幻想狂詩曲

目覚め

「………おい! 」
(何だよ…)
「……おい! 」
(うるさいな…)
「…おい!しっかりしろ!! 」
(…!? )


 ―――聞き覚えのある声に目を開けると、その声とは裏腹に見覚えが無い顔が目の前にあった。―――


 目の前にいた男は、聞き覚えのある声の主と異なり、無精髭を蓄えていかにも軍人といった顔でスポーツタイプのサングラスに似たゴーグルにヘルメットを被った戦闘服姿で、自分が目を開けた事からか安堵の表情を浮かべていた。
 意識がはっきりしていくにつれ、段々と状況が判明してくる。
 そこは銃声や砲撃音に包まれ、断末魔の叫びと怒号が響き渡り、大量の銃弾が飛び交う戦場だった。
 目線を自分の身体に向けると、自身も戦闘服に身を包み小銃を抱えており、どうやら崩れかけたコンクリート壁にもたれかかっていた様だ。
「やっと気が付いたか!?作戦参謀本部から戦略的撤退命令が出た、これだけの弾幕の中で気絶してたら犬死だ。亮二!早く退くぞ! 」
「退くってどこに!? 」
「とにかく着いて来い!一先ずは安全な場所に退く!話はそれからだ! 」
 銃声や砲撃音にかき消されぬ様に大声で話すがそもそもこの男が敵か味方かどうかさえわからない現状で、素直に着いていってよいものか甚だ疑問だ。
 だが自身を守っているコンクリートの壁もいつ崩れるかも解らぬ状況ではどう動いても被弾するのは時間の問題であるし、そうなると捕虜になるか最悪の場合、死あるのみだ。
 ならば今は僅かでも生存の可能性がある事に賭けてみるしかない。
とにかく目の前の男に着いていく他は無さそうだ。
「立てるか? 」
 立ち上がろうとすると全身に激痛が走った。
 だが、それでも全く動けないわけではない。
「…っ。何とか動けそうだが、足手まといになるなら身捨てろ」
「そんな事出来るか!肩を貸すからとにかく退くぞ! 」
 言うが早いか動くが早いか、俺を引き起こして肩を組むと、壊れた塀や瓦礫を盾にして、飛び交う銃弾を避けながら後退していく。
 彼は自分より少し体格は良いが、自分に肩を貸した状態でもかなり上手く立ち振る舞うあたりを見るにそれなりに力強いとみえる。
 いくら軍人として訓練を受けたであろうとは言え、自身の装備とは別に、小銃を背負った人間を抱えてここまで動けるのは驚きだ。
 そして、しばらく行くと廃墟と化した街中で迷路の様に入り組んだ路地に入りこむ。
 ここなら車両は入ってこられないし、周囲を建物で囲まれている為、被弾する心配も無いだろう。
「とりあえず一旦、休憩だ」
 そう言うと彼は俺を地面に下ろし壁に寄り掛からせる。
 そして、横に座りおもむろにポケットから煙草を取り出して火を着けた。
 普段の交友関係で喫煙者は多いし、煙に不慣れな訳ではないが煙草は吸わないから煙たくないと言えば嘘になる。
「お前も水筒の中身を飲んでおいたほうがいいぞ。俺が見つけた時、酷く汗を掻いていたからな」
「了解」
 混乱していて気にならなかったが、こうやって落ち着いてみると酷く喉が渇いている事に気付く。
 腰にぶら下がっていた1リットルは入っていそうな水筒を手にして口をつけると、その味は明らかに経口補水液のそれに他ならず、お世辞にも旨いとは言えない。
 水筒の中身はまだまだ充分にあるが、この先の事を考えてあまり飲み過ぎない方がいいかもしれない。
「それにしてもこの状況はキツイな」
銜え煙草で唐突に彼は言った。
 確かにそうだ。
 いくらここが車両の入って来られない様な狭い路地で、周囲を廃墟に囲まれているとはいっても二人きりだし、自分は怪我人だ。
 もし、今敵軍の兵に追いつかれたらそれこそ多勢に無勢、それこそ言ってしまえば“死亡フラグ”だ。
「ところでお前は傷とか大丈夫か?一見した所だと目立った外傷こそ殆どないが、榴弾砲の爆風で吹き飛ばされて気絶していた様だけどな」


 ―――吹き飛ばされて気絶していた―――


 そうは言われても、自分自身の記憶では昨夜は友人と居酒屋で飲んでから帰宅してシャワーを浴びてから布団に入り、目覚めたらこの状況に置かれているという事でこれは悪い夢だとしか思えない。
  むしろこれが悪い夢ならば早く目覚めてしまいたいというのが本音だ。
「それ以前に何で俺は戦場にいるんだか、そっちの方が疑問だ。これが夢なら早く覚めてしまいたいね」
 夢か現実かはさておき、どうしても本音が出てしまう。
 「ふっ…。どうやら頭を強く打って記憶が混濁している様だな。自分が誰なのか知りたいなら首からぶら下げてる認識票を見てみな」
 この男からすると記憶喪失した兵士を見るのは慣れているのだろう。
 全く動じていない。
 人間という生き物は危険な状況に瀕した時に五感を外部からシャットアウトする事があると、どこかで聞いた気がするが、目覚めたら戦場のド真ん中にいたというこの状況はそれとは全く違う。
 言われた様に首からかけているペンダントに付けられた金属製の板に目を向けるとそこには“JAPAN SODF”という見慣れない名称の様な物、自身の名と姓、謎の英数字の羅列に血液型がアルファベット表記で刻印されていた。
 恐らくこれが認識票なのだろう。
 戦場にいる事からしても自身がいわゆる“兵隊”である事に疑いは無いし、姓名や血液型に間違いは無いし、謎の英数字の羅列は恐らく識別番号なのだろうと思うのだが“JAPAN SODF”という見慣れない名称の様な物に関しては所属なのだろうということ以外は全く見当がつかない。
 俺が知る限り、自衛隊の略称は英訳のJapan Self Defense Forceの頭文字からJSDFと表記されるし、もしも陸上自衛隊の所属であるなら“JAPAN GSDF”という表記が公式的な略称である。
 つまりいくら戦場にいたとしても“JAPAN SODF”というものは何の事か見当がつかなかった。
「思い出したか? 」
 煙草の煙を吐き出しながら男は問いかけてくる。
「名前や血液型は合ってるし、この英数字の羅列は識別番号だろうけど、この“JAPAN SODF”というのは? 」
「それも忘れてるとなると、幼馴染の俺の事も忘れちまったか? 」
「すまないのだがその通りで、その声に聞き覚えはあるが、見た目がだいぶ違っているし、何よりも起こされる直前の記憶はアパートの部屋で眠りに就いたところだ」
「こいつは相当重症だな。とにかく、お前の記憶障害は後で軍医に診てもらうにしても何か気にして警戒が疎かになるのはまずいな。とりあえず俺が答えられる範囲で答えるが、“JAPAN SODF”ってのは“JAPAN Special Operations Defense Force”要するに“日本国 特殊作戦国防軍”の略称だ。どっかの平和ボケした馬鹿総理がやった法改正で日本は、なし崩し的に“戦争出来る国”になったのを良い事に、悪乗りが過ぎた馬鹿な政治屋共が何の考えも無しに“集団的自衛権”を行使しまくった結果がこのザマさ。“NATO”やら何やらを中心にした多国籍軍に参加してドンパチやってたら退くに引けなくなって気付いたら兵員不足から徴兵制度も見事に復活して、どっかの土人国家よろしく俺らも赤紙召集されて中東の最前線の真っ只中って事さ。まぁ何かの間違いか解らんが肩の階級章を見ての通りに俺らはいきなり伍長とかいう下士官待遇だったのは救われたがな」
「階級とか解らんが偉いのか? 」
「まぁ一応は兵卒より上だが、下士官の中では一番下っ端だ。一階級昇進してようやく軍曹だ」
「なるほど…」
「で?落ち着いたか? 」
「あぁ。なんとかな。ただ、逆に身体中が痛い」
「そうか。腰のポーチを開けてみな。中に鎮痛剤があるはずだからな」
 言われるがままポーチを開けると中には絆創膏にガーゼや包帯、消毒薬に折り畳み式の小さなハサミといった簡単な応急処置キットの他に数種類の錠剤のシート数枚が入れられていた。
 恐らく用途に応じて使い分けるのだろう。
「銀のシートの奴をとりあえず飲んでおけ。鎮痛剤は銀、金、赤の順で強い物になってる。用量は頓服で1錠だ」
「了解」
 言われた通りに錠剤を取り出し、水筒の経口補水液で飲み込む。
 正直な話をすると、この際、井戸水でも構わないので普通の水が欲しい。
 だが、ここは中東の乾燥地帯で水は貴重な物だろうし、ましてや最前線ではその様な贅沢は言っていられない。
「とりあえず、撤退命令で聞いたところだと、ここからさらに30km北上した場所の前線基地まで行けば何とかなるだろう。そこが無事ならの話だが。」
「30km!?かなりあるな…」
「フルマラソンが42.195kmなのに比べたらたいした事ないだろ?初心者でも6時間あればフルマラソンは完走出来るからな。休み休みで行っても日没前頃には到着出来るんじゃないか? 」
 そう言われて初めて時計を見たのだが、やはりといった具合に見事に壊れており、ガラスは砕けていて、針は曲がって飛び出していた。
「今の時間は? 」
「まだ10時前だ。大体8~9時間あれば何とかなるだろ? 」
「確かにな…」
 一般的な人間の歩行速度は概ね分速80mと言われていて、案内看板などで見かける“駅から徒歩何分”という表示はそれを元に算出されている事からしても、彼の言う通り30kmなら普通に進めば7時間も掛からないだろうし、ゆっくり進んだとしてもそのくらいの時間で到着出来るだろう。
 ただしそれは、何も無ければの話になるのだが。
 とりあえず鎮痛剤が効いてきたのか、何とか起き上がれる様になったので彼の肩を借りながら再び前進する。
 廃墟と化したこの街は、目覚めた場所とは打って変わって全てが静まり返り本当に不気味な静寂が辺り一帯を支配している。
 それどころか虫一匹見当たらない。
 いくら廃墟とはいえ、中東ならばサソリの一匹もいそうなものだ。
 ただ、ここまで静まり返っていると逆に敵の存在には気付きやすそうで、万が一の時も何とかなりそうだし、姿を隠す為に建物の影を進んでいるので直射日光は浴びないため、気温が高い割に暑苦しさはいくらか軽減されているが、とにかく今は無事に辿りつける事を祈るばかりだ。
 それにしても、敵軍はもとより友軍と接触する気配が無い事が異常で、その事がまた不気味さを醸し出していた。
 だが今はその様な事を考えるより先に進む方が先決だろう。
 第一、このまま二人でいたところで、何か変わるとは考えられないし、発見されれば捕虜になるか殺されるかというネガティブな思考しか思い浮かばない。
 なにはともあれ、時折休憩をとりながら何とか廃墟の中を進む。
 目が覚めてからどの位時間が経っただろうか。
 壊れた時計では時間は解らないのだが、太陽の傾きから大方の時間は何となく把握出来るのだが、はっきりとした時間は一緒にいるこの男に聞かない限りは不明である。
 とにかく今は先に進む事が先決であるが、夜間になればより危険性は増すし、それより早く的確な治療を受けたいのが本音だ。
 体感的な時間はかなりのものになっているが、空はまだまだ明るく気温も高い。
 日本とは気候が異なるものであるということを考えても体感時間と太陽の傾きから見たおおよその時間に大幅にズレが出ている。
 とはいえ、行動しているからか腹は減る。
 だが、ここは廃墟と化した市街地の中であり、草の根一本生えていない。
 まして、こういった気候においては空腹を紛らわす為に水を飲めばかえって脱塩による熱中症を引き起こしかねない為にそれもはばかられる。
 何にせよ基地が無事であればそこに着けば食料や飲料水は何とかなるだろうから、とにかく今は辛抱するしかなさそうだ。
「このペースなら間違いなく日没までに到着出来そうだな」
 不格好な端末を見ながら男は言う。
 どうやらGPSで現在地を割り出している様だ。
「あとどの位だ? 」
「おおよそだが、大体10kmちょっとと言った感じか?4時間でここまで来れれば心配は無いだろう。仮に基地がやられてたとしても、最悪何かしらの補給物資は手に入ると思うからな」
 彼の言う通り“あと10kmちょっと”だという事が本当の事であれば肉体的に問題が無い状態なら軽くジョギングして90分もあれば到達できる距離だろう。
 だが、今は全身を強く打っており鎮痛剤で痛みを誤魔化しながら何とか前進している状態に他ならない。
 恐らくはその倍以上の時間は要するだろう。
 だが、そこまで近づいたのなら敵軍に遭遇する確率は大幅に低下する。
 もちろんそれは基地が無事であった事を前提とした話になる。
 もし、本当に基地が無事であったならそろそろ友軍の人間とも合流できる確率も増えてくる。
 そうなった場合、あわよくば輸送車などに乗る事も不可能ではないだろう。
「少し希望が見えてきたな…」
 安心感からかそんな言葉が不意に口を突いて出た。
「あぁ。もう少しの辛抱だ」
 再び立ち上がり、二人で基地を目指す。
 相変わらず中東特有の気候と砂埃には悩まされるのだが、基地まで大幅に近づいたことを知った安心感からか先ほどより気分的にマシだ。
 とにかく今は先を急いで早くマトモな食事と適切な治療にありつきたい。
 前線基地の設備がどの程度の物かは想像できないのだが、俺が知っている自衛隊は災害時に被災者に臨時設営型の簡易浴場を提供していたし、移動式の炊事設備も保有しているはずなので、それなりのモノは期待できる。
 それに、ここが戦地であることを鑑みても、最悪の場合で缶詰やレトルト食品くらいはある筈だし、万が一基地が壊滅していても備蓄設備さえ無事ならば、水とカンパン程度のものくらいは手に入る筈だ。
 昔から“腹が減っては戦は出来ぬ”とはよくもまあ言ったもので、今の状況はまさしくそれだ。
 怪我の程度も素人目で見たレベルでは全身打撲と言った具合の様だが、実際問題どの程度か不明で鎮痛剤で誤魔化しているのが現状だ。
 ただ、人の肩を借りていると言え、それでもここまで歩けた事を考えたら俺の怪我の具合は四肢の骨折は特に無さそうだ。
 旧大日本帝国陸軍には瀕死の重傷を負いながらも単身で敵地に攻撃を仕掛け、捕虜となった際も負傷したまま収容施設を抜け出しては弾薬庫を爆破するなど戦果を挙げて終戦まで生き延び“生きている英霊”とか“不死身の分隊長”と呼ばれたバケモノがいたし、同時代のフィンランドにはスコープを外したボルトアクションライフルだけで短期間に500人以上を狙撃し“白い死神”と呼ばれて恐れられ、顎を撃ち抜かれて顔の半分を失う程の重傷を負っても終戦まで生き延びた敏腕スナイパーがいたし、ナチスドイツには航空機で戦闘中に被弾して、片足を失っても飛行場まで帰還し、手術後は軍医の言う事をシカトして急造品の義足を着けては書類の粉飾を繰り返し、訓練飛行と称しては再出撃を繰り返して異常な戦果を叩きだした事で敵対していた旧ソ連からは“ソ連人民最大の敵”と呼ばれ、乗機であった急降下爆撃機スツーカとその階級から“スツーカ大佐”と呼ばれた空の魔王もいた様だが、彼らは普通の人間とは比較する方がおかしいレベルの話だ。
 それより、現状でこれだけの痛みがある時点で俺もあばら骨の2、3本ぐらいは折れていてもおかしくは無いかもしれない。
 まぁ、先述の空の魔王の歴代の相棒の一人もあばら骨骨折の重傷を負っていても、有無を言わせず魔王の手により無理矢理後部座席に放り込まれた災難にあった者もいたと公式文書に残されているのだが。
 ただ、それもまた魔王の相棒が務まるに値する様な人物だったのだろうからそれも比較対象にならない。
 とにもかくにも今は二人で先を急ぐ事にした。
 出来る事なら小銃や弾薬などの重量物は捨ててしまいたいのが本音であるし、俺のせいでこの男の足を引っ張る様な真似はしたくないので見捨てて欲しいが、この状況であってはいつ会敵するか解らないという問題もあるし、そうなった場合丸腰では間違いなく殺られるし、白旗上げたところで捕虜として扱われる保証も無い。
 そうなってくると今のところは使っていない武器弾薬も捨てる事はできない。
 さらに、この男は自らも疲労が蓄積しているのは一目瞭然であるのにも拘らず俺を見捨てて単独で前線基地に帰還したり、白旗かざして敵軍に投降して捕虜になったりする気は甚だ無いと見てとれる。
 そもそもこの男が言う様に俺が彼の“幼馴染”だったとしても、この極限状態にあっては〈見捨てろ〉と言って見捨てられても恨みはしないし、見捨てた事でどうなろうが、それは本人の意思を尊重しての事であるから見捨てた相手が戦死するという“最悪の結末”を迎えたとしてもそれは非難されるいわれのない事で、仮に俺が彼の立場で“最悪の結末”を迎えたならばどんな手段を講じてでもその相手の“弔い合戦”を勝ち抜いて生き永らえ、戦後はその者が果たせなかった“夢”や“目標”を代わりに果たして墓前に手向けるだろう。
 まぁ今はそれ以前に“敵”が何なのかを俺は知らないという問題も存在している…。
 “敵”の正体が一つの“国家”であれば捕虜となっても国際条約によって保護されるが、いわゆる“大規模国際武装組織”だった場合、人質として扱われ、国に高額な身代金が要求された揚句、殺害されるという描写は戦争映画などで度々描かれる。
 故に“敵”の正体が“大規模国際武装組織”であったなら彼が俺を見捨てない事にも合点がいく。
 考え事をしながらであるが、途中途中に休憩をはさみつつ先を目指してしばらく行くと基地がある方角から定期的に緑色の彩煙弾が打ち上げられているのを目視出来た。
「“緑色”って事は基地が無事だって事だな」
「そうなのか? 」
「あぁ。彩煙弾の色は解りやすい様に基本は道路の信号と同じ3色の煙で状況を伝える事になってる。天候にもよるんだが、カタログ上は彩煙弾の最大視認可能距離はおおよそ3,000~4,000mだからそれ以下の距離まで来れたって事は確実だから到着まであと少しだ」
 彼から基地が無事である事とおおよその距離を聞いた所で、かなり基地に近づいた事を実感し、安心した。
 あとはこのまま無事に基地に辿りつける事を祈るばかりだ。
 だが、一向に友軍らしき部隊の人間と遭遇しない謎が不安感を拭えないでいる。
 しかし、そんな事を考えていても仕方ないし、そんな事を考えている暇は無い。
 彼が俺を見捨てるという考えが無い以上、とにかく今は彼と二人で無事に生還する事を第一に考えて進む他に選択肢は無いのだ。


―――どの位時間が経っただろうか?―――


 基地から4,000m以内に近づいたという情報は、それだけで会敵のリスクが大幅に低下したと言える事は全くの素人でも把握出来る。
 希望が持てた事もあってか、心なしか身が軽く感じた。
 その為、気付くと今までと全く異なった風景が目の前に広がっていた。
 そこは、基地の出入り口なのだろうか、ゲートの代わりか土塁が高く築かれており、その上部には重機関銃や小型の大砲や個人携行ミサイルといった重火器が備え付けられ、その付近には、自動小銃を持った兵士がうろついていた。
 兵士の一人がこちらに気付いて銃口を向けたのを見てか彼は大声で叫んだ。
「日本国 国防軍 特殊作戦軍 第3軍団 第22特務大隊 第8小隊所属!“一条総司”伍長並びに同第7小隊所属!“真田亮二”伍長!撤退命令に従い只今、到着せり! 」
 一瞬自分の耳を疑った…。
 彼が名乗った“一条総司”という名はまさしく俺が苦楽を共にして同じ釜の飯を食って育った幼馴染で俺が知っていたその声の主と一致している。
 だが、今ここでその名を名乗ったこの男は体格こそ似ているが、戦闘で泥まみれな上にかなりの無精髭で俺が知る幼馴染の“一条総司”とはまるで別人だ。
 だが、俺の本名を確かにハッキリと声に出していた。
 確認の為に、自動小銃を構えながら兵士が数名、ゆっくりと近づいてくる。
 いつ撃たれてもおかしくない状況であるからか、一秒一秒が非常に長く感じられた。
 銃口を向けられながら認識票や肩や襟に縫いつけられた部隊章や階級章など様々な物を確認される。
 撤収の混乱に乗じて敵兵の侵入を許してはせっかく耐えた基地もやられてしまうことは素人でも解る事であるから慎重に確認される事はやぶさかではないにしても、せめて小銃を一斉にこちらに向けるのはやめてもらいたいものだ。
 とても長い時間に感じたが、一通りの確認が済んだ事を確認作業に当たっていた兵士が合図を出すと一斉に銃を降ろし、先ほどとは打って変わって一斉に敬礼してきた。
「確認作業完了しました!ご協力感謝します! 」
 この様子や口調で判断する限り彼らは俺たちより下の階級なのだろう。
 安心した俺を横目に一条も彼らに対して普通に話を始めた。
「とりあえず真田伍長は見ての通りだ。早く軍医に診てもらう必要がありそうだから車を手配してもらえないか?ダメならそこのサイドカー付きバイクと誰か一人借りたいからここの班長以上の人間と話がしたいが構わないかな? 」
「もちろんです伍長殿。司令部からの通達で帰還兵は確認次第、階級に関わらず基地内に運ぶよう指示されていますので、私がサイドカーでお送り致します。では部隊長に報告次第、出発しましょう」
「じゃあお言葉に甘えて貴殿が報告に行ってる間に彼をサイドカーに乗せておく事にさせてもらうよ」
「了解です」
 報告に向かった兵士以外の兵士にも手伝われる形でサイドカーの座席に座りこむ。
 足早に先ほどの兵士が戻ってバイクに乗るとその後部に一条が乗り込み移動を始めた。
 サイドカーから見る景色では先ほどと同じ様な土塁が交互に築かれ動線はまるで“あみだくじ”の様だ。
 恐らく、この様に配置する事で敵軍が攻めてきた際に少しでも時間稼ぎが出来るように考えられての事なのだろう。
 安心した事も手伝ってか眠気に誘われる。
 だが、度々発せられる発煙弾の発射音が近づいてきた事もあって眠りそうになるとその音で起こされてしまう。
 そうこうしているうちに最終ゲートを潜り、基地内に入った。
 そして、そこからしばらく行くと診療所の様な建物に横付けされた。
「ここが基地の病院施設になります」
「わかった。真田伍長は俺が後は面倒見るから貴殿は配置に戻ってくれ。ここまで送ってくれた事に感謝する」
「了解です。では私はこれにて失礼します」
 サイドカーの座席から降りると、再び一条の肩を借りる形で病院施設内に入る。
 中に入ると赤十字の腕章を着けた衛生兵が駆け寄ってきた。
「御無事で何よりです」
「衛生兵殿。軍医殿は今お忙しいでしょうか?私はこの通りかすり傷だけだからシャワーを浴びて適当に絆創膏でも貼れば事足りそうだが、真田伍長は見ての有様でおまけに記憶喪失と来た。そういうわけで出来ればすぐに診て頂きたいのですが。」
「了解です。ではここからは私たちにお任せ下さい。早急に軍医殿に診断して頂ける様に手配します」
「では、お願いいたします。では私は色々と手続きして、シャワーを浴びさせて貰う事にします。あと、応急処置キットの様な物はありましたら頂きたいのですが」
「手続きの類は全て向かい側の建物でお願いします。他の案内などもそちらで受けられますので。それからこれをどうぞ。傷薬と各種絆創膏、包帯、ガーゼが入っています」
「感謝します」
 一条は、ティッシュペーパーの箱より少しばかり小さい箱を衛生兵から受け取り、敬礼を交わすと、俺を近くの長椅子に下ろした。
「そういう事だから、俺は一旦離れる。後は衛生兵殿の指示に従ってくれ」
 そう言い残して一条はそそくさとその場を離れたのだが、今は負傷者や軍病院施設関係者以外に周りに自分より階級の上な人間がいないと見たか、出入り口外のスタンド灰皿の前で立ち止まるとまた煙草に火点けていた。
 俺が知る一条総司という男もヘビースモーカーで本人曰く“酒も煙草も安くて強い奴でないと満足出来ない”という理由からリトルシガーというフィルター付き葉巻や旧三級品と呼ばれる税金が低く抑えられている物か、自宅の灰皿から回収した吸殻をほぐして安物のパイプで吸うか、たまに気まぐれで不思議な匂いのする変わり種の煙草しか吸わない。
 全く吸わない俺からするとそのお陰で変な煙草の知識は付いたが、吸殻をほぐしてパイプで吸っているあたり単に煙草代をケチっている様にしか見えないのだが。
 そのあたりを考えて目線の先にいる“一条総司”を名乗る男は俺の鼻に間違いが無ければいわゆる“普通の煙草”を吸っていた。
 ここが戦場で、彼が好む“強い煙草”とやらが手に入らないのであるとして、俺が知る“一条総司”ならフィルターをちぎるなどして吸うはずだ。
 以前、二人で居酒屋で飲んでいたときに販促キャンペーンでもらったサンプルの煙草のフィルターをちぎって吸っていた姿が印象的だったので間違いない。
 まぁ、彼が本当に俺の知る“一条総司”と同一人物ならば彼が言っていた“手続き”とやらを行えばすぐにわかる事だろう。
 とにかく今は衛生兵の指示に従って軍医に傷の具合を診てもらう方が先決だ。
 そんな事を考えていると唐突に衛生兵から話しかけられる。
「とりあえず伍長殿、軍医殿が来るまでに私の方で問診させて頂いても宜しいですか? 」
 先に出て行った一条を名乗る男が敬語口調で話していた所を見ると階級が上なのか、戦場という環境下では衛生兵や軍医は他の兵士とは階級が関係ない特権階級なのかもしれない。
 常識的に考えても、軍医や衛生兵が他の兵士と階級で立ち位置が変わってしまうと傷病者の治療やその他の衛生環境の整備に支障をきたすし、それで様々な問題が起こっては戦線が維持出来なくなってしまう為、特別待遇にした方が良いだろう。
 とりあえずここは一条に倣っておいた方が無難だろう。
「えぇ。勿論です」
 俺の返事を聞くと衛生兵は何やら液晶端末を操作しながら色々と質問してくる。
 質問内容自体は特に特別変わった物ではなく、一般的な整形外科などと殆ど同じだ。
 丁寧に一問一答に答えて行くが“負傷時の状況”は全くわからないので答えようがない。
 とにかくありのままを話さないと状況は好転しないだろう。
「負傷時の状況はもとより、私は“一条伍長”に発見され、起こされる前の記憶がありません。正確な事を言うとシャワーを浴びて布団に入り、目覚めたらそこが戦場で、正直な話かなり混乱しています」
「なるほど…。では、脳神経外科を特に専門としていた軍医殿に任せた方が良さそうですね」
 日本の医師免許は全科目共通のものである為、極端な話をすると耳鼻科医でも設備さえあれば一応のところ盲腸などの手術も出来るのだが、やはり専門科目を重点的にやるため専門分野の医師と比べてしまうと微妙に優劣が付いてしまう。
 脳神経外科医という事であれば外科手術も行うし、精神的な物にも対応出来る。
 そう考えると、この衛生兵はかなり合理的で優秀なのだろう。
 問診結果と俺の話から対応出来る軍医をすぐに選び出し、端末から問診票を送信した様だった。
「伍長殿。あなたは運が良い。丁度今、対応出来る軍医殿の手が空いている様ですぐに診て頂けるとの事です」
「それはありがたいです。しかしながらもう、立ち上がる気力が…」
「ご安心ください。装備品はこちらで預かりますし、すぐに別の者がストレッチャーを持って来ますから、背中の自動小銃等を含めた装備全般を外してストレッチャーに乗る事さえ頑張って頂けたら後は眠って頂いても構いません」
「了解です…」
 問診を行った衛生兵の介助を受けながら、襷掛けにしていた小銃の肩掛けベルトを緩め、小銃を降ろす。
 どうやらいつの間にか一条が締め上げていたと思われるのだが、ついでに言うと小銃の安全装置もしっかりと掛けてあり、戦闘になった時には彼一人で戦う覚悟を決めていたのだろう。
 とにかく色々と着けていた装備品も衛生兵の介助を受けながら外し、認識票と迷彩服だけになった。
 そうこうしているところにストレッチャーを押して別の衛生兵が数名現れた。
 促されるまま俺はそこに横たわった。
 そこからは見知らぬ天井と廊下の両脇に備え付けられた蛍光灯、ストレッチャーを押す衛生兵の人影しか見えず、どこをどの方向に進んだのか覚えていない。
 緊張の糸が切れたのか、そこで意識が徐々に遠のき再び気を失った。
 しばらくすると機械の騒音で意識が引き戻される。
 どうやらMRI検査機の中にいるらしく、全身が器具で固定されている。
 元々痛みから動くつもりは無いのだが、検査の為とは言え、こうやって身体を固定されているのはあまり気分が良い物ではない。
 自身の身体を覆ってゆっくりと動くその筒状の機械は騒音も酷いが、前線基地の病院施設に導入されている事もあってなのか、恐らく旧式の中古品の様でよく見ると使い込まれているのが素人目にもよく解る。
この機械での検査があとどのくらいかかるのか全く解らないが、少なくともこの酷い痛みの原因はここで見つかるだろう。
 そういった面で言えばここは安心して流れに任せていいだろう。
 しばらくすると機械が外れ、軍医と思しき男が室内に入ってきた。
 そして、器具で固定されている俺の顔を覗き込み、目を開けている事を確認するなり、固定器具を外しながら話し始めた。
「目が覚めたかな?真田伍長」
「機械の騒音で叩き起こされましたよ…」
「まぁ。よくある事だ」
 まだ、頭は器具で固定されている為に顔を動かして表情を見る事は出来ないのだが、声色からみてさほど重傷では無かった様に思える。
「それで、自分はどうなんですか? 」
「一通り機械で診た限りじゃあ全身打撲といった感じだな。骨折や内蔵破裂はないから暫く休んで腫れと痛みがひけば肉体的にはすぐに復帰出来るだろう。問題は記憶喪失だが…。」
 とりあえず固定器具から解放されたので、痛みを堪えながら上半身だけ起き上がり、改めて軍医の方向に顔を向けた。
「聞いているとは思いますが、記憶喪失も何も、寝て起きたら戦場にいて、しかも爆弾で吹き飛ばされて全身打撲していたというのが自分の認識です」
「こういう仕事柄、君の様に戦闘でダメージを受けて記憶喪失や混濁を起こした兵士は散々診ているし、珍しくない症状だというのが医者としての見解だが、個人的には復帰前に色々とやった方が良さそうだからその辺も考慮して書類は作成しておくよ。一先ずは抗炎症剤と鎮痛剤で様子見ってところになるし、その他心理療法も並行するからそのつもりでいてくれ。とりあえず今は痛みの方はどうだ」
「かなりキツイというのが本音です」
「それならここは“コイツ”で一先ず抑えておこうか」
 そう言うと軍医はおもむろに注射器の様な何かを取り出し首筋に当ててきた。
 プシュッという音が聞こえたかと思った刹那、意識が遠のく。
 そして、気付くと病室のベッドに寝かされていた。
 よく映画などで首筋に特殊な注射を打って気絶させる描写が存在するが、恐らく先ほど打たれたのはそれと同じものか鎮静剤か何かの一種だろう。
 灯りは消されていたが、窓から入ってくる月明かりのおかげで多少周囲の状況を見る事が出来た。
 その視界には二種類の点滴のパックが見え、心なしか痛みは落ち着いている様に感じた。
 腕を上げて見ると検査着に着替えさせられており、刺さっている点滴のチューブを辿って行くと途中で二股に分かれてそれぞれのパックに繋がっていた。
 鎮痛剤と抗炎症剤は一般的な大衆薬でも大体は一まとめにされているから一方は恐らく栄養剤だろう。
 とにかく病室に運ばれたという事からして安心感はあった。
 今が何時かは解らないが灯りが消されている事からして消灯時間は過ぎているのだろう。
 状況が把握できた安心感と昼間の疲れからか今度は急な睡魔に襲われる。
 空腹感は否めないが栄養剤の点滴を受けているし、そのあたりは我慢して今は睡魔に導かれるまま眠りに就く事にしよう。
 起きていて何か状況が変わるとは到底思えないし、この状況で何か出来る事も無さそうだから。
 どちらにしても次に目覚めるのは元の世界でも、この世界でも朝食の時間だろう。
 そう考えると、次に起きたら何かしら口に出来ることは間違いない。
 とにかく今は眠りに就こう。

