人間のお医者さん

人間のお医者さん

病はモザイクから

やぁ、私はお医者さんだ。と言っても小さい待合室と小部屋にベッドが置いてある診療所であって補助のナースもいない。そう私ただ一人でこじんまりと経営している。もしかすると私の隣の隣に店を構えている八百屋の方が売上は良いのかもしれないし、ひょっとすると私の隣の隣の隣に店を構えている整備工場の方が繁盛しているのかもしれない。
 私はそんなどうでも良い考えに耽りながら湯気を立てる苦いコーヒーを口に注いで丸いビスケットを放り込んだ。そうした時であった。
 カラァン、カラァン。
自動ドアを設置するお金はないので、風除室さえも開きドアなのだ。古い金属音が空き缶を叩く様にしてお客さんが待合室に入りこんだ事を私に知らせた。
 私はビスケットを割って再び口に放り込んだ後、パソコンと本が並べられた机から立ち去って待合室の窓口に進んだ。
 午前10時。平日のこの時間帯に来るとはね。私はあくびを飲み込んで窓口の机に静かに置いてあるボタンを押した。そうすると待合室の壁に張り付いてるスピーカーから音声がながれる。
「診察室にお入り下さい。診察室にお入りください」
 私は窓口から診察室に繋がる扉を開けて黒くて丸く座るとキシンだ音を出す椅子に腰を下ろして待合室から入ってくるお客さんを待つ。
 30秒もしないうちに扉はスライドして開いた。髪の毛が長く派手な服を着こなした女性が顔を伏せて診察室に入り私の前で立ち止まる。
 私はその女性に向かって「どうぞ腰を下ろしてください」と言う。
 顔を伏せた女性は私の声に従ってゆっくりと腰をかけたが顔は伏せたままである。私は頭をボリボリと掻き女性に質問した。
「おねぇさんは初めて此処で診察を受けますね?それで症状はなんですか?」
 私の問いに顔を伏せて少々の沈黙が流れたが女性は伏せたままの状態で話す。
「昨日の夜からなのです。私の顔に黒い斑点がぽつぽつと幾つものできものが浮かんで来ました。私はそれが嫌で昨日の夜は早く寝たんですが…朝目が覚めて鏡を見たときに私の顔には…」
 女性はそう言うと顔を私に見せた。
 開いた瞳が顔中に、眼、眼、眼が散り散りとばらついて乱雑に並んでいる。数えるとそれは42個も有った。大から小までの瞳が至る場所をギョロギョロと動き見ている。その光景から何かに警戒している様にも見えた。
「この顔中に張り付いている目ん玉!どうにかして下さい!」
女性はそう言って泣き出した。
 私はその顔にたくさんある目玉を適当に観察して女性に伝えた。
「そうですねぇ。この症状は貴方のようにお若いおねぇさんに多いんですよ」
 その言葉に女性は黙って聞く。
「と言うのは…おねぇさんは結構、人の目を気にするタイプですね?常に他人から見られていると言う自意識が強いというかぁ、まぁ実際そんなに他人なんかおねぇさん何か見ていませんよ」
 しかし女性はキーの高い声で私に言う。
「そんな事ありません!すべての通行人やレストランでご飯を食べる人、電車に乗っている乗客もみんな!私をジロジロと見てくるんです!」
 女性は息を荒げてふぅーふぅーとしながら言った。私はまぁ、こんな人は慣れているのでニコニコと笑いながら診察完了の言葉を述べた。
「まぁ、まぁ、落ち着いて下さい。取りあえず『自意識が弱くなる』お薬を出しときますねぇー」
 私はそう言って女性を待合室に送り窓口から白い封筒に似た袋に赤い錠剤を入れ袋を女性に渡した。女性に顔に張り付いてる眼は怒って私を見ていたが私は静かに料金を受け取り窓を閉めた。
「お大事にー」私はそう言ってパソコンが置いてある席に戻ろうとしたその時。
 カラァン、カラァン。
 ドアが開いて新たなお客さん、患者さんが待合室に入ってくる音が聞こえた。私はめんどくさいなぁ…と思いつつ、窓口の机に置いてあるボタンを押した。そうすると待合室の壁に張り付いてるスピーカーから音声がながれる。
「診察室にお入り下さい。診察室にお入りください」
私は窓口から診察室に繋がる扉を開けて黒くて丸く座るとキシンだ音を出す椅子に腰を下ろして待合室から入ってくるお客さんを待つ。くすんだ壁紙に掲げてある時計の針は10時40分になっていた。結構長く診察していたのかと考えていると私の目の前のドアは音も無く開いた。
 見ると、少女のドット絵が現実に具現化したかの様でゲームかアニメのキャラクターがドアの前で立っていた。私は思わず「うわぁ…」と言いそうになった口を押さえて「どうぞお座り下さい」と言った。
 私の声にドット絵の少女は低い男性の肉声で「はい…」と答えて腰を下ろした。その声がまた一段と私の耳を辱めた。
 「んー、症状は見た状態でいいですね?」
 私はそのドット絵の少女の中にいる男に質問した。
「はい、そうです」
 男はドット絵の口をパクパクさせて答えた。
「それで一体どの様にしてこの様なお姿に変身したんですか?あなたの願望ですか?」
 私はドット絵の腕を触った。さわり心地は角砂糖に似ていると勝手に思った。
「ち!違いますよ!僕はこんなアニメとかゲームとかしない一般的な大学生です!」
 ドット絵の少女は眼を赤く赤らめてドットの怒りの煙を上げて言った。私は一般的にもアニメとかゲームはするんじゃないかなぁ?と言い返したくなったがそれは言わない事にした。お客さんだ。仕方がない。
「それで何か心当たりはありますか?」
 私は頬を掻きながら聞いた。その私の言葉にドット絵の少女は何かを考えるそぶりで腕を組んだ。幾らかの時間が過ぎた後に男の肉声で私に思いついた事柄を話した。
「そう言えばこのキャラクターのドット絵!見おぼえがあります!確か携帯でネットを見ていた時ですこのキャラクターの絵や画像が僕の友達から送られて来たんです!」
 私はその内容を聞いて頷き頭を巡らせた。この本人はこのドット絵のキャラクターにはさほど興味はない…と言うことは…
「おそらく感染ですねー」
「感染?」
 私の述べた事にドット絵の少女は疑問のトーンで聞き返した。
「そうです。感染です。あなたのご友人から送られて来たその画像は、あなたをそのキャラクターのファンか何かにしたいと思ったか、またはそのキャラクターの事で気持ちを共有したいと強く思って画像を添付してあなたに送りつけたのでしょう…」
「なんだって!非常に迷惑な奴だ!確かに奴からは時たま謎の女性キャラクターの画像が送られて来たが…そんな意図があったとは…」
 この男性がぶつぶつと文句を言っている事を遮って私は言葉を伝えた。
「そう、ご友人の文句を言わないで下さい。一応ですね『他人の影響を受けにくくなる』お薬を出しときますねぇー」
私はそうした後、ドット絵の少女を待合室に送り窓口から白い封筒に似た袋に青い錠剤を入れ袋を男性に渡した。ドット絵は深いため息を吐いて「外歩きたくないなぁ…」と呟いた。私はおかまいなしに料金を受け取り窓を閉めた。
「お大事にー」私はそう言ってパソコンが置いてある席に戻り冷めたコーヒーをレンジで温め直した。レンジはオレンジ色の光を放ちジリジリと回転してコーヒーの分子をコトコトと煮た。私は再び湯気を立てる事に復活したコーヒーを手に納めて何時も腰かけている椅子に座ってコップの縁に唇を付けた。パソコンの画面を見ると11時15分になっていた。あと、もうちょい頑張ったらお昼ご飯だなぁーと思っていると本日三度目の軽いアルミ缶の声が私を呼んだ。
カラァン、カラァン。
 今日は患者さんが良く来るなぁと鼻の上をさすって、もう一杯だけコーヒーを含んで椅子から立ち上がった。そうした後、やはり窓口に進み年季の入ったボタンを押した。
「診察室にお入り下さい。診察室にお入りください」
 診察室にひっそりと置いてある丸くて黒い椅子に座る。私は先の尖ったボールペンをクルクル回しその目線の先にあるドアが開くのを待った。
「んんっ!」
 私は思わず鼻を指でつまんでしまう。ドアの向こうからか薔薇か林檎飴か菓子砂糖かまるで舞踏会で踊りまわる香水の濁流が押し寄せた様に強烈な香りが診察室の中に侵入してきた。私は机を勢いよく開けて洗濯バサミを取り出し自分の鼻に挟んだ。無駄に痛い…
 そうした後ドアに向こうから声が聞こえて来る。
「申し訳ないです。入って宜しいでしょうか?」
 透き通る男の声だった。
「どうぞ、どうぞ、お入りください」
 ドアがゆっくり滑って開いた。身長の高い姿には細いイギリスの紳士であるかの様な黒のスーツを身につけ蛙のカフスを両腕に飾ってある。だがその姿のすべてを見る前に私はその増量した重い香りに顔を床に伏せてしまった。普段の私には無縁な代物に香り。ただでさえ耐性がないのだ。気分がおかしくなる。
 その私を見てそのスーツを身に付けた男は私に心配な声をかけた。
「大丈夫ですか!どこか悪いところでも…」
 私はゴホゴホと咳をしてそのハイカラな紳士を見て言った。
「心配しないで下さい。大丈夫ですから…」
 しかしその私の向けた視線の先にある筈の紳士の顔は青々とした葉に包まれたツボミであった。私の瞳には全身が葉で覆われた頭と首と腕と手が映る。なるほどこの匂いの正体はこの紳士の身体からか…そう思った私は紳士に言った。
「うー、ごふっ…どうぞお座りになって下さい」
 葉で覆われた紳士は素直に椅子に腰を下ろした。もはやこの香りに屈している場合ではない。さっさと診察をしてこの患者を帰そう!と私は決心して紳士に尋ねた。
「その現在のお姿になった原因の様なものは分かりますか?」
 私は率直に言う。するとその紳士は葉の生えた手で頭らしきツボミを掻いて答えた。
「実は原因なんてとっくに分かっているんです」
「では、その原因とは?」
 洗濯バサミの意味がなしていない。匂いが鼻の隙間から侵入してくる。
「私の会社から見えるお花屋さんの店員なんです。そうです私はその店員に恋をしています。その店員は私が会社に出勤する時、笑顔で挨拶をしてくれます。その笑顔に…まぁベタなのですが惚れたのです。そして日に三度、花屋の外にある花に水を与えるのです。私はそうした光景を何時も会社の窓から見ているだけなのです」
 紳士はこうした内容を聞かせた。私はこの紳士の言葉に黙って聞いていたが不思議に思う、恋しているからといって、症状を引き起こすのは意外に少ないのだ。それも全身を葉っぱで覆うのは良くわからない。
 私は唸って考えていると紳士は言った。
「なんだかこの診察室、緑が少ないですね?」
 その言葉が聞こえた瞬間、診察室の壁や天井や床から緑色のツルや木の枝やニョキニョキと生え出した。私は驚いて周囲を見渡しているとその生えたツルからツボミが膨らんで赤い花を咲かせた。私にとって酷い香りがさらに充満させる。私は腕で鼻を隠そうと顔に近づけた。するとどうだ、私の腕から青々とした葉が生え出しているではないか。この状況は危険だと認識した私はこの紳士の改善点を脳内で巡らせて考えた。
 恋した店員、日々挨拶する店員、毎日三度水を与える店員、会社から見ている紳士…

 こうまとめると情報が少ない!植物が好きなのか?植物に嫉妬しているのか?違う!それなら植物の姿にならない筈だ。いや?まてよ…この紳士、まず素晴らしくキツイ香りと全身を葉で覆っている姿…そして周りまで茂みで覆い隠そうとする姿勢。私はこの黙想からある一つの憶測が思い浮かんだ。
「あなた!自分に自信がないんですね!」
 私の投げかけた言葉に紳士はピタリと動きを止め、葉はそれ以上の成長を辞めた。
 紳士は「ふぅ…」と何処からか息を出して私に言う。
「自信ですか…初めての感覚ですよ。この私が自信がないといった感覚。私は今までそれなりの人生を送ってきました。そしてそれは満足のある日常で自分自身に自信はありました」
 紳士は少し間を置いて続けた。
「あの花屋の店員に会うまではね」
「それとどの様な関係があるんですか?」私は言う。
「正直に言って花屋の女に思いを寄せるとは子供の頃の良くある幻想の様な事だ。けれども先ほど述べた様に私はその店員の笑顔に惚れたのです。そうです、あの裏表のない笑顔、誰にもあの様な表情を示せる彼女にね」
私はポリポリと額を掻いて聞いた。
「ふぅん、いい人じゃないですか?多分?それで、あなたの自信とどんな関係があるんですか?」
「その彼女の前では私は幼稚になってしまう!まるでピエロだ!何時もの私では居られない!だから隠してしまいたいのだ、この顔、この姿、いや私の全てを私の周りまでも!」
 この様に苛立ちを込めて語った紳士の話を聞いて私は言った。
「別に隠そうが隠さないだろうが、それはあなたの決定だと私は思いますがねぇ

「でも一つ言っておきます、あなたの自信の無さの原因は他にもあります。その店員が何かあなたから見て凄い存在や完璧な存在に見えているだけです。それであなたが勝手にオックウになっているだけです。その店員の意外な一面を見ると砂の像みたいに崩れますよ」
 紳士は何処か納得した様に立ち上がった。するとその紳士の顔のツボミは開いて満開の花を咲かせた。
 私はその甘い香りに目が回った。香りの暴力だ!そうムカついた時、紳士は言った。
「んー!確かに!私は一人で考え過ぎていたのかもしれません」

 私は早く帰れよと思いながら話す。
「理解が出来たのでしたらお薬は、まぁいらないかもしれませんが…問題が出る可能性があるかもしれませんので『それほど弱気にならない』お薬を出しときますねぇー」
私は席を立ち紳士が外に出るように促した。それで私は窓口から白い封筒に似た袋に緑色の錠剤を入れ、袋を紳士に渡した。紳士は私にお礼を述べて私に料金渡した。その後にゆっくりと窓を閉めた。
「お大事にー」私はそう言って診察室の時計を見た12時15分だ。あの紳士の所為で私のお昼ご飯が15分も過ぎたじゃないか。しかも私の腕にはまだ葉っぱが生えているし、診察室にも枝と花が残されたままだし、あの香りも置いてきぼりだ。私は深いため息を吐いて外に出た。八百屋の隣の目の前で売ってある安い弁当を買いに向かう。焼き肉弁当350円だ。しかもスープも付いてくる。お豆腐が入っていて大根も入っている。私はその弁当を買い、診療所にスタスタと戻りパソコンが置いてある部屋に入り弁当をたいらげて、診療所の唯一のベッドで眠った。ふかふかとしているのであっというまに暗黒に落ちて行った…

カラァン、カラァン。
霞んだ軽い金属音が目覚まし時計の代わりに鳴った。私は目を覚ました。首をあげて壁に掛けてある時計を見た。
 14時25分。あぁ、寝過してしまったか!私は急いでベッドから起きて窓口に向かい、扉を開けて慣れた手つきでボタンを押した。
 待合室のスピーカーから音声が流れる。
「診察室にお入り下さい。診察室にお入りください」
 私はシワになった白衣をパァンと弾いて診察室の椅子に腰をかけた。と、ドアの奥から静かな声が聞こえてくる。
「あのぉ、入っていいですかぁ?」
 私は「どうぞ、お入りください」と言った。
ガラリ!と開いた。
 そうするとつむじ風が診察室の中に入り込んできてビュンビュンと音を鳴らし息吹を私の皮膚に吹きかけた。さっき生えた葉っぱと枝や花は揺れて巻きあがった。私は途端に眠気が吹っ飛びその入って来た者を見た。
 けれどもその姿は黒い線の様なまたは糸くずの物が竜巻で有るかの様にして人の外側を勢いよく回っていた。その為だろうか?このつむじ風は?私は仕方がないのでその男性か女性か分からない者に言った。
「取りあえず座って下さい」
「はぃ…」
 つむじ風の者は静かな声で言った。
 このつむじ風は何なんだろうか?その疑問を知る為に何時もの質問を目の前にいる者に行った。
「そうですね?そのあなたの回りで竜巻の様に起きている現象に心当たりはありますか?」
「ないです…」
 ないです?だと?嘘を付け!ないならこんな状態になる訳がないだろう!と思いつつもそんな文句を患者には言えない。実際、この様に答える患者は多いのだがその度にめんどくさいなぁと思う私だ。本気で直す気がないなら診療所にこないで貰いたいとね。しかしながら、このタイプは非常にめんどくさいと見た。今までの経験上、攻撃的な患者の方が治療はやりやすい。内容が単純だしすぐに質問に答えてくれる。だがこの様に姿を隠して本人もやる気があるのかないなか分からない。しかも内向的な正確な奴は一癖も二癖もあり、頑固だ。あー、診療が早く終わりますようにと考えながら私は話す。
「何か悩みとかあるでしょ?あなた学生ですか?」
「悩みは特にそんなにぃ…学生というかぁ、バイトしてます」
 答えた者の声はつむじ風が消し去ろうとして良く聞こえない、その為私は耳を傾ける。
「それではバイト先で何か気に食わない事とかありますか?」
「ないですぅ」
「ではでは、バイト以外の時間は何をしていますか?」
「特になにもぉ」
 何だコイツ!治す気はあるのか!と私は思いムカついて頭をガサガサと掻いた。私はその者の姿を観察した。ブンブンと音を立てて回っている。私はその黒い線の様な糸くずをじっくりと見た。勢いよく駆け巡っているので私の動体視力では判別できない。ならば!行動に移すしかない!
 私はその竜巻の中に手を突っ込んだ。意外だったのはまるで金魚が避けて行く様にその糸くずも避けるのだ。私はさらに両手で素早く掻きわけてその糸くずを捕まえた。魚が逃げるかの様にして手の中でうごめくので、私は力強く机の上に叩き下ろした。
ダァアアン!!
 どうやら、その衝撃が効いたらしい。それは息の根を止めた。私はその捕まえた物を見た。何だこれは?文字?いや?文章か?私はじっくりと目を凝らしてそれを読んだ。

『吾輩はここで始めて人間というものを見た』
 意味が分からん。
 私は再びつむじ風から糸くずを捕まえて机で叩き殺して、それを読んだ。
『するとどこかでふしぎな聲が、銀河ステーシヨン、銀河ステーシヨンと云ったと思ふと、』
 ますます意味が分からない。だがこの者の状態はおそらくこの飛び回っている文章がヒントだと私は確信した。私はまたつむじ風に両手を突っ込んでピチピチと動く糸くずを捕まえて叩き付け、文章を目で追った。
『そのまだ湯気の立っている鼻を、両足に力を入れながら、踏み始めた。』

 この文章は小説なのか?そうなのか?私はそう腕を組んで考えた後に目の前でつむじ風を吹かせる者に質問をした。
「あなた、もしかして本とか小説とかを読む事が好きなんですか?」
ビュービューと風を巻き上げる奥からその声は聞こえてくる。
「…そうです」
私はそのつむじ風の者に近づいてまた聞いた。
「しかし、わかりませんね。その、本とか小説が好きといった理由だけで何故その様な状態に陥ったのか?」
 私がジーとその回る風を目で追ってみているとその者は静かに言った。
「実はわたしぃ、小説を書くのがぁ趣味なんですぅう」
「だからぁ、そのぉ、わたしにぃ『小説のネタが思いつく』薬をくれませんかんかねぇ?」
 何を言っているんだこいつは?私は苛立ちがピークに達した。だからだ、患者とかお構いなしに怒鳴った。
「お前、ふざけんてのか!私はお前みたいな奴が一番嫌いなんだ!ネタを書ける薬をだせだぁ?どうせお前、目標もなくただ、だらだら生きてきて絵や音楽とかスポーツとか何の努力もしないで、取りあえず手っ取り早く書ける小説だからって書いてるんだろ?とっとと帰りやがれ!」
 私は患者の周囲を駆け巡る線の風を蹴り飛ばして言い放った。
「なんだとぉ!これでもわたしぃネットでは沢山の評価を頂いているんだぞぉ!」
「二度と来るな!」
 再び私は蹴って追い返した。
 ブンブンと音を立てる風と共に患者はぶつぶつと文句を言いながら扉を開けて消えていった。

 15時30分になっていた。
 私はパソコンと机のある部屋に戻る。それ以降、患者は訪ねて来なかった。
 17時00分。時計の針は仕事を終える時刻を指している。私は表のシャッターを下ろして地下へと続く階段を降りて行った。これは何時もの習慣になっている。いや、その為に私が此処に存在しているといっても過言ではなかった。最後の段を下りて目の前にある重たい扉を押して開ける。中からは異臭と暑苦しい空気が伝わって来た。
「今日もお疲れ」
 暗い部屋の中にベッドに横たわる一人の男がそう言った。男。声からそうわかるのだ。だがその見た目は人間なのかは全く分からない。全身が肉の塊で何処が目か、何処が口か、頭か腕か、脚かも分からない。ただれた皮膚の上に苔が生えている。それは私にお疲れと言ったのだ。
「お疲れ様です。先生」
「それで、どうだった?今日は?何か収穫はあったかな?」
 苦しそうな息使いを抑えて私に質問した。
「ありません」
「…」
 私はその肉の塊の者に言った。
「先生、もう辞めましょうよ。先生が普通の人間だった頃に患者を治しすぎた所為でこの様な姿の病になってしまったのです。もはや治す方法は先生が先生と言う医者を辞める事しかないと言うことを先生だって知っていますでしょ?そうすれば、いますぐにでも…」
「黙れ!私のサイボーグの分際で!私が医者を辞める?ふざけるな!そんな事をしたら私の存在価値は反吐以下だ!お前は黙って私を医者を辞める以外の対処法を探せばいいのだ!」
 肉の塊は大声で怒鳴る。狭い部屋は反響してさらに大きく聞こえた。
「先生、私は沢山の患者を診断して分かったのです。これらの病は本人が変わらなければ治らないんです。薬をだしたって、きっかけを作るだけの物です」
「えぇえい!黙れ!黙れ!黙れ!私は医者だ!奇妙な病気を治療をできる天才な医者なのだ!絶対に医者であり続けるぞ!私は!」

 私はその言葉を聞いて部屋から出た。昨日も同じ事を言っていた。私はサイボーグで人間ではない。白衣を着た人間モドキの医者だ。私は病気にならないし、なりたいとも思わない。これからも先生の病を治療する術を探し続けるであろう。ただ一つだけわかる事がある私はサイボーグでよかったと。
 私は軽く深呼吸をした。
 さぁコーヒーでも入れてモンブランのケーキをコンビで買ってくるか。今日も一日、仕事を頑張った私にご褒美だ…

人間のお医者さん

人間のお医者さん

と言うのは…おねぇさんは結構、人の目を気にするタイプですね?常に他人から見られていると言う自意識が強いというかぁ、まぁ実際そんなに他人なんかおねぇさん何か見ていませんよ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-20

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