やどかり

やどかり

大切だったから

彼女、友達、やどかり

海辺で取れるやどかりを見つけては持って帰ってきて水槽で飼育した。そういう生活をして、もう10年になる。

今では水族館の入り口に展示してあるような少し大きめの水槽を使っていて、数百のやどかりを飼育している。最初の方は餌を食べなくてすぐに死んだり、水温にやられたりして、飼うのは難しいのかなと思っていたが、2ヶ月が経つ頃にはしっかり飼育できるようになった。

「お前らはなんでやどかりとして生まれてきたんだろうな」
餌をやりながらいつも考える。それとともに自分がどうして人間としてうまれてきたのか、そもそもなんのために生まれてきたのかとかをよく考える。
小学校は楽しかった。中学校も楽しかった。高校なんて最高だった。夏が好きだった。冬にはたくさんおしゃれした。夏休み、冬休み、文化祭、体育祭、夏祭り、秋祭り、人生は素敵な行事で溢れていた。
それは今も変わらない。友達と過ごす日々は楽しい、きつい仕事だって終わった後の達成感は素晴らしい、辛い時だって恋人がすばにいてくれる、夜は二階から屋根に乗って星を眺めるんだ。そうやって楽しい日々をお前たちに語って聞かせるのが僕の日課だった。

でもたまにさ、お前らがかわいそうになるんだ。本当はこんな小さな水槽のなかで一生を終えるのなんか嫌だよなって。そう思う日は大きくなった何匹かを海に返しにいってな。
ごめんな。俺の勝手なエゴでさ。

でもまたある時はお前らを集めて帰ってくるんだよな。嫌なことあって、偶然にも彼女に会えない日とか。多分小さい時にお前たちに頼りすぎたせいで、俺の心の安泰三要素は、彼女、友達、やどかりになっちまったのかもしれねぇな。情けねぇ。でも頼りにしてるんだ。お前らのこと大好きだからさ。

あれ。そっか…。気がついたらこの歳か。
なんて短い人生なんだろう。楽しかったな。振り返れば嫌だった思い出も憎かった思い出も、後悔も、涙も、全部愛しいもんになっちまうんだな。
俺の友達もいつのまにか死んじまってよ。自慢の妻も去年の夏にいっちまったもんな。
あとはもうお前らだけだよ。
生涯、猫も犬も飼わなかった。動物というか…生き物だよなお前らは。
何もしゃべってくれねぇけどよ、ずっと俺といてくれたよな。
ありがとな…。本当にありがとな。

浜辺でひっくり返した大きな水槽。
海に帰っていくお前ら。
もう一度感謝。ありがとうな。
見送って見送って、見送って見送って。
とても長い時間そこにいた気がする。
海岸沿いのテトラポット。
お前らがよく生きていた場所。

そこで腰を休めたまま、俺が目をさますことはなかった。

やどかり

やどかり

お前らが死んでも、おれは生きてた。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-23

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