 
 ―――どの位時間が経ったのだろうか?―――

 
 いかにも機械的な電子音のアラームで目を覚ます。
 そこはいつものワンルームアパートの一室の布団の上では無くやはりというか何というか目を開けるとそこには無機質な天井があり、見渡すといかにも病室の大部屋の物であるとしか形容できないカーテンで仕切られた部屋の窓際のベッドの上であった。
 眠りに就く前に月明かりが差し込んでいた窓からは朝日が差し込み、その光には眩しささえ感じる。
 空調が効いているからか否かは不明であるのだが、日差しの割にこの部屋は過ごしやすい。
 幼馴染の“一条総司”を名乗る男に戦場で叩き起こされるまで、普段生活していたワンルームアパートの一室であれば、窓を全て開けて風通しをよくしていてもこの様な日差しであれば、夏場は摂氏30度を下回る事は殆ど無く、空調がタイマーで切れると熱中症になりかけて目覚めるのが常だ。
 ましてここが中東ならばこの日差しはそうとうに気温が高いだろうし、そうなると室温もかなり高温になるだろう。
 そう言う面からみても空調はかなりしっかりしていそうだ。
 まだ痛みは消えていないが、痛みを堪えて上半身を起こす。
 改めて周囲を見渡すと、ベッド周りは本当に最低限の設備だけであり、病室の大部屋というよりは学校の保健室と形容した方が適当かもしれない。
 電子音のアラームはどうやら備え付けのスピーカーから流れていた様で暫くすると鳴り止みすぐに静かになった。
 所々からカーテンを開ける音が聞こえ出し同じ様に入院している負傷兵同士の会話が遠巻きに断片的に聞こえてきた。
 やはり、戦場で負傷してここに入院している者が大半であるからなのか、カーテン越しに断片的に聞こえてきた会話から察するにここは下士官用の部屋の様で、ここにいる者たちは戦線復帰を願う士気の高い様にも感じた。
 一度最前線に出ると思考回路が変わってしまうのか“生きるか死ぬか”の状況でも自身の身体や生命よりも故郷に残してきた家族や恋人の事を皆、心配している様だった。
 もっとも、最前線で戦う兵士になったのであれば大義名分が無ければ精神が持たない。
 民主国家であれば政治的な思想で最前線に飛び出したがる人間は職業軍人位なものだし、近代戦では職業軍人でなければコストが膨大に膨れ上がる上に、付け焼刃の教育しか受けていない素人を戦場に投げ込んでも役に立たないだけだ。
 もし、俺が本当に徴兵令で兵役に就いていたと仮定しても、徴兵されてきた人間はそれこそ“何か守るもの”の為で無ければ戦えない。
 たとえ相手からは“もう死んだもの”として扱われていたとしても“自分が戦う事で愛する者が守れるのならば”と考えていなければ戦線復帰よりも負傷を理由にした除隊処分を望む者の方が多くなるはずだ。
 今の俺は目覚めたら戦場にいて、右も左も解らない状態だった事が幸いしてか否か不明であるが、そういうところでは本当に客観的に状況判断が出来てしまう様だ。
 それはそうと、昨日俺を戦場からここまで運んできた一条を名乗る男の事がふと、気になった。
 ヘルメットを被りゴーグルをかけ、泥まみれで髭も伸び放題だった為に俺が知ってる幼馴染の一条総司には思えなかったが、その声にしても独特なイントネーションの話し方にしてもそれは一条総司の他にあり得なかったからだ。
 俺が知っている一条総司という人間は母方の祖父母が地元とは全く別の地方から移住してきた人間であることや、俺と出会う以前は親の仕事の都合から地元を離れ、数年の間に何度も引っ越した事、俺と出会ってから彼が入門していた道場の師範が別の地方の出身者で、その師弟関係から方言がうつってしまった事により5、6種類の方言が混ざったかなり独特なイントネーションと言い回しの話し方をしているし、ここ数年に限ると彼の元婚約者も方言が強い地方の人間だったという事でその影響からか、ただでさえ独特だった話し方に拍車がかかりさらに特徴を強めていた。
 それ故に彼の様な独特な話し方をする人間はそうはいない。
 むしろ独特すぎてそれが彼の一つのアイデンティティーにもなっていると言って過言ではないかもしれない。
 それ故に真似しようとして真似出来る様な物ではないのだ。
 小学校からずっと付き合いがある俺でも模倣するのは困難だし、俺と同じく彼と何かしらの関係をもつ者たちは声さえ聞けば“一条総司”だと認識出来る。
 話し方やイントネーションはかなり独特であるが、他人に不快感は与えないし、師範からは武術だけでなく礼儀作法までをも徹底的に叩き込まれていたため、むしろ縦社会においてはトップから好かれていた様だが。
 そんな事を考えていると、突然カーテンが開けられ、朝食が運ばれてきた。
 金属製のプレートに乗せられたそれはやはり前線基地での物であるからか一度に大量に作れる事があるからなのか、仕切りの中身の大半が煮込み料理で占めており、申し訳程度に白米が盛られていた。
 湯せんで温めただけの缶入り戦闘糧食でも出てくるのかと考えていた分、ちゃんと調理されたものが出てきただけまだよかったのだが、正直な話をすれば街中にあるオンボロ食堂の安い定食の方がまだマシな味だが、贅沢は言っていられない。
 食事を済ませると、トレーを回収しに来た病院付き衛生兵が仕切りになっていた残りのカーテンを全て開けて行った。
 食事のトレーの回収が終わると隣のベッドの男が話しかけてきた。
 腕にギブスをはめて頭に包帯を巻いたその男は見た限り同年代に見えるが口調はかなり丁寧だった。
「すいません。私は陸軍 第3軍団 第11小隊所属で伍長の坂崎俊彦と申します。宜しければお名前と所属と階級を教えていただきたいのですが構いませんか? 」
 坂崎が自己紹介を始めると同室の人間の目が一斉にこちらに向けられる。
 恐らく新入りとして同室の人間に自己紹介を求めての事だろうから全員に聞こえる様に返答した。
「もちろんです。私は特殊作軍 第3軍団 第22特務大隊 第7小隊所属で同じく伍長の真田亮二と申します」
「そうですか。この部屋で特殊作戦軍所属はあなたで4人目ですよ。あと、この部屋には私たちを含め今は伍長だけですから。先日まで私の部隊の上官の曹長が2名いましたが、戦線復帰されましてね。所属は違えども階級が同じなので同じ部屋の者同士、今は皆気を使わずにいます」
 軽く見渡してみた感じではこの部屋は8人収容出来る様だが、埋まっているのは6人分の様だがそのうち7割弱が“特殊作戦軍”の所属ということの様だ。
「要するにここは現状“伍長専用室”といった所ですか? 」
「そういう事です。皆同じ階級ですし、同室になったのも何かの縁だから堅苦しくせず、気楽に行こうと皆で決めたのでお互い楽にいきましょう」
 今いる部屋にいる人間は俺と同じ階級でそれより上の人間がいないという事は幾分か気が楽だ。
 警察なども含めて、こういった縦社会の組織においては年齢や在年数よりも階級で上下関係が決まってしまう。
 それ故に年齢や在年数が短くても階級が上の人間には畏まった態度を取らねばならないし、上の言う事は絶対であり、反抗すればそれなりの始末を受けさせられる。
 現在所属している“国防軍”とやらの体制がどの様になっているかは不明なのだが、俺が知っている“自衛隊”は陸・海・空の3編成で“情報保全隊”や“指揮通信システム隊”はあくまで共同の部隊であるし、特殊部隊である“特殊作戦群”も陸自のみである。
 その為、SF映画等のフィクションにおいてもそれにもれず、怪獣などとの戦闘に特化した部隊は概ね“陸上自衛隊○○部隊”とか“陸上自衛隊○○フォース”などと表現されていた。
 今、この場で把握している情報から察するに“日本国国防軍”はアメリカ軍の陸・海・空・海兵隊・沿岸警備隊で編成された5軍と特殊作戦軍・戦略軍・輸送軍といった機能別の3つの統合軍を模倣して編成を変えたと考えるのが妥当だろう。
 もっとも、俺が知る限り日本はアメリカと異なりアメリカ軍の沿岸警備隊に相当する組織は防衛省ではなく国土交通省傘下の海上保安庁が管轄しており、既得権益等の問題から見ても海上保安庁が防衛省傘下になるとは考えづらいため、恐らくは7編成と言ったところだろう。
 そんな事を考えていると坂崎が再び口を開いた。
「おい、みんな聞いてただろう?とりあえず階級省いて時計回りに真田伍長に自己紹介しようか。」
 先ほどの丁寧な口調とはうって変わってだいぶフランクだが、坂崎がそういうと向かい側のベッドで足を吊るされ首にコルセットを巻いているプロレスラーの様な風貌の男から自己紹介を始めた。
「陸軍 第5軍団 第2大隊 第2小隊所属の真壁真也だ。よろしく頼む」
 向かい側のベッドの男はそう名乗ると軽く敬礼してきたので、こちらも返礼する。
 軍隊式の敬礼は旧大日本帝国陸軍で砲兵をしていた曾祖父の写真で見た記憶もあったのだが、その記憶と向かい側のベッドの男の敬礼を照らし合わせて見よう見まねでと言った感じではあるが。
 それからまた順に皆がそれぞれ自己紹介をしてきた。
 部屋の配置をまとめていくと、出入り口付近の2床は空きで、俺から見て向かい側から時計回りに真壁真也、その隣に橋本正洋、武藤恵一という人物が並んでおり、武藤の向かい側から順に、棚橋学、右隣の坂崎俊彦の順に並んでいる様だ。
 坂崎の言葉通りで真壁と坂崎以外の入院患者は俺を含めて全員が特殊作戦軍の所属で先の作戦で名誉の負傷を負ったということだった。
 同室の人間達の話から推測するに先の作戦は制空権確保の為に対空設備の無力化を狙ったもので特殊作戦軍が正面から攻め込み、そこに横から陸軍の機動部隊による急襲をかける作戦だった様だが、敵軍の反撃は想定外の物で、その防衛力もさることながら、両軍を巻き込んだ多弾頭型の超長射程ミサイルによる広域攻撃によって大打撃を受けてしまったのだそうだ。
 彼らの話からすると多弾頭ミサイルという物はクラスター爆弾をミサイルに搭載して大量の爆発物をばら撒く様な物で“面”による制圧が目的であるため、交戦中の場所に撃ち込むのは自軍への打撃にもなりかねないものである為、敵軍からしても余程の激戦であった様だ。
 それに加えて陣地からの攻撃も並行して行われていたとなるとかなりの打撃力があった為に“戦略的撤退”を強いられたのだろう。
 それだけの激戦に俺自身が巻き込まれていたという事を聞かされると記憶に無くとも冷や汗が出た。
 これが夢であったと仮定しても、今ここでこうして生きている事はここまで運んでくれた一条総司に感謝すべきだろう。
 ここに来るまでの記憶では俺が持っていたのは自動小銃と拳銃等の最低限の装備品のみであってそれで最前線の激戦地にいたとしたら相当危険だったといえる。
 もっとも、仮に吹き飛ばされた弾みで無くしていた装備があるなら話は別であるのだが。
 この世界での俺自身にどれだけの能力があったかは不明だが、アクション映画やゲーム等で描かれるステレオタイプのワンマンアーミーはベルト給弾式の重機関銃や四連装ロケットランチャーなどの大型重火器を装備し、サイドウェポンとしてマシンピストルをホルスターに差して戦場を駆け巡り、それこそ一騎当千の大暴れをしているし、リアリティーを持たせた戦争映画でも個人兵装はそれなりのものを装備して、分隊規模では迫撃砲や大型の重火器を扱っていることから考えても最低限の装備しかなかったが生き延びられたのは一条の助けがあったからなのだろう。
 もっとも今置かれているこの状況が夢である事を祈っているのは言うまでもないが…。
 はっきり言っていわゆる“夢落ち”であればそういった最低限の装備品しか無かった事にも合点が行くし、時間経過の早さも納得出来る。
 しかし、この身体にくる痛みはまるで夢とは形容しがたい物があるし、正直な話をすると感覚的に夢とは思いがたいのだが。
 だが、そんな事を考えていても埒があかない。
 とにかく今はこの状況に嫌でも適応せざるを得ないだろう。
 同室内の者達と暫く雑談に興じていると、一条が俺のもとを訪ねてきた。
 病室に置かれていた丸椅子に腰かけた彼は基地の設備で身嗜みを整えてきたのか、その姿は俺が知っている“一条総司”その人に限りなく近い風貌に変わっていた。
 俺がよく知っている彼は柔道と剣道をそれぞれ6年やっていた他に建築現場でのアルバイト経験があった事で確かに体格は良かったのだが、今目の前にいる“一条総司”と異なり筋骨隆々というよりはプロレスラーの様な体型と言った方が解りやすい姿をしていた。
 相変わらず煙草臭い事とその顔は完全に俺が知る“一条総司”その人なのだが。
「昨日の今日で何だが、調子はどうだ? 」
「色々と検査して見立てを聞いた限りじゃあ全身打撲と記憶喪失って事らしい。今は鎮痛剤や抗炎症剤が効いているお陰なのか昨日に比べたらだいぶマシだが、いたる所が痛くてかなわない…」
「そいつは余程だな。俺が把握している情報だけで話をするが、先の戦闘で大打撃を被った事から現在の部隊を再編する事になるらしい。他のところは知らないが、作戦の立て直しで俺たち特殊作戦軍就きには暫くはこの基地で待機命令が出ている。詳しい話はこの封筒の中に書いてあるからお前はその封筒の中身と軍医殿の指示に従うしかないみたいだ。」
「なるほどね。で、お前はそれを届けに来たって事か? 」
「そういう事だな。まぁ、直属の上官で大隊長の古谷秀一大佐は俺たちが古い付き合いだって事をデータで見てこの指令書を俺に持って来させたんだろう。あの人はそういうところまで気を使ってくれる人だからな」
「なるほどね…」
「あの混乱で俺たちを含めて殆どの人間はこの基地までバラバラに帰還した様だが、第22特務大隊は全員生還出来たと大佐から聞いている。まぁお前を含めて重傷者がかなりいるって話だが」
「他のところは? 」
「それなんだが、全体の被害状況は大佐も把握しきれていないという話でな。この基地に帰還した人間のリストで第22特務大隊所属の人間が全員生還出来た事とそれぞれの負傷状況やら何やらをやっと把握できたらしい」
「なるほどね…」
「まぁ。他より人数が少ない特務大隊とはいえ1500人規模の人数を全て把握するのはいくらデータ化されているとはいっても一晩じゃ無理だからな」
「それもそうか…」
「まぁ運が良いのか敵さんは深追いしてこなかった様で防衛ラインは無事だったらしく膠着状態で落ち着いているらしい。参謀本部からの指令を含めて現状は何も出来そうにないってのが大佐の見解だ。そういうわけだから今は余計な事は考えずに治療に専念してくれ。」
「そうは言っても、封筒の中身次第じゃないのか? 」
「まぁそうだが、内容は俺が貰っている奴と同じだろ?とりあえず俺は命令通りに指令所の封筒を届けたから失礼させてもらう」
「あぁ。命令とはいえわざわざすまなかったね」
「気にするな」
 そう言うと彼は立ち上がりながら丸椅子を片づけそそくさと部屋から出て行く。
 部屋の全員に向け敬礼し出て行くのを確認したので封筒の口を破いて中の“指令書”を取り出し内容に目を通す。
 指令書と言うと堅苦しい文言が並んでいるかと想像していたが、一般的な通知文書と同じ文体で簡潔に解りやすく書かれていた。
 その内容をさらに簡潔にまとめると大体は次の様な感じになる。


 ―――

・この戦域に配備されている統合軍就きは大隊内で再編される。
・負傷兵は軍医の指導の下、治療に専念し、軍医の判断にて戦線復帰となる。
・再編に伴い役職は一度外され、再編時に新たものと置き換わる。
・所属変更に伴う指揮管制体制の変更通達は適宜行われる。
・再編計画が完了するまで、帰還兵は全員この基地で待機。

 ―――


 ざっと見て要点はこの様な感じだが、再編となると所属部隊と兵科は変更される可能性が高い。
 意識が目覚めたとき、俺は被爆して吹き飛ばされていた様だし自動小銃等で武装していたという事から考えると、恐らく配備されていた小隊は砲科か歩兵科と言ったとこだろう。
 そういう所であれば記憶が無かろうがとりあえずは何とかなると思えるのだが、戦車部隊等の配属となった場合はそれなりの知識やスキルが要求される。
 ハッキリ言って、できれば遠慮したいのが本音だ。
 どちらにしても軍医の判断で決まるのは確定事項であるようだから流れに任せる他にはなさそうだ。
 指令書に目を通していると、軍医が回診に回ってきた。
 それぞれの負傷者の傷の具合や精神状態などを診断し、電子端末に書き込んでいく。
 一般的な病院でも電子カルテ化が進んでいたのだが、ここまででは無かった様に記憶している。
 俺の場合は、記憶喪失に加えて所々のかすり傷と全身打撲だったことから記憶喪失さえ無ければ、痛みと炎症が治まり次第、退院出来たというのが軍医の見立ての様だが、記憶喪失も何も寝て起きたら戦場にいて、しかもそれなりのダメージを受けていたとあっては、そのあたりも含めてかなり錯乱している。
 仮にこれが夢だったとしたら再び眠りに就くか“戦死”した時に元の日常に戻れるのではないかとさえ考えてしまう。
 だが、本当に記憶喪失でこの状況が現実だったとしたら?
 その場合“戦死”という選択肢はそれこそ最悪の結末に他ならないだろう。
 仮にこれが現実ならそれはそれで上等だ。
 今ここで生きている俺は他の誰でもないし、目覚める前の俺にも失う物は何一つ無かったわけで、この世界でもそのままなら万が一“戦死”したところで本気で悲しむ人間はごく一部限られている。
 ならば、兵士として職務を全うして終わりにしよう。
 ここでの記憶が無いのなら今ある記憶をベースに新しく作っていけばいいだけだ。
 そう考えると、軍医には申し訳ないのだが、嘘をついてでも戦線復帰した方が良さそうだ。
 その日は他に何事も無く時間が経過し、消灯時間を迎えた。
 一条が帰った後は食事の時と定期回診の時間以外は殆どの時間を同室の面々と談笑して過ごしていたし、それで何か思い出したりするような事も無く一日が終わった。
 それから数日は同じ様に日々が経過し、負傷度合いが低い者から退院し、一先ずは再編前の部隊に戻っていった。
 俺の負傷具合は軽度の方だったのだが、記憶障害を理由になかなか復員の許可が下りなかった他、様々な検査でも記憶障害が顕著に見られたらしく、同室の人間達との談笑時に知り得た情報を元に問診で嘘をついてまで記憶障害とされた症状を誤魔化そうと画策したのだが、さすがに機械は騙せなかった様だ。
 そのせいかどうかは不明だが一度別病棟の個室に移動となった。
 個室とは言っても隔離病棟の様なものではなく、ここが軍の前線基地にある病院である事を除けば一般的な病院の個室と変わらない。
 相部屋と異なりトイレや洗面台も室内に配置されているため、喫煙者でもない限り外部に出る必要は全くない為、鍵こそ掛けられていないが事実上隔離状態ではある。
 そのためか、かなり退屈だ。
 それを察してか否かは不明ではあるのだが、訓練教本や主要装備の説明書などの資料が室内の本棚に所狭しに置かれていた。
 痛みと炎症は殆ど落ち着いた為、検査などがなく部屋で過ごす時は退屈しのぎにそれに目を通していた。
 教本や武器の取り扱い説明書はイラスト付きで解説されており、内容も解り易く書かれていて、全くの素人が読んでも内容は理解できるだろう。
 そのお陰か知識の上でならいつでも戦線復帰出来そうではあるが、能力は恐らく一兵卒以下だろう。
 現状ここは敵部隊からの攻撃もなく、再編についての新しい指令書も届かない為、完全に軍医の指揮下に置かれていると言って差し支えない。
 先に一条から渡された指令書にも負傷兵は軍医の指導の下養生し、回復の診断を受け次第、元の部隊に復帰とあった事からしても今は全てが軍医次第といえる。
 肉体的な傷は、もう完全に回復しているから問題は無い。
 だがしかし、ここでの俺は記憶喪失扱いだ。
 それに、元の世界の俺は何の訓練も受けていない素人に他ならない事からも、今ここで教本やマニュアルの類を頭に叩き込んだ所で、実際に身体がその通りに動くとは到底考えられない。
 とにかくこれが夢であるなら、早く目覚めて元の平穏な日常に戻る方法を模索する事が優先されるし、現実だったとしたら一刻も早く適応してこの“戦争”を生き延びる他ない。
 生きて帰国さえすれば、何かしらの謎は解ける筈だ。
 そう考えつつ教本やら何やらを頭に叩き込んでいると、また何日か退屈に日々が経過していた。
 戦争中だというのに、この基地が攻撃を受けずにいるのは少々不気味さすら覚えていたのだが、そのお陰で軍医から色々と聞き現在の状況を把握する事が出来た。
 先の大規模な戦闘で双方共に甚大な被害を受けてしまい、トップ会談で一時的に停戦合意がなされたという事らしい。
 停戦合意とは言っても完全な物ではなく、形骸的なもので本当に一時的な“停戦合意”で、それこそ互いに利害が一致した時間稼ぎの為のものと言って差し支えない様なレベルの“停戦合意”だそうだ。
 それ故、いつ一方的に合意が破棄され再び戦闘が開始されるか解らない状況であり、兵力の撤収は行えないどころか、出来る限り増強せざるを得ない故、肉体的に復帰出来そうな者はその場で待機となっているらしい。
 そうなるとまた厄介で下手をしたら俺は記憶喪失扱いのまままた再び戦線復帰となるだろう。
 だが、贅沢な事は言っていられない。
 この際、戦線復帰するならするでまた違った角度からのアプローチをすれば良いだけの話でもあるのだから。
 実際、自分でも現状への適応能力には驚いているくらい状況に適応出来ていると思う。
 その為か否かは不明確であるが、実際問題この状況下で尚、気分的には落ち着いている。
 極端な話、目覚めた時が爆風で飛ばされて気絶していた状態だった事から考えて同じ状況に陥れば恐らくは元の状況に戻れる可能性が高い。
 むしろ、SF映画やコンピューターゲームで描かれるパラレルワールドから帰還する方法の大半が“死を前にした転生”だったり“極限状態に置かれた時に何者かの力によって別の世界に導かれそこで任務を果たすと再び元の世界に帰還出来る”といったシナリオがお約束になっている事からして、そういう類の空想怪奇伝を初めて書いた者はそういう経験をしたと考えても違和感は無い。
 そう考えたらいわゆる“お約束パターン”に準じて再び戦場に出るのもまた一つの方法と言えるのかもしれない。
 しかし、そこで本当に元通りになるという確証は無い。
 だが、それでも可能性が1%でもあるならそれに賭けてみる他ない。
 もしも、その選択が間違っていたとしても、この状況下では他に選択肢は無いだろうし、だからと言ってそれで悔むことは無い。
 とにかく今はこの状況下で出来る事をやる以外に手は無い。
 不思議な事に、考え方を変えてみると周りの状況の見え方も変わってくるもので、さらに数日経過すると、この状況がまるでゲームの中にいるだけの様に感じてきた。
 その為かどうか不明だが、部屋に置かれていた教則本や弾薬の取り扱い説明書といった類の書物がまるでゲームの攻略本の様な感覚で読めてしまう。
 そうなって来ると不思議なもので、今までは理解し難く感じた装備品のカタログスペックや操作方法、その用途や特殊な使い方などがスラスラと頭に入っていった。
 とはいっても所詮それは知識だけの話に他ならず、実戦で使えるかどうかという話は別問題だ。
 点滴や飲み薬、絆創膏などの邪魔な付属物が無くなった事から書物に目を通す傍らで、腹筋や腕立て伏せなどの簡単な筋力トレーニングを並行して身体を鍛え、いつ戦場送りにされても大丈夫な様に準備を行った。
 それを知ってか知らずか軍医からは相変わらず“記憶喪失扱い”であるものの、復帰に向けたプログラムが言い渡された。
 その内容としては軍の医療関係者と指導教官経験者主導で、他の負傷兵がリハビリで行っている戦闘訓練に参加して兵士としての錬度を上げ、最低限一兵卒以上のものとし、その傍らで様々な心理療法を並行して受け、戦闘部隊に復帰出来る様にするというものであった。
 その訓練は初歩的な射撃訓練から銃剣道、ナイフ戦闘術に徒手格闘といったものから建築現場の足場の様な簡易的な櫓からワイヤーに吊るされて飛び降りる疑似降下訓練など多岐に渡るものであったが、いわゆる詰め込み教育でそれぞれの訓練時間は凝縮されたものになっており、日数的にはさほどかかるものでは無かった。
 実際に訓練を受け始めてみると不思議なもので、いくら説明書が頭に入っているとはいえ、初めて手にする銃火器であるはずなのにまるで使い慣れたかの様に扱えた。
 いくら訓練とは言え、それなりに熟練した腕の人間でも拳銃で動く標的のど真ん中に命中させるのは至難の業であるのに、俺は無意識にそれを容易くやってしまった。
 それどころか、本来は狙撃には向かない自動小銃で50m先の標的のど真ん中にスコープ無しで何度となく命中させるなど通常ではあり得ない事が起きてしまった。
 何十発も撃ったうちの一発や二発が標的の中心を捉える事は偶然でもあり得る話だし、教本から得た知識だが、使用した自動小銃がドイツのヘッケラーアンドコッホ社製のG3自動小銃の様に口径が大きく命中精度にある程度の定評があり、派生形に狙撃銃が存在している物であれば、素人でもある程度の命中精度は期待出来る。
 だが、俺が使った物はそれとは全く違う。
 俺が使っていた自動小銃は教官の話では、日本国内の銃器メーカーである豊和工業製の89式5.56mm小銃で、自衛隊時代から正式採用されていた自動小銃らしく、世界の主要な自動小銃と比較した中では命中精度が高いものではあるが、狙撃向きではないらしい。
 さらにG3の7.62mmと比較して口径が小さく、それ故に弾体の重量が軽い為に精密射撃には向かない。
 元から、狙撃銃として作られていない事からして当然なのだが、狙撃銃や狙撃手と一般歩兵の中間に位置する選抜射手が使うマークスマンライフルと比較してもそこまで精度が良いわけではないのだそうだ。
 視力や反応速度自体には長年サッカーやフットサルをしてきた経験から、かなり自信があったものの、その様な銃でそれだけの命中精度が出せる事自体が異常だという認識は取扱説明書のカタログスペックが頭にあったために容易く理解出来た。
 だが、正直な話をしてしまうと身体が勝手にそうなる様に仕向けたと言って過言ではない。
 むしろ訓練であったため、指示を受けた通りに的を撃っただけに過ぎないのだ。
 何日にも渡って訓練は行われた訳で、そのうち一日だけその命中精度が出せたというのなら偶然使った銃が精度の高い個体で、俺が撃った時の風向きが安定していたとか外的な要因による“偶然”に“偶然”が積み重なって起こった“偶然”で片づけられたかもしれない。
 しかしながら、時間、天候、使用した銃火器など全ての条件は毎回全く異なっていて、それでいて尚、同じだけの精度を繰り返し出せていた。
 軍医から聞いていた話では俺は元々の所属でも狙撃手や選抜射手ではなかったものの、射撃の腕はかなりの物とされていた他、戦車や自走砲の砲手としても有能であった為に歴任していたそうだ。
 理屈だけで考えると口径の差はあれ、大砲も銃も火薬の燃焼によって生じたガスの圧力で筒の中から弾を押し出し、目標に向けて投射するものであるため、同じと言えなくもない。
 だが、素人目に考えてそれだけの能力を持った人間を“狙撃手”ではなく“砲手”として任務に当たらせるのは見当違いな様に思えてしまう。
 まぁ、俺より腕が立つ、それこそ歴史に名を刻む程の怪物的なスコアを出した名スナイパーと肩を並べる人間がいたとしたら話は別だが。
 歴史上の名スナイパーとなると数々の逸話と“白い死神”の渾名で知られるフィンランドの“シモ・ヘイへ”やスターリングラード攻防戦での活躍や様々な称号を得た事から映画の題材になった事でも知られる旧ソ連の“ヴァシリ・ザイツェフ”などが有名であるが、彼らの戦果は『凄過ぎて参考にならない』の典型例である。
 それこそ人間ではない。
 言ってしまえばまさしく“怪物”そのものなのである。
 いくら訓練とはいえ、そんな“怪物”に匹敵しかねないスコアをはじき出している事実に関して周りはもとより、俺自身が一番困惑している。


