、「これは立派な馬だ、大切にしよう」と笑い返した。
やがて武将は姫を娶らされ、家は栄えた。
永劫争うこともなく、この一族は殿を支え続けたのである。
手を伸ばす君
歴史ものに挑戦。