緞帳 杉吹峠の怪異

登場人物
① … “人物”
② … 黒い頭巾を被った演者
③ … “外套の男” “狐の襟巻きの女” “長靴の子供” “囲炉裏の老爺”
④ … “黒い頭巾の男”
⑤ … “女”
⑥ … “杉吹峠の怪異”

0.梗概


杉吹峠のこと

杉吹峠は険しい峠です。
冬には、深い深い雪に閉ざされます。
寒い寒い季節ですから、家に篭ります。
誰も、こんな季節に杉吹峠を抜ける人はいないのです。

ふもとの町の外れに、灰色の建物があります。
大きな建物ですが、中にはなにもありません。
がらんどうのホールなのです。
体育館のようでもありますが、
床にはすべて絨毯の床材が敷かれています。

町の人々の中の幾人かは、毎日毎日そこへ向かいます。
そして、その中で、お話しをします。
みんながそうしてきたからです。
みんながそうしてきたからです。

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誰もいない舞台があります。
“人物”が上手から中央へ向かいます。
台詞を終えると、上手へ戻ります。

舞台の明かりが消えます。






1.黒頭巾

石油ストーブのにおいがする。
するすると靴下の滑る音、
洋服のこすれる音、
ひとたちのわずかな呼吸が聞こえる。


まこと、罪深きことでございます。
お許しください、お許しください。


皆頭を垂れている。
泣いている者もいる。
そして、
皆黒い頭巾を被っている。


助けてくれ、助けてくれ。
嫌だよう、やめてくれよう。


あれは女の人だろうか。
頭巾から髪の毛が見えている。
あれは老人だろうか。
背中が曲がっている。


私のしたことです。
どうか、どうか、ご容赦を


みんなどうして謝るのか。
みんなどうして悲しんでいるのか。
私も謝らなくてはいけないのか。
悲しまなくてはいけないのか。


おお、おお、ああ、止めて。
止めて、おねがい、おお、ああ。


少し考えてみたけど、分からなかった。
たぶん、みんなただ許してほしいだけなんだと思った。
だから悲しんでみたり、
泣いてみたりしているんだろう。


ダメ、ダメ、なんで。
どうして、許して頂戴、堪えて頂戴。


部屋の中は泣き声と、ぶつぶつ唱える声と、
ため息でいっぱいになってしまった。
広い広いじゅうたんの上で、
私はどうしていいのかよく分からなかった。


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下手から黒い頭巾を被った演者が十数人、中央へ向かいます。
台詞を終えると、むせび泣きながら下手へむかいます。

舞台の明かりが消えます。






2.辻

ぴしゃがつく



外套の男でこう言いました。

“アア、ソウダ。アソコノ建物ガソウダ”
“俺ハ知ラナイ、朝多クノ人ガ入リ、夕ベニ出テクルダケダ”
“アマリ深ク調ベルナ、良イコトハ無イダロウ”


狐の襟巻きの女はこう言いました。

“アア、オニイサン、今日モ寒イワネ”
“エ?アタクシハ知リマセンワ、ソンナ事”
“イヤネ、黒イ頭巾ダナンテ、イヤヨイヤヨイヤヨ”


長靴の子供はこう言いました。

“アソコニハネ、オ願イニ行クノ、ユキチャンガソウ言ッテタ”
“ウウン、神サマジャナクテ、オバアサマニネ、オ願イスルノ”
“ボクハ知ラナイ、ユキチャンモ知ラナイッテ”
“ジャアネ、オジサン”


囲炉裏の老爺はこう言いました。

“オマエ、ソンナコトキクンジャナイ”
“ナニモナイ、ミナガ集ウダケダ”
“モウ帰レ、迷惑ダ。他所モノハコウダカライケナイ”



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“外套の男”“狐の襟巻きの女”
“長靴の子供”“囲炉裏の老爺”が上手から中央へ向かいます。
台詞をそれぞれ終えると、上手へ戻ります。