―――どうしたらそんなスコアが出せるのか?―――


 いくらそのスコアが事実であるとはいっても甚だ疑問しか残らない。
 俺自身が何故出せたのか解らない結果を聞かれても答えに困るだけだ。
“白い死神”と呼ばれて恐れられた怪物スナイパーの“シモ・ヘイへ”が射撃のコツを問われた際にただ一言
「練習だ」
と答えたという話があるらしいが、彼は元々猟師であったし、スキーもオリンピックレベルの腕前だった事から第2次世界大戦の影響で中止となったオリンピックのノルディック複合の選手に内定していたという部分でも解る様に浮世離れしている部分が多いからそうなったという話を聞いた記憶がある。
 まぁこれらの話は元の世界でよく一条から聞かされていた話しで、こういった状況下では、古い友人の一条総司という男がこういったマニアックな軍事知識を持っていた事とその話をしていた事に感謝して良いだろう。
 実際問題、今の俺もシモ・ヘイへと同じ問いかけをされているが彼と同じ答えをする事で何とか切り抜けられたのだと言うより他ない。
 それ以前にそういう答えしか答えようがないと言った方がむしろ正しいのかもしれない。
 いくら一条からマニアックな軍事知識を吹き込まれていたとは言ってもそれは他人の受け売りに他ならず、俺自身が自分で調べて得た知識とは異なる。
 言ってしまえば付け焼刃の知識に他ならず、表面的なもの以外ではボロが出るに違いないだろう。
 ただ、運が良いのか悪いのかは置いといて、記憶喪失扱いであるおかげで深い事は聞かれないで済んでいるし、それに付随してかどうか不明であるのだが
 「わからない…」
 という答え方でもある程度は見逃された。
 実際に俺自身が何も解っていないのである程度見逃してもらわないと困るのだが。
 それにしてもこの現状を打開出来る方法はなかなか見つからない。
 外傷の類はもう全て完治したし、訓練のお陰で武器、弾薬の扱いも身に付いた。
 だが、その扱いは“記憶喪失者”であるために病棟とやっつけ仕事で作られた訓練場の往復だけの毎日だ。
 これでは元の世界に戻るきっかけは全く掴めないし、それ以前に元いた世界がここで言うところの“夢”なのか、今いるこの世界が“現実”なのかさえ判断しかねる。
 いくら頭の中では今いる状況を受け入れて今できる事をやる他に選択肢が無いという事を理解していても、元々いた世界が“現実”だったのか今の世界が“夢”なのかを判断出来ない事からしてどうしても引っかかるものが胸の内にある。
 一条に発見されて目を覚ました時の光景はまさに“地獄絵図”そのものだったし、こんな中東の地にいる事など正直考えたくないのが本音だ。
 元いた世界の日本も世間知らずの馬鹿な総理大臣や国会が両院共に与党過半数の議席を得た事によって事実上の独裁政治が始まり、だいぶおかしな国になっていたのは事実であったし、様々な問題を背景に世界的にも自殺率が非常に高く


 ―――“中東はいつも戦争していて危険なイメージがあるが、中東で起こっている戦争で毎年出る死者よりも、日本国内で自殺に追い込まれる人数の方が余程多く、それは日本人同士が殺し合いをしている様な物で、やたら戦争していて危険なイメージがある中東よりもっと危険だ。”―――


 などという皮肉が言われる様な状態だった。
 だが、それでも安保法制に限って言えば殆どの学者が“集団的自衛権の行使は違憲である”という見解を表明していたために“憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認”は出来ずにいたため、一条から聞かされた“憲法解釈の変更から戦争できる国になった”という話は本当に信じ難かった。
 こういう類の話は工業大学出身で機械工学専攻だった俺よりも総合大学の法学部で国際法を専攻していた一条の方が詳しいし、テレビ局の解説員よりも解り易く説明できるのだが、それは俺が元いた世界の一条総司だったらという前提論になる。
 こっちの世界の一条総司が俺の知る一条総司と何処まで同じなのか解らないが、元いた世界の一条総司は本人曰く“無趣味で生きがいが無い根なし草だから自分が馬鹿な事が露呈しない様に無駄な知識を蓄えている”との事だったが、俺からしたら多趣味にも程があり、何をもって無趣味と言っているのか解らない程にその知識や造詣の範囲は幅が広く、法律に関わる知識として史学の知識は持っていて違和感が無いのだが、独学とはいえ物理学の知識から刃物の研ぎ直し、水道の修理などのDIYに留まらず、商業的に行う為には国家資格が必要とされる時計の修理やガス溶接などの事を専用の道具など使わずに100円ショップの工具やターボライターなどの何処にでもあるような簡単な物だけを使い、個人の趣味の範囲内と言いながらそれらの国家資格レベルの事を無資格で容易くやってのけてしまったり、暇つぶしで唐突にドーナツやクッキーなどを大量に作っては俺にもよこしてきたりするレベルの変人である。
 ただ、専門外の人間であるはずの一条が機械工学などを語るのは専攻していた人間からすると何故そんな事まで知っているのかという疑問が出てしまう。
 それでいて、その変人レベルの知識量のお陰で色々と得をする事も多かったし、一条を含め気の知れた仲間達と夜通し飲み歩き、始発まで時間がある時はコンビニで材料を買い込んでは一条のアパートに向かい彼の手料理を〆にするという事が一時期慣習化していた。
 もっとも、俺が一条のアパートから二駅程の場所に引っ越した事や他の仲間が実家に戻ったりした事でその慣習は自然消滅したのだが。
 そう言う事もあってか一条と出掛ける頻度は引っ越す前より増えた為にマニアックな知識を意図せずに植えつけられていた。
 とどのつまり、俺が知る一条総司とこの世界の一条総司が同じならば軍医や教官から話を聞くより、彼に会って今俺が持っている様々な疑問について聞いた方が話は早いし、SF映画などで主人公が今の俺の様に異なる世界に飛ばされるといった内容の話では、タイムマシーンや次元転移装置など、必ずと言っていいほど物理学が鍵になっている。
 中には魔法や宇宙人などの非現実的な要素を含む物もあるが、リアルさを追求した物は“理論上は可能だが、様々な障壁により実現してない技術”をその障壁を架空の合金や素粒子などの発見により無くしている。
 つまり今俺がいるこの状況を打開するヒントになる事を一条ならば発見出来るかもしれない。
 ただし、それは“俺が知っている幼馴染の一条総司”と“この世界の一条総司”が持つ知識が同じレベルであることが前提条件になってしまうのだが…。
 指令書を届けに来て以来、彼とは顔を合わせていないので何処までが同じで何処からが異なるのかは全く解らないため、その前提条件は希望的な感情も含まれているのだが。
 それに、そういった創作においてはだいたいの話で何かのヒントを与える役割をするのが今の俺からした一条の様な立ち位置のキャラクターであるのが常だ。
 だが、もしも仮にそうだったとしてもこの現状では一条と接する事もままならない為にそういった所では八方塞がりでもある。
 そうなって来るといくら身体が勝手に銃器の扱いを覚えていても実際の戦場では何の役にも立たないだろう。
 それこそ“案山子”でも立てておいた方がまだ役に立つのではないかとさえ勘ぐってしまう。
 三世紀頃の古い話の一節に案山子を乗せた船を大河に浮かべて敵から矢を大量に奪ったという話があるが、その話の様に案山子を立てて置いたほうが今の俺が復帰するよりも余程役に立ちそうだとさえ素人目に思えてしまう。
 しかしながら現状はなかなかそうも行きそうになさそうだ。
 こうしている間にも先に攻略失敗した敵軍基地はそれなりに修繕しているだろうし、先の攻略戦でこちらが敗退した事からしても、より一層防衛能力の強化がなされている事は日を見るより明らかだ。
 そうなって来ると余計に始末が悪い。
 現状は記憶喪失により戦線復帰は認められていないが、状況柄その事実さえ疑われている。
 いくら訓練で身体が勝手に動いたとは言っても様々な銃器を使いこなせているし、ゴム製のナイフを使ったナイフ格闘術や徒手格闘訓練で好成績を出している。
 そうなると士官や周りの兵士から見て、基地の病院の機械や軍医による診断に疑念が出てきてしまう。
 つまり、記憶喪失であるという事が疑われて、それは俺自身に対してだけでなく、軍医の評価や設備の故障などといった事にも波及していってしまうという事だ。
 だが、だからと言って手抜きをすればそれはそれでまた問題視されるし、手抜きがばれれば尚更、疑いを持たれてしまう。
 そうなると、どちらに転んでも戦線復帰は難しくなるだろうし、今以上に一条に接触する事が難しくなってしまう。
 この状況下で何とかして一条に接触出来る方法を第一に考えて何か出来る事は無いか模索していく事しか現状は出来る事が無い。
 そうこうしながら数日が過ぎたとき、転機は何の脈略も無く訪れた。
 そう、突然一条の方から俺のもとに訪ねてきたのだ。
 おかげで色々な手間は省けたのだが、呼んでもいない人間が訪ねてくるということは何かしら理由があるのが普通の話だ。
 そう、やはりこちらの予想通り彼は俺のもとを訪ねて来るなり懐から封筒を取り出して渡してきた。
「やはり指令書か? 」
「あぁ。その通りだ。俺はコイツの中身は見てないからお前さんに対してどういった内容の指令が出ているかは知らないが、俺が今度配属になった“第12特務戦隊”は特殊作戦軍 第3軍団 第22特務大隊に新設された特務部隊で名簿を見るとお前さんの名前もあったから恐らく内容は同じだと思うぞ? 」
「そうか。で、新設された部隊って事だし、名前からしてかなりの精鋭を集めた部隊の様に思えるが、そこんところはどうなんだ? 」
「まだ俺も詳しい事は知らされていないし、部隊の特性も解らない。だが、とりあえずの話、新兵器の運用を目的にした部隊だという事らしいから幾分かやり易いんじゃないのか? 」
「確かに新兵器の運用部隊って事なら最新の装備が回されて来るって事だろうが、それは逆に開発時には解らなかった不具合に遭遇するって可能性もあるってことだろ?」
「まぁ。そうとも捉えられるが、俺が聞かされてる話しだとなんだかまたそれとは違う新兵器を扱うって話だ」
「その言い回しって、お前から聞かされた話の“旧大日本帝国海軍が特攻兵器の志願者を募った時に上層部が言った話”と似通ってるな…」
「まぁ。さすがに現代の新兵器となると誘導装置があるから特攻って事はさすがに考えられないがな。それこそ無人機に爆弾乗せて突っ込ませれば誘導ミサイルと変わらないしな。」
「だとしてもどんな最新兵器が回されてくるんだ? 」
「それは、俺もまだ聞かされていない」
「だったら仕方ないか…」
「それ以前に統合軍っていう性質上、新兵器が機関銃なのか個人携行ミサイルなのかはてまた新開発の車両なのか見当もつかないのが実情だ」
「まぁ。どうあれこの前みたいに吹き飛ばされるのは勘弁してほしいよ」
「とりあえずその封筒の中身がお前さんに対する上からの指令だからとりあえずそいつに従ってくれ」
「あぁ。そうするよ。命令とはいえわざわざご苦労だったな」
 念願叶って一条と接触出来たのだが、命令で指令書を持ってきたという事はあまり下手な事を聞くわけにもいかず事務的な会話しか出来なかった。
 だが、新設された部隊への配置換えと彼と同じ部隊に配属になったという事は良い知らせと悪い知らせが同時に来たと言って過言ではない。
 彼と同じ部隊に配属とあってはタイミングを見て情報を得る事が可能になったと言える事だし、何かあれば助けを請う事も可能だと言える。
 だが、その一方で新設された部隊でなお、新兵器の運用部隊となると色々と危険が伴ってくる。
 開発段階で様々なテストを繰り返し行っているとはいえ、運用テストも兼ねた実戦運用の部隊ともなるとそれなりの危険が伴ってくる事など想像に容易い。
 とにかく一条から渡された封筒を開けて中身に目を通す事にした。
 内容的には前回の指令書と大差のない内容であったのだが、四つばかり変更点があった。


 ―――
 一つ目は記憶障害の診断は無視して復帰する事。
 二つ目に一条から聞かされていた特務部隊に配置換えされるという事。
 三つ目に新兵器の配備の発表に合わせて強制退院となる事。
 そして最後に、新しい個人の装備品を退院時に支給される為、旧来の装備品は回収される。
 ―――


