さよなら、瑠璃紺
ずっとジューンブライドにこだわっていたことは知っていた。
叶わなくて残念だったねと言ってやった。
「そんなこと言うのはやめなさいって」
怒るでも悲しむでもなく、軽口をいなすかのように微笑まれた。
意外だった。
ちょっとのいたずらにもすぐ泣いていたのに。
「本当に後悔してない? 一生に一度じゃん。上手くいけば」
「うーん。優先順位っていうかね、固執してちゃだめなんだよ、きっと」
「じゃ、他に何があんの」
飾りが腕に触れた。長手袋に付いている青い花が目に入った。
試着のときにも見たけれど、色眼鏡とかじゃなく素直に似合ってると思う。
「たくさんあるよ。覚えてるかな、もう忘れちゃったかな。
外遊びが嫌いだったくせに、花冠を編むのだけは上手だった。
プレゼントしてくれた。次の日枯れたのを見て大泣きもしたんだけど。
お祭りでやんちゃしてやり返されて帰ってきたりね。子供神輿も担いだね。
かき氷、今もブルーハワイが好きなの?」
覚えてる。当たり前だ、誰よりも長く、同じ時間を過ごしてきた。
小説の台詞のようで、白けるのが嫌だから言葉は呑み込んだ。
「家族で毎年行ってたでしょ? 夏休みは、水族館とプラネタリウム。
もう一緒に行けないね。流星群の話、聞きたかったなあ。
今度、くじらのお人形さん渡すから、代わりに連れてったげて。
そうそう、二人して夏風邪引きやすくてさ、よく甘酒作ってもらった。
あとは、おっきなボウルにゼリー作ったっけ。二層に固めたやつ。
底にかたまりができちゃってて、そんなにおいしくなかったね」
「二人で食べれば大抵は美味いんだろ。夏の食べ物は」
「野菜を食べてほしくて言ってたの。年上の気遣いよ」
油断をしていると、聞こえてくる鈴虫の音に気付かないまま、夏は終わる。
「温度、湿度、彩度、明度。どんなことだってからだにしまい込めた。
たくさんたくさん、ありがとうね。
後悔してないよ。ちょっとの空白で幸せってわかったから」
純白のヴェールの向こうに見えるはにかみ。全く、卑怯だ。
胸元の青い花がこうべを垂れるように傾いていたから、直してやった。
「おめでとう。今より幸せにならないと怒るからな」
冗談だろうと笑う。だけど本気だ。
あんたは、幸せになるべきなんだ。
そうでないと。
あと何回、この茶番を繰り返せば良い?
さよなら、瑠璃紺
SFタグの説得力の無さ。
自分用に短編をまとめた冊子を作った記念? に、書いたものです。いろいろ解釈ができるかと思います。ご自由に。