一条はじめ

独房のドアが開き、いつも僕をさげすむ目で見る人間たちが少し憐れむような眼で僕を見た。

「一条はじめ。死刑執行だ。でろ。」

ああ。やっと終わるのか。
僕の醜い人生が。


僕は生まれた時から不幸だった。

僕が覚えている初めの記憶は母が父に殴られている映像だ。
その顔もよく見えない影は母を殴り飽きたのか、僕のほうに近寄ってくる。
幼い僕にはなにが起きたのかわからなかった。一瞬の衝撃とともに父の姿が遠のいた。
そこから毎日暴力の日々だった。
幼稚園に上がるころに妹ができた。父の暴力はなくなったのだが、それ以来僕は孤立した。
父はもちろん僕のことなんて無視し、母も父に殴られることを恐れて僕を無視した。
幼かった僕にとって、暴力を振るわれるよりも数倍もきつかったことは言うまでもない。

小学校に通いだしたものの、そのみじめな恰好から友達はできなかった。
僕自身人間が怖かった。
何かを言えば殴られる。それが日常だったぼくにとって、それは当たり前になっていた。
だから、同級生からの暴力なんてなんとも感じなかった。
気が付けば一か月何も話さずに過ごすこともあった。

中学に上がり、僕は勉強に精を出した。
相変わらず友達はできなかったけど、勉強を頑張れば教師がほめてくれた。
家では妹が王様だった。いや、女王様なのか。
妹が求めたものはなんでも手に入れていた。
妹が指示すれば両親はなんでもゆうことを聞いた。
妹が父に僕を殴ることを要求したこともあった。妹はそれを見て笑っていた。
楽しそうに笑っていた。
中学生になって僕は僕の家族が異常だということに気づいた。
しかし、気づくには遅すぎたのだ。
なんの楽しいこともなく、僕は高校に進学しようとした。
父はそれを許さなかった。
義務教育以外を息子に受けさせるつもりはないと教師にいって、僕は強制的に働かされた。

今の時代中卒でいい職場につけるわけもなく、
僕は土木関連の仕事に就くことになった。
仕事で得た収入はすべて両親にわたった。
生きている意味なんてなかった。

高校生になった妹がいじめられた。
理由は知らないが、そのストレスはすべて僕で発散された。
妹に殴られたこともあった。
父に殴らせたこともあった。
そして、
母に殴らせたこともあった。
毎日暴力を与えられた。

僕の中で何かが、

崩れてはいけない何かが、

崩れた。

全員殺した。
まずは母親を包丁でめった刺しにした。
刺した。刺した。僕はただ、その母親だった何かを刺し続けた。僕が手にしている凶器が細胞の集合体を掻き分けていく感覚を手の細胞に刻みながら、僕はただ刺し続けた。切り分けた皮膚の間から滲み出る鮮血は僕には綺麗に見えた。今まで見たどの色より、綺麗に見えたのだ。この汚れた人間は、こんなにも汚れのない色を持っていたのだ。
その人間だった者は、人という物に変わった。
その細胞の塊は、綺麗な鮮血を纏いながら、僕が今まで過ごしたその何の変哲もない空間に変哲をもたらした。
次に帰ってきた妹を縛り上げて、父の帰りを待った。
帰った父を縛り上げ
その目の前で妹を殺した。
妹という王を僕という奴隷が殺したのだ。僕は妹の綺麗な肌を切り裂き、内蔵を取り出した。まだ生きていたのだろうか。内蔵はうねるように動いていた。幼虫のような動きをしながら僕を弄ぶように、僕の手の上で踊っていた。
妹の内臓を父に喰わせてあげた。
父が何よりも愛した妹を今まで生きさせた物だ。父は喜ぶに違いない。
数分前まで生きていたその内臓は結構うまそうだった。
父はなぜか食べなかった。
父をふろ場に運び、湯船に固定してやった。
父にバスタオルをかぶせてその上から水をかけてやった。
楽しそうにバタバタはしゃいでそのまま動かなくなった。口から泡を履き目を血走らせながら青白くなったその顔は見てられないほどに汚れていた。父は何をしても汚れていたのだ。母とは違った。

僕は家に合った5本の包丁を持ち、商店街に向かった
道行く人間を刺した。
死ぬまで刺した。
後々のニュースで37人死んだと報道されていた。
けがをした人間はいなかった。

裁判で言い渡されたのはもちろん死刑だった。

うれしくてたまらなかった。
いつも僕を無視した人間は全員僕を見ていた。
日本国民の全員が僕を見た。
しかし、僕に死はすぐには訪れなかった。

もう誰も僕のことを見ていなかった。

死刑執行までの道を歩きながら

地獄への道を走りながら

僕は泣いていた。
どうして泣いているのかわからなかった。
どうして僕の目にまだ涙が残っているのか
理解できなかった。

僕は首に縄をかけられて、最後に何か言い残すことはと聞かれた。
僕は答えた


「優しい家族に会いたいです。」

一条はじめ

一条はじめ

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2016-08-13

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