独白 4

『最初は彼の頼みならば、私に出来る事ならなんでも協力してあげたいと、ただ純粋にそう思っていただけでした。それは彼への親切心と云ってもいい。しかし同時に、彼に手を貸していたあの頃の私は、自分の隠れた本性を自覚しつつあったのです。胸を締め付ける罪悪感と共に、恐怖と緊張に興奮を覚えるような、私はそんな人間だった。人がそれを狂気と名付けるのならそれも仕方ないのかもしれません(城谷直樹 独白 崩壊へと続く線路)』

佐伯隆司がサークルを利用し彼の計画を実行したのは、城谷直樹が大学二年の中頃の事だった。城谷直樹はこの頃には既にサークルでの活動が生活の主となり、大学も休みがちであったという。生活のためのアルバイトを例の集会場所にもなるジャズ・バーで勤めながら日常的にサークルに参加し、計画のため不在になる事のあった佐伯の代理なども徐々に任されるようになっていた。他の主要メンバーも不思議とそれを認めるようになっていったのは、城谷直樹の働きによるものというよりも、佐伯隆司という彼等のカリスマ的存在による影響が大きい。

後々明らかになった事だが、予定外の事態によって、佐伯隆司の計画は彼自身の当初の予定よりも急速に実行段階に移行してしまったようだ。当時内部事情を知るサークルメンバー二人による裏切り行為(内部告発のための雑誌記者への接触)を察知した佐伯は、城谷直樹や他の主要メンバーと共にこの二人を拉致監禁する。計画そのものの破綻する危機を迎えた佐伯は、十分な準備もままならない状態であったが計画実行を強行してしまうのだった。これは佐伯隆司の計画において唯一の大きな誤算であったのだろう。
同世代にとってカリスマ的指導者としてその非凡な才能を発揮していた彼の、並外れた手腕をもってしてでさえやがて取り返しのつかないものとなっていった。

佐伯隆司の計画の第一段階は、もっとも世間を騒がせる事となった事件だ。都内数十箇所における爆発物の設置。当時この実行犯に選ばれたのが、佐伯隆司の分身のようにしてサークル内で活動していた城谷直樹だった。爆発物は小包であったりバッグであったりしたという。潜在的なものなのか、それとも抑圧され続けた環境によって育まれたものなのか、それは定かではないが、彼にどれほどの厳戒態勢でも潜り抜ける能力があったのは驚くべき事実だ。城谷直樹は完璧なまでに計画の大役を遂行していった。

佐伯隆司はこの爆発物の設置場所を城谷直樹に指示し、自らはその設置場所に関係する企業や官僚、議員に脅迫文を送りつけている。佐伯隆司の狙いは爆発物による被害そのものよりも、むしろこの脅迫行為にある。彼は事前に得た不正取引や事件関与などの裏の情報の収集データを元に、脅迫のための爆発物を心理的経済的に最も効果的な被害を与えられる場所に仕掛けさせ、それら世間に明るみになっていない問題について当事者本人から全てを公表させようとしたのだ。彼等の起こした事件の被害者でありながら、間接的にせよ、直接的にせよ、なんらかの事件の関わった加害者である佐伯隆司の標的達。脅迫に屈して世間に公表した者は、自分達の罪を白日の下に曝した事で信頼と地位、名誉を失い、頑なにそれを拒んだ者もまた、爆破事件の被害によってやはり信頼と地位、名誉を失った。

 この事件による死傷者は数千人、脅迫により明るみになった別事件によって検挙された関係者は実に数百人である。佐伯隆司はその人数を踏まえた上で、匿名によってすべての犯行は自分によるものであり、自分こそこの国の必要悪であるという旨の声明をインターネット上に出した。多数のサークルメンバーによる配信は実行犯の特定を難航させる。これがこの事件の特徴である。単独犯を装いながら、実際には多数の協力者を抱え、そして波紋に同調、又は便乗した無数の模倣者を生んだ。佐伯隆司の計画の悪質性はこれによって大きな混乱を生じさせた。

 それら一連の行動はただ単純な、佐伯隆司による対象に対する怨恨ではない。そこにある深い憎悪をあえて表現するならば、彼はこの世の中そのものを恨んでいたし、この国のすべてを憎んでいた。何が彼をそこまで追い詰めたのか、何が彼をこんな計画まで駆り立てたのかは明らかではない。だが、佐伯隆司と城谷直樹が共通の敵として世の中のすべてを認識していたのは確かだ。そして、彼等は都合良く『これは粛清であり、この国の革命である』と多くの若者達をマインドコントロールするが、実際に起こした事件は容認されるべき事では到底ない。この後に起こる事件を含めて、彼等の計画はこの国の歴史に残る最悪の大量殺人であり、前例の無いテロ事件である。

 インターネット上に配信された声明の後、計画は緩やかに第二、第三の段階へと移行し始めていた。

『彼が抱いていたものは、理想でしかなかったのです。実際にはただ徹底してこの国を破壊し尽くすための計画。正義と革命を掲げる彼は、所詮崩壊へと導く者でしかない。そんな彼を指導者と認めていた彼等を私はよくわからない。サークルのメンバーは彼の計画のための使い捨ての駒に過ぎず、私でさえ彼自身の代用に過ぎない。多くのメンバーは、彼の計画がやがては自分達の救いになるとでも信じて、彼の計画に賛同していたのでしょう。或いは実際に行動を起こした彼の傲慢さを、心の支えにしていた弱い人間もいたことでしょう。私はこの計画が崩壊へと続くと分かっていて、彼の計画に乗った。それが私の償いきれない罪なのです(城谷直樹 独白 崩壊へと続く線路)』

独白 4

独白 4

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-20

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