黒い月の涙

 学生の本分は勉強。それは正しいことだと思う。

学力を養い、良い大学へ行けば、それ相応の企業へ就職できる可能性が生まれるのだから、正しいのだろう。

専門職に就きたいのであれば、専門技術を学ぶために、やはり努力するんだろう。


と、僕は高校三年になってから考えるのには、少し手遅れ感のあることを考える。

まあ、僕の将来は両親の経営するこの旅館の跡取りなのだから、こうやって旅館の手伝いをすることも大事な「勉強」になるんだろう。


重々理解しているつもりなんだけど…いかんせん暇だ…。


うちの旅館は良質な温泉と、静かで安らげる立地、キメの細かいサービスを売りにしている。


特に温泉はテレビの取材が来る程度には有名で、温泉のみを楽しみに来る地元客も少なくない。

今僕が立っているカウンターも、温泉を目当てに来たお客から料金を受け取ったり、無料で貸し出しているタオルを渡したりする場所だ。

休日は勿論のこと、平日にも人は割りと来る。まあ、大体は地元のお年寄りなのだが。


しかし現在の時刻は午後十時を回ったところだ。

一般家庭なら風呂に入り、居間でくつろいでいたり、はやいところなら明日に備えて床につく頃だろう。

が、それとこれとは話が別だ。

学校から帰り、日が傾き始めた頃に「手伝って欲しい」と言われ、二つ返事で手伝っているけれど、とても暇だ。

立っているだけでは芸がないと、カウンター周辺の掃除も二度済んでしまったし、奥に積んである雑誌も読み飽きた。

どうしたものかと考えていると、客用の扉がひらいた。

「いらっしゃいませ」

接客で染み付いた、くど過ぎない爽やかな営業スマイルを向ける。

「よっす!いらっしゃいましたよ、こーちゃーん」

朗らかな笑顔(多分酔っている)で来店した顔はよく知る顔だった。

「こんばんは秋月先輩。そのこーちゃんって呼ぶのやめてもらえますか?」

秋月先輩。本名秋月レイナ。僕の通う学校の美術部で知り合った先輩である。僕が入学当時秋月先輩は三年だったので、今はもう働いているけれど、やはり先輩は先輩だ。

「やぁーだーよっ!こーちゃんはこーちゃんだもんねっ。ねっリーナー?」

と隣に並ぶ少女に抱きつき、声を掛ける。
少女の名前は秋月リナ。先輩の妹だ。

「リナちゃんもこんばんは。ゆっくりしていってね」
「はい。ありがとうございます」

と朗らかな笑顔(こちらは本物)でお辞儀する。
お客なのだからお辞儀するべきはこちらなんだけど、まあ、リナちゃんはこういう子だ。

いまだ妹に抱きついている酔っ払いを見ながら、「もう夜も遅いですし、入るなら早めに入ったらどうですか?先輩」と注意する。

「へーいへい」

なんだその間の抜けた返事は。社会人が外で言っていい台詞なのか?
と疑問を抱く僕の前を、秋月姉妹が通り過ぎる。

その際に聞こえてきた「ちぇー、こっちはお客なのにねー?ねーぇ?」という言葉は聞かなかった事にする。

「ふぅ」

姉妹の姿が見えなくなり、一息つく。
疲れたわけでも、呆れてため息をついてるわけでもないんだけれど、何故か口から溢れた。

…秋月姉妹はこのくらいの時間によく来る。

先輩は働いているけれど、アーティストという時間の融通のききそうな職業なので頷けるが、今年で十五歳、中学三年になるリナちゃんには少し遅い時間じゃあないのかと、普通なら思う。

リナちゃんと個人的に仲が良いわけではないので、細かいことは分からないけれど、先輩が言っていたことによるとリナちゃんはあまり学校に行っていないらしい。

そう聞くといじめを受けているのかと思うだろうけれど、そうではないらしい。

先輩のように快活ではないけれど、礼節のしっかりしたリナちゃんならば誰かの恨みを買うことはないだろうし、親しい友人も出来るだろう。容姿だって同年代の子たちと比べると「ズバ抜けて」良いだろう。だったら恋人のひとりでも出来て当然だと思うのだけれど。

と先輩に言ったところ、自分の妹を褒められて嬉しいのが丸分かりな表情で、
「そう!リナは完璧なの。何も悪いところなんてないの」
じゃあどうして、と聞くと。
「さぁー…どうしてだろうね?本人に聞いたわけじゃないし、よく分かんないけど」

「あの子、学校に行くことにあんまり気力がわかないみたい」

…それはそれで立派な精神疾患なんじゃなかろうか、と思ったが口には出さなかった。
そうなんですか、と僕が続け、そうなんだよ、と先輩が言って終わったはずだ。

先輩にとってもこの話を掘り下げて嬉しいものではないだろうと思ったし、何より僕の疑問が解けたことによって急速に興味が薄れたからだ。
他人に対してあまり好奇心が持続しない、僕のこういう部分は「他人の心の痛みが分からない」冷たい人間と評価され、嫌われる。
知ることは出来ても、分かることは出来ないだろう。少なくとも、分かろうとする努力が、僕には出来ない。

