生刑
無の中での生きる苦しみ
女性が行方不明となる事件が多発している。行方不明者の共通点はその人の部屋には断崖際で俯いた女性が佇んでいた絵が飾ってあった。そして絵に描かれている女性は行方不明者と酷似しているという。噂では行方不明の女性達が絵に引きずりこまれてしまい、絵の中で生きているという…。
最近毎日、私が断崖際に立ち尽くす夢を見る。いつも目の前には短髪の全身ずぶ濡れの女性が佇んでいた。黒いワンピースを着ており、顔は前髪が垂れて表情が伺えない。そして、荒れた口でいつも細々と喋っているが、耳には届かない。喋り終わりゆっくりと両手を伸ばし、女性が近づいてくる。しかし、私はその場から動けない。女性が私の顔に触れる瞬間目を覚ます。私は起き上がると寝汗でパジャマの襟元が濡れていることに気がつく。
「またこの夢か…」
目覚まし時計を見ると、出勤時間間近だった。急いで身支度をして、アパートを出る。
仕事が終わり、自宅のアパートに帰宅する。部屋に入ると今朝まで何も飾っていない壁に変化が見られた。身を覚えがない額縁が飾ってあった。額縁には断崖が描かれた絵画が収まっていた。この絵に描かれている場所を知っている、そう夢に出てきた場所と同じであった…。
その絵画は捨てても、翌日には戻ってくる。かれこれ三回目の処分に失敗している。そして、恐ろしいことにその絵は日々変化する。絵画には断崖から這い上がってくる女性が描かれていた。絵が部屋に現れて四日目に現在の状況について恋人に相談する。恋人が絵画を捨てるのではなく、お寺で供養して燃やしてみたら?と提案してくれた。
私はその翌日に早速、絵をお寺に持ち込込んだ。住職は絵を受け取って、暫くその絵を怪訝そうな奇妙な表情で見つめた。
「この絵から途轍もない怨念が込められている。完全に供養できるかわからないがよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
私は躊躇なく答えた。安易にこの絵がなくなれば、怨念があろうが恐怖から開放されると思った。
住職に供養してもらい、燃やしていただいた。燃える絵を見ながら、私は住職の言葉を思い出した。「生命は業を所有し、業を母胎として生まれ、業に固く結びつけられ、業に依存し、善悪の業をつくってそれを相続する」自分が蒔いた種は自分で刈り取らなくてはならないと住職が言った。なぜ、住職がこのようなことを言ったのかは今では理解できなかった。
六日目の朝だった。燃やしたはずの絵が壁画として現れた。
「なぜ…?燃やしたのに…」
私は驚きのあまり足が竦んでしまう。
「私に何の恨みがあるの?いい加減にして」
私は頭を抱え、現在の状況に初めて恐怖した。以前まで恐怖はしていたが、得体の知れないもの対する恐怖だ。だが、今は死を感じるほどの恐怖だ。
「私が何をしたというの?」
すると、私は震えながら、絵が変化していることに気づいた。女性が手前まで這いずってきている。今にも絵から手が伸びてきそうであった…。
私は怖くなり、恋人の家に泊まることにした。その日、私は夢を見た。部屋の壁に描かれた絵と同じ場面から始まった。女性が両手を伸ばし私へ近づいてくる。女性は「…やっ…みつ…た…」と細々な声で話しかけてきたが聞き取れなかった。以前の夢にはなかった行動であった。女性の手が主人公の顔に近づいてき、夢はそこで終わった。私は目を覚ますと自宅の絵の前でうつ伏せになり寝ていた。
「なぜ…私の家にいるの…?」
部屋の照明は暗く、月明かりだけが部屋を不気味に照らす。月明かりで壁の絵が更に異様な存在にしていた。すると、絵から黒い液体が滴るように垂れきた。私は恐怖で声が出ず、腰がついたままずるずる後退りした。
絵から女性が這いずり出てきた。女性は「…やっと…見つけた…」と今度は鮮明に聞こえた。
「こ…来ないで…」
私は動かない身体を必死になって動かした。だが、どんなに後ろに下がっても、どんなに押しても冷たい壁が遮っている。後ろに逃げ場がなかった。背後に気を取られていると、眼前には女性の手が私の顔に近づいてきた。女性が私の顔を両手でつかみ、絵に引きずり込まれた…。
生刑