腐敗が進んできたらしい

いつの間にか、ゾンビ化していたらしい。

払っても払ってもコバエが飛ぶから、おかしいとは思ってはいたが。

クーラーもつけず扇風機で物書き風を気取り日々を過ごしてきたが、いつの間にやら腐敗が進んでいたらしい。
飼い犬を追いかけるのにも動作が鈍く、言葉は出るが、頭がぼーっとしていけない。
鏡を見ると蝋のように青白く、後ろを向くと腐ってきているのか、腰のあたりが黒くなってきている。

いよいよこれは、いけないな。

そろそろ墓に入る準備をせねばならない。しかしその前に家族に別れを告げねば。

そう思い、一席設けて、寿司を食いながら「実は・・・」と話し出すと、母親が泣きだした。
私はまあこんな体になったのだから、何も今生の別れではあるまい、死しても会えるだろうよと取ってつけ、父親に「偉い」と褒められた。

さて、私はその日、山に入った。
先祖の墓がある当たりの横に腰かけるだけで、日がな一日、ぼーっとして体が壊れていくのを待つ。
別に人間の肉が欲しいとも思わないし、あれば映画だけのようだと考えながら、アイフォンを弄り遊んで暮らした。
充電は傍に止めた車で行う。

ある日弟が来て、「姉さん俺はどうにも人間社会でやっていけないよ」と言う。
私は「そんなこと言ってお前、金は捨てられないし買い物はやめられないし、それこそ人間社会になじんでる証拠だろうよ、姉さんはそれら一切やめたからこんな風になっちまったんだ」と言った。
弟は「それもそうか、姉さんよりはましだ」と言い残し、また不用意に相手を傷つけて帰って行った。

あいつには天罰が下るだろうよ。

自己中が治らない限りは。そう思う。

次に母が遊びに来て、「あんたがいなくなって最初はどうしようかと思ったけど、意外とみんな誘ってくれるしフラダンスも始めて、楽しくやってるのよ」と言う。
私は「そうなるだろうと思ってたよ、あなたは家族に気を使いすぎていた」と話し、「その調子でどんどん若返んなさい」と言って、一緒に最中を頬張った。少し、泣いてから、母は帰って行った。
時間は早く、あっけないもんである。
私は「そら見たことか」と天を仰いだ。曇り空である。

雨に打たれていたら、くうくう泣きながら犬が来た。

「主よ、私はあなたがいたから日々も楽しかったが、主がいなくなった今、私に構うものはいなくなった」と言うので、「じゃあお前、好きなところに一人で行く楽しみを覚えな。私は今、充実しているよ」と言うと、「ここにいてもいいか」と言うので、「ああいいとも」と骨になった手で撫でてやった。

父が来て、私を見て泣く。

「お前はなんでそんな異形の者になったのか」と聞くので、「ひとえに、皆を見守りたいからだよ」と答えたら、「そうか」と言って泣き止んだ。
父は娘が可愛そうなことになって、しかし徳の高い娘さんだ、死してなお助言をくれるというので仕事がうまくいっているらしい。

「よかったじゃないの、死して冥利に尽きる」と半分しゃれこうべになった顔で笑ったら、「気味が悪いからやめてくれ」と言う。
青いその顔を見て、この人もこちらの仲間入りするんじゃなかろうかとふと思った。

雨の日は雨に打たれ、晴れの日は花の匂いを嗅ぎ、山にい続けた。犬はいつの間にか所帯を持ち、私の守をしてくれている。

私は、いつになったら眠れるだろうかと、野辺に寝そべり、今はない目を閉じた。
夢の中で、ふと昔の日を見た。

お母さーん、と呼んだら、はーいと返事をしてくれた。
そのうち、頭に誰か立つ。
犬が神妙にしているので、見上げると、白い大きな人がいた。さあと手を差し出すので、握ったそれは腐っても骨でもなかった。

美しい姿で行けるのかと思うと嬉しかった。犬の頭を撫で、アイフォンを車に入れてから、私は昇天した。

尋ねてくる弟が見えたが、もう構わなかった。

腐敗が進んできたらしい

感性のままに。

腐敗が進んできたらしい

いつの間にやら腐敗していた。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-20

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