 という四点の変更だった。
 戦闘服や制服などの衣類は入院時に使い回しで使われている物が支給されていたし、その他の装備品は病院に預けてそこで管理されているから特に気にする様な事ではないだろう。
 問題なのは軍医の診断は無視して強制退院させられる事や新兵器に関する情報が一切書かれていない事にある。
 昔、一条から聞かされていた話しでは戦闘機の取り扱い説明書は紙に印刷すると、その重量は機体の本体重量と同じくらいになり、ミサイルなどの説明書を合わせたら相当な物でとても一人で読み切れる分量ではない物らしい。
 目覚めた時の状況から察するに俺は特殊作戦軍という統合軍の中でもどちらかと言うと陸軍の側の人間のはずだろうから航空機に乗せられるという事は考えづらいが。
 むしろいくら航空機のライセンスが機種毎になっていて機体が更新される都度、機種転換訓練が課されるとはいえ、記憶喪失の人間を航空機に乗せるという危険極まりない判断は余程の事が無い限り考えられないが、今回の再編に伴って新兵器を扱う部隊に転属となった事は異常だ。
 何にしてもその新兵器の正体は発表されるまで極秘事項の様で目を皿の様にして指令書を隅々まで事細かに読んでも、俺が新兵器を扱う事になるという事以外は一切記述が無い。
 だがそれ故に、旧大日本帝国海軍で運用された特攻兵器“人間魚雷 回天”の存在が脳裏に過った。
 ただ、現状ここは内陸であるし、特攻するなら一条の弁にある通り人間が乗った物で行うより無人偵察機に爆弾を乗せて突っ込ませた方が確実だし資源の節約にもつながる。
 そう考えてみればそう言った無謀な任務にあてがわれる事はないだろう。
 指令書に書かれていた強制退院までの数日間はリハビリ名目の訓練と座学で色々なことを叩き込まれていた事もあってか“新兵器”の事など考えている暇などなく、その日を迎えるくだりとなった。
 強制退院当日、看護兵に連れられるがままハンヴィー車両に乗せられ倉庫の様な建物に案内された。
 元々私物はポケットの中あった十得ナイフや神社のお守り程度の物しかなく、それこそ無いに等しかった為、荷物で手が塞がる様な事にはならなかったのだが。
 倉庫に入ると訓練で使っていた物とはまた異なる新しい制服や戦闘服、その他個人装備品が倉庫を担当している兵士が台車で運んできた。
 とりあえず現在着ているものから制服を着替える様促されたので倉庫の隅で着替える事にした。
 真新しい制服は新品の衣類特有の匂いがしていたのだが、サイズもぴったりで驚いた。
 訓練時に使用した戦闘服や制服は多少採寸したが、洗濯こそされていたが、使い回しの様で大雑把なサイズだった事もあってブーツインすると建築業の職人が履いているニッカポッカの様になっていた事から考えてちゃんとしたサイズの物は非常に動き易く感じた。
 着替えてから戦闘服や銃火器を除いた個人携行装備の類を渡されたボストンバッグに詰め込んでいると、先ほどの兵士がまた別の台車で拳銃等の最低限の武器を運んできた。
 使用弾薬は同じでも、訓練で使っていた拳銃とはまた違って安全装置の他にセレクターや折り畳み式のフォアグリップが付いている等、見た目はまるで要人警護の人間が持つマシンピストルの様な見た目をしていた他、ダブルカラムの30発用ロングマガジンが標準になっていた。
 教本の情報では、大昔にカービン銃の代用としてストック付きのマシンピストルもあったという話を聞いた事があったがそれは特殊な例でストックがホルスターとしても機能しているという代物で、塹壕戦での使用を前提に作られた物だ。
 とりあえずはそのマシンピストルの取り扱い方法の説明を口頭で受け、マガジンを差し込むと安全装置が掛かっている事を確認し、制服のベルトに通した専用のホルスターに収納した。
 正直な話、このマシンピストルの発射速度や反動を確認する目的で試射をしたいのが本音だが、矢継ぎ早に常時装備する装備品を渡されるのでそういった話をしたくても出来ずに話が進んでいく。
 とりあえず一通りの個人携行装備を受け取ると案内役の看護兵の指示で再びハンヴィーに乗せられて移動する。
 やはり前線基地と言うだけあってか飛行場等もある為、隣接している建物を除くと、とても徒歩で移動というわけにはいかないようだ。
 このハンヴィーの運転手はどういう教育を受けてきたのか知らないが基地の敷地内だというのにかなり飛ばしているし如何せん運転が荒いようにも感じた。
 この様な運転では車載されている小型のガトリング砲が宝の持ち腐れになってしまいそうで心配だ。
 まぁこれも教本で得た知識だが、ガトリング砲の様に短時間で大量の弾丸の雨を降らせる様な銃火器はどちらかと言うと面による制圧を目的としている為、命中精度はあまり関係が無い話かもしれないが。
 しばらく進むと、学校位の大きさの建物の前で停車し、降りる様に促された。
 荒っぽい運転と硬いシートのせいで尻が痛い。
 長時間正座して足が痺れるのと同じで一時的な物なので気にしない事にするが、痔にでもなるのではないかと心配になってしまう。
 だが、そんな事はお構いなしに建物内に誘導された。
 建物の入り口で認識票の登録や入館手続きの書類にサインをしていると、引き継ぎなのか一条が現れた。
「書類の記入は終わったか?ここからは常時、俺がサポート役になる事になってる。というか、お前さんの記憶障害の事で俺がお前さんのサポート役を任命されたんだがな」
「命令とはいえお守役とは。なんだか申し訳ないな…」
「気にするな。古い付き合いなんだしな。何でも聞いてくれ」
「そいつはありがたい。いきなりで悪いが、今回配属になった新設部隊ってどんな様子だ?」
「それなんだが、俺も顔見知りはお前さんだけで、部隊長もまだ発表されていない。とりあえず配属になった部隊に割り当てられてる部屋は下士官が同階級2人で一部屋になってる。荷物を部屋に置いたらとりあえず挨拶回りに行くぞ」
「わかった…」
「あ。言い忘れていたが、現状だと下士官は各階級6人ずつといった具合で指揮官を含め少尉より上の階級の人間はまだ配属されてない。兵卒はそこそこいる様で部隊規模は数百人程度って所だろ? 」
「って事はあまり大きい部隊じゃないって事か? 」
「そうだな。駆逐艦や潜水艦一隻の乗務員レベルの部隊編成規模って感じだっていうと解りやすいか? 」
「艦艇の規模からして何となくは想像出来るが、そんな小さい規模の部隊で新兵器の実戦試験を行うって事か? 」
「そうなるな。さっきも言ったが、詳しい話は先に配属された俺でも聞かされてない。部屋に行く前にそこで今のお前さんの状態を聞かせてくれ」
「あぁ。構わない」
「とりあえず何か飲むか?自販機の飲み物は全部無料だ。ただし、煙草と菓子類の自販機は有料で認識票を読み取り機に二枚かざせば免税価格で給料から天引きで出せる。他に何か必要な物は基地内に数ヵ所設置された売店でなら同じ様に認識票で買い物が出来る様になってる」
 自動販売機の飲み物が無料というのはインターネットカフェやマンガ喫茶でもよくある光景だが、嗜好品の自販機や売店での買い物が認識票で管理されているというのは意外であった。
 大型プールやスーパー銭湯などのレジャー施設では管内での食事や物品の購入にリストバンドのバーコードを読み取らせて管理し、退館時にまとめて清算するシステムを採用している所もあるのだが、認識票にバーコードの記載は見受けられない。
 認識票はその性質上、戦闘で破損する事は容易に想像が付くし、そうなるとバーコードの記載やICチップの内蔵は難しいだろうから恐らくは刻印された識別番号を読み取って判断しているのだろう。
 認識票が二枚組になっているのは戦死した際に一枚を回収し、もう一枚を体に残して戦死者の死体の管理に使う為だという事を昔、一条から聞いていたが、戦死者の識別票を悪用する不届き者に対する対策と生存確認の意味も込めて自販機でも二枚読み込ませるのだろうか?
 まぁ菓子や煙草等の嗜好品の購入は給料から天引きされるとは言ってもこういった場所ではそれ以外に金銭を使う場所は無いし、悪用した所でたかが知れている。
 ましてや免税価格ならば尚更だ。
 とりあえず一条に促されるまま背の高いテーブルと椅子が置かれている場所に荷物を置き自販機からコーラを出した。
 一条は隣の自販機で煙草を購入してからコーヒーを出してそれぞれ椅子に座った。
 角が丸く削られた長方形の四人掛けのテーブルはよく見ると中心からテーブルの形に合わせて三角柱を横に寝かせた様な形のネットが張り出しており、その両端部には灰皿が組み込まれていた。
 缶を開け、中身に口をつけていると横で一条がいつもの様に断りも無く煙草に火を点けた。
 彼が使っているオイルライターは私物では無く、喫煙の有無に関わらず兵士に支給されている物で、オイルの補充はいつでも行えるようになっている他、消耗品故に紛失してもすぐに再支給される物であるらく、俺も例に漏れず持っていた。
 戦場という場所ではライター等は必要となる事が多い故の措置なのだろう。
 テーブルに置かれた煙草は青い横開きの珍しい箱に入っており、缶コーヒーと共に置かれたその存在はここが軍の基地では無いように錯覚させた。
 一条が火を点けたと同時に掃除機の様な音が小さく鳴り響き、三角柱を寝かせた様な形のネットに煙が吸い込まれていく。
 どうやらこの机自体が空気清浄機となっている様で、周囲を見渡すと同じ様な机がいくつもあり、このエントランスは喫煙所でもある様だ。
「銘柄変えたのか? 」
「あぁ。フランス産の奴でな。モータースポーツのスポンサーやってる所のだからこのロゴはどこかで見た事あるだろ? 」
「いや。知らんよ」
「というか、俺の煙草の銘柄は覚えてたんだな」
「まぁ。昔から珍しい銘柄しか吸って無かったから記憶飛んでも覚えていたんだろう」
「それを言われたら身も蓋もない話しになるが、否定は出来ない事実だな。こっちに来るまでは値段の関係でリトルシガーか三級品しか吸わなかったから当然と言えば当然か」
「この間吸ってた奴はやたら臭かったが、こいつはそうでもないな」
「あれか?お前さんを見つける前に後輪が大破して乗り捨てられたハンヴィーの座席に使えそうな弾薬とかないか調べていたら未開封の奴を偶然見つけたから失敬してきたんだよ。あの銘柄もモータースポーツのスポンサーで宣伝してるから結構定番どころなんだが、匂いがキツクて好みが両極端に分かれるから臭いって言う人間も多い」
「そうか…」
「俺の煙草以外で何か覚えてる事はあるか? 」
 この質問の意図として考えると俺が軍人になってから“覚えている事”を聞いているのだという事は理解できるが、今目の前にいる“一条総司”が俺の知っている“一条総司”と同一人物であるかどうかを確かめるのにはちょうどいい質問だ。
 そう考えるとその意図は無視してその辺の話を出すのが手っ取り早い。
「そうだな。お前が剣道の有段者だって事とか、お前が大学出た後はブラック企業を転々として、辞める度に労基署動かして法律を盾に賠償金貰って企業ゴロみたいな事してた話とか、やたらとマニアックな知識を持ってる事位か?あとは、飲みに行くとテキーラばっかり飲んでた事だな…」
「その答えはその通りだから間違ってはいないが、俺に関する事じゃなくて、お前さん自身の周りに関する記憶だよ」
「そうは言われてもな。その辺の記憶は全くないって言うのが現状だ」
「そうか。そうしたらコイツを見てくれ」
 そう言うと彼はポケットから小型のタブレット端末を取り出してデータファイルを見せてきた。
 その液晶画面には俺の経歴と今まで転属してきた部隊、参加した作戦等の情報が事細かに記されていた。
 そのデータによって、俺たちは入隊してからまだ一年半程度しか経っていない事、3ヵ月の新人訓練課程を終えてすぐに補給などの後方支援部隊に配属された事、そして前線に飛ばされた事が大まかに把握出来た。
 そこから今まで、戦況に応じて配置換えがされており、だいたい3ヵ月に一度のペースで部隊を転々としていた様だ。
 経歴によると狙撃班や砲科といった所が殆どで、この新設部隊に配属されるまで、つまり、目覚める直前は単独の哨戒任務に就いていた様だ。
 そう言う事であれば負傷者多数といえ、大隊の人間が無事に全員帰還したのに俺が独りで倒れていた事にも合点がいく。
 一条の説明によると、各小隊から単身での戦闘能力が高い者数名が単独での哨戒任務にあてがわれており、彼も同じく単独での哨戒任務中に俺を発見したらしい。
 その話が本当だとしたらリハビリを兼ねた訓練で身体が勝手に的の真ん中を打ち抜いた事や格闘術の訓練での対戦成績が良かった事にも納得がいく。
 要するにこの場での俺の肉体が記憶している戦闘能力は高く、脳の持つ記憶とは異なっていて“身体が覚えている”状態なのである。
 記憶障害があっても新兵器の運用部隊に転属となったのは恐らく戦闘能力を買われてのことと、その新兵器を戦闘経験が皆無の新兵が扱えるかという実験に記憶障害の俺が向いていたと考えていいのかもしれない。
 だが、だとしたら俺は“実験用のモルモット”と同じ扱いになる。
 それは正直不満であるのだが、先の作戦失敗で被った被害や一刻も早くこの“戦争”を終わらせる為には一発逆転を狙って“新兵器”の早期全面投入が求められるのは至極当然の話になる。
 画面を見ながら考えを巡らせていると唐突に一条が口火を切った。
「俺は医者じゃないが、こんなん見ても思い出せる事なんか殆ど無いだろうし、解らない事だらけで混乱してる事くらい解ってる。だがな、これも上からの指示でな。とりあえず大隊長の古谷秀一少佐が気を利かせてくれたのか俺たちがコンビでこれから行動することになってるから俺のそばにいる限り何かあっても俺が対応するから安心してくれ」
「そうは言ってもな…」
「まぁ。ゼロからの出発って事にして気楽にいこうぜ」
「そうだな。色々と世話になるよ…」
「さて。そうとなったらまずは割り当てられた部屋に行くぞ。それから挨拶回りだ」
「了解…」
 空き缶などを片づけて部屋に向かう。
 この建物は外から見ると一般的な学校の校舎の様な無骨な作りであるが中は一般的なマンションや公営団地の様になっており、移動中に聞いた話では兵卒は4人一部屋で下士官から2人部屋で上級士官部屋は1人部屋となっている様だ。
 共同設備として食堂やトイレ、大浴場が設けられている一方で、下士官以上の階級の人間の部屋には簡易シャワーとトイレが備えられているらしい。
 こういう話を聞かされると下士官でよかった様にも思える。
 2人部屋とはいえ、簡易シャワーやトイレが備え付けられているという事はそこに籠っている間は完全に周囲から孤立出来る。
 入院中も大部屋だった時は事故防止の為の監視カメラ以外にも常に他人の目があり、あまり気が休まらなかった。
 もっとも、他人に見られて困るやましい事は一切していないし、同室の人間と何かしている時以外は用意してもらった文庫本を読んでいただけだったが。
 それでもプライバシーが一切ない状況というのはいくら軍属とはいっても気が休まらずあまり良い気がしないもので、一人部屋に移った時は非常に安心した。
 その一方で孤立していた分、暇を持て余していたのもまた事実だった。
 まぁ、暇を持て余していた事で教本や取扱説明書にじっくりと目を通す事が出来たのもまた事実なのだが。
 とりあえず同室の人間が一条であった事も幸いである。
 俺が知る彼の性格なら彼は自由奔放で社交的である一方、上っ面だけの付き合いや過度な干渉をする事もされる事も嫌いで、彼と深く付き合っている人間は必ずと言っていいほど“ヤマアラシのジレンマ”を地で経験するハメになっていた。
 俺もまた例にもれず色々と経験してお互いに丁度いい距離感を掴んでいた。
 その為、たとえ喧嘩してもお互いに言いたい事を言い終わると喧嘩した理由などどうでもよくなっており、最終的に何故喧嘩したかで二人して悩むという本末転倒なことが常だった。
 そういった関係もあってか酒癖の悪さと煙草臭い事さえ除けば一条総司という人間は一緒にいて一番楽な相手だった。
 まぁ、酒癖が悪いとは言っても暴れたりするようないわゆる酒乱ではなく、延々と学問的な話やら愚痴やらを話し続けるだけなので街頭演説の様に聞き流してしまえば人畜無害なのだが。
 ここが最前線の基地である事を考えたら危機管理の観点で飲酒は出来ないからそういう面倒事は無いだろうし、喫煙可能エリアがエントランスや各フロアに設置された喫煙所に限られる事を考えるとあまり気にならないだろう。
 そうこう考えているうちに一条の案内で割り当てられた部屋に到着した。
「部屋の鍵は認識票になってて、ここに読み込ませると鍵が開く様になってる。で、出入りするときには毎回読み込ませる仕組みだ」
 部屋の扉わきには“第12特務戦隊 一条総司伍長・真田亮二伍長”と書かれた表札の様なものがあり、どの部屋に誰がいるのか解る様になっていた他、一条が認識票を読み込ませると名前の上のランプが赤から青に変わった、どうやらそのランプで不在の判断が出来る様になっている様だ。
「見ての通りで名前の上のランプの色で部屋にいるかどうかが一目で解る様になってるからな」
 ドアには郵便受け以外に洗濯済みの着替え等の届け物を入れる宅配ボックスの様なものが付いていた。
 中に入るとそこは一般的なアパートやマンションのワンルームタイプの部屋と似通った作りで、入るとすぐの場所にトイレとシャワールームの扉がありその横にランドリーシューターの扉があった。
 ここでは洗濯物は名前の書かれた専用の袋に入れてランドリーシューターから落とすと洗濯に回されて部屋に届けられる仕組みになっているらしい。
 その先は居住スペースになっており、壁にはこの建物の見取り図が貼られていた他、カプセルホテルの様な簡単な仕切りがついたベッドが部屋の両脇にあった。
「とりあえず先に部屋を使ってた都合で左のベッドを俺が使ってるがこのままで構わないか?嫌ならじゃんけんで決め直しても構わないが」
「お気づかいありがとな。どっちだろうと俺は構わないからそのままで大丈夫だ」
 荷物の入ったボストンバッグをベッド脇に置き、荷物の整理にかかろうとすると一条から声がかかる。
「悪いが荷物の整理は後にしてもらえるか?時間的に今から他の隊員の部屋を回って食事の時間に間に合うかどうか少し微妙かもしれないんでな。部屋に行ったら食堂に行ってたとなるとまた面倒だ」
「そうか。それじゃあ仕方が無いな…」
 部隊長の発表などはまだだという事だが、一条に連れられるまま俺たちより階級が高い人間の部屋から順に着任の挨拶回りに向かう。
 運が良いのか着任していた人間はどの部屋に向かっても部屋にいたお陰で想定した時間より早く回る事ができた。
「今の時間が俺の時計で17:30だから食事の時間まで30分ってとこだな。」
「じゃあ荷物を片づける時間はありそうだな」
「あぁ。部屋から食堂までの道順は部屋の見取り図見れば解るだろうが必ずエントランスを通ってく事になるから17:55までにエントランスに来てくれ。俺は一服して待ってる事にするよ」
「了解だ。支給された俺の時計の時間も同じだから17:50に部屋を出れば余裕だな。」
「食堂でも説明あるから遅れるなよ相棒」
 そういうと一条は俺の肩をポンと叩き、足早にエントランスに向かっていった。
 一条から聞かされた通り、認識票の読み込みを行い再度部屋に入る。
 改めて部屋を見渡すと本当に簡易的なもの以外は何も無い。
 とりあえずベッドに備え付けられた棚や引き出しに荷物をしまい込む。
 荷物と言っても着替え等の簡単な身の回りの物しか無いのでさほど時間をかけずに整理出来た。
 ふと、一条のベッドの方に目をやると彼もまた荷物が無い為かなにも無い。
 ただ、窓際には彼が暇つぶしで作ったのか煙草のパッケージで作られた折り紙が並べられていた。
 まぁ、確かに任務の指令や部隊の指揮官が不在とあっては特に出来る事は無いだろう。
 そうなって来ると暇を持て余してしまうのは当然の事だろう。
 特に、彼の場合は中途半端に両効きだったり変な所で小器用だったりする為、折り紙でもして時間を潰していたのかもしれない。
 もとが煙草の空き箱という事もあり、その折り紙は単一色では無く、とてもカラフルで所々に銘柄の文字が入っているものだった。
「新設の部隊とは言ってもまだ任務についてないんじゃあやる事もないのか…」
 ふと、こころの声が漏れてしまったが、そんなものだと思うのは当然と言えば当然だ。
 部屋の壁に貼られた建物の見取り図を頭に入れ、エントランスに向かう。
 どうせ一条の事だから、のんびり煙草を吸っているだろうし、さほど急ぐような時間でも無かったが、足早にエントランスを目指した。
 エントランスに着くと予想通りに一条は煙草を吸いながら支給品ではないバタフライナイフをくるくると回して、開いたり閉じたりして遊んでいた。
 恐らく持ちこんだ私物の物なのだろう。
 何処で手に入れたのか不明な代物だが、刃渡りは15cm以上あるだろうか?
 一般的に販売されている物より二回りほど長い。
 よく素人が刃渡り5cm程度のバタフライナイフで遊んでいて怪我をすると言う話は聞いた事があるし、練習用に刃を付けないで先端を丸くした物をネットの通販サイトで見かけた事はあったが、彼の手の中でくるくると回りながら変化を繰り返すそれは、手入れがしっかりなされているからか照明の光を眩く反射し、キラキラとした輝きを放っていて、まるで生きているかのような美しさすら感じた。
「思ったより早かったじゃんか? 」
 俺の存在に気付くと彼は、煙草の火を消して先ほどまで手の中で躍らせていたナイフをポケットにしまいながらこちらに向かってくる。
「あぁ。荷物と言っても着替えくらいしか無かったからな」
「それもそうか。とりあえずちと早いが食堂に行くとしよう」
「あぁ…」
 エントランスからはいくつかの通路があるのだが、食堂までの通路は一つしかないというのは部屋の壁にあった建物の見取り図で把握していたが、その通路は幅がかなり広くとられていた。
 恐らくは搬入用の通路も兼ねているのだろう。
 広い通路をただ、そのまままっすぐ進むと突然視界が開けてかなり広い部屋が目の前に現れた。
 規模としては一般的な大学の学食と同程度かそれ以上といった所か。
「ここが食堂だ。見ての通りの規模で席は自由だが、日替わりメニューのみしか出てこない。ついでに言っとくと、統合軍って性質上、海軍の慣習に合わせて金曜日はカレー縛りになってる」
「今日は何曜だ? 」
「月曜だよ。日本との時差は6時間遅れてるから、日本はもうすぐ火曜日って感じだな」
「そうか…」
 そんな話をしていると建物内に学校のチャイムの様な電子音が響き渡る。
「この音が聞こえたら食事の時間の合図だ。毎日07:00、12:00、18:00に鳴るからこれに合わせてくればいいが、あまり遅いと食堂は閉まっちまうから気をつけてこいよ」
「わかった…」
「とりあえず飯を貰う事にしよう。そこに積んであるトレー持って配膳台回れば渡されるシステムだ」
 話をしている最中に他の兵士が中に入って行き並んでいたのでそのあとに続く形で並ぶ。
 流れに任せて進んでいくと金属製のトレーに次から次に色々と乗せられ、端から端まで行くとそこそこの物になっていた。
 食事の時間は病院と同じであったが、そこでで出されていたものと比べるとかなりのいい物だった。
 やはりいくら軍の前線基地の病院とは言ってもそこは病院であり食事も変えられていたのかもしれない。
 食事を終えると、一条は食後の一服と言わんばかりにエントランスに向かった為、彼を置いて先に部屋に戻った。
 部屋の郵便受けを見ると封筒が2通入っていて、それぞれの宛名に加えて“指令書”と“親展”と言う文字が赤字で印字してあった。
 とりあえず一条の分は彼のベッドに置き、自分の分に目を通す。
 相変わらず堅苦しい文章ではあるのだが、その内容には驚きが隠せなくなるものだった。
 そこに書かれていたのは明日の13:00に到着予定の大型輸送機に今までベールに包まれていた“新兵器”が搭載されて来るという事で、15:00より航空機ハンガーでその発表会と配備が順次行われるといったものだった。
 それに伴い部隊長の発表等も行われる様だが“新兵器”はその存在自体が機密事項故に、大隊の人間以外は一切の立ち入りを禁じられる他、厳重な警備下に置かれる様だ。
 指令書を読んでいると一条が部屋に戻ってきたのでベッドの上に放置した封筒を読むように促した。
 当然の事ながら書いてある内容は殆ど同じと言っても過言でない様だったが、彼の場合俺の見張り役の様な部分もある様で、余計に一枚同封されていた様だ。
「どうやら明日の発表会は俺とお前さんで常に行動を共にしないといけないらしい。別にいつもと変わらない話だが、はぐれないでくれよ? 」
「わかってる。お前こそ俺を置いてどっか行かないでくれ」
「じゃあお互いに監視するって話でいいな? 」
「そう言う話になるが仕方ないか…」
 翌日の予定や支給されているタブレット端末の使い方の確認などを行い着替えを持って大浴場に向かった。
 大浴場に向かうのにもエントランスは必ず通らないと向かえない様になっていた。
 大浴場とは言っても街中にある少し大きめな銭湯の様な作りで同じ配属の者同士が文字通り“裸の付き合い”を出来る様になっている様だった。
 服を脱ぎ、鍵付きのロッカーにしまう。
 タオルなどは脱衣所に備え付けられており、使用後は専用のボックスに入れる仕組みらしい。
 中は湯けむりで真っ白だったが、すぐに慣れた。
 周囲を見渡すと夕食前に着任の挨拶回りで会った面々を見かける。
 軍属というこの境遇からか裸を見ると皆そろいもそろって筋肉の塊の様な体つきをしている。
 とりあえず一条と並んで空いている洗い場で身体を流し、湯に浸かる。
 少々熱いが、入院中はシャワーのみだった事もあってか非常に心地が良い
 この地域でこれだけ水が使えるという事や湯を沸かすエネルギー源に若干の謎は覚えるのだが、海水や河川の泥水から真水を作る技術は何年も前に実用化されていたし、太陽光発電で得た電力を備蓄する事は一般家庭にも普及していたのでそうした設備を組み合わせれば中東の砂漠地帯でも不可能ではないだろう。
 風呂から出て着替えを済ませ、大浴場を後にする。
 部屋に戻ると洗濯物をランドリーシューターに放り込み、ベッドに横になる。
 消灯時間は22:00という事でまだ時間があったのでその間、横になりながら支給品の端末でインターネットにアクセスし、日本の現在の状況をニュース記事などから読み取る事にした。
 時間の関係であまり深くは検索出来なかったのだが、そこで見たのはまるでどこかの共産主義国の様に事実上の一党独裁政権となり、権力者の横暴としか言いようが無い状況で俺が生まれ育ったその国だとは思いたくない様な状況になっていた。
 むしろ、夢であるというか、別の世界であるという認識が尚の事強くなった様にすら思える。
 そう、別の世界なのだ。
 もしもこれが、別の世界でここにいる俺自身が別の俺だとしたら?
 この世界での過去の記憶が無い事にも頷ける。
 だとしたら何故俺は別の世界に飛ばされたのか?
 その疑問だけが自分の中に渦巻いてしまう。
 だが、今さらそんな事を考えた所で状況は変わらないだろう。
 それどころか悪化しかねない。
 とにかく今はこの状況に身を任せて明日の発表会に備える事にしよう。
 端末にロックをかけて充電器にセットし、眠る準備に入る。
 ふと、一条の方を見ると既に寝息を立てていたので起こさない様にそっと電気のスイッチを切った。

新たなる力

―――けたたましい電子音のアラームで叩き起こされる。


 入院中もそうだったのだが相変わらずうるさい。
 だが、この位うるさいアラームでも鳴らさないと疲労困憊の兵士は起きないのだろう。
 ベッドから起き上がり一条の方に目を向けると既にもぬけの空だ。
 どうせ彼の事だからとっとと着替えて寝起きの一服でもしに向かったのだろう。
 分煙化が徹底されている事はこういう時にありがたい。
 元の世界で彼の部屋に泊まった事は何度かあったが、彼の起きぬけの一服の煙の煙草臭さが目覚まし代わりになっていた。
 そういう事からしても寝起きに煙草臭くないのは気分的に良い。
 勿論、煙草の臭いの問題と一条総司という男に対する評価は全くの別問題であるのだが。
 それにしても一条総司を含め喫煙者の中でも一日に20本以上喫煙するヘビースモーカーと呼ばれる部類の人間の行動はいまいちわからない。
 暇さえあれば煙草をふかし、寝起きはもとより食後などの区切りのタイミングで必ず一本は毎回吸っている。
 俺が知る一条総司はそれに輪をかけた様な男で、紙巻き等の煙草が無くなり買いに出かけるのが面倒となると自身の部屋の吸殻をほぐしては吸殻から取り出した煙草葉をパイプに詰めて吸っていた。
 魚のマグロが常に泳いでいないと呼吸が出来ずに窒息するという話は有名であるが、一条の場合は煙草を吸っていないと何か問題でもあるのではないかとさえ思える程のヘビースモーカーであり、どこか街中ではぐれても大概の場合は公衆の喫煙所で見つかるのが常だった。
 そういう面では行動パターンはわかりやすいと言えるのだが、全く吸わない俺からしたら理解に苦しむ。
 着替えていると案の定一条が煙草臭い臭いをその身に纏いながら戻ってきた。
「おう。起きたか。起床アラームより早く目覚めたから一服しに行ってたぞ」
「そんな報告されなくても、そんなのいつもの事だし臭いでわかるよ」
「そんなに臭うか? 」
「喫煙者にはわからないだろうが吸わないとすぐわかるよ。一度禁煙したらどうだ? 」
「ハハハッ。お前は知らないだろうが、禁煙なら何度も失敗してるんだよ。最高記録は半年くらいだったかな? 」
「逆に半年禁煙できたのに何でまた吸い始めたんだよ」
「ふっ。禁煙始めた理由も禁煙やめた理由も忘れたよ。まぁ。そんなことより食堂に行くか?」
「そうだな」
 二人で部屋を後にし、そのまままっすぐ食堂に向かう。
 朝食のメニューは学生相手の合宿施設等で供されるそれと大差ない物であったが、相変わらずここが最前線であるとは思えない内容である
 食事を終え一条の一服に付き合っていると館内放送が流れ、召集が掛かる。
 どうやら“新兵器”の到着前に点呼を行う様だ。
 とりあえず一条の後について建物の外の隊列に並ぶ。
 士官と思しき屈強な面構えで俺たちとは違った軍服の上に白衣を着た男が列の前に立つと全員で一斉に敬礼をしたのでおれも合わせた。
「全員揃ったか?私は本日よりこの隊で指導教官を務める事になった中佐の“渡弘”だ。これより点呼をとるから呼ばれた順に並び直せ! 」
 そう言うと渡中佐は階級の低い者から五十音順に呼び始め、隊列を変えたので、俺も一条も指示通りに移動する。
 運が良いのかこの隊で伍長以上の階級の人間が少ない事もあってか、隊列を変えても一条とは隣同士に並ぶ運びになった。
 全員の名前と階級を呼び終わると渡中佐はそれを見渡し手元の名簿を脇に抱えて一歩前に出た。
「全員、問題無さそうだな。まだ私が指導教官に本日付で着任したという事以外は極秘事項である為に詳しい話は出来ないが昨晩の通達通り本日15:00時より航空機ハンガーにて行われる“新兵器”の発表会でもこの隊列で並ぶように。他の事は追って通達がある事になっているからそのつもりで。以上!解散! 」
 中佐の敬礼に合わせて一斉に敬礼をする。
 そして、中佐がその場を後にするのを確認すると全員が建物内に戻っていく。
 俺たちも同じ様に建物に向かうのだが、周囲の空気が何故か先ほどよりピリピリしている様に感じた。
 建物に戻るや否や一条は煙草に火を点けた。
 そして、空になった箱を握りつぶすとゴミ箱に投げ込んだ
 一体どうしたのだろうか。
 召集が掛かる前とはまるで様子が異なる。
「畜生ッ…」
 煙を吐きながら彼はそう呟いた。
「一体どうしたんだ?さっきと様子が真逆じゃないか? 」
「どうしたもこうしたもねぇよ! 」
 一条の突然の怒号に場が静まり返り、俺も一瞬怯んだ。
「悪い。お前は“記憶が無い”んだったな…」
「いや。謝らなくていい。お前がそんなに苛立つって事は何か訳ありなんだな。」
「あぁ。あの“渡弘”って中佐は軍全体から“あの世への渡し船”って渾名されててな。元は科学者だったって話らしいが、中佐の設計で造られた兵器はその性能こそ一級品で一騎当千の無双兵器だが、それ故に扱いが酷く難しく、兵器の暴走で自軍の一個小隊全滅って噂も度々あるんだ。先の戦闘でも暴走した戦闘機がフル装備のまま友軍に突っ込んだ事故があってな。最新型だから故に起きた整備不良による事故って事で処理されたが、一説では中佐の発明したシステムにパイロットが耐えられずに味方に突っ込んだんじゃないかって言われている」
「要するに“マッドサイエンティスト”って話か…」
「あぁ。そんな人間が指導教官に着任したって事は今日到着の“新兵器”とやらは中佐が開発したんだろう? 」
「それで皆ピリピリしてるってわけか…」
「ここにいる人間の大半が徴兵だ。好き好んで戦場に来る傭兵や職業軍人と違って皆、故郷の人間の為に、生きて帰る為に戦ってる。新兵器の実戦運用部隊は数あれ、同じ新兵器の実戦運用部隊でもこの隊は完全なモルモット部隊だ。さっきまで詳細が伏せられていたのもそれを隠して士気の低下を防いでいたんだろう」
「そういうことか…」
 一条の話を聞いてから俺も生きた心地がしなかった。
 と、いうよりもここが最前線である事を再認識させられたと言った方が適当なのかもしれない。
 そのせいで冷や汗が止まらず、昼食も味がわからず食べた気にならなかった。
 だが、時間は黙っていても進むのが常だ。
 他の事は追って通達があると聞かされてはいたが、航空機ハンガーへの集合時間まで一切の通達は無かった。
 その間に、見た事も無いほどの大型の輸送機が数機、この基地に飛来し、中から巨大なコンテナが現れてはハンガーに搬入されていた。
 時間通りに航空機ハンガーに着くと身分確認が厳重に行われ、常備していた機関拳銃を含め認識票以外の所持品は一時預かりとなった。
 スパイ対策といえば納得だが、護身用レベルの支給品すら一時預かりになるとは余程の事だろう。
 朝方の指示通りに整列して待っていると次々に上級士官と思しき人間がハンガーに入ってきた。
 それを見た誰かが話す声が聞こえてきた。
「おい、見ろよ。大隊長自らお目見えだぜ? 」
 大隊長が自らこの場に現れると言うのは確かに異例だ。
 そういう場合、普通ならそういったお偉いさんの為にパイプ椅子くらいの用意はあって当然なのだがこの場にいたってはそれすらない。
 彼らが俺たちの前に整列すると号令がかかり一斉に敬礼する。
 敬礼がとかれるとそのまま大隊長の古谷秀一大佐がそのまま話を始めた。
「諸君。本日集まってもらったのは他でもない。先に指令書でも説明した通り、新兵器と我が大隊に新設した君たち“第12特務戦隊”の詳細の発表である。先の“共産枢軸”との拠点攻略戦では、かなりの抵抗を受けた為に全軍を通じて甚大な被害を被り、戦略的撤退を強いられる形になったが、今回配備される“新兵器”は今まで何処の国でも開発されていない正真正銘の“新兵器”だ。この兵器は今までにないコンセプトのもとに開発され、操縦システムに“脳波接続機構”を搭載した事で自家用車の様に最低限の使用訓練さえすれば、特殊な訓練を受けずに誰でも使用でき、どんな状況下にあっても対応出来る代物である。故に実戦使用まではこの部隊内だけの極秘扱いとなり、最低限の訓練も極秘で行う。まず、その兵器の説明を訓練教官の渡弘中佐に行ってもらう」
 大隊長の説明が終わると訓練教官の渡中佐が前に出てきた。
「今回新たに投入される新兵器の概要であるが、この兵器は今までSF映画等の中でしか存在しなかった空想の産物と思われるかもしれない。だが、このコンテナの中のそれは確実に作動できるように何度もテストを行ったもので、その能力は未知数である。では、見ていただこう。型式番号STK‐05M特務機動兵装システム“アマテラス”であるっ! 」
 そういうと後ろに配置されていた大型のコンテナが開かれ中から“アマテラス”と名付けられた兵器がその姿を見せた。
 テストパイロットと思われる姿の兵がハッチから乗り込み起動させ、デモンストレーションが始まる。
 コンテナから出てきた古の神の名を冠したその“新兵器”の見た目は今までSF映画やアニメの中でしか見た事が無い二足歩行ロボット兵器そのもので、サイズは立ちあがった状態で10m程度と言ったところか。
 ただ、人間で言うと腕に当たる部位は肘から先が無く、その先端はコネクターの様な形状をしている他、人間なら頭部がある筈の部分にはアンテナが乱立しており、胸部は拳銃弾の様な丸みを帯びた球状の張り出しにスリットが入っていた。
 恐らくそのスリット部分がカメラになっているのだろう。
 アマテラスのデモンストレーションに合わせる形で渡中佐による説明が続く。
「この兵器は新技術の塊の様な物で動力源には新型のエンジンを搭載し、新開発の装甲材は既存の戦車砲程度では傷一つ付かないどころか砲弾の方が砕け散る。この“アマテラス”には既存の12.7mm重機関銃をベースにした固定武装が2門搭載されている他、腕部に専用の各種火砲を搭載する様に設計されているだけでなく、各ハードポイントには様々な武装が可能な上、見ての通り二足歩行以外に格納式の無限軌道による移動やバックパックのバーニア噴射による高速ホバー走行が可能であり、水上での運用も可能になっている。その為、既存の戦車、並びに対戦車武器はその存在自体がこのアマテラスには意味をなさない。アマテラスに対抗出来るのはアマテラスだけであるっ! 」
 その“アマテラス”と呼ばれるロボットは区分では車両扱いとなっているらしいのだが、どう見ても二足歩行ロボットとしか見えない。
 二足歩行ロボットであるアマテラスはその特徴故に万が一脚部が損傷したり、歩行不能となったりした場合は腰部から分裂し、その際には格納されている車輪により戦闘の継続や戦線離脱が可能な様になっているそうだ。
 その機能によって搭乗者の生残性を高めている他、核となる新型エンジンの機密を保持出来るらしい。
 この部隊に配備されるアマテラスは先行量産型の64機と指揮官用8機の72機で指揮官機1機を中心に各小隊9機1編成の8個小隊で運用をされる様だ。
 そうなるとこの戦隊の規模から考えて約30%がアマテラスの搭乗員に充てられる。
 残りの人間が整備やその他の支援要員だとしてもアマテラスの運用に対して整備や補給に少々の不安が出てしまうのだが、そこは最新鋭機と言う事なのか、機体自体が幾つかのブロックで構成されている為に、不良個所や損傷個所はブロックごと交換する様になっていて整備要員も少数で間に合う様だ。
 アマテラスの公開と同時に配布された資料によれば、武装面に関しては今までの歩兵武器をスケールアップした様な物が中心で、通常の歩兵武器の整備がわかっていればだいたい問題無く行えそうだ。
 機密保持の為か詳しい記載は無かったものの、資料には簡単なスペックと腕部に武装をした状態のイラストが書かれており、簡潔にまとめると次の様になる。


