夏に食べる西瓜
亡者にうっかり惚れられた。
わしゃわしゃと食べる奴を見て、「まあわき目も降らずに」と眉をひそめた。
その昔、私がまだ人間だったころ、ある男に惚れられた。
何が、というでなく、私がとてつもなく話術が得意で、奇天烈な作り話をしては笑わせてやっていたら、うっかり惚れられたのだ。
私はその頃名を売っており、文字って子供に同じ名を付ける人もいたから、あれは相当な惚れぶりだった。
以来、取りつかれてしまい、私はうっかりこの世の人間でなくなった。
奴は、幽霊だった。
私が人間を辞め、死者とも仙人ともつかぬ、修行の身になってから、以来そいつはせっせと通ってきて、やれこの酒は美味いだの、あそこの店に行こうだの、その地獄から続く足枷をジャラジャラ言わせては誘ってくる。
案外若いそいつに、「まだまだ青いな」と私は思いながら、これも慰みと付き合ってやった。死者程悲しいものはない。
ましてそれが若いともなれば。
お師匠の言葉である。
さて、その日は私は、死人からうっかり不思議な西瓜をいただき、なんでも食べると生き返るという。
はて、体も朽ちているのに、どうやって。
そう思い食べずにおいたが、奴がやってきて、「剥いておくれよ」と言う。
私は厄介払いできるかもしれないと思い、「お前、生きてるときはどうして死んだの?」と聞いた。
すると、山でクマに食われて死んだという。
それもまずかったらしく、一口かじって、ぽいだ。
しめた。こいつは生き返る。
私は西瓜を剥いてやった。奴はわしゃわしゃと食べている。
「夏に食べる西瓜は、やはり美味いな」
そう言って涙を流すので、驚いて布巾を渡してやったら、「お前のそういうところが、何とも言えず好きだよ」と言う。
私はそう言った方面に気がないので、「でもお前、地獄の者だろう、困るよ」と言ってにべもなく立ち上がった。
盆を片づけ、食器を洗っていると、「おんぎゃあ」と声がする。
はて、と覗くと、赤ん坊が部屋の真ん中で泣いていた。
あら、と抱き上げると、じゃらんと足かせが落ちた。
「師匠、どうしましょう」
私が言うと、「あれあれ、あそこに放り込んで来い」と蓮の花を指さす。
ああ、と私は請け合い、どれがいいか選んで、見目の良い夫婦が写っているところに、えいと投げ入れてやった。
赤ん坊は、蓮の花の中に吸い込まれていき、蓮の花はしぼんで枯れた。
いまじゃあの亡者も楽しく暮らしているだろう。
案外寂しくなった日々を修行に明け暮れながら、私は訪ねてきたかつて飼っていた犬が女人になったのを迎え入れた。
彼女は仙人になったという。
おめでとう、と私は心から言葉を送り、私はまだまだ、死人にすらなれない、おそらく人にも生まれ変われないだろうよ、と愚痴をこぼした。
彼女は、お陰で一緒にいられますよ、ほほ、と笑って私の頭を撫でた。
夏に食べる西瓜
今日は筆が滑るなあ。