茶店の謎(3) 深呼吸っ!

++++今の歳になっても、ここで一件でも火事が出たとは聞いていないから、これは日本人の几帳面さの証になるであろう。潮見台の人は、誇りを持ってよい。

3.深呼吸っ!

 通学は先のキツネ坂とは別の道になるが、潮見台から小学校まで往復長い距離を歩き通して、毎日エネルギーを消耗していた。小二の私に勉強する余力とてあろう筈は無く、学業成績が奮わなかったのは、こっちのせいではない。もっとも、あんまり勉強すると、クセになるぞ!と心配もした。

 元々根が丈夫でなかった: 幼少時代は、赤痢・ジフテリアを含めて複数以上の法定伝染病と親しむのが趣味みたいなもので、小学校へ入ってからも、次々と大病を繰り返した。病気はバイ菌で起きるから、学校はバイ菌やバクテリアの巣窟だと警戒していた。

 教室で大口をあけて深呼吸でもすれば、必ず風邪を引いて重症化した。それでも、僅かでも呼吸をしない訳には行かない。対策として、体育の授業時間に「胸を広げて、深呼吸っ!」というバカな号令が掛れば、私は必ず「はあっー!」と声を出して、「息を吐く」事にしていた。幼いながらも苦労をした。

 それでも病原菌は、私一人だけを選り好みして超スピードで伝染し、大病に罹からせた。こんな男の子が、六十七の歳までめげずに、よく生きながらえたものと思うが、深呼吸の私の努力もさる事ながら、これも芸の内だ。

 同級の男の子達に比べて私が活発でなく、むしろ温和しく目立たない存在であったのは、容貌の見てくれが悪いだけでなく、先の腺病質な処が大きく関係していた。それでも、性格はまるっきり温和しいという訳ではなかったようで、非力なくせに、直ぐ人に逆らう「向こう見ず」な癖があって、この為に苛めっ子にしばかれて(=叩かれて)、よく泣かされた。

 涙の水気を飛ばして充分乾燥させてから帰っても、名探偵の母親にそれがばれて、幼いプライドが傷ついたものである。目の周りが、汚い手で擦って黒ずむから、直ぐばれる。お蔭を蒙って、結膜炎やトラコーマなど眼病も次々患ったから、良いところが無い。

 このように小学生にして既に、他の人より一歩先んじて、人生の「苦しみと涙」を味わい、屈折のある歴史をもっている。多感な時代によく鍛錬されたから、このヒネクレタ性格が体質として浸み込み、すっかり私の体に似合ってしまった。けれども神は苛酷で、これを一層磨くが如く苦難はまだまだ続く。
 因みに、「栴檀は双葉より芳し」と言うのは私の事ではあるまいか? 後年人の裏をかき、「キツネ坂の奇跡」と言われるまでに出世したのは、こんな小二の貴重な体験によるものに違いない。

つづく 明日

茶店の謎(3) 深呼吸っ!

茶店の謎(3) 深呼吸っ!

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-17

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