舞台の明かりが消えます。








3.雪踏

雪の降る日は静かです。
雪が衝撃吸収剤になって、音を吸い込むからです。
雪の前では、
あなたと、あなたの吐く息の、二人きりになるのです。

雪を、
ざくざくと踏んでも、じゃぐじゃぐと弄っても、
ざりざりと削っても、しょりしょりと拭っても、
まっしろいままなのです。

みんな雪なんか嫌いなのです。
もう見たくもない。
だからなのです。
雪を見ないことにしたのです。

ですから、もう二度と降ることはありません。

ざくざくと踏んでも、じゃぐじゃぐと弄っても。
ざりざりと削っても、しょりしょりと拭っても。

雪がなくなって、静寂だけが取り残されました。
では、静寂の行き場を考えて遣らねば。

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下手から“黒い頭巾の男”が中央へ向かいます。
台詞を終えると、その場に倒れます。
下手から黒頭巾の演者が二人、そこへ向かいます。
二人は“黒い頭巾の男”を担ぎ、下手へ戻ります。

舞台の明かりが消えます。





4.白黒

すぅ、ふぅ、すぅ、ふぅ、すぅ



ざく、さく、じょく、ざく



ふぅ、すぅ、すぅ、ふぅ



じゃく、じゃく、ざく、ざく



ああ



かいだんがみえる


このまま


此の侭、ずうと白黒だったら善いのにと思う。
厭な事等などもう忘れてしまった位に。
屹度、向うに○○○○が在るのだと。
そうでなければこんな処には居ない。

ひゅう、ひゅう

ゆびがかじかむ、あしがこごえる
あせがひえる、からだがこおりになる

其処でわたくしは目隠をされました。
ほっと安心しました。
此れで御仕舞いなんだ、と思ったからです。


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“女”が上手から中央へ向かいます。
“杉吹峠の怪異”が下手から中央へ向かいます。
“杉吹峠の怪異”は白い布で全身をすっぽりと覆い、
後ろへ長く布を引きずっています。
顔の当たりを大きな丸い鏡で隠すように掲げています。
台詞を終えると、二人は踊るように中央で動作をします。

舞台の明かりが消えます。

5.杉吹峠の怪異


白粉


がらがらがらがらがらがらがらがら
がらがらがらがらがらがらがらがら

おおーい。

おおおーい。


甲高い笛の音がします。


きこえるかー。

おーい。

おーい。

きこえているかぁー。


もう一度、笛の音がします。


おおぅーい。

おおーい。

返事をしてくれぇー。


もう笛の音は聞こえません。


風の音ばかりです。



がらがらがらがらがらがらがらがら

がらがらがらがらがらがらがらがら



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“杉吹峠の怪異”が上手から中央へ向かいます。
ゆらゆらと動きながら、舞台を一周します。
下手から黒い頭巾の演者が十数人、中央へ向かいます。
黒い頭巾の演者は、“杉吹峠の怪異”に向かって
両手を振る動作を続けます。

舞台の明かりが消えます。







6.回想


「はい、すっぽり岩と岩の間にです。
でもおかしいんですよ、毎年この山でクライミングの練習をしていまして。
何度も登った壁ですし。同じ岩のあたりを通ったのですが。
今までそんなものはありませんでした」

杉吹峠周辺の切り立った岩肌で女性の死体が発見された。
発見したのは入山中の登山客だった。
発見者はロッククライミングに長けており、
たまたま岩壁に白い布がひらめくのを見つけたので
興味本位で近づき死体を発見、通報にいたった。
地上20mほど、ごく小さな岩の窪みに押し込めるようであったという。

検視の結果、ミイラ化した死体は身元不明で、
年齢は20~30代、死後数十年が経過していたことが判明した。
髪を結い上げ白装束を纏い、布で目隠しがされていた。
長い絶食期間を経て山に登り、凍死したと見られている。
さらに凍りついた体にはいくつかの穴が開けらており、
まるで吹奏する楽器のようであったという。

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これでこの物語はおしまいです。

舞台に明かりがつきます。





緞帳 杉吹峠の怪異

緞帳 杉吹峠の怪異

雪の前では、あなたと、あなたの吐く息の、二人きりになるのです。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2016-08-17

Copyrighted
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  1. 0.梗概
  2. 1.黒頭巾
  3. 2.辻
  4. 3.雪踏
  5. 4.白黒
  6. 5.杉吹峠の怪異
  7. 6.回想