薬問屋、その目録

摩訶不思議な薬問屋相手に、私は暇つぶしをすることにした。

「亜鉛を3ミリグラム、硫黄を1グラム」まるで嘘のような配分である。

私は上記の言葉を耳にし、その薬問屋の前で思わず足を止めた。

小説のネタ探しに、街へと繰り出したときのことである。朝から家事も済ませ、犬にも相手にされなくなり、暇を持て余して小説を書こうと試みたが、上手くいかず、銀河鉄道の夜を必死になって読み進めるうちに、何かこういった世界観の作品が書きたくなり、めがけてという訳ではないが、この店の前まで歩いてきた。

通り過ぎるつもりが、丁稚たちがその不思議な秤にその成分を配分しているのを見て、思わず、「それは、何の薬かね」と聞いた。
最初いたずらが見つかったと丁稚はびっくりすると思っていた。しかし予想に反して、丁稚は真面目に、「あい、へそのごまを溶かす薬です」と言う。

「へその、ごま?」

私がそっくりそう言うと、丁稚たちは「あい」と頷いた。
私はそこの肉屋で買ったコロッケをぽりぽりと食べながら、「それは、酸、みたいなもんでっか?」と冗談半分に聞いた。
すると丁稚たちは、笑って顔を見合わせ、「やれやれ、これだから無学な庶民は」と首を振って苦笑して見せた。私は、これは面白い奴らに出会ったぞと薄く笑い、「じゃ、屁を止める薬なんてえのも、あるんでっか?」とまたからかい口調で聞いた。

丁稚たちは、「当然」ときっぱりと言い、「今調合するんでちょっと待っててつかあさい」とどこの方便かもわからぬ言葉遣いをして、いそいそと準備を始めた。

「ええ、トカゲのしっぽの干物が一欠け、いぼの取れた奴、ゴボウの千切り、桃の種の煎じたもの5グラム、銀を4グラム、あとは蛙の糞2グラム」
待て待て待て、と私は言い、「なんや、蛙の糞て」と言うと、丁稚たちはきっぱりと、「あい、屁を止める薬の肝になる用分でさあ」とまた声を揃えて言う。

今出来上がりますから、試しにあの屁こきに飲ませてみましょう、と先ほどから屁をこいて遊んでいる子供を指して言う。
ミキサーにかけたそれを、「ちょいと、そこの坊や」と子供を呼び、「100円あげるからこれをお飲みよ」と薬を一匙渡した。子供は「お安い御用さ」とそれをごっくんと飲み、仲間のところに帰っていったが、「あれ、屁がでーへんぞ」と、何度もいきんでいる。

私はどう取ったものやら、ぽかんとその様子を眺めて、「うん、これは、まず飲んでみようか、それから考えよう」と一つ思い、「一匙おくれよ」と丁稚に100円渡した。

丁稚は「あいあい」と応じて、その黄色い粉薬を一匙掬い、渡してきた。

私はさらさらとそれを飲んでから、「まああの坊主もネタ切れということやろう」と考えて、気楽に「ほなまた」と店を後にした。

さてそれからが大変だったのである。
その後、三日は便というか屁すら出ず、うんうんと苦しんだ。
お腹は肥大し、常日頃からダイエットブログなど運営している私にとってこれは大打撃となり、すぐさまあの店へ飛んでいき、「げ、解毒薬、解毒薬をくれえ」と叫んだ。
丁稚は「あいあい」と頷いて、普通の下剤をくれた。
なんでも上海から取り寄せたもので、特別な薬らしい。五千円取るという。
「良い、良い、なんでも良い」
私は今月初めて使う一万円を差し出し、五千円の釣りをもらった。

さて、家に帰って飲むと、出るわ出るわ、うんうんと一時間は粘った。

すっきりして考えてみたが、ひとえに私の無茶な願いにより、如何ともし難い損益を賜ったぞ、と自分の阿呆ぶりにびっくりした。
しかし、あの薬問屋の腕は、本物である。

摩訶不思議なたたずまいといい、子供のくせに店に立つ丁稚たちといい、何か化かされているような気がする。

暫くしたころ、もう一度その店の前を通ったが、普通のドラッグストアに代わっていて、綺麗なお姉さんが薬剤師として常駐していた。
その眼鏡美人にこんにちは、と鼻の下を伸ばしてから、はて、もうあの薬問屋には会えないのか、と内心がっかりした。

薬を飲まされた子供の行く末だけが心配である。

こっちこっち、と私は手を引かれていった。

私は毎日、100円均一でトイレクリーナーを買う。
と言っても、ペットも子供も大丈夫、と銘打たれたそれを、買い物袋下げて3日に一度は買いに来る私を、レジのお姉さんは哀れんだわけで。

「お客さん、これ買うならここより安いとこあるよ」

ふと囁かれたその甘言に、私は容易くついていき、こっちこっち、ハイここ、と示された店を見て、私は目を剥いた。

羅生門を思わせる、と寺通いの好きな私はその立派な門構えの、全体に朱ならぬ緑色を塗られた店に、私は何か不変のものを感じて。

じゃあねーと手を振るレジのお姉さんが去るとき、私はあ、あと、最早ここに入るしかないのを悟った。


恐る恐る門の前に立つと、意外とガーッと自動ドアが開き、「いらっしゃいませーえ」とレジ前で新聞を読んでいた婆さんがにたっと笑った。

私はキョロキョロしながら、トカゲの干物や蛇の漬物が瓶に踊っているのを見ながら、「あのう、汚れをね、落としたいんですけど」と切り出した。

婆さんははいよ、と返事して、一郎次、二郎次、とパンパンと手を叩いた。

「あいあい」

すると今時珍しい頭を髷にした双子の人形が動き出した。
私は「キャー!」と言って跳びのき、双子が怖がらないで、お嬢さん、と言って「さてさて今日は、どのような品をご所望でしょう」と揉み手をして目の前まで迫ってきた。

私は「い、犬とトイレの汚れを消したいんですけど」と慄きながら言うと、双子は「あいあい」と言って、奥へ引っ込み、脚立を出してきて、棚の上から協力して物を取ろうとしているらしい。

右右、もうちょい左、と双子が見えない棚の上を探るので、私は痺れを切らして取ってやった。

何々、クリーナー、としか書いていない。

「それは汚れがよく落ちますよ」

老婆と双子に見守られながら、私は50円を差し出し、ほんとに安かったなと店を後にした。
さてそれから、私は帰ってから日課の掃除を行った。
これが、落ちる落ちる。
油汚れから壁のシミ、服の汚れまてよく落ちる。

ピカピカになった部屋で、私は大の字になって寝転び、畳の匂いを嗅いでいた。

するとそこへ、とととと犬が寄ってきた。
あらお前、足が汚れてるね。
そう言ってクリーナーの新しい布で拭いてやったそのときだ。

「キャイン」

犬が、ふと消えた。

私はえ、と思って、クリーナーを広げてみた。

其処には犬の肖像画が、汚れのように染み付いていた。

一体全体、どうしてくれる!

戻して、今すぐ元戻して!と店に殴り込みに行き老婆に迫ると、老婆は「追加料金がかかるけど、良いかい?」と双子共々にたりと笑った。

幾らですか、と聞くと、「1万は取るね、なんせ命だから」とニタニタ笑った。

仕方ない。

私が財布からなけなしの1万を渡すと、双子はクリーナーの布を受け取り、古いレンジに入れた。
待つこと五分。

チーンとなったら開けましょう。そう言う間にチーンとなり、中から犬が飛び出してきた。

お風呂に入ったみたいに、ツヤツヤのほかほかだ。

どうもありがとう、と顔を上げると、其処は空き地だった。

あれ?

何にもないし、誰もいない。

あのう、ここに店ありましたよね、と100均のお姉さんに聞きに行くと、彼女は首になりましたよ、お金ちょろまかして逃げちゃいました、とお兄さんに言われた。

担がれたのか、そうじゃないのか。
とりあえず、犬が綺麗になり戻ってきて、何よりである。

薬問屋、その目録

ま、なんだかお下品ですが思いついたので。

薬問屋、その目録

なんでもその店は、摩訶不思議な薬を売るという。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-13

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  1. 「亜鉛を3ミリグラム、硫黄を1グラム」まるで嘘のような配分である。
  2. こっちこっち、と私は手を引かれていった。