こういった部分を隠すことも出来ないまま生活していると、友達は出来ない。
これも学校で学んだことのひとつだ。

僕みたいな人間に友達や恋人が出来ないのは仕方ない、けれど、リナちゃんに友達や恋人が出来ないのは、何故か少しくやしかった。

…退屈で思考に溺れてしまっていた。

時計を見ると、秋月姉妹がここを通って三十分が経過していた。
…そろそろ閉めるのかな、と期待しながらノビをすると、後ろから声を掛けられた。

「こーちゃん、遅くまでご苦労様。今お客さんいる?」
「…母さん、こーちゃんと呼ぶのはやめて」

デジャブ。母も先輩も…。コウイチという僕の名前は、そんなに呼びづらいのだろうか。

「はいはい、でお客さんは?」
「話聞いてないでしょ…。客は秋月先輩とリナちゃんだけだよ」
「あら、リナちゃん達来てるの?」
「うん、三十分くらい前に来たから、そろそろ上がると思うよ」

母は何故かリナちゃんを可愛がる。前にリナちゃんの頭を撫でながら「うちも女の子が欲しかったわねぇ…」と言ったときにオイとつっこんだことがある。

「そうなのぉ…。母さん今から片付けやらなんやらしないといけないから、これ」
お札を渡される。
「何これ?」
「これでリナちゃんとお姉ちゃんに飲み物でも買って上げな」
「…了解」
「あ、リナちゃん達が上がったらあんたも上がりな」

出来ることなら自分が買ってあげたかったわぁ…と言わんばかりの顔で、おやすみと言い残し去っていく。

…一応客だぞ。

と突っ込んでみるけれど、地元の客で、しかも娘にしたいほど可愛いのならば、まあ良いんじゃないだろうか。

しかし、飲み物でも買ってあげなさいと五千円を渡す辺り、母の金銭感覚はおかしいのではないだろうか。

自慢したくはないが、たしかにうちは裕福だ。

父一代で築き上げたこの旅館は、徹底したサービス、磨き上げられた料理、良質な温泉、これらのことから有名な旅行サイトでもかなり高評価を得ている。
実際イベントシーズンの予約は年単位で詰まっている。

父は勿論ながら、母も父に劣らず経営に尽力しているハズだ。

だから家計とは別の懐が暖かいのも分かるけれど…少しばかり常識はずれというか。

五千円って、もう軽く飲みに行ける金額だろ。何をどう奢れと。

お釣りは貰って良いなんて考えていると、母に叱られる。

「飲み物でも買ってあげなさい」という言葉は、額縁どおりの意味なのだ。
だから、困った…。

僕がどうしたものかと困っていると、丁度良く秋月姉妹が出てきた。

「はぁ~!こーちゃん!やっぱここの温泉は最高だよ~!!」

秋月先輩は、来たときよりも健康に火照る笑顔でそう言った。
隣を歩くリナちゃんも、にっこりと、肯定の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

深めにお辞儀をする。この時ばかりは営業スマイルではなく、自然な笑顔で言うことが出来た。


「リナ、何か飲む?」

カウンターの横に設置された自販機を指差す。
リナちゃんが答える前に、僕が答える。

「さっき母が来て、先輩達が来てるっていうと飲み物買ってやれと言われてます」

「ほんと!?やっぱりおばさま優しいなぁ~。でもいいの?」

「はい、奢らないと母に叱られるのは僕なので、それは大丈夫なんですけど…」

金額が金額だ。まさか自販機で五千円分飲み物を買って帰らすわけにもいかないし。

「どったの?なんかあったの?」

「いやー…実はその、買ってやれって五千円渡されてて…」

「…さすがおばさま、かっこいいね…」

どこらへんがかっこいいのか分からない。

「まあでもウチらは普通に買ってくれたらいいよ!お釣りはこーちゃんとっとけばいーじゃん!」

「だからそうすると母に叱られるんですって」

それに、僕自身もすこし嫌だ。

「むー…じゃあどうするか」

困り顔の先輩。リナちゃんは楽しそうに微笑みを携えている。…本当に人形みたいだな、この子。
まあ、後日昼食でも奢ればいいかなと考えていると。

「こーちゃん、この後時間ある?」

「はい、先輩達が上がったら僕も上がっていいと言われてます」

「よっしゃ!ならファミレスでもいこーよ!!」

まあ嫌な予感はしていた。

先輩が僕の予定を聞いた時にろくでもなくないことがあっただろうか?いや、ない。
というか、この人ほんとに社会人なんだろうか。高校生のノリだろそれ。

「あーまあいいで「よし!」

人の話は最後まで聞きましょう。(教訓)
しかしもう遅い時間だ。明日は土曜で学校も無いし、僕は構わないけれど、リナちゃんは帰すべきだろう。

「リナも行くよねー?」

「は?いや、先輩…時間も遅いですし、リナちゃんは帰らしたほうが」

「なーに言ってんの!リナはねー、あたしが温泉行こうって言うまで寝てたんだよ?」

「いやそれ今関係なくね?」

思わず突っ込む。
リナちゃんは照れた顔で「あはは…」と笑っている。

「ちなみにあたしはリナの起きる一時間前に起きましたっ」

「おい社会人」

来たときアルコールの匂いさせてたけど、起きて一時間も立たないうちに飲んだのか?
…この姉妹の生活を、両親はどのように考えているのだろうか…。

まあ…どