エレキテルの自問自答

物売りこそ代価が欲しい

「虎徹!虎徹!起きてよ!かーちゃんが、うん、うん、唸ってて苦しそうなんだ!」
真夜中の黒いカーテンが風で揺れて熱を帯びた空気が網戸を通って入ってくる。その窓からは満月の月明かりが砂埃の束となり射した。私の名を呼んだ小さい手は身体を擦り、その大きな二つの目玉に小粒の涙を溜めて泣いていた。私は眠気の所為でクラクラと左右に動く頭を止めてその声の主に尋ねた。
「かーちゃんがどうしたって?」
 涙を流す事を我慢している男の子は隣で寝ているかーちゃんに指を向けて言った。
「凄い苦しそうなんだよ」
「なに?」
 私はそう言うと指を向けられた方向に近寄る。確かに其処には苦しそうに丸まり冷たそうな汗をポタポタと垂らす母親が敷布団の上にいた。手を差し伸べて母の額に当てると焼けた栗の様に熱が伝わってくる。日中は元気であった母が今、この様に具合が悪くなるとはまったく予期していなかった。
「虎徹、かーちゃんが!かーちゃんが死んじゃうよ!医者でも呼ばないと死んじゃうよ!」
 小さい手で私の胸を掴みワァンワァンと泣きじゃくる。もちろん私だって医者を呼びたい。しかしこんな真夜中にあの医者を呼ぶのは…それに加えて医者を呼ぶ程の金などうちにはない…。
 母は踏み潰された蛙の声で「あぁ…あぁ…」と呟いた。
 死にかけた蛙の声を聴いて男の子は私を見た。私はもう居た堪れなくなり夜の風が吹く外へと飛び出した。
 ほぉーほぉーと鳥か虫か分からない鳴き声が林のざわめきと重なり合って私を脅かそうとする。あの医者がいる場所はこの峠を下った村がある場所だ。速足で駆けて行く。母と男の子を思うと自然とそうなる。月が照らす明かりを頼りに獣道を進んで行く。村に行くと医者はいる事は知っている。だが行きたくはなかった。あの医者、あの村にいる村人は私は大嫌いだ。徐々に村の光が見えてくる私は黙って医者のいる家へと向かった。

 「くそったれ!」
 怒りが頂点に達していた。私が医者を訪ねるや、髭を生やした医者は村人を呼びつけ私をそこから追い出した。私の声や言葉などには何も聞き入れてはくれなかった。私は深く落ち込み母がいる家へと向かう。重い足取りであった。その瞬間、私が見つめていた世界がひっくり返る足を滑らせのだ。湿った苔が草履の底を掃った。バランスを崩して林の奥へと車輪の様に転がって行く。ゴロゴロと転がり落ちていく瞬間でも惨めであった。
「いってぇなぁ…」
 私は傷ついた身体を起こして立ち上がった。そして暗闇の先を探るようにして奥を見る。
 ん?なんだあれは?
白い光が見えた。大きな広葉樹の木で枝から生えたツルが根となり地面へと突き刺している。好奇心。私は好奇心と共に恐る恐るその光へと歩き出した。するとどうだ木の葉っぱと木の根っこや幹からキノコが生えており、そのキノコが薄気味の悪い光を発行させているのだ。この異様な光景に私はただただ立ちその軽く息を吐くように点滅するキノコを眺めていた。
「やっほい!お前さん」
 柑橘系の飴玉を下に転がしたような甘い声が木の幹の下の方から私に呼びかけて聞こえた。こんな場所で人の声が聞こえただのだ。尻餅をついた。
「お前さん、こんな時間、こんな場所で何をしてるのかね?」
 私は目の前の声の正体を暴こうと思い瞳孔を広げて見た。そうすると私の瞳に白い羽織を身に着けたおさげの少女が木の幹の前に天幕を張って座布団に座りこっちを見て微笑んでいる。そうして少女は絹で巻いた机に手を置いて私に手招きをして言った。
「なに驚いてるんだい?さぁさぁ此方においでよ。アタイの商品を見て行ってよ」
 私はその白く光るキノコとその背景の闇の空間の真ん中に座っている少女に畏怖の念を抱いたが、少女の優しそうに笑う顔を見ると警戒を解いてしまう。私は足を動かしてその女の子に近づいた。
「こんな所で何をやっているんです?」
 私は腰をかがめて質問をした。
 その私の問いに少女は調子良く答えた。
「物売りだよ!それも世にも摩訶不思議な奇妙な物売りさ!」
 少女はニヒヒと得意げに言葉を発した。
「へぇ…例えば?」
 私は興味を持ち、また質問をした。
「そうだねぇ…これとかどうだい?」
 少女はそう言うとホラ貝を私に見せた。少女の顔程ある貝であった。私はウルサイ音が鳴る笛のホラ貝だと気づいてそれを見ていると「お前さん!このホラ貝はただの笛の貝ではないのだよ!まぁまぁ、見といて下さい」少女はこの言葉を言うと自ら口に先を付けて頬を膨らませて力強く息を吹き込んだ。
 ボォオオオ!
 ホラ貝から敵襲を知らせる様な音が鳴った。と、その時である。ホラ貝から赤い閃光、黄色い閃光、青い閃光が弾けて飛び出し空中で花を散らせた。
 パァン!パァーン!
 花火。花火だ。ホラ貝から飛び出したそれは夜の空で鮮やかな花火を描き私と少女と広葉樹を照らした。
 私はその光景に唖然として花火を見続けていたが我に返り少女に勢いよく口を動かす。
「そのホラ貝は何なんだ?」
 少女は笑い「音で花火を描くホラ貝ですけど?買います?」と私に見せた。
 私はそのホラ貝を見て一瞬受け取りそうになるが「いいです」と断った。受けることで何か悪い問題が起きそうだと思ってしまったからだ。
 
 少女は次に天幕に腕を突っ込んで取り出した。アジサイの花の束であった。私がそれを見ているとアジサイの花がグラグラと動く。すると形が変化し始め医者の姿になった。憎々しい姿だ睨み付けるとまた変化する。次は村の農民の姿だ。私はたまらなくなり「ヤメロォオ!」と叫んでしまう。
「はぁはぁはぁ…」と息を吐いた。
 少女は笑い「あははは、このアジサイは嫌いな人に変身するんですよ!愉快ですよね!」
「もう、見せるなよ!」
「そんなに嫌がりますかぁ?」

 そう言うと再び天幕に入って大きなカエルの像を持ってきて私の前にゴトンと置いた。
 私はそのカエルを見ているとその青銅のカエルはパクゥウと口を大きく広げて「ラララァ~、ラララァ~」と歌いだした。と、空には雲もないのに冷たい雨が降って来た。私はその粒を手に取って見る。
 雨の粒ではなかった。これは…砂金だ。砂金が空から降ってきているのだ。私はそれを見て胸の奥から不思議と懐かしさが溢れ出してきた。理由も動機も自分でも分からない。ただ、ただ涙が出てくるのだ。
 「そのカエルの歌声はお前さんの愛しい思い出の欠片を見せているのですけど…砂金とはいやはや、一体どんな思いでなのですか?」
「買いますか?」
 少女はそう言うが私は「欲しくない!私はもう母の元に帰りたい。もう私にかまわないでくれ!」と言った。
 
 その私の態度に頬をプクーと少女は膨らませて天幕の裏に入ってしまった。だがすぐさまに出てきて両手に新しい代物を私に見せてきた。
 金魚鉢だ。透明な器に一匹の出目金が尾を揺らして泳いでいる。
「出目金ちゃん、出目金ちゃん、この男が思っている事を映し出してちょうだいな」
 金魚鉢の中で泳いでいた出目金はピタリと停止して夜の星空に向かって目を見開き光線を出した。スルスルと光線は伸びて黄金比の四角い映像を作り出し三味線の弦が切れる音を出したと思うとパッと暗い部屋の中を映し出した。この出目金、一体何なのだ?そう考えながらも私はその部屋には見覚えがあると思った。
 さっきまで私が居た、床に就いていた私の家の中ではないか。私は怖くなり少女を見た。少女は私の視線に気づいて薄笑いを浮かべた。そして指を向けた。
「ちゃんと見といて、お前さんのかぁーちゃん」
 その言葉を聞いて私はその宙に浮いて映し出された母の姿を見た。母はゴホッ、ゴホッと咳をこぼし、白い枕に血を吐いた。男の子はその赤い斑点を目に留めて大声で泣いている。
 そこで出目金はそっぽを向いて空に浮かんでいた私の家の景色を消した。
「あーあ、お前さんのかぁーちゃん死んじまったな」
 少女はポツリと言う。
 私は悲しさと苛立ち。そして私の状況が遊ばれたと思えるこの少女の態度に爆発しそうになった。
「お前、俺と俺のかぁーちゃんを馬鹿にしてるのか!」
 私の怒りの声に対して少女答えた。
「この出目金は一時間後の出来事を映し出す代物です」
「なに?」
「だぁからぁー、今の出来事は一時間後の出来事を映し出したんです!お前さんのかぁーちゃんは後、一時間に死んじまうんです」
 出目金の入っている金魚鉢を奥の天幕に仕舞いながら少女は説明した。
 私は安堵した息を吐いてその場にケツをつけた。どうやら今の出目金は未来を移す奴らしい。しかし、このままでは、かぁーちゃんは死ぬ。
「なぁ!かぁーちゃんを救う代物は置いてないのかよ!」
 私は少女に近づき声を出した。
「ありますよ!」
 白い羽織をはたく様にして小さな手から小さな粒を出した。
 ザクロの形をしたベッコウ飴がキノコの光を反射して輝いて私の目に希望として映る。
「それは薬なのか?」
 私はそれを受取ろうとするが少女は身軽に避けて喋る。
「お薬、ではないですね。このベッコウ飴はナノサイズのマシンでお前さんのかぁーちゃんの肺を物理的に治療するんです」
「意味は分からないけどそれで治るんだろ?なぁ!それを売ってくれよ!」
 フフフッと笑う。それは今まで見た自然や万物の中で美しく汚れた微笑みだった。
「いいですよ」
「ただし」
「お前さんの影を売る。と言う約束をして下さい」

 私の影?意味が分からない。
「影って日の光の裏に出来る私の影の事か?」
 この言葉に少女は首を横に振った。
「違いますよ、影とはお前さんの家にいる、あの幼い男の子。あれはお前さんの影です。あれを売って欲しいんです」
 何を言っているんだ?こいつは?だってあいつは私の、弟…違う。従弟…違う。親戚の子供…違う。あいつは…
「一体なんなんだ?って思っていますか?」
 私は頭の中を必死にグルグルと回して考えるが何も思いつかない。あいつは、あの子は何時から私の家にいると言うのだ?
「虎徹。あの男の子はお前自身が作り出した影。お前は元々かぁーちゃんと二人暮らしだ。いいから売れ」
 私は少女が語る言葉が怖くなり拳で顔を殴った。感触が鉄のケマリを蹴ったようである。そしてまた恐怖が襲い掛かる。
 ゴロンと転がる。首が転がった。だが少女の目はギョロリと此方を向いた。
「何故恐れている何がお前さんと違うと言うのだ?アタイは平賀源内が作ったカラクリ。アタイはただ、知りたいのです…どうして人は心に影を作るのか…アタイは…私は所詮、小さな窓から入って来た手紙の文字を真似して送り出すだけのプログラム」
「アァ、お前さんが羨ましい…」
 
 広葉樹に張り付いたキノコは涙を流すかの様に白く淡く光っていた…

エレキテルの自問自答

エレキテルの自問自答

私の態度に頬をプクーと少女は膨らませて天幕の裏に入ってしまった。だがすぐさまに出てきて両手に新しい代物を私に見せてきた。 金魚鉢だ。透明な器に一匹の出目金が尾を揺らして泳いでいる。 「出目金ちゃん、出目金ちゃん、この男が思っている事を映し出してちょうだいな」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-20

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