【特務機動兵装システム“アマテラス”】
・型式番号:STK‐05M
・乗員1名
・全高:10.8m
・本体重量:50.2t
・最大全備重量:75.4t
・装甲:人工ダイヤモンドコーティング新型超硬合金複合多重装甲
・機関出力;1500kw
・推力:260t
・最大速力:二足歩行時100km/h無限軌道走行時120km/hホバー走行時220km/h
・武装;12.7mm機銃×2(カメラ下部固定武装)、57mmリボルバーカノン/100mm口径専用散弾砲/216mm無反動砲/40mmガトリング砲、127mmカノン砲、70mm30連装ロケットランチャー、142mm15連装ミサイルポッド/ハーモニクス・バヨネット(腕部兵装用銃剣)/他多数―――
・補足:“脳波接続機構”使用時には専用ヘッドギアを使用


 武装に関しては新開発の砲が幾つかある様だが、既存の戦闘ヘリ等で使われている物を転用した物や艦載砲を元に作られた物が多く、基本的には既存の弾薬をそのまま使える物が中心である様だし、他にも腕部兵装に追加装備する銃剣や移動式の長距離ミサイルを転用した大型の連装ミサイルランチャー等の様々な武装が用意されている様で今後さらに複数追加予定である様だ。
 艦載砲の弾薬や対艦ミサイルを転用する発想はまだ理解出来るのだが、銃剣の必要性に関しては疑問である。
 敵軍に同様のロボット兵器が存在したら白兵戦もあり得るだろうが、歩兵や戦車相手に果たして有効な武器と言えるのか疑問である。
“ハーモニクス・バヨネット”というその名称が示す様にこの銃剣はブレードを高周波振動発生装置によって超高速で振動させて物体を斬り裂くという物らしく、仕組み自体は模型製作で使われる市販の超振動カッターや医療用の超音波振動メスと同じ物のスケールアップ品と言って差し支えない代物ではある様だ。
 資料の図面を見る限り、その形状はサバイバルナイフの様にも使用できる片刃の多目的銃剣のそれと似通った形である。
 ここは砂漠地帯である為、殆ど関係無い話になるのだが、密林を進軍する場合にこの銃剣を鉈の様に扱って木々を薙ぎ払うという使い方もありそうではあるが、アマテラス自体の質量をもってすれば余程の大木でもない限りその必要性は無いと素人目でも言える。
 だが、弾詰まりや弾切れを起こした際の予備兵装と考えても戦車の装甲に対しての有効性に疑問が残る。
 一方で、その存在感は充分に威嚇用途としては作用しそうではあった。
 ただし、そうだとしても1940年代に使われていたドイツの急降下爆撃機“Ju87スツーカ”が装備していた“ジェリコのラッパ”とか“悪魔のサイレン”と呼ばれた威嚇用吹鳴機と同じで心理的効果は一過性の物だろう。
 まぁ実戦での使用もまだであり、その用法は開発時に考えられた物と別の物が戦闘中に発見される事も考えられるし、言ってしまえば『使ってみないとわからない』という話になるのだが。
 大雑把な説明とデモンストレーションが終わるとこの“第12特務戦隊”の戦隊長に就任した“藤原克典中佐”の挨拶や戦隊内での配属小隊と小隊長等の発表が行われ、その場で各小隊に召集された。
 全部で8つの小隊に振り分けられ、俺と一条は同じ“第05小隊”のアマテラス搭乗員という配属の様だ。
 小隊長に着任した“霧島純一”少佐の弁では、今回の配属では個人のコールサインも一新された他、この戦隊内では各小隊にコードネームが割り振られていて、その名称は“冬のダイヤモンド”と“冬の大三角”を構成する恒星の一つに由来するものだそうで、俺の所属する“第05小隊”のコードネームは“アルデバラン”となっていた。
 アマテラスの搭乗員には戦闘機パイロットに割り当てられるコールサインは霧島少佐が“ミスト”で一条が“カタナ”そして俺が“ミッドフィールダー”と言う事だ。
 恐らく名前や過去の経歴から安直に付けられた物だろう。
 俺が知る限り空軍のアクロバットチームや特殊部隊なら小隊毎にコードネームや愛称が付くが一般的な小隊ならそう言った事は無いのが普通である。
 つまり各小隊自体が独立した扱いとなっているのだろう。
 他のアマテラス搭乗員は“大橋俊介ブリッジ大尉”“湯沢透ゼロ中尉”“石川隆志ストーン少尉”“松崎彰パイン曹長”“篁雄一ファースト軍曹”“星嶋周平スター軍曹”の9名で通信担当や整備担当などそれ以外の人員を含めるとこの小隊は70人規模となる様だ。
 俺と一条を含めた下士官はアマテラスの存在自体知らされていなかったものの、尉官達は配備前の訓練を積んだ熟練であるそうで、搬入されたコンテナにはシミュレーターも入っていた様だし、整備班にも尉官が着任している事からして実地訓練は問題無さそうではある。
 だが、見た事も聞いた事も無い兵器の搭乗員にいきなり任命された所で使えるかどうかといった問題はやはり残る。
 だが、現実的にそんな事を言っている余裕は無さそうで、大隊長の説明によると停戦合意の破棄は時間の問題と言えるほどに事態は深刻化している様だ。
 それ故に一通りの説明が終わるなり、その場で食事が配られ食事休憩をはさんですぐにそのまま各担当で別れて訓練が開始された。
 シミュレーターは各小隊に5台用意され、訓練は士官にテストパイロット1名を加えてマンツーマンで行われる下りとなった。
 いざその中に入ってみると一般的な自動車の運転席程度の広さで、足下にはいくつかのペダルがある他に2本の操縦レバーが配置されているレイアウトになっており、脳波を読み取る特殊なヘルメットを被って操縦する様だ。
 モニターには一般的な戦闘機のヘッドアップディスプレイとよく似た物が表示されている他に疑似的な映像が投影されていた。
 まずは第1段階として基本操作の指導を受けるのだが、2本の操縦桿とそれに付随したスイッチに足下のペダルの組み合わせで操作する性格上、一般的な自動車とは勝手が違うのだが、ヘルメットで読み取った脳波を元にして動きの補助が行われる為、極端な話をすると考えれば操縦は可能になっており、開発者の言葉通り誰でも扱える兵器と言える。
 その日はそのまま操縦訓練で1日が終わり、訓練後はまともに風呂に入る時間も無く部屋のシャワーで済ませ、就寝前に昼間の説明で初めて聞いた敵の名前“共産枢軸”について一条に聞いてみた。
「なぁ総司。昼間、大隊長が言ってた“共産枢軸”って何だ? 」
「それも忘れてるのか?“共産枢軸”ってのは、俺たちが戦ってる敵の名前だ。元々はイエメンで武装蜂起した集団なんだが、どういうわけか最新の軍備を備えててな。インターネットを駆使した宣伝戦略で協賛者を世界中から集めてて、武装蜂起してから数カ月で紅海周辺国をその勢力下に置いた上に、国家樹立を宣言してる。代表者や外交窓口はあるが、元がテロ組織故に、国連でも国家承認はされていない。ただ、今までの武装組織との大きな違いは特定の宗教の過激派組織が母体となった物ではないし、言ってしまえばクーデターみたいな形で国の政府を追いやったって所だ。公になって無い話だと裏では様々な共産国と手を組んでると言われてる。長射程ミサイルや最新火器等の軍備はそっからの支援だって話らしい。そう言うわけで俺ら多国籍軍は各国の亡命政府からの要請に基づいて派遣されたって話さ」
「なるほど…」
「とりあえず、解説はこんなもんでいいか? 」
「あぁ。すまないな」
「いいって事よ」
 一条の話が本当なら俺は別の世界に飛ばされたというよりも数年間の記憶が欠如してしまったという状態に置かれていると自分でも思えて仕方が無い。
 俺が高校までの必修科目で学校の教科書で学んだだけでも今で言うテロ組織が国家を自称して戦争状態を引き起こした例はいくらでもあった。
 とはいえ、そんな事を気にしていてはきりが無いので今は眠りに就く事を優先し、明日に備えた。
 翌日は朝食を終えるなりすぐ召集が掛かり再びハンガーで訓練が行われた。
 さすがに二日目ともなるとシミュレーターでも訓練内容は基本的な操縦方法に留まらず、様々な装備のシミュレーションや模擬戦闘となった。
 そして三日目には実際に“脳波接続機構”を使いアマテラスを操縦する運びとなり、各自に専用機とその整備員が割り振られ、四日目には空砲を用いた実戦演習を行うまでになった。
 五日目からは実機訓練以外は各自シミュレーターで行い、個人で装備を選択し実機にもそれが反映される様になっていった。
 その後は個人の選択した装備の機体で慣らす訓練を中心に行って数日が経過していった。
 その頃になると身体が勝手に適応しており、最初の頃とは比較にならない程、実機でもその性能を引き出し、万が一アマテラスが奪取された場合に備えたアマテラス同士の模擬戦闘も容易く行えるまでになっていた。
 そんな矢先、食堂で昼食をとっていると突如として基地に警報が鳴り響き、第12特務戦隊にも出撃命令が下った。
 状況としてはおおかたの予測通りに一方的な停戦合意の破棄がなされ防衛ラインが再び攻撃に曝された様だ。
 既存の陸軍防衛部隊と空軍による航空支援で第12特務戦隊の出撃までの時間が稼がれたのだが、攻め込んできたという状況柄、敵はかなりの戦力を投入してきた様で、第一防衛ライン上ではかなり激しい攻防となっている事が通達された。
 戦隊の誰もが不安を抱えたままであったが、第1小隊から順に出撃し、戦場に向かう。
 第12特務戦隊の初陣は迎撃戦となり、緊急出撃でしかなかったが故に、作戦等は一切指示が無く完全にその場の状況での戦闘となる事になった。
 不安を抱えて皆、迎撃任務を遂行するという危険な状況ではあったものの、アマテラスの力は凄まじいもので数十倍に及ぶ数の最新型の敵戦車や航空機の大群による力押しも、すぐに形勢逆転となり、押し返す形になっていた。
 その為、5番目に出撃した俺たちが戦場に着く頃には敵軍は敗退していた。
 先発部隊で弾薬等の消費が多かった第01小隊“シリウス”第02小隊“プロキオン”第03小隊“ポルックス”第04小隊“カペラ” は補給の為に補給部隊と合流する為にその場で一時待機となったが、後発にあたる第05小隊“アルデバラン”第06小隊“リゲル”第07小隊“ベテルギウス”第08小隊“カストル”は陸軍機動部隊と合流次第そのまま進軍し、攻略戦に移行せよとの指令が出された。
 作戦の指示は特になく、攻略戦に移行したとなると話が大幅に変わってきてしまうのであるが、先発隊による大きな戦果を目の当たりにすると不思議といくらか不安は解消されていた。
 実機訓練で様々な装備を使用するようになってからアマテラスの装備は各自の裁量に任されていて好きなものが装備出来るようになっていた為、俺の機体は汎用性を重視して今回は武装をハーモニクス・バヨネット付き57mmリボルバーカノン(左腕)、216mm無反動砲(右腕)、127mmカノン砲2門(両肩)、70mm30連装ロケットランチャー(両脚部)といった具合にして出撃したのだが、先発隊はもとより同じ小隊内でも皆、火力一辺倒だったり、機動力を最大にする為に軽量の装備だったりなど様々だ。
 一条機にいたっては武装が40mmガトリング砲(両腕)、70mm30連装ロケットランチャー2基(両脚)、142mm15連装ミサイルポッド2基(両肩)と言った具合で俺たちの機体が一番バランスが取れているかもしれない。
 しばらく進んで行くが、先行していた第04小隊“カペラ”によって撤退中の残党や基地の防衛線は突破されていた為に戦闘にならずに敵軍の基地まで到達した。
 先に到達していた第04小隊“カペラ”は弾薬をだいぶ消耗していた為か敵側の最後の防衛線で膠着状態になっていた。
 戦場に到達すると、小隊長の霧島大尉から一斉通信が入る。
「こちらミスト、全機に告ぐ。これより戦闘態勢に入るが敵基地最終防衛線故に前回の作戦時以上の抵抗が予想される。先行している第04小隊“カペラ”と交代で攻撃に移る。後続の部隊が来る前にけりを付けるぞ。各機散開して攻撃開始せよ」
「ミッドフィールダー了解! 」
 すぐにそれぞれが散開し先行していた機体と各自で入れ替わる。
 前回の戦闘では通常弾頭型多弾頭長距離ミサイルの使用などという敵味方問わない攻撃をしてきたという事であるが、そんな攻撃もアマテラスの装甲と機動力を持ってすれば焼け石に水であった。
 弾薬の雨と形容出来る様な集中砲火を浴びてなお、アマテラスの装甲や内部構造は無傷であったし、最新鋭の戦車でも57mmリボルバーカノンの直撃を至近距離から数発受ければ鉄屑と化し、対空砲としても有効で航空機も次々に撃墜していく。
 57mmリボルバーカノンも127mmカノン砲も元々は艦載用速射砲がベースで弾薬も共通の物を使用する為、弾薬自体は従来の艦載砲の物と同じである。
 艦載用途の砲弾となると対戦車用には少々威力過多ではあるかもしれないが、威力不足よりは良いだろう。
 一方、一条はというとまるで固定砲台の様に1か所に留まっては弾幕を形成し、一気に焼き払ってはホバーによる高速移動で前進し、面での制圧をして辺りを焼け野原に変えていた。
 ただ、俺との通信が繋がっていたのを忘れているようで
 「やっぱりこの機体は“風林火山”を具現化してるぜぇ!」
 と叫んでいた。
 その様相はもはや一方的な虐殺と言っていい程に凄まじく、文字通りに面での制圧に他ならず彼に狙われた敵の部隊が気の毒にも思えてくる程に激しく、彼の砲火に曝された場所は鉄屑の山が残っていただけになっていた。
 ここまでの攻撃を受けては敵軍も白旗を上げそうなものだが、一向にその気配は無い。
 仮にこの基地に爆弾が仕掛けられていて自爆する目的なら相当な損害を受けても、白旗が上がらないというのは納得出来るのだが、多弾頭長距離ミサイルによる後方からの支援やひっきりなしに飛来する航空機の数からしてそれは無さそうである。
 むしろ基地後方、こちらの射程外では輸送機から戦車が投下され次々に向かってくる。
 素人目でも自爆を前提にしていたら追加派兵は行わないのが普通だろう。
 ただ、この基地がいかに敵軍にとっては重要な拠点となっているかがその抵抗からは覗えた。
 だが、いくら増援を送ろうが、いくら抵抗しようがこのアマテラスが相手になってしまったのは敵ながらやはり気の毒に思える。
 先行していた第04小隊“カペラ”でハーモニクス・バヨネットを装備している機体は弾切れを起こしてなお、ハーモニクス・バヨネットを使い、敵戦車をまるで薪を鉈で叩き割る様に撃破していた。
 小隊長の霧島少佐は後続の第06小隊“リゲル”の到着前に戦闘終結としたかった様だが次から次に飛来する航空機や増援によってそういうわけにはいかなかった。
 だが、それでも第06小隊“リゲル”が到着する頃にはいくら増援が送られていても地上部隊は壊滅状態でカトンボの様に飛び回る航空機ぐらいしか相手になるものはおらず、その影だけ見ると人間が蜂等の害虫を駆除している様にしか見えなかった。
 そんな折、めちゃくちゃな戦い方をしていたからか一条機はすぐに弾切れを起こしてしまった様で通信が入る。
「くそ!弾切れだ!一旦、補給の為に退くから援護してくれ! 」
「仕方ねぇな。弾薬は計画的に使えよ」
「腕の砲を鈍器にして壊すよりはいいだろ!小言は後でいくらでも聞いてやるからとりあえず退くぞ! 」
「仕方ない。援護する」
 とは言ったものの、俺の機体も弾薬の消耗がそれなりにあり、後方に到着している補給部隊まで援護する間に弾薬が持つか際どかったのが本音だ。
 新型エンジン等についての説明は本当に極秘扱いだった為、一切聞いていないのだが、これだけの距離を移動したりバックパックのバーニアを吹かしてホバー走行を繰り返していたら燃料切れを起こしたりするのが普通だろう。
 内部タンクの燃料に限りがあると言う理由から戦闘機の場合は戦域への移動時の燃料として使い捨ての増設外部タンクを装備している訳だし、戦車の場合も単独行動は行わない。
 だが、アマテラスの場合は燃料メーター等の表示は無く、代わりに武装の残弾数と残り何時間連続稼働出来るかというデジタルカウンターがあるだけで、訓練ではそのカウンターの表示が燃料計の代わりという説明だったが、その表示はカウント開始時の300時間に近い残り275.56時間という表示だった。
 弾薬の補給の為に退く事は全体通信で一条が報告していたのでその辺の問題は無かったし、後続の部隊も到着していた為にそつなく行えたのだが、ホバー走行での高速移動を持ってしても、補給部隊との合流にはしばらくかかった。
 さらに、入れ替わりで先に補給を受けていた部隊の機体に対する弾薬の補給にも時間が掛かっていたのか合流後もしばらく待たされてしまった。
 ただ、そのお陰でしばらく休憩出来た事は言うまでも無い。
 いくら残弾があったとは言っても、前線に戻るには明らかに不足していたので俺の機体も弾倉の交換等を受ける事になった。
 SF作品によく登場する人型のロボット兵器はアマテラスと違って“手”が付いている為に、歩兵の持つ手持ち武装をそのままスケールアップした様な武装は予備の弾倉を携行していて、戦闘中に自力で弾倉の交換を行っている描写がある。
 だが、アマテラスの場合はそれが無い為、無反動砲や散弾砲等の着脱式弾倉になっている物くらいはそういう形で弾倉交換が可能な様にしてもらいたいと思えてくる。
 ただ、そうした場合は予備の弾倉を何処に携行していくのかという問題があり、一般的な歩兵がベルトのケースに入れているのとは話が異なる。
 もし、そういった場所に予備弾倉を配置した場合は万が一被弾した時に誘爆の危険が高い為に、空想作品の中のロボット兵器の多くも腕部や肩部に装備した盾の裏側などの安全な場所に装備している。
 そう言った面でもアマテラスは一線を画しており盾の装備等は一切無い。
 もっとも現状においてアマテラスの装甲は開発者である渡中佐の話の通りの物で最新鋭の戦車砲の直撃を受けても傷一つ付かなかった。
 つまり現状は防御用の盾は不要であり、装備すればかえって余計な重りになりかねないのだ。
 教本から得た知識によると、防御面に関して言ってしまえば、被弾しなければ問題では無いという考えで防御は度外視して機動力を上げた零式艦上戦闘機とは逆の設計と言える。
 ただ、全体的に見ると高防御、高火力、高機動の三拍子で過去に存在した戦闘機や戦車とはその設計思想すら異なる。
 むしろその三拍子揃った兵器は今まで存在していないと言うか、どうしてもどれかを犠牲にしなければならなかった。
 防御面に関してはレーダーの反射面積を抑えてレーダーに映らないステルス機にするという思想もあったが、ステルス機はその設計思想からして弾薬を全て内部スペースに収納する為、同程度の機体サイズならペイロードは非ステルス機に劣り、それは火力にも直結する。
 これも教本で得た知識だが、歴史上実戦使用された最大の口径のカノン砲で一撃の火力は最強とされたドイツの80cm列車砲は運用に4000人以上の人員が必要であり、機動面で実用的とは言えない代物だったそうだ。
 アマテラスのエンジンや装甲材については極秘事項が非常に多いのだが、そのエンジンと装甲故に三拍子揃った理想的な兵器が出来たと言えるのかも知れない。
 着脱式弾倉の兵装は薬室に弾を装填した状態で新たな弾倉と交換し、リボルバーカノン等は専用の給弾装置で弾薬の補給を行った。
 ただ、物が物である為に、基地以外の場所での弾薬の補給には建築用の重機にも似た専用の車両を必要としている。
 それでもアマテラスの有効性は非常に高い物があり、補給から戻った頃にはおおかたの拠点は制圧され、第07小隊“ベテルギウス”第08小隊“カストル”と陸軍機動部隊による掃討戦に移行していた。
 そしてしばらくすると掃討戦も終わり、作戦目標であったこの基地の制圧に成功した。
 体感時間では相当なものがあったのだが、実際に時計を見て見ると出撃してからここまでにかかった時間はたったの6時間だった。
 制圧が完了すると一斉通信でアマテラス部隊は元の基地への帰還命令が下された。
 ホバー走行で一気に駆け戻る為、2時間程度で戻れただろうか?
 基地のハンガーに戻り機体から降りる。
 すると、基地で待機していた自機専属の整備兵が駆け寄ってきてアマテラスの搭乗員は帰投次第、順次宿舎のエントランスに向かう様に指令があったと伝えられた。
 戦闘中と言う事もあり食事をしている暇も無かったのだが、食事の用意がされていると言う事なのだろうか?
 一条機の方を見ると彼は整備兵と何やら話していた。
 ハンガー内は音が響くので少し耳を傾けるだけで会話が聞き取れた。
「いくら“機内が禁煙では無い”といっても伍長殿は吸い過ぎですよ」
「かたい事言うなって。歩兵と違って戦闘中は吸いたくても吸えないんだからよ」
「いくら灰皿持って乗ってても毎回足下が灰だらけなのは困ります」
「悪かったよ。後で自分で掃除するから堪忍してくれ」
「ちゃんとやって下さいよ。掃除機置いておくので」
「終わったらあそこの物置きに入れとけばいいか? 」
「はい。とりあえず食堂へ行って下さい」
 一通りのやり取りを終えると一条は駆け足でこちらに寄って来る。
「待たせたな相棒」
「別にお前を待ってたわけじゃない」
「相変わらずだな」
「というかお前、戦闘中も煙草吸ってたのか? 」
「それなら実機訓練の時からだよ。休憩中にこっそりハッチ開けて吸ってたら少佐に見つかっちまってな。怒られるかと思ったら少佐も同じ事してたらしくその場で許可は貰ってる。たぶんアマテラス搭乗員で吸う人間には話いってるんじゃないか? 」
「そうか。それはそうと戦闘中に通信切るのを忘れて叫ぶのはやめてくれないか? 」
「え?そうだったか? 」
「上には黙っておくがね。個別通信だったから良かったものの、一斉通信だったら今頃大目玉じゃないか? 」
「そいつは悪かったな」
「とりあえず宿舎に向かうとしよう。飯はまだだしな」
「あぁ」
 宿舎のエントランスに着くとテーブル等は撤去され片隅に追いやられていた。
 そして、そこには戦隊長の藤原中佐を筆頭に帰還した順にアマテラス搭乗員が小隊毎に集まって待っていた。
 どうやらアマテラスの搭乗員だけが召集されたようである。
 互いに敬礼を交わし、“第05小隊 アルデバラン”の集まりに入る。
 この“第05小隊 アルデバラン”のアマテラス搭乗員の中の階級では俺と一条が一番下っ端なので本来なら一番早く着いていないと叱責されても文句は言えないのだが、小隊長を含め、他のメンバーも軍隊式の階級に従った縦社会が嫌いなタイプで、小隊内、特にアマテラスの搭乗員同士においてはそう言った過剰な上下関係の構築を禁止されていた他、階級は違えどお互いに援護しあう戦い方を優先して実行するということが小隊長権限で徹底されていたほか、今回は階級の高い順にハンガーに戻った事もあって搭乗員内で一番下の階級の俺たちが一番最後に入るのは当然といえば当然の話で、常識的には叱責の対象にはならないのだが。
 しばらくすると残りの小隊も集合した。
 そのタイミングを見計らってか大隊長の古谷大佐と開発者の渡中佐が側近を連れて入ってきた。
 全員敬礼で出迎え、彼らもそれに返礼すると大隊長の古谷大佐がすぐに切り出す。
「アマテラス搭乗員諸君。今回の活躍は見事であった。迎撃に留まらず敵軍の拠点を制圧出来たのは諸君の活躍があってこそである。その功績は初陣とは思えないものであると同時に賞賛したいものであると先ほど上層部からも通達があった。同時に諸君らの階級も昇進となるそうだ」
 昇進の話にその場にいた全員がざわめいたが、そんな事には構わず、古谷大佐は話を続ける。
「今回の実戦テストではアマテラスの有効性がハッキリと証明された事で上層部はアマテラスの正式採用と量産、並びに旧来の戦車からの更新を決定する意向にシフトする方向で調整を始めるらしい―――」
 彼の話通り、アマテラスが地上軍での正式採用となる運びになると言う事が本当であれば戦場での戦い方は一気に変わる。
 初陣では数日の訓練しか受けていない素人が乗った機体が殆どであったにも関わらず、何日もかけて攻略出来なかった敵軍基地をたったの63機という少数でも数時間で陥落させるなどという初陣とは思えない活躍を見せた。
 実際にアマテラスで戦場に出た身の上として言えば既存の戦車や戦闘機の兵装ではアマテラスの装甲に傷一つ付けられなかった事や、その兵装は元々信頼性のあった個人携行火器をスケールアップした様な物が殆どで、使用弾薬は大半が従来の艦載砲等と共通である事からして、新たに専用の生産ラインを作る必要が殆ど無い。
 そうした事からしてコスト面でも新兵器としては採用しやすい部類に入ると素人目でもわかる。
 そういった事からして正式採用の方向で話が進行するのは当然と言えば当然だ。
 古谷大佐の話が一通り終わると続いて開発者の渡中佐が話を始める。
「諸君。今回の作戦、御苦労であった。今回、諸君らの活躍によりアマテラスの実戦使用時に於ける一次データが収集出来た他、補給等の改善点が判明した。データを元に近日中に改修等を行う予定である」
 やはり弾薬の消費量が搭載量を圧倒的に上回った先の戦闘では弾薬の補給の問題が顕著であり、いくら再装填を簡潔に出来る様に取り換え式の弾倉を採用していたとは言ったところで、サイズが一般的な人間のサイズのおおよそ6倍である事から考えて人力だけでの交換は困難である為、専用の設備を必要とする。
 改良策として資材の乏しい最前線で行える事があるとしたら素人目で思い浮かぶ辺りでは弾倉の大容量化と言った所だろう。
 歩兵の持つ自動小銃も戦場では通常の取り外し式の弾倉一本ではすぐに弾切れになる事から、専用の結束器具やビニールテープなどで並列に二本並べて繋いで使う事が多い他、通常の30発程度の物とは別に100発入る物が作られる等の実例もある。
 ただ、個人的な憶測になるのだが、現地改修で現行の物を元にした大容量の弾倉を作るとしたら上部を切断した物に同じく底部を切断した物を直列に溶接する位しか無いだろう。
 弾倉の弾の送り出し機構が歩兵の持つ小銃等と同じく、バネ式なのかどうかといった所でその辺りもまた変わって来るし、単純に溶接して用量を増やした所で送弾面等での信頼性の問題が出てくる。
 だが、いくら俺が考えた所でどうにかなる様な問題ではなく、全ては渡中佐を中心とした開発チーム次第と言える。
 渡中佐の話しが終わると、再び大隊長の古谷大佐が前に出た。
「渡中佐の話にもあったが一部改善点が露見したものの、諸君の活躍によりアマテラスの有効性が証明された事以外に、我が国防軍だけでなく同盟軍の士気向上に大きく貢献した。本日は祝勝の意味も込めて、諸君たち“第12特務戦隊”全員に特別な食事を用意してある。我々はこれにて戻るので、後は戦隊長の藤原克典中佐の指示に従う様に」
 そう言うと大隊長の古谷大佐は敬礼してその場を後にする。
 彼に続く形で開発者の渡中佐と彼らの側近達も宿舎から出て行った。
 彼らと入れ替わる形で整備に当たっていた担当人員も集合してきたのでタイミングを見計らって戦隊長の藤原中佐が話を始めた。
「まず、各小隊の人員の確認を行う。各小隊で確認の後、報告してくれ」
 指示通り各小隊で全員の点呼が行われ、報告が上がった。
 全員集合していた事を確認すると再び藤原中佐が口を開いた。
「よし。全員いる様だな。私を含めアマテラスの搭乗員には繰り返しになるが、本日の祝勝を兼ねて特別な食事が用意された。今回の召集は祝勝会と考えてくれ。では食堂に移動しよう」
 藤原中佐の後を追う形で各小隊が番号順に中に入っていく。
 中に入ると何処から用意したのか解らないほど豪勢な食事が用意され、通常はあり得ないアルコール飲料もあった。
 本当に“特別な食事”である。
 各自に飲み物の容器が配られたのを確認すると藤原中佐が乾杯の音頭を取った。
 それに合わせて容器を掲げる。
 祝杯を挙げると戦隊の大宴会となり、辺りを見渡すと互いの戦果を讃え合う者や整備員と機体の調整の話を熱心にする者など多種多様な状態であった。
 まぁ、何かあれば戦隊長の鶴の一声で収集は付くだろうし、俺も流れに任せて並べられた料理に手を付ける。
 そんな中、何気なく一条のいた方に目を向けると、何やら賑わいを見せていた。
 そこにいる一条が俺の知る一条総司と同一人物だとすると、何となく嫌な予感がするが近づいてみる。
 やはりというか何というかではあるのだが、戦隊長の目の前で公然と賭けごとが始められていた。
 どうやら一条と第07小隊所属の村上裕伍長が大食い対決を始め、それを見た周りの人間が勝負の結果に賭けを始めたらしく、戦隊長の藤原中佐も勝者には景品を出すと乗ってしまったらしい。
 娯楽の無いこの場所ではこういう賭けごとは普通よりも白熱してしまうのが当たり前の話でかなり白熱している。
 小隊長の霧島少佐ですら
「一条!第05小隊の威信に賭けて負けは許さんぞ!これは小隊長権限での命令だ! 」
 とまぁこの有様である。
 それに触発されたのか第07小隊隊長の錦戸信五少佐も叫ぶ。
「聞いたか村上!第07小隊も負けは認めん!負けたら全員の機体のコックピット掃除だ! 」
 そんな具合に白熱した勝負が繰り広げられており、戦隊長の藤原中佐はそれを見て大笑いである。
 俺が知る一条総司なら一般人としてはかなりの大食いであり、時間制食べ放題の飲食店に行くと店員から嫌な目で見られる事が常だったので、遠目で見てもこの勝負においては一条が有利に見えた。
 勝負の方は中盤までは拮抗していたが、景品の上乗せで途中から一条が本気を出し一気に形勢が一条に傾き、予想通り一条が勝利した。
 ただ、村上伍長には悪いが今回の対決は完全に相手を見誤ったと言って差し支えない。
 一条総司という男を超える大食いはそれこそ大食い大会で上位に入る様な猛者くらいで、一般人ではそうそう太刀打ち出来る相手ではない。
 むしろ彼の様な大食いが世の中に溢れていたら食べ放題の飲食店は商売として成り立たなくなってしまう。
 実際、一条が通い詰めた事で廃業になったという噂の店も数件知っている。
 勝負が終わると賭けの品になっていた大量の景品が一条に渡された。
 現金がない為、ここでは認識票で購入出来る煙草や菓子類の嗜好品が賭け金の代わりになる。
 そう言った所は現金で賭けごとをするよりはまだ健全と言えよう。
 むしろ子供の頃にジュースや菓子を賭けて勝負をした経験は多かれ少なかれ誰しももっているし、この場ではその延長にすぎないのだから。
 勝利の美酒に酔いしれた宴は戦っていた時間と同じくらい長時間にわたって催された。
 ただ、勝利を祝した宴とは言っても小隊間の垣根を越えた懇親会と言った面もあってか、別の小隊であっても同じ職種同士の者は意見交換や先の戦闘で得た情報の共有などを話している様で、交流の仕方は様々だった。

 
 ―――俺達が勝利の美酒に酔いしれ、宴の中にいた頃、敵軍の本営では…。―――

 
「一体、どういう事だ!あれだけの犠牲を払ってまで死守した基地をものの数時間で陥落させられるとは! 」
「戦力を整えて攻勢に出たのに返り討ちに合うとは情けないねぇ…」
「撤退時に通常弾型多弾頭長距離ミサイルによる支援攻撃まで行ったにも関わらずかえって攻め込まれた揚句に陥落させられたとあっては停戦合意を一方的に破棄した意味が無い!一体どれだけの人員と費用を食い潰したんだ! 」
「ついでに報告によると紅海を挟んだ場所にある“例の基地”からも相当数の増援を送ったが殆ど喪失とは、それも情けない話だな… 」
 会議場と思われる場所では幹部クラスと思われる者達が作戦の失敗に加え、重要拠点を一つ喪失し、それによる損害と勢力圏の縮小の問題について討論していた。
 返り討ちにあった揚句の損耗の激しさと数時間で陥落したという常識では考えづらい結果から議場はかなり紛糾していた。
「報告にあった写真に写っていた人型兵器。これはかなり厄介かもしれんな」
「この状況になるとさすがにこれは予定をいくつか立て直さねばなるまい」
「こちらから停戦合意を破棄した手前、次は無いだろう。少なくとも“例の基地”にだけは陸・海・空軍全ての軍備増強が必要ではないか? 」
「本国の最終決戦ラインにも“例の基地”に建設中の決戦兵器は着工済みだが、数を増やさねばなるまい」
「唯一の救いは紅海に於ける制海権はまだ確固たるものだから“例の決戦兵器”の建造は間に合うのではないかな? 」
「まぁ。どうあれ設計通りの物が出来れば、それによる迎撃だけで相当な損害を与えられるだろうし、核でも持ち出されない限りは写真にあった人型兵器など気にする事はないだろう」
「とにかく今は“例の決戦兵器”の完成を急がせねばなるまい」


―――


 その会議は途中休憩をはさみながら夜明けまで行われ、喪失した兵力の立て直しよりも先に建造が決定していた“兵器”の建造に予算を投入し“例の基地”での逆転を狙う算段は決定されるとすぐにそのまま現地の建造部門に通達された。
 その結果が戦局をどう変えるのか?
 敵の状況など知る由も無い俺たちはともかく、上層部も敵軍がその様な決戦兵器の建造に着手している事や建造計画が加速した事など一切知らなかった。
 勝利を祝した宴が終わり、翌日は各自休息を取る様に口頭で伝えられ、二人で部屋に戻って交代でシャワーを浴びて眠りに就く。
 ここ数日、特に今日という日は非常に慌ただしく、出撃したのがつい先ほどの事の様に感じた。


 ―――STK‐05M特務機動兵装システム“アマテラス”―――


 先の戦闘で、この最新兵器の有効性が証明された事は同時に既存の戦車や自走砲を一気に旧式化させた超兵器だとも言える。
 そしてそれは、敵軍にもアマテラスの様な新兵器が登場する可能性だけでなく、アマテラスに対抗する為の火砲が登場してくる事は容易に想像できた。
 もしも、それが現実となれば、今までは万が一にもアマテラスが強奪、鹵獲された場合を想定した“対アマテラス訓練”で行われた物が現実になる。
 二足歩行ロボットという物の研究は古くから行われており、俺の記憶でも西暦2000年頃から電動式の人間サイズの物は様々なメーカーが自社の技術力の証明で見本市にて公開していた。
 今が西暦何年の何月何日かなんて聞かされていないし、そんなものは今の俺には何の意味も無い話でしか無い。
 むしろ、知ってしまったらそれはそれで不都合があるだろう。
 西暦何年かわかってしまえば俺の記憶が欠如した部分が何年あってその間に何をしていたのか気になって今の様に適応出来なかっただろう。
 久しぶりに酒が入ったからか、それとも戦闘による疲れからかは不明だが、いつも以上に熟睡していた様で起床アラームで起きられず、一条にかなり乱暴な起こされ方をして起きる羽目になった。
「俺と真逆で朝は強いお前が起きないとは珍しいな」
「あぁ。少し疲れが出たのかもしれない」
「まぁいいさ。どうせ今日は休息をとれって命令だしな。とりあえず食堂に行くぞ。休息日とはいえ朝飯食い損っちまうのは勿体ない」
「そうだな…」
 一条と共に食堂に向かう。
 昨夜の宴が無かったかのようにそこはいつもと変わらない様相の宿舎の食堂だった。
 一日通しでの訓練では缶詰のレーションでの食事だったが、それ以外の時はここでマトモな食事が出来た事もあってかこの食堂の存在は非常にありがたいものだった。
 金属製のトレーに入ったそれは栄養士が監修しているかの如く毎回バランスの取れたもので、そのお陰で体調も良かった。
 勿論、ドクターストップを除けば『体調不良で戦えません』などという言い訳はここでは認められないのだが。
 食事を終えると相変わらず一条は煙草を吸いにエントランスに残ったので放置して部屋に戻る。
 ベッドに寝転ぶと支給されている端末にイヤホンを挿し、インターネットの動画サイトに接続し、公式のミュージックビデオを再生した。
 昔から聞いているアーティストの物でこのアーティストの楽曲はその歌詞がとても哲学的なもので、聞くといつも前向きになれる。
 今のこの状況においても、彼らの歌詞にある一節を切り取って考えるというやり方をして順応してきた部分は否めない。
 同室の一条も音楽好きで聞くジャンルやアーティストは違えども、よく歌詞を引用した話し方をしていた。
 こういう極限状態にあっても音楽が聴けるという事は精神衛生上ありがたい。
 一条総司と言う存在がいた事も大きいのだが、この状況は普通なら発狂してもおかしくはなかっただろう。
 どれくらい時間が経っただろうか。
 つい、うたた寝してしまった。
 起き上がって時計を見ると12時前でほっとした。
 あと数十分起きるのが遅ければ昼食抜きになっていたかもしれない。
 額の辺りに違和感を覚えたので触ってみると付箋のメモが貼られていた。
 剥がして読んでみるとそこには

 
 ―――
 よく寝てる様だったから起こさなかったが、俺はハンガーに行く。
 昼には飯食いに食堂に戻る予定だ。
 ―――


 いかにも彼らしい。
 そう言えば昨日、帰投した際にコックピットの掃除をするとか言っていたからその為にハンガーに向かったのだろう。
 アマテラスのコックピットは宇宙船の技術を転用した物で気密性が高く、そのまま真空中に出ても問題無い代物らしい。
 それ故、毒ガスの煙幕の中でも、チェルノブイリや福島第一原発の様な放射線汚染地域でも搭乗員の生命は安全に保たれるだけに留まらず、内部の空気は常に浄化されている為、コックピット内での喫煙も問題無い。
 それ故に一条達はコックピット内で喫煙しているのだが、なにぶん彼はヘビースモーカーであり操縦が荒い為に灰皿の中身を足下にばら撒いてしまう様だ。
 通常の被弾ではコックピットに衝撃が伝わらない様に設計がされているのだが、彼の場合は急な操縦が多いため、それ故の粗相といった感じである。
 とりあえず居場所がわかれば問題はないので食堂に向かう。
 適当な場所に座り食事をしていると、彼が食事のトレーを持って横にやってきた。
「おう。相棒。昼飯を食いそびれずに済んだか? 」
「あぁまぁな。それにしてもデコに付箋を貼るなよ」
「いや、さすがにデコに付箋を貼れば起きるかと思ったんだが、全く微動だにしなかったからそのままにしてみたんだよ」
「そんなに熟睡してたか? 」
「あれは昼寝ってレベルじゃなかったな」
「そうか。で、お前はその間にコックピットにブチまいた煙草の掃除してきたってところか? 」
「相変わらず勘が良いな」
「まったく。解りやすい奴だよお前は」
「そうか?そう言えばハンガーで伝言を頼まれたんだが、アマテラスの調整終わったら確認の為に一度試乗して様子見って話で調整終わったら全員呼び出し掛かるそうだ。予定では明日の午前中までは呼び出しは掛からないって話だがな」
「わかった」
「にしても、今日の昼飯はハズレだな」
「何がだ? 」
「俺が食い物の好き嫌いは基本的に無い事はお前も知ってるだろうが、このニシンの昆布巻の味はともかく、独特の臭いが後にひくからな。しばらく口臭が気になっちまうんだよ」
「煙草臭いのは気にしないのにそこは気にするのか? 」
「言ってしまえばドリアンと同じだ。ドリアンも“果物の王様”って言われてるだけあって味が良い割に臭いがキツイだろう?それと同じさ」
「そんなにニシンの臭いって気になるか? 」
「個人的な好みだよ。まぁ“世界一臭い缶詰”と言われるシュールストロレミングの原料もニシンなんだけどな」
「そうなのか?そんなゲテモノに興味は無いし、気にした事は無いな」
「まぁ、酒のつまみにすれば酒で臭みは消えるから一時期は缶詰と安い濁り酒で晩酌してた時期もあったんだけどな」
「その情報は俺には不要だよ」
「相変わらず手厳しいな」
 いつもなら食後すぐに一服する彼も珍しく臭いを気にしてか煙草ではなく自販機から牛乳を出していた。
「そんなに気になるか? 」
「ニシンの臭いと煙草の臭いが混ざったらとてつもなく臭いんだよ。煙草の臭いは吸ってる人間には解らないというが、その臭いは俺も気にする」
「それにしても臭い消しに牛乳とは古典的だな」
「古典的だからこそだよ」
 確かにどんな事でも言える話だが、新しい方法よりも長年に渡って使われてきた古典的な方法はそれだけ効果がある事が証明されているとも言えるし、確実性は高い。
 そういった事から見ても彼の判断はベターと言っていいだろう。
 個人的には食べ物の臭いよりも普段の煙草の臭いにそれくらいの気を効かせてもらいたいのが本音なのだが。
 その日一日は特に変わった事は無く、翌日の昼過ぎに搭乗員全員が召集された。
 召集時に渡中佐から伝えられた話では、初めての実戦運用が奇襲に対する防衛任務というかなり急な話で、そこからなし崩し的に攻略戦に移行したという状況からして想定されていた運用方法や作戦は意味をなさず、機体各部への負荷は相当あったとされる。
 その為、何機かは内部のダメージが酷くあり、整備するよりも早いという理由で何箇所かブロックごと交換する事になったそうだ。
 いくら頑丈な装甲で機体が守られ、コックピットには衝撃が伝わりにくい設計をしているとはいっても、内部フレーム等に伝わる衝撃は完全に打ち消す事は不可能だ。
 被弾しても表面上の損傷は無いにしろ見えない部分でのボルトの歪みや、ケーブルの断線が被弾率に比例して大きく、特に先発の小隊所属機は装甲を外すと内部の損耗が激しかったのだろう。
 俺たち後発隊は先発隊よりは被弾率が低かったとはいっても剥き出しになってるセンサー類に関しては爆風による損傷はそれなりに全機あったわけで、メインカメラは無事でも、レーダー等に多かれ少なかれ損傷はあった。
 とにかく次の出撃に備える目的で整備が完了した機体のテストを行う。
 色々と部品の交換が行われたせいで、ペダルが少し重く感じられたが誤差の範囲だろう。
 この先の予定では、実戦時に兵装の弾薬補給の問題が露呈したからか、機体に一部改修が行われ、収納式のアームが追加されるそうだ。
 3Dプリンタで造られた見本の模型がハンガーで公開されたのだが、このアームは先端部が工具のウォーターポンププライヤーの様になっており、弾倉の交換の他に、ハーモニクス・バヨネットを持たせる事も可能で、継戦能力は大きく改善されそうだ。
 予備の弾倉は脚部のスカート裏側に収納出来る様に改修するそうだが、空間とハードポイントの増設だけで済む為、すぐに終わるだろう。
 改修完了までは暫く待機という事だが、シミュレーターのプログラムは既にアップデートが完了しており、隠し腕を使った弾倉の交換の訓練はそこで行う事になった。
 歩兵が持つ反動利用式やガス圧作動式の着脱式の弾倉火器は弾倉が空になった場合の交換時には薬室に初弾装填を行う必要がある事が多いが、アマテラスの場合はその辺りにも配慮がされ、残弾が0になった状態で弾倉交換を行うと自動的に初弾が装填される仕組みを取っている。
 その為、隠し腕には弾倉の固定器具の解除と取り外し、新規の弾倉の挿入さえ出来れば問題ないのだが、ハーモニクス・バヨネットの有効性が実戦で証明された事でハーモニクス・バヨネットの取り扱い機能が付与される結果となった。
 ハーモニクス・バヨネットの材質はアマテラスの装甲材に劣るが、最新の技術で開発されたチタン系合金で造られており、非常に高い硬度と靭性を誇り、かつ安価に製造出来る優れたもので、それ故に高周波振動を与えなくとも鉈の様に物体を叩き割る使い方も出来る為、本体の高周波発生装置がエネルギー切れを起こしても戦車程度が相手であれば問題の無い唯一の兵装である。
 その為、初の実戦でも火器類が弾切れを起こした際に多くの機体がハーモニクス・バヨネットで戦車を撃破していた。
「弾倉交換用の腕くらい最初から付いてても良かったのにな…」
 模型を見ながらつい呟いた。
「まぁ。訓練でやった様に戦闘機みたいな一撃離脱戦法を取り入れてたから弾切れ前に戻る事が前提だったんだろう? 」
 質問した訳でもないが隣にいた一条がそう答えた。
 しばらく出撃予定は無いという事と制圧した敵の拠点周辺を完全に勢力圏に収めた事で戦況は膠着状態から一気にこちらに傾いた。
 紅海の制海権は枢軸側にある様だが、海洋戦は現状でアマテラスの出番は無い。
 それ以前にアマテラスを運用出来る艦艇が無いのだ。
 いくらアマテラスがホバー走行で水上での運用が可能でも洋上作戦を行う為には母艦が必要になるし、元々は河川や湿地帯での移動を想定したもので洋上作戦は考慮されていない。
 地上戦では重機の様な専用の車両で弾薬の補給は出来たが、洋上作戦ともなるとそう言うわけにもいかないだろう。
 いくら、新開発された装甲材をもってすれば深海3000mの高圧環境下にも対応可能であって水中を歩く事は出来ても泳ぐ事は出来ない。
 さらに、そういった運用をした場合に万が一海底で行動不能となれば回収は不可能である。
 ついでに言うとアマテラスの火器で水上の艦艇の撃破は出来ても、対潜水艦戦は不可能と言える。
 仮に、対潜攻撃が出来たとしても浮上している所を砲撃して沈める程度で、対潜用の探査装置を持たない為に、もしも対潜ミサイル等を装備出来たとしても潜られたら全く手出しが出来ない。
 そう言う事で現状は制海権の掌握は海軍の機動艦隊次第と言えそうだ。
 現在までに俺が聞かされてる話ではスエズ一帯までは奪還出来ている為、スエズ運河経由で地中海から機動艦隊を紅海に回し始めている様だ。
 その一方で、紅海の南半分とアデン湾周辺海域の制海権はかなり強固に固められ、インド洋側からの侵攻は不可能に近いものがあるらしい。
 そうなって来ると挟み撃ちには出来そうもない。
 だが、こちらが時間をかければかける程、敵に軍備を整える時間を与える事に他ならず、紅海の制海権掌握は急務だろう。
 アマテラスの試乗と軽い訓練を終えると宿舎に戻った。
 それから数日間はシミュレーターでの訓練が基本で他に何か変わった事は無かった。
 さらに数日が経つと、アマテラスの改修が全機完了し実機訓練が再開された。
 増設された腕は全体が装甲と同じ材質で出来ているらしい。
 元々、関節部などの装甲が無い部分のフレームには装甲材と同じものが使われている他、装甲を全て外したフレームだけの状態でも稼働出来る設計をしているのだが、この増設された腕は言わば二重装甲と言える。
 もっとも、現状ではアマテラスの装甲をどうにか出来るのはアマテラスの装甲を加工した工場にある機械くらいだろう。
 実機訓練前に装甲の性能のデモンストレーションでアマテラスの装甲と同じ素材で出来た板と既存の戦車等で使われる装甲と同じ素材の板を的に試射等を行った時、どの兵装でもアマテラスの装甲材は無傷だった。
 その為、対アマテラス戦闘においては、全兵装を無力化し、2機以上で組みついて奪還するという戦法が採用されていた。
 兵装の無力化さえしてしまえばそれこそ装甲が頑丈なだけの二足歩行ロボットであり、2機以上で組みついたらどうあがいても脱出は困難だろう。
 そうなればいずれ活動限界時間となり、ただの金属の塊になる。
 それだけがアマテラスの唯一の弱点で活動限界時間を迎えたら専用の設備が無ければ再起動出来ないのだ。
 分離機構以外にも脱出装置は一応存在するのだが、それは既存の材料と技術で造られた物でそれで脱出してもアマテラス本体の機密箇所が一部でも奪われない限り、アマテラスの情報は何一つ流出しない。
 それだけ強固な装甲に包まれたアマテラスだが兵装面では現行火器を元に開発されているが故に、現行の火器では最強の火力を有しているとは言っても、所詮は現行火器がもとで、地上戦に主眼を置いた設計である為に、防水機能は一切無く、海岸線から艦艇への攻撃は射程圏内に入って初めて可能であるといっていい事実上の移動砲台でしかない。
 そう言った事情もあってかシミュレーターでの訓練は沿岸からの対艦攻撃と対空砲火訓練が主なものになっていった。
 俺たちが訓練を受けていて頃、多国籍軍の海軍はかなりの大規模機動艦隊を編成し攻勢に転じるべく準備し、制海権確保の為の作戦を計画していた。
 作戦としては共産枢軸の海上戦力の掃討と最重要拠点へのアプローチを容易にする為の制海権、並びに制空権確保が主軸とされた。
 その艦隊規模はかなりの物で、空母を始めとする大型の艦艇を中心に各国の最新鋭艦で構成された言わば無敵艦隊と言って過言ではないレベルのものであった。
 そして、艦隊編成完了から二週間ほどで第一波の攻撃が発令された。
 第一波攻撃には大規模艦隊の中から選抜された中規模艦隊を連続して送り込み波状攻撃をかけるというプランが採用され、先遣隊の艦隊から随時侵攻を開始した。
 ただ、ここで不思議なことが起きていた。
 通常は制海・制空権争いとなるとそれ相応の防衛行動や反撃が予想されたのだが、通常ではあり得ない程に共産枢軸側の艦艇や航空機の数が少なく、予想より早く防衛線を次々と突破していく。
 予想に反して作戦は順調そのもので作戦開始から2週間程度で第一陣の艦隊が共産枢軸の最終防衛ライン手前まで迫っていた。
 そして地中海からスエズ運河経由で入ってきた艦艇のおおよそ60%が最終防衛ライン付近に集結した頃、一瞬にして艦隊が眩い光に包まれた、それは突然の事で何の前触れも無く、音も無く本当に一瞬の出来事だった。
 光に包まれた艦隊の約半数が消滅しており、残った艦艇の一部には、まるで高熱に曝されたかの様に変形し、乗組員はその場に影すら残さず消えていた物さえあった。
 辛うじて難を逃れた艦艇の搭乗員達は何が起こったのかその場では全く理解できず、ただ茫然と立ち尽くしているだけだった。
 この状況下で唯一間違いない事実があるとしたらそれは、そこにいたはずの艦艇が全て消失していたという事だけである。
 後方にいた事で状況の一部始終を目撃した艦艇の乗組員達は“核”による攻撃ではないかと恐怖した。
 だが、動力に原子力機関を用いている空母や潜水艦の放射線測定器では“核分裂反応”に由来する“放射性物質”は観測されていない。
 本当に“核攻撃”が行われたのなら“核爆発”という“急激な核分裂反応”で大量の“放射性物質”が爆心地から周囲に放出されるし、核爆発が起こったならば“光”だけでなく爆発に伴う“爆風”や“衝撃波”に“きのこ雲”が観測される筈である。
 だが、それもなく“凄まじい光”が見えただけであった。
 浮遊機雷に核弾頭を搭載していたというなら未だしも艦隊が光に包まれた時、航空機や大型ミサイルはもとより水上艦艇はおろか潜水艦すら電子機器でも目視でも確認されていない。
 それ以前に“核兵器”という物は扱いが非常に難しく、歴史的に見て、実験を除くとその使用はたった2回、まだそれがどれほどの威力を持つ“悪魔の発明”だと認知される前の1945年8月6日の広島と同年8月9日の長崎だけである。
 核兵器はその凄まじい威力故に保有国内での厳重な管理に留まらず、その開発と保有自体が国際機関によって監視されていた事からして、武装組織が保有出来るとは到底考えられない。
 紅海に集結していた艦隊のおおよそ30%を一瞬で喪失するという大打撃を受けてはひとたまりも無く、一時撤退を余儀なくされた。
 その知らせはすぐに全軍に通達され、多国籍軍の統合司令部は混乱状態になっていた。
 裏で支援している国家にも核保有国は存在するものの武装組織に売り渡したとなれば国際的な非難にさらされる事はもとより国内の政治基盤に大幅なダメージとなりかねない、
 現物を売り渡さずに技術提供をするにしても同じ事であるし、核開発には大規模な施設と人員が必要だ。
 そう言った事から考えて“核攻撃”は考えづらい。
 というよりは、多国籍軍艦隊の約30%を一瞬で消滅させた攻撃が“核攻撃では無い”と結論づけたいのがこの事実を聞いた大多数の人間の思うところであろう。
 もし、裏で支援していた国家から“核兵器”やその“技術”が武装集団に流出したという事であれば、多国籍軍内の“核保有国”から多国籍軍に非参加で、裏で支援している“核保有国”に対する“核による報復攻撃”で全面戦争に発展し、それこそ“亡命政府”からの要請による武装集団に対する多国籍軍の武力介入の域を通り越して第3次世界大戦を引き起こしてしまう。
 常識的に考えて裏で支援している国家もそれは避けたいだろうし、それを避ける為に武装集団に裏で支援を行っている筈だ。
 偵察衛星の情報では消滅した艦艇のいた場所の延長線上に位置する沿岸部と地上の最終防衛ライン後方に鉄骨を組み合わせた物に板を付けた様な形の建造物は確認出来るが、それは見た目で言えば大規模な太陽光発電施設以外の何物でもない。
 しかし、攻撃が行われたとしたらこの場所から以外は考えられないのだ。
 もし、偵察衛星が撮影した画像に映されていた物が本当に大規模太陽光発電施設だったとしてその電力を使った兵器がそこに存在したのなら全て説明がつく。
 よくSF映画等で盛んに持ち出される“荷電粒子砲”は原理的には20世紀の技術で実現可能だし、俺が眠りに就いた2015年の世界では兵器としては実用化されていなかったものの医療分野に置いて同じ原理の物が“重粒子放射線治療”で使われていた。
 兵器として実用化されていなかった背景には、兵器として使う為には粒子の加速に必要な電力が最低でも10ギガワットというとてつもない電力を必要とし、それだけの電力を得るという部分が障害となっていた。
 衛星写真のものが太陽光発電施設でその電力を全て使っていたなら理論上は可能かもしれない。
 だが、それで艦隊の約30%を消滅させるだけの出力が得られるのかという疑問は残る。
 それでも多国籍軍艦隊の約30%が一瞬のうちに消滅したのは紛れも無い事実として通達され、再編と次の作戦立案が急がれた。


 ―――艦隊が大打撃を受けたその頃、共産枢軸のとある施設では―――


「“ナビ―・シュアイブ”最大出力の70%で照射完了。射程圏内の敵艦隊の殲滅に成功しました。」
 忙しなく動き回る技術者と思しき人間の中で幹部と思しき男が司令官と思しき軍服の男に報告をする。
「そうか。もう少し引きつけてからでも良かったが、テスト無しでの実戦投入ではこれでもなかなかの戦果だな」
「第2射まではレンズの交換に時間を要します」
「問題無い。これだけの打撃を受けては敵艦隊も後退せざるを得まい」


 ―――“ナビ―・シュアイブ”―――


 アラビア半島における最高峰と同じ名前のそれは太陽炉の仕組みを応用し巨大な鏡で集めた太陽光を巨大なレンズに集約させてレーザーの様に放つ兵器である。
 多国籍軍の艦隊を襲った光はそのレンズを通して照射されたもので原理的には虫眼鏡の様な凸レンズで太陽光を集光し焦点を紙等に合わせると発火するそれと同じである。
 そのため、技術的にはかなり簡単な物である他、施設自体の建造もさほどかからない。
 さらに、偵察衛星などから見た場合、それは一見した限りではとてもではないが大量破壊兵器には見えず、大がかりな偽装などせずとも太陽光発電所に偽装が可能である。
 この“ナビ―・シュアイブ”は“大量破壊兵器”といえども“NBCR(Nuclear/核・Biological/生物・Chemical/化学・Radiological/放射能)兵器”には該当しない故に建造が容易く行えたとも言えるだろう。
 本来、核などの“大量破壊兵器”という物は実戦での使用が目的ではなく、その存在を公にする事で抑止力とする物であり、この様な実戦使用は稀である。
 しかし、この“ナビ―・シュアイブ”を開発し、その照射を行ったのは“自称国家”であっても所詮は武装組織である。
 国際的に国家としての承認を受けていない以上、いくら共産枢軸が“共産枢軸国”という自称国家を名乗った所で他国から見れば武装集団が武力で支配地域を増やして勝手に自治政府を樹立しただけである。
 そういうところから見ても、共産枢軸が国際法を適用するとは考えられないし、むしろその適用があればこの様な大量破壊兵器の使用は行われなかったであろう。
 さらに言ってしまえばこの様な兵器のノウハウが裏で支援している国家に渡ればそれこそ“第3次世界大戦”の火種になりかねないという話になるのだが、少なからずこの“ナビ―・シュアイブ”には支援国家の技術者や出資金が絡んでいるのは明白でありそれは“時すでに遅し”という問題である。
 この施設は“ナビ―・シュアイブ”のコントロールセンターであり、大画面のモニターの一部には、この“ナビ―・シュアイブ”の射程圏内以上の広域をカバーするレーダー網の情報が映し出され、艦隊の撤退していく様子が見て取れた。
 その情報を見ながら軍服の男は言う。
「行動不能の敵艦艇は射線から退避させてた潜水艦隊で随時雷撃処分しろ」
「司令。捕虜などは取らないのですか? 」
「これだけ打撃を与えたんだ。潜水艦隊が雷撃する頃にはとっくに脱出してるだろう。それに捕虜なんぞ取っても身代金は望めんからな。脱出した兵士は放っておけ。念のため警告してから雷撃するように伝えろ」
「了解しました」
 先ほど“ナビ―・シュアイブ”の照射を受けた海域は瞬間的に海水が干上がって、そこにいた生物も海水と共に蒸発した。
 そこに再び海水が流入した事で海水の塊同士が衝突する事になった為、非常に波が荒く、潜水艦隊もその煽りを受けて航行に支障をきたしていた。
 辛うじて“ナビ―・シュアイブ”の照射の直撃は避けられたもののその高熱で乗組員が蒸発し幽霊船と化した軍艦は操舵者がいない事で波に流され、その様子はまるで水に流される木の葉を彷彿とさせた。
 潜水艦隊が到着した頃、偶然で沈まずにいた艦艇は数隻といった具合であったが、潜水艦隊の司令官は本部からの指示に従い、警告の後その幽霊船を雷撃して沈めて行った。


 ―――その頃撤退した艦を含めた残存艦隊の旗艦のブリッジでは、多国籍軍海軍艦隊司令部と艦隊司令官がテレビ電話を使用した通信で被害状況の把握と今後について会議していた。―――


「今一度確認するが、艦隊の約60%が集結ポイントで合流した時に一瞬でその約半数、すなわち全艦隊の約30%が消失したと? 」
「その通りです。残存艦で最も最前列にいた艦の乗員からの報告では音や衝撃等は一切無く、今までに見た事が無い程の光が見えたのと同時に海が荒れてそれより前列にいた艦はレーダーからも視界からも一切消え去り、最前線で残っていた艦と無線通信を試みるも全周波数帯で応答なく波に呑まれていったとの事です」
「なるほど…」
「威力的にはNBCR兵器と捉えるべきか…」
「いや。だとしたら音や衝撃が無かった事の説明がつきませんな」
「そもそも“共産枢軸”という武装勢力が大量破壊兵器を保有出来るとは思えん」
「仮にNBCR兵器だった場合どの程度の物かコンピューターで現在計算中だが、少なくとも広島型原爆の比ではないだろう? 」
「しかし、それだけの威力の兵器だったならかなりの衝撃波や振動が観測される筈だが、その報告が全く無いのは不思議でならないな」
「ですから、最前線からの報告ではレーダーに飛行物体等も無く、先行していた掃海艦からの最後の通信でも機雷の反応は無かったとの話です」
「そうなると核弾頭型の機雷と言う線も薄いか…」
 会議が紛糾する中、艦隊の約30%を一瞬で殲滅するのに必要なエネルギーを計算し、どの程度の破壊力を持った兵器による攻撃だったかというデータが多国籍軍海軍艦隊司令部と旗艦に届いた。
 そのデータが印字された用紙を見てその場にいた全員が言葉を失った。
 そこに書かれて数値はおぞましく、簡単には納得できる様な物とは言えなかった。

[TNT換算で150メガトン級=広島型原爆の10,000倍相当]

 過去に大気圏内核実験で使われた史上最大の水素爆弾“ツァーリ・ボンバ”ですら出力は50メガトンであり、爆発の火球は1,000km離れた地点から確認され、その衝撃波は地球を3周してもなお空振計に記録される程で、日本の測候所でも衝撃波到達が観測されたと言われている。
 もしも本当に、その3倍の出力の兵器ともなると相当な衝撃波が観測される筈である。
 しかし、実際には衝撃波や爆風等のそう言ったものは一切無く光が見えたと同時に艦隊の30%が消滅したのだ。
 それにもし、この計算が正しかったとしたらテロリストが大国の持つそれと同じだけの力を持ったという事に他ならない。
 ただ、これはいわゆる“爆薬”に換算した物であるため、勿論爆弾以外の兵器である可能性は残されている。
 そう。
 現状、計算の上では最大級の爆弾を遥かに凌駕した威力の兵器で紅海における艦隊の約30%を喪失する大打撃を受けたとは言ってもまだ地上ルートが残っている事は間違いない。
 そして、地上戦という事であれば一騎当千の戦闘力を持つアマテラスの存在がまだ残されている。
 もっとも、その場合、輸送手段や攻略ルートなど戦略の立て直しが必要であるのだが、共産枢軸の使用した兵器の実態が不明である事から見ても相当な時間が必要であるだろう。
 だが、核兵器を凌駕する兵器を保有している相手に対してそれだけの時間的猶予が保障されるのだろうか?
 それ以前にアマテラスの重要部分は日本の固有技術のみで開発された物であり、現状でその技術は日本しか保有していない。
 当然、アマテラスの初陣での活躍から多国籍軍に参加している各国では導入が検討され、首脳陣から購入依頼が舞い込んだのは言うまでもないが、日本という国は元々“専守防衛”の立場を取っていたし、技術の流出による新たな戦争の火種にならない様にする目的から完成時に国内法で貸与すら禁止する様に定めて、それを根拠に全て断って、その代替案にアマテラスの火器で使用されている弾薬と共通の物を大量に購入するという姿勢を貫いていた。
 もしも、アマテラスと同じ様な物を多数の国が無制限に持つ様になったら、過去に飛行機や潜水艦が辿った歴史を繰り返す事は想像に容易い。
 つまるところアマテラスと同じロボット兵器の類を他国が保有したら戦場の姿は全く別物になる。
 言ってしまえばその核心技術の公開は開発競争を助長し、新たな火種を作りかねないのである。
 二足歩行ロボットの技術自体は20世紀末から世界中に存在しているし、個人が趣味で0から創りだした例も多々あるために、基本的な部分での開発自体はそれなりの技術水準さえあれば、何処の国でも可能だろう。
 しかし、アマテラスに搭載された新型のエンジンや装甲材は全て新開発の発明で極秘事項の塊である。
 仮に同じ様なロボット兵器を開発出来たとしてもアマテラスの様なパフォーマンスを実現するにはアマテラスのエンジンが必須である。
 代替案で弾薬を大量に購入するという形を取ったのは補給の問題も考えての事である一方で他国からの武器や弾薬の購入は生産国の軍需産業に大幅な利益が出る事で国内における経済的な利益は計り知れない。
 そのため政治的な判断では、技術の開示を求めない見返りに弾薬の大量輸出で貿易黒字を出す方が賢明だ。
 アマテラスに搭載されている武装が既存の艦載砲や航空機の機関銃と同じ弾薬の規格の物を用いていたり出来るだけ既存の技術で造られている背景にはそういった事情もかなり大きいだろう。
 多国籍軍という都合上、この会議場にいる者たちは各国の代表者の代理という一面もあるが故に、様々な利権や既得権益、ひいては自国の利益や面子を立てるという思惑が交差し、かなり紛糾していた。
 テレビモニター越しに参加した艦隊総司令官からの報告など途中から蚊帳の外の話となり、艦隊総司令官は途中退場する形となってしまった。
 艦隊総司令官が外した後もなかなか話がまとまらず、多国籍軍艦隊が受けた損害と共産枢軸の新兵器の存在の公表は一切伏せて次の作戦を立案するという形で一応の決着は着いた。


  ―――その一方で俺たちアマテラス部隊の人間はというと…。―――


 初陣からは新たな作戦や任務の指令が無かった他、軍事行動の中心が海軍に移行した事もあって、航空機や艦艇用の装備を転用した新しい装備のテストやその訓練に追われていた。
 増設された隠し腕による着脱式弾倉の交換が可能になった事は継戦能力が大幅に向上した他、新しい運用方法も考案され、それを想定した訓練が行われていた。
 その一方で開発者の渡中佐によって秘密裏にアマテラスの行動エリアを拡大する計画と、それに並行してアマテラスの戦闘データを元にした新型の開発が進められていた。
 現状でアマテラスの分類が車両扱いなのは、車両か航空機か艦艇の他に区分が無い事もあるのだが、いくらアマテラスがホバーで浮遊し、水上も移動出来ると言っても、二足歩行ロボットである事が基本設計であるため、湿地帯の湖沼や河川程度なら未だしも、大規模な湖や海上での運用は基本的に考慮されていない他、まだ非公開な部分も多くあるが故に海上等での運用試験が行えていない。
 かといって、いきなり海上で実戦使用するというわけにもいかず、陸上での運用のみに限定されている部分が大きいのだ。
 開発時に考案されたアマテラスの海軍仕様機のプランでは下半身を双胴船の様にした物もあった様だが、母艦や汎用性の問題から没案となっていた。
 本土沿岸での運用であればその様な機体でも問題は無いのだが、離島部などの防衛となると母艦が必要になる。
 現行の艦艇で上陸艇用のドックを備えた物を母艦に転用するとしてもサイズの問題から搭載出来ない。
 その為、当初の設計の物を運用する為には専用の母艦を新規に建造する必要があり、予算や様々な利権絡みの問題で、没案となっていた。
 しかし、アマテラスの行動能力拡大の為には地上以外での戦闘を可能にする装備を開発する必要があった。
 そこで、その没案を元に海洋戦闘装備として背面と脚部のハードポイントに専用のユニットを装備する事で水上、水中を問わず活動出来る様にした他、海洋戦装備として既存の潜水艦発射型ミサイルを転用した装備をする他、固定兵装の機銃の銃口に専用の防水カバーを取り付ける形で、海戦に対応できるユニットが開発される運びとなった。
 コンピューターによるシミュレーションの結果はかなり有効なものではあったが、やはり実弾装備である以上は携行弾数に制限がある為、どうしても母艦の必要性は残ってしまい、試験用に数機分の試作ユニットが生産されるに留まってしまった。
 だが、外付けで新たな活動領域を追加するというシステム自体は採用され、そこから派生する形で専用のフライトユニットがすぐに発明された。
 元々アマテラスのバーニアはホバー走行の為の物としては推力がかなり過剰であった為、リミッターがかけられており、試作機ではリミッター無しの状態で最大出力噴射使用した際に一瞬で高度数百メートルの上空まで垂直に飛び上がった。
 それだけの推力が元からあったのだが、航空機の様に使用するとなると人型である必要は無く、同じ素材とエンジンの航空機を開発すれば済んでしまう為、当初、飛行型は見送られていた。
 実戦でアマテラスの有効性が示された事から展開能力の向上を図る為、このフライトユニットは開発された物でアマテラスでの空中戦を意図した物ではない。
 あくまでも、輸送機を使わずに長距離を移動する事に加え、電撃戦を想定した設計であり、デッドウエイトにならない様にする為、当初は使い捨て型の開発だったが、機密保持と補給の為に後方に素早く戻る目的で可動式翼を採用した。
 その結果、計算上は長距離作戦においても母艦は不要になった他、フライトユニットには多目的ミサイルと20mmガトリングガンが固定装備されており、それは対空戦以外でも使える物である為に火力の向上にも繋がっていた。
 ただ、元々が地上戦用に開発された兵器である為に当然ではあるのだが、空中戦には向かない設計で、フライトユニットの追加装備は懸念通りに重量増加を招く結果となっていた。
 それでもなお試作機における実機テストではアマテラスのパフォーマンスは低下せず、空中戦もそれなりにこなせるという結果が示された。
 ただ、航空機と比較するとやはり機動力や最高高度などの面で劣るのは当然の話で迎撃、防空任務は難しいだろう。
 要するにあくまで戦場に移動中に航空機に発見された場合でのみ自衛程度に空中戦が行えるといった具合だ。
 これもまだ実験機やシミュレーションでの結果に過ぎず、実戦投入した際にどうなるかはこの時点では全く不明と言える。
 そういった追加装備の開発が行われている最中に海軍では紅海艦隊の約30%を喪失するという大打撃を被っていた。
 艦隊の再編が完了次第再び、攻略戦が開始されるという事が参謀本部の決定で艦隊司令部には通達されたのだが、共産枢軸の新兵器を破壊しない限りは再び大打撃を被るのは間違いない。
 艦隊の再編中にフライトユニットの実装化が完了し、実機訓練が始まった事によりアマテラスの戦略機動力が向上した事で長距離作戦時に母艦の必要はなく、基地から直接向かう事が出来る様になった為、また違った作戦が立てられるだろう。
 ただ、再編が完了次第、攻略戦の再開となっていても艦隊に大打撃を与えた新兵器の正体が判明しない限りは下手に動けないのが実情である。
 俺たちアマテラス搭乗員が、フライトユニットによる飛行訓練を行っている頃、多国籍軍参加国はその国家の優位性を確保する政治的な意図から、共産枢軸にスパイを送り込み、様々な諜報戦を独自に展開して艦隊の約30%を消失させた兵器の正体を掴もうと画策していた。
 その結果、それぞれの国が独自に収集した断片的な情報だけがその国の諜報機関に集約されるに留まってしまっていたのだが、その兵器の実態を完全に把握出来ている国はまだ無く、しばらくの間は事態に進展も無く、膠着状態が続いていた。
 そんな折、民間人のクラッカー達が非合法な手段ではあるが、多国籍軍参加国の諜報機関にクラッキングを行いその情報を統合する試みが秘密裏に行われていた。
 民間人による行為は様々な国の思惑など無視して事が進むのがいつの時代も常である。
 その結果、各国が集めた情報がジグソーパズルのピースの様に合わさって行き、その新兵器の正体が露呈していった。
 情報を集めたクラッカー達はその完成したパズルというべき情報の集合体に恐怖した。
 それは設計上の数値での最大出力がTNT換算で250メガトン級の威力を持つ熱照射兵器で、防衛に特化した運用方法や射程こそ脅威にはならないがそれは、究極の矛であると同時に究極の盾である他、単純な構造故に建造、修復が容易である他、本拠地のコントロールセンターを破壊しない限り完全な無力化は不可能なものだった。
 さらに、多国籍軍内では政治的な意図が交錯し合うことによって、その全貌が把握されていない為、それが存在しうる限り現状では本拠地の制圧は事実上不可能であった。
 それに業を煮やした多国籍軍参加国のクラッカー達は、非合法な手段で集めた情報であったが、その情報を出元が解らなくなるように工作し、様々な場所にリークするという手段に打って出た。
 運が良い事にアマテラスの情報こそクラッキングでの流出は免れたものの各国の諜報機関の持つ情報が共有されていないという問題が完全に白日のもとに曝されてしまった。
 そして、それに端を発する形で、各国の国内では反戦活動が活発化してしまい、一刻も早い武力介入からの撤退が要求される事態となった。
 いくら亡命政府からの要請という大義名分の元に始まった戦争だとしても、政治的な意図が絡んで多国籍軍の参加国内で足の引っ張り合いが起こっている事が露呈した以上、複数の同盟関係国だけで構成された軍隊での対処より国連直轄の国連軍による武力介入に変更せざるを得なくなる。
 それは即ち、裏で共産枢軸に支援を行っていた国々からも軍事力が供給される事であり、そうなれば共産枢軸側に作戦内容がダダ漏れになるということは容易に想像できるだろう。
 多国籍軍海軍艦隊が大打撃を受けてからここまでの7週間でここまで事態が動いた事で、指令部の中でも仲間割れ状態が起こってしまった。
 その結果、海軍艦隊はもとより実戦部隊は全く身動きが取れなくなってしまったため、ナビ―・シュアイブの増設を行う機会を与えた事に他ならず、それは全体としてみれば自分で自分の首を絞める結果で、末端の兵士達からすれば上層部の失態で混乱するという事態になっていた。
 その為、一刻も早いナビ―・シュアイブの攻略が求められる事となり、その作戦にはアマテラス部隊が投入される形になった。
 その作戦の立案、実行は全て日本側に一任される形になったが、いくらフライトユニットの実装化で行動範囲や機動力が強化され、300海里以内の作戦行動なら母艦の必要がないとは言っても、搭乗員の負担を考えると配備されている基地からの出撃でナビ―・シュアイブを攻略するとなれば、紅海を越えなければならず、アマテラス単独での作戦の遂行は困難を極めるが故に、海上の移動には現存している輸送艦や大型空母を使わざるを得なかった。
 その為、現存している大型空母数隻から航空機を撤去し、代わりにアマテラスを搭載するという形で紅海を横断し、スエズ方面から陸路で侵攻する陸軍機動部隊と共に奇襲をかけるという形で攻略戦が立案された。
 クラッカー達によって集められた情報では、ナビ―・シュアイブは一射毎に集光レンズの交換が必要な為に連射が効かないという事と、ミラーが損傷するとそれだけ出力が低下するという欠点があった。
 さらに言えば、艦隊に大打撃を与えた一号機は紅海にしか照射出来ない他、アデン湾側に増設された二号機も海上にしか照射出来ない。
 つまり、内陸側には死角が存在した。
 そこを突く事でなら何とか攻略出来る可能性はあったが、そこは共産枢軸側も想定している様で、偵察衛星の情報ではかなりの数の防衛戦力が配備されている様だった。
 勿論この防衛戦力は裏で支援している国家から供給されている物であるのだが、針山の様に並べられた対空防衛網や旧式とはいえ戦車を転用した固定砲台の数々は通常戦力で易々と攻略出来るレベルの物ではない。
 それこそ現状、アマテラス部隊を全て投入してそこに風穴が開くかどうかといったレベルのものだ。
 だが、他に打開策などあるわけでもなく、無謀とも思える作戦を実行せざるを得なかった。
 作戦の開始日時の通達は秘密裏に行われ、アマテラスの輸送に使われる艦艇には移動型の弾薬補給設備が搭載された。
 隠し腕と予備弾薬の追加によってアマテラスの継続戦闘力は大幅に向上した他、フライトユニットの実装で艦載機のような運用が可能になった事が無ければこの“無謀な作戦”が選択肢に入る事は無かっただろう。
 だが、現状ではどこまでいってもアマテラスだけがこの戦争に終止符を打てる存在である事に変わりは無い。
 もしフライトユニットの実装がなされなければスエズを経由して陸路からという形で、長時間の作戦行動を強いられる形であっただろう。
 作戦に先立ち一時徹底していた艦隊の空母から航空機の撤去とアマテラスの整備、補給設備の搭載が順次行われた。
 用意された空母はアマテラス輸送用に“エベレスト級原子力航空母艦”4隻と護衛の航空機を艦載した空母8隻だった。
 アマテラス輸送用にあてがわれたこの“エベレスト級原子力航空母艦”は米軍が新造した世界最大の大きさを誇る超巨大空母で7隻建造されており、その大きさ故に全ての艦名に七大陸最高峰の名が与えられていた。
 今回の作戦ではその中からネームシップの“エベレスト”2番艦“アコンカグア”3番艦“デナリ”4番艦“キリマンジャロ”の4隻が乗員を除いた状態でそのまま貸与される事となった他、護衛の航空機を艦載した他の空母なども同じ様に今回の作戦指揮下に加わることとなったらしい。
 アマテラスは“エベレスト級”にそれぞれ2個小隊搭載される他、護衛の航空機を艦載した8隻の空母以外に予備の弾薬を満載した輸送艦2隻と護衛艦12隻に加え、潜水艦が6隻随伴するという事だった。
 最新の大型原子力航空母艦を4隻も貸与し、護衛の航空機を艦載した空母8隻を日本側の指揮下に編入する事自体かなり異例である。
 政治的な何かが働きかけたのか不明だが、通常であればあり得ない事だ。
 だが、配備が完了してから編成と作戦の開始は驚くほどに早く、万が一のナビ―・シュアイブ対策として悪天候を狙って開始された。
 俺たち“第05小隊 アルデバラン”は第06小隊“リゲル”と共にエベレスト級原子力空母3番艦“デナリ”に搭載されることになった。
 いくら“世界最大の航空母艦”とはいっても格納庫にアマテラスが収容出来る造りではない為、飛行甲板にそのまま係留するという形での搭載である。
 ただ、アマテラスのフライトユニットは垂直離着陸機と同じで滑走路が不要である為、着地スペースさえ確保できれば何ら問題ない。
 しかし、フライトユニットを付けた状態のその重量は乾燥重量でも70トンは軽く超え、全備重量ともなれば100トン近くなってしまう他に予備の弾薬や武装を搭載するとなればそれこそ大型の艦艇でなければという話になる。
 そのために一般的な輸送艦や強襲揚陸艦では1隻で一個小隊全てを艦載する事は難しかったし、世界最大の空母をもってしても2個小隊艦載すれば予備の武装や弾薬の搭載スペースが充分とは言えず、輸送艦2隻を要する形となった。
 作戦の発令で陸軍機動部隊との合流を考慮して出港し、数日で作戦海域に到達した。
 陸軍機動部隊の攻撃開始のタイミングに合わせて次々に発艦していく。
 飛行訓練で対航空機戦や対空砲火に対応する訓練は受けていたがこの防衛拠点の航空機の数は非常に多く、対空砲火はまるで形容できない程に激しかった。
 アマテラスの装甲を持ってすれば通常兵器による攻撃は意味をなさないが、それでもここまで激しい砲火は飛行姿勢制御に支障をかなりきたしていた。
 何とか航空機を追い払い着地点を探るのだが。悪天候と爆炎による視界の悪さでなかなか地上に降下出来る機体はいなかった。
 俺も例外ではなくコックピット内にはミサイルの接近を知らせるアラート音が常時響き渡り、集中力を奪われていた。
 その為、着地した際も訓練通りのものではなく、墜落したと言っても過言ではない様な着地の仕方になっていた。
 ただ、隠し腕の装備が付いた現状では何かの拍子で転倒したところで、機体の立て直しは容易かった。
 地上に着いても爆炎で視界はかなり劣悪なものとなっており、レーダーが頼りの状態だった。
 同時に発艦した一条機の方を確認すると何とか確認出来たのだが、この視界の悪さと弾幕で同じ様な状態での着地でむりくり立ち上がった状態であった。
 着地すると小隊長の霧島少佐から一斉通信が入った。
「こちら“ミスト”!“アルデバラン”各機応答せよ! 」
「こちら“ブリッジ”。着地完了」
「こちら“ゼロ”。着地完了」
「こちら“パイン”着地完了したものの現在姿勢の立て直し中」
「こちら“ストーン”!“パイン”と同じく姿勢立て直し中」
「こちら“ファースト”立て直し完了」
「こちら“スター”無事着地。“ファースト”と合流に向かう」
「こちら“カタナ”着地完了」
「こちら“ミッドフィールダー”着地完了」
「“ミスト”了解。姿勢立て直し完了後“ブリッジ”と“ゼロ”は私と“パイン”“ストーン”“ファースト”は私の左翼に“スター”“カタナ”“ミッドフィールダー”は右翼にトライアングルフォーメーションでそれぞれ展開せよ」
「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
 姿勢立て直し完了した機体から順に小隊長の指示通りに展開する。
 9機で三角形の布陣の陣形で侵攻を始める。
 今回の作戦が如何に危険でアマテラスと言えども完遂出来るか疑問がある事は作戦のブリーフィングで念入りに説明されていたが、着地してしまえばこちらのものだ。
 初陣で得られたデータから拠点の制圧にはどういった装備が有効でそれをどのように運用するのがベストであるかは機体にフィードバックされていた。
  この陣形もその為に発案された物で、3機ずつで三角形の布陣を取る事で三点からの同時攻撃が可能となっていた。
 それによって撹乱、並びに弾薬の節約、ひいては被弾率の低下を生みだしていた。
 いくら頑丈な装甲で守られていて、単独で大型駆逐艦に匹敵する火力を保持していると言っても、剥き出しになっている兵装には装甲が無く、そこに被弾すれば火力の低下は免れない。
 腕部の火器は既存の物を流用して開発された物である為、破損などで使用不可能となった場合デッドウエイトにならない様に投棄出来る。
 開発段階では外装火器に盾を付けるプランも存在したが、それでは投棄出来ない為、弾切れを起こした際にデッドウエイトになりかねない懸念から不採用となった。
 そういった経緯からいくら被弾しても壊れない機体ではあるが、兵装に被弾して火力を失えばただの二足歩行ロボットでしかないのだ。
 他の小隊も同じ様に着地してから順次陣形を整え、トライアングルフォーメーション以外にもブイ字型に並ぶブイフォーメーションや一直線に並ぶストレートフォーメーションなど、それぞれが置かれた状況に応じて使い分けていた。
 指揮官用に通信能力などを強化した小隊長機以外の機体は基本的には2機以上での行動が基本と訓練で決められていたが、トライアングルフォーメーションやブイフォーメーションは3機での陣形である為、戦闘中の行動に迷いが生じた際に、意見が別れることは無い為、行動しやすくなる。
 2回目の実戦運用とはいっても同時に72機のアマテラスの投入というのは少々無謀な気がしなくもないのだが、攻撃を受けている共産枢軸側からしても相手がアマテラスの大群に加えて航空機までいるとなるとかなり厳しい状況には違いないだろう。
 だが、その抵抗は凄まじいもので、初陣で見た光景とは全くの別物だ。
 アマテラスの初陣での活躍を見た事でそれに対する対策を考慮していたのは間違いないだろう。
 ましてこれが、決戦兵器であるナビ―・シュアイブのコントロール施設へ通じる唯一の道であるなら尚更抵抗は熾烈なものになる事くらい容易に想像できた。
 故に、ここではアマテラスの性能を過信して戦闘に及ぶのは危険極まりない。
 それは、戦場の空気から誰もが感じ取っていた様で、弾切れで母艦に戻る機体はなかなかいなかった。
 いくら隠し腕や予備の弾倉のハードポイントが追加された事で継戦能力が飛躍的に上昇したとは言っても、これだけの乱戦になれば弾切れを起こす機体が1機や2機出てきてもおかしくは無い。
 だが、現状被撃墜された航空機こそあれど、弾切れで撤退するアマテラスは1機も出ていない。
 つまり3機でのフォーメーションがかなり有効であったと言えよう。
 アマテラス小隊全72機による攻撃はすぐに決定打とはならなかったのだが、それなりに有効打となった様で航空隊や陸軍の機動部隊の支援もあって、弾切れの機体が出始める頃にはかなり押す事に成功した。
 だが、それでも尚、抵抗は続き海上においても、ナビ―・シュアイブが2基共に最大射程にむけて最大出力での照射準備を整えていた。
 最大射程圏内に多国籍軍の艦艇は一隻も存在しなかったのだが、コントロール施設の防衛が最終決戦になると踏んでの事だろう。
 長時間の戦闘で双方共に疲弊していた事で、アマテラスの弾薬補給などの都合から一時的に離脱する小隊が出ても何とか押し返されずに作戦は遂行された。
 だが、作戦開始から36時間が経過しても尚、状況は予断を許さず、陸軍と空軍の大規模な増援を待たなければアマテラスの完全な補給はままならなかった。
 増援の到着までの間は小隊毎に交代で母艦に戻り、休息と補給を行う事で何とか場をしのぎ、前進に成功した。
 それでもなお何処から湧いてくるのか、敵部隊の殲滅には程遠く、最終防衛ラインに押し込むのがやっとであった。
 ただ、これにより通常兵器の攻撃だけで戦線の維持が可能になった事からアマテラス部隊は一時撤収し補給と一時的な休息を得る事が出来た。
 多国籍軍の圧倒的な物量攻めにあって尚、共産枢軸側は抵抗を続けた。
 戦域が狭くなった事でその抵抗は日に日に激しさを増して行き、戦力差が5倍に達してなお進軍出来ずにいた。
 そう言った背景もあってアマテラス部隊に再び出撃の命令が下るのに時間はかからなかった。
 装甲には傷一つ付かなかったものの連続活動可能時間ギリギリまで酷使した為、機体の内部にはだいぶダメージがあり、部品交換や整備に時間を要してしまった。
 整備が完了し、出撃準備が整った小隊から再び戦線に戻って行く。
 その際に新たに発令された指令は


 ―――全機個別行動で防衛部隊を撃破し、コントロール施設への突入が可能であれば各自の判断で突入し、破壊せよ。―――


 という形であった。
 その為、かなりの大混戦となった他、指揮系統が無い事もあってか、先行していた部隊が道を切り開き、後発の部隊がその隙を突いて侵攻していく形になっていた。
 だが、それでもコントロール施設までは遠く、なかなか辿りつかない。
 抵抗する戦闘車両や航空機を薙ぎ払いながら進むがキリが無い。
 それでも現状は突っ込んで行く以外方法は無かった。
 そんな折、一条の機体がすぐそばにやってきた。
「聞こえるか?ここさえ突破出来ればコントロール施設はすぐそこだ。今お前の機体が装備している大型ミサイル4発全部撃ち込めば確実だろう。俺が援護するから一気に斬り込むぞ!」
「わかった。露払いは任せる」
 今回、上からの命令で俺の機体は大型連装ミサイルを2基装備し、腕部にはハーモニクス・バヨネットを装備した散弾砲が装備されていた。
 散弾砲の仕組み自体はハンティングなどで使われる様なガス圧作動式のセミオートマチック式の散弾銃をスケールアップした様な物であるのだが、そこから放たれる散弾は鉛玉などと言う物ではなく、タングステン系の合金で出来た貫徹力の強い物で拡散したうちの一発でも当たれば大抵の戦車は鉄屑と化すため、密集している戦車部隊が相手となれば一射でまとめて破壊可能なものらしい。
 実際、一射で数両を撃破出来た事で侵攻は楽だった。
 一方で一条はミサイルの代わりに弾薬ベルト付きの給弾タンクを装備し、かなり長い刀身でアマテラスの装甲材と同じ材質で試験的に作られたハーモニクス・バヨネットを付けたガトリング砲を装備していた。
 その見た目は言うなればSF映画等に出てくる個人携行型のガトリング砲の銃身の根元の回転しない無可動部位に日本刀をくっ付けた様な物だった。
 バヨネットの本来の和訳は“銃剣”であり、その発祥や用途はどちらかと言うと槍に近いのだが、彼の機体に装備されたそれは銃火器付きの刀で、言うなれば“ハーモニクス・ソード”であり、どういう運用を想定したのか全くもって疑問である。
 大昔の日本の陸軍には自動拳銃に軍刀の刀身を取りつけた騎兵用刀剣拳銃と呼ばれる変形拳銃の一種が存在したが、刀としても自動拳銃としても中途半端で、それは試作のみで終わってしまっている。
 そう言った過去の例から見ても彼の機体に装備されたそれはかなり異端だと言っていいかもしれない。
 先ほどの通信で確認した通り、一条機にエスコートされながらコントロール施設を目指す。
 フライトユニットのおかげか途中で他の小隊の所属機も次々に合流し、コントロール施設までの道を切り開いていく。
 だが、いくら撃破しても共産枢軸の戦闘車両や航空機は次々と現れる。
 そんな状況にあってはいくらアマテラス部隊の能力を持ってしていても普通であれば中々前進出来ない。
 だが、一条の切り込みは凄まじく、それをものともしていない。
 弾薬の節約の為か不明だが隠し腕に通常型のハーモニクス・バヨネットを持った4刀流状態に移行していた。
 それだけでなく、フライトユニットで飛行して戦闘車両のみならず、戦闘ヘリも真っ二つにしていた。
 彼はフライトユニットとの相性が相当良かったのか、実機による模擬戦闘訓練中に本来想定されていない運用の仕方を発見し、開発部からはかなりの評価は得ていたのだが、この様な戦い方は初めて見る。
 恐らくは彼がこの状況で突発的に編み出したものだろう。
 そして、その鬼神のごとき活躍は共産枢軸の兵士に恐怖心を植え付けた。
 炎に照らし出されたその機体の姿は煤やオイルで汚れ、まさしく怪物というに相応しい形相となっていた。
 カメラ越しにその姿を捉えるが、いくら味方であるとはいえ、恐ろしさを感じた。
 黒煙の中でフライトユニットの翼を広げたまま、煤やオイルで汚れ破壊された戦車の残骸の影と共に燃え盛る炎で照らし出されたその姿は友軍で同じ機体に乗っている俺から見てもおぞましく共産枢軸の兵からするとそれは悪魔そのものに見えただろう。
 その様な姿を目にしてしまえば確実に士気は低下したのだろう。
 自爆攻撃もためらわないテロリストでも、相手が人知を超えた存在であることを目の当たりにすれば、その姿に恐怖を覚えるのは当然の話だと言える。
 初陣でも火力と装甲に物を言わせ、一方的な虐殺に等しいような戦い方をしていたが、今回のそれとはわけが違う。
 防御面は完全に装甲任せで戦っているが、面による制圧の様に弾幕を形成するのではなく、装備を効率よく使用し、共産枢軸の兵器を撃破していた。
 彼の活躍に加え、続々と合流した他の機体による増援も相まって先ほどより侵攻ペースは少しだけ上がった様に思えたのだが、俺の機体周辺に集まり過ぎた事もあって集中砲火の対象となってしまい、かなりの数の戦力が差し向けられた。
 いくらアマテラスの装甲が高強度の物で通常兵器の攻撃はものともしない造りをしているとは言っても四方八方からの集中砲火を浴びせられたなら衝撃が原因で内部フレームや計器類に支障をきたしてもおかしくない。
 だが、そんな心配はどこ吹く風で他の機体が俺を囲う様に展開し、道を切り開く。
 地上部隊に関しては、増援が後方や他の拠点から送られてくるとしても時間がかかる為にどれだけの数が残存兵力として存在していても一気に斬り込んで行けば何とかなる可能性はあった。
 だが、超音速航空機となると話は変わってきて、巡航速度で飛来したとしても出元によっては数十分でここに飛来してくる。
 それ故に空軍の支援があっても対処しきれず、進軍速度は思う様に上昇しなかった。
 アマテラスに対する通常兵器による攻撃は無意味と言って差し障りの無い事はここまで戦ってきた身として納得している。
だが、それによる足止めは地上部隊の増援を容易にする効果をそれなりに出していた。そう言ったことからしても一体どこにこれだけの兵力が残っていたのか疑問である。
 無人機自体は珍しい物ではないため、半数以上が無人機だったと仮定しても資源の問題でこれだけの数を揃えるには相当な年月が必用な事くらい素人でも簡単に想像できる筈だ。
 本当に次から次に湧いて出られては、いくらアマテラスが無事でも搭乗員が疲弊してしまう。
 この状況でなお、奮戦している自軍のアマテラス搭乗員のタフさには驚かされる。
 空軍の護衛でフライトユニットでの移動時は自動操縦に切り替えていたとしても、この状況の中でまともに戦闘を継続出来るか甚だ疑問である。
 だが、実際は自動操縦など使える様な生易しい状況ではないのだが、それでもアマテラス部隊は獅子奮迅の活躍をみせていた。
 コントロール施設に到達するまで、時間はかなり掛かった
 この状況に食事をとる時間など一切無く、水分補給するのがやっとの状況だ。
 他の機体が残弾不足になり始めた頃、ようやくコントロール施設の建物が見えてきた。
 その建物は非常に大きくまるで山の様に見えた。
 だが、臆している暇は無い。
 現状で残っている機体ではこの巨大な建造物を一度で破壊出来る可能性がある兵器は俺の機体の装備している大型ミサイルの一斉射撃のみだ。
 友軍の援護のもと、建物に向かって一気に突き進み、射程圏内に収めた。
 そして、建物の中心部を攻撃目標に定めて発射トリガーを引いた―――。

 
 ―――だが、何度トリガーを引いてもミサイルは発射されない。―――

 
「亮二!どうした!?早くぶっ放せ!! 」
「お前に言われなくてもとっくにやってる!何回トリガーを引いても発射されないんだよ!! 」
 何らかの不具合なのか何度トリガーを引いてもミサイルは発射されず、モニターには赤い文字で“ERROR”という表示が繰り返されるだけだった。
「くそっ!作戦失敗か…! 」
「いや…。まだ終わってない!総司!お前の機体は残弾どの位残ってる? 」
「掃討戦を考えて節約してたからガトリング砲はタンクの半分以上残弾があるが、どうする気だ? 」
「そうか…。アマテラスの装甲で体当たりすれば建物内に突っ込んでいけるよな? 」
「確かにそうだが…。まさか中からやろうってのか? 」
「そういう事だ…」
「アマテラスの装甲と同じ装甲だったらかなり厳しいぞ? 」
「お前の機体が装備してる刀ならアマテラスの装甲と同じ素材で出来てるから何とか出来る筈だ! 」
「わかったぜ…相棒…よっしゃあ!いっちょやったるか!! 」
 他の機体は残弾があまりない為、俺たちの周りを囲って盾となり建物への突破口を開いていく。
 コントロール施設の建物は近づけば近づくほどにその巨大さに圧倒されるものがあった。
 突破口が開けると助走を付けてフライトユニットを最大出力にして、その巨大建造物に突っ込んで行く。
 その様子は傍から見れば特攻にしか見えなかっただろう。
 敵の航空機の猛追を受けるがここまで護衛してきた友軍機の最後の対空砲火にさらされては俺たちの機体に近づく事すらままならなかった。
 建造物に体当たりすると思いの他簡単に風穴が開いた。
 内部は広い空間があり、そこには見た事が無い巨大な水晶の結晶の様な物が存在し、そこから太いケーブルが延びていた。
「何だこいつは? 」
「ケーブル延びてる辺り、恐らく蓄電池みたいな物じゃないのか? 」
「だったら…! 」
 そう叫ぶと一条はガトリング砲をその物体に向けて乱射した。
 弾丸の雨で爆炎が上がった。
 彼が砲撃を終え、煙が落ち着くのを待つ。
「何だとっ…! 」
 だいぶ削れてはいたものの、相当な被弾をしてもなお、その物体の完全破壊には届かなかった。
「あとはこのミサイルだけか…」
「ミサイルは発射出来ないんじゃないのか!? 」
「総司!お前は早く脱出しろ!爆心地にいなけりゃあアマテラスの装甲でなんとかなる! 」
 そう言って一条機を突き飛ばすと自爆コードを入力した。


 その瞬間目の前が眩い光に包まれ意識が遠のく―――。

本当の真実

 
「はっ…! 」
 目覚めるとそこは真っ暗な場所で、自分の手足の感覚はあるものの全く何も見えない場所だった。
「そうか…。俺は自爆したのか…」
 だが、感覚として自分の肉体がマッサージチェアの様な物に横たわり、手足は何かに包まれて拘束されている他、頭には何か被っている様な感じはあったが、アマテラスのコックピットのそれとは感覚が全く違った。
「まさか。自爆しても助かったのか? 」
 この状況ではその様な声がつい漏れてしまう。
 だが、誰かが聞いている訳ではない。
 ただ、その声がどこかで反響して自分の耳に入って来るだけだった。
「本当に、何なんだよこれは…」
 そう声を漏らすと、目の前に凹型に光のすじが入り始め、そこから一気に目の前が明るくなった。
 光に包まれたかと思えば次は真っ暗闇で、再び急激な光が入って来るこの状況においては何が何だかわからないだけでなく目が付いていけない。
 目が光に順応してきてようやく目の前は扉が開いて光が差し込んできたのだと理解した。
 手足に目を向けると、カバーの様な物で固定されていたが、拘束具という程のものではなかった。
 状況が飲み込めず茫然としていると、数人の男たちを引き連れ見るからに研究者といった外見の白衣の男が現れた。
「“五感体験型シアター”の体験はいかがでしたかな? 」
「“五感体験型シアター”? 」
 その瞬間、俺は思い出した。
 雑誌で募集されていた新発明の体感型シアターの体験に何気なく応募して、それに当選して体験会に参加していた事を。
 その新開発された装置は器具を通して脳と五感に働きかけ体験者自身が仮想現実の中で架空の物語の主人公となってその世界を体感するという物になっており、大まかなストーリーはあるものの、ストーリーの流れは体験者の選択で変わって来る。
 言わば映画というよりはコンピューターゲームに近いものである。
 今回俺が体験した仮想現実での話の大元のストーリーはここの研究員たちが既存のコンピューターゲームや映画、書籍を元に筋書きを描いたもので、見てきた世界は頭部に被せられていたヘッドギアに自動収納式になっているバイザー越しに見ていた様だった。
 白衣の男と共に現れた男たちによって身体に取り付けられている器具を外されたので時計を見る。
 日付はこの施設に来た日のままだったが時間は体験開始から見て150分程度と長編映画のそれと変わらなかった。
 器具が外されるのと同時に横たわっていた椅子の姿勢が自動で起き上がる。
 足を床に付けて立ち上がろうとすると白衣姿の男に制止された。
「まだ、解除が完全ではないので座ったままでお願いします」
「どういう事で?器具は全部外れてますけど? 」
「この設備は脳と五感に直接働きかける物であるという話は覚えてますか? 」
「はい」
「つまり、感覚が一度、幻想状態に離れてしまうので10分ほど回復に時間を要します」
「なるほど」
 言われるがまましばらくそのままでいた。
 普段10分などと言う時間はあっという間に経過するが何もしないで待つのはかなり退屈である。
 しばらくすると白衣の男が再び現れて椅子から起き上がる許可を得たので、そのまま立ち上がり目の前の扉から外に出た。
 外から見ると自分が入っていた装置は卵型をしており、大きさとしては高さが2m程度といった感じか。
 装置から出るとそのまま別室に案内された。
 そこは刑事ドラマなどに出てくる取調室の様な簡素な部屋で部屋の中央と奥に机と椅子が備え付けられており、奥の机には書類やファイルが積み上げられていた。
 促されるままに中央の机の椅子に座るとホッチキス止めの書類と小学校で読書感想文を書く様な一般的な原稿用紙に、ボールペンと修正テープが渡された。
「これに目を通して、こっちの書類に簡単でいいので感想を書いていただきたい」
「わかりました」
 書類を渡すと男は部屋から出て行く。
 扉などは無い部屋ではあるがあまり居心地はよくない。
 とりあえず渡された書類に目を通すとそこには3D酔いの様に、帰宅後万が一体調不良を起こした際の対処法やそれで何かあって病院に言った場合、医師にこの研究所の緊急連絡先を伝える事、その際の補償についてなどが図解付きで解り易く事細かに記されていた。
 3D映画もそうであったが、開発中にいくらテストを繰り返していたとしても3D酔いの様に実用化されてから見つかる現象もある為、念を押しての事だろう。
 説明の書類に一通り目を通すと原稿用紙を手に取り自分が仮想現実で体験してきた話と、機械がどれだけリアルな体験を自分に与えていたか、仮想世界での時間と実際の時間の大幅なズレなどの感想を書いた。
 書類に目を通し感想の記入が終わるタイミングで再び男がやってきた。
「書類の方はご覧いただけましたかな? 」
「はい。感想も記入し終わりましたよ」
「そちらの書類はそのままお持ち帰りください」
「これが感想です」
 感想を書いた原稿用紙を渡すと今度は別の書類を渡してきた。
「この2枚はどちらも同じ内容で、先ほどの書類をこちらからお渡ししたのと、こちらが真田様より感想を頂いたという確認書になるので2枚ともご確認の上、ご署名をお願い致します」
 言われた通りに見比べてみるのだが、上の割印と署名欄以外は書いてあるのはたった2行で特にどうこう言うほどの事はないのだが。
 新開発で特許の塊の様な装置であるが故、法的に効力を持つこういった書類を作成するなど細かい事にも気を使わざるを得ないのだろう。
 手早く署名をし、1枚を控えにもらうと男が再び口火をきった。
「確認の方は以上です。それと今回の体験会への参加と感想を頂いたのでお礼として弊社のカタログギフトを後日郵送させて頂きますのでお受け取りください」
「わかりました」
 入ってきた時と同じく男に促されるままに部屋を後にする。
 出入り口で預けていた手荷物の入った金属製の箱が渡される。
 箱は銭湯やスポーツジムにある電子ロック式の貴重品ボックスと同じ暗証番号式のもので預ける時に決めた暗証番号を入力して開けた。
 荷物を受け取り建物を後にする。
 建物のドアを開けた時に感じた風は日本の気候のそれであり、外の空気も今までの日常のものと全く変わらない。
 施設の敷地を出て夕焼けを眺めながらしばらく進むと幹線道路に出る。
 ひっきりなく通る自動車の排ガスの臭いといい道路を挟んで広がる街並みといい、いつもの光景のはずなのに何故か懐かしさを覚えた。
 幹線道路を進んで駅に向かって電車に乗ると時間の関係もあるだろうが日本特有の混雑で車両の出入り口の上の液晶モニターには次から次に広告が映し出され隅には時刻と次の停車駅が表示される。
 ほんの小一時間前までいた仮想世界とは全く違う。
 そう、まさしくその光景は自分が生まれ育った“日本”という国のそれであった。
 自宅アパートの最寄り駅に着くと辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
 途中、夕食を買いに寄った全国チェーンの弁当屋もいつもと変わらずこれが本来の“日常”だったと再確認した。
 自宅に戻ると買ってきた弁当を電子レンジで温め夕食を済ませた。
 そして、シャワーを浴びるとそのまま床に就いた。
 自宅に戻ってからの行動は仮想世界で目覚める直前の記憶と全く同じで気味が悪いが、次に目覚める時はいつもの日常が待っているはずだ。
 少なくともこの場に一条はいないのだから、彼に起こされる事は無いだろう。


―――その頃、施設では…。―――


「彼の感想文を読んだ限りまだ記憶の操作は完全では無さそうだな。」
「まぁ、こちらの調査員が民間人に紛れる形で交代で監視していますから、何かあれば今回同様にまた適当な理由を付けて連れてくれば大丈夫でしょう」
「問題は記憶が復活してしまう事だな…」
「先の記憶操作では例の機械で過去の記憶を仮想世界での出来事だという事にしてあるのでフラッシュバックなどを起こしても空想世界で見た物と考えるでしょう」
「確かに、脳波やその他のものは異常が見当たらない以上、科学的な問題は無さそうだが…。にしても、あの戦争からもう3年か…。本来なら真田亮二と一条総司は“戦争を終結させた英雄”であるべき存在なのだがな」
「いたしかたありませんよ。“アマテラス計画”はそもそも存在が無かった事になってしまったのですから」
「政治家という生き物は本当に嫌いだね…。奴らは自分の面子ばかり気にしてめちゃくちゃな事を素知らぬ顔でやってのける」
「まったくです…」
「一条総司の方はどうなってる? 」
「彼も現状は問題無く生活しております。記憶操作は順調でこちらが用意した心療内科へ通院させながら偽の薬と“ドクターストップ”と言う形での就労制限をかけて監視していますし、彼の父親名義で毎月10万円程度を彼の口座に生活資金は入れていますので、生活保護水準以下ではありますが、何とか生活出来ているようです。現状では戦場での記憶は消去出来ているであろうと主治医から報告を受けています」
「そうか…。他のアマテラス関係者が元々自衛官だった事は幸いだったな」
「はい。自爆攻撃を行った彼ら以外の“関係者”は皆、特殊部隊就きになった事で色々と好都合に物事が運びました」


 ―――彼は知らなかった。―――


 先ほど“仮想世界での出来事”だとされた事が実は現実だった事を。
 彼が体験した機械が新開発された記憶操作装置だった事を。


 ―――彼が仮想世界で見せられたとされる“現実”には続きが存在した―――


 本当の真実は彼が自爆装置に手をかけた時、実は爆発までに若干の時間が存在していた。
 アマテラスに搭載されていた自爆装置の本来の目的は、万が一最前線で活動限界時間を迎え、回収が不可能と判断された場合に機密保持の目的で自爆するものだった。
 それ故に搭乗員が脱出し、安全な場所まで避難出来るだけの時間が設けられていたのだ。
 そして、その時間を利用して一条は装備していた“刀”で彼の機体をこじ開け彼を救出していた。
 彼の機体の自爆によって不発だったミサイルやコントロール施設の建物も誘爆した。
 その爆発はコントロール施設の建物があった場所を中心に巨大なクレーターが出来る程の巨大なものであった。
 だが、アマテラスの装甲はそれをもろともせず、二人とも無事に生還した。
 防衛目標を失った共産枢軸の兵士たちは次々と投降し、多国籍軍の収容施設に収監された。
 ナビ―・シュアイブのコントロール施設の建物は共産枢軸の最後の砦でここを破壊された事は事実上の敗北を意味していた。
 その為、共産枢軸は無条件降伏する以外の道は無く、指導者たちの半数以上が自殺という選択をした一方で残党の暴走を防ぐために投降を呼びかける者もいた。
 元々“共産枢軸”の参加者の大半は特定の宗教団体の過激派やその国の政府に不満を持った政治団体の関係者ではなく、大規模な外資の参入で職を失った失業者であり、特定の宗教団体の過激派組織や反政府勢力の構成員は皆無だった。
 指導者の中に投降を呼びかける者が出てきた事で無条件降伏は混乱なく行われた他、戦後の処理は亡命政府の帰還で無事に行われていった。
 ただ、戦後混乱を極めたのは多国籍軍の側で、ナビ―・シュアイブによって多大な損害を被った事やアマテラスの存在は戦場を大きく変える物である為、危険視された他、国連でもその問題は持ち上がっていた。
 だが、アマテラスの技術の公開は同じ様な紛争が起こった際に裏で支援している国家がそれを持てばそれこそ最終戦争だ。
 そう言った国際情勢に配慮し、日本国としてはアマテラスの存在を“最初から存在していない存在”として扱い、関係資料の抹消と関係者の徹底的な監視が行われた。
 その中でも徴兵で兵役に就いていた一条総司と真田亮二は最後の攻撃の当事者であり、もっとも重要な機密情報を知っている為に共に記憶操作を受けて退役となり、その後もなお監視対象とされていた。

 一条の説明では大部分が省かれていたが、この戦争の少し前に時の内閣による憲法解釈の変更と強行採決に因った安全保障関連法の改正で自衛隊(JSDF=Japan Self Defense Force)は日本国防軍(Japan Defense Force)と名を変え、国防軍の陸・海・空軍に日本国特殊作戦国防軍(JAPAN Special Operations Defense Force)という統合軍を加えた4軍体制となった他、関連法案の法改正を根拠にNATO(北大西洋条約機構)や他の同盟関係各国が武力介入を行った紛争に堂々と行う様になり、軍備拡張に伴う増員及び、兵員不足を補う為に徴兵制度の復活などが起こっていた。
 そういった事情から彼らも徴兵されて軍属となった。

 
 ―――それがこの戦争の真実である。―――

 
 だが、そういった事は全て報道管制で秘匿されていたし、徴兵に関しても表向きは“志願制”という建前で運用されていた。
 さらに、自衛隊が国防軍として4軍体制に移行した後も表向きはそれまでと同じ“自衛隊”という呼称を使っていたが故に、一般人は“自衛隊が紛争に介入するようになった”という情報しかなく、大規模な紛争に巻き込まれた事で多大な犠牲を払う事となった時の内閣の失態という認識であった。

 しかし、いくらこの戦争を終わらせたのがこの国であったとしても、アマテラス計画の抹消の為にはその事も秘匿される結果となってしまった他、多大な犠牲を払ったという事実が国民感情をより一層反戦に傾け、大規模な学生運動や世論の変化で暴力は伴わなかったが、クーデターに近い形で政府は転覆し、大半の議員は失脚する事となった。

 その後、樹立した制度では“専守防衛”という観点から国防軍は解体され、再び自衛隊として再編が行われた他、徴兵制度は撤廃された事で、志願した者以外は完全に除籍出来たというのが国内事情である。

 一方“アマテラス計画”はその存在が新たな火種になりかねない危険なものでもあった事から新政府関係者からしても“アマテラス計画”の存在は否定せざるを得なかった事で、全ての事実を黙殺し、計画時の司令官であった古谷と渡に特権を与える形で計画の存在を抹消する事になった。

 それ故にアマテラス搭乗員には特に機密情報の保持の為に、除隊した者には一層の記憶操作や徹底した監視が行われていた。
 さらに安全保障の観点から国連でも共産枢軸との戦闘に関していわゆる“テロリストとの紛争”という形での記録に改竄がなされていて、世界規模で徹底した情報管理が行われた。
 その結果、記録は殆ど残されず、ナビ―・シュアイブも単なる太陽光発電施設という事に改竄されていた。―――


 そういった事情からインターネットでいくら検索しても、その紛争に関しては詳細な事は不明となっていた他、各国のメディアでも一切が報じられない為に、彼らが“戦争を終結させた英雄”である事以前に、紛争の終結は“指導者の殺害によるもの”という事になり、教科書を始めとした各種文献にもそういう形での記載に留まる事になっていた。
 事実の隠匿などの事は戦後の世界での事態の収拾に一役かったのか“アマテラス計画”や4軍体制下での出来事を関係者の記憶操作において矛盾が生じない事もあってか“アマテラス計画”の関係者を除くと本音と建前の矛盾以外で何かの問題は殆ど無く、事実の公表は表向きに“空想の話”としか捉えられなかった。
 ただし、アマテラス計画の関係者においては、それこそ“知りすぎた存在”であり彼らの存在自体が世界に影響を与えてしまう可能性は否定できず、当初は“何らかの事故に見せかけて抹殺する”という各国の諜報部隊が得意とする方法での黙殺も視野に入れられていたのだが、計画に関係していた者の数が多く、その方法では俗に言われる“ファラオの呪い”の様に後年に何らかの寓話として話が流布された挙句、話に尾鰭、背鰭が付いて回り、研究者によって何らかの調査が行われてしまう可能性が過去の事例からも否めなかったが、アマテラスに搭載された“脳波接続機構”の技術がここでも一役買う事になった。
 “脳波接続機構”は本来、操縦者の思考を直接機体に反映させるもので、操縦に高度な技術を必要としなくなる為のシステムとして開発されたのだが、一方で重大な欠陥を秘めていた。


―――それは開発者の渡ですら開発時には知りえないものだったのだが、操縦者の脳波を読み取り機体の制御を行うというシステムの仕様がもたらすもので特定の条件下では、機体から脳内に電気信号が逆流し、機体の負荷が幻覚として発現し、場合によっては脳が機体ダメージを身体の異常の様に錯覚してしまうという危険極まりないものだった。
 そのため、実戦投入された機体ではリミッターを設ける事でそういった欠陥によるダメージが搭乗者に伝わらない様に配慮されていた。

 だが、この欠陥は逆に技術転用で記憶操作に使用する事が容易となるということでもあり、そういった事で除隊した関係者には、記憶操作と監視という方法がとられる事になった。
 その為、諜報機関のお家芸の様な“事故死に見せる謀殺”の必要性も無くなり、あったとしてもそれは本当に最期の手段になっていた。


 ―――“脳波接続機構”の本来の用途での存在はアマテラス計画と共に抹消されてはいた。―――


 だが、本来なら欠陥であった部分を技術転用という形で記憶操作のためにその欠陥部分だけは残される事になっていた。
 昔から記憶操作というのは色々な方法で行われていたものであったし、記憶操作の副産物として、記憶のデータ化がある程度可能になった事から派生して新型の嘘発見器の発明にも一役買う結果となっていた。


 ―――本来なら欠陥であったこの部分の技術の転用が、様々な恩恵をもたらした事は本当に皮肉だろう。―――


 だが、それによって“国家によって謀殺”されていたかもしれない関係者が救われた事実は否めない。


―――この先、もしもまた、共産枢軸の様な組織が現れこの様な戦乱が再び起こった時、また彼らの様な被害者となる英雄が出ない事を切に願う。―――


 (元特殊作戦軍 第3軍団 第22特務大隊大隊長 古谷秀一)

 
 ~完~

幻想狂詩曲

幻想狂詩曲

  • 小説
  • 長編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 目覚め
  2. 新たなる力
  3. 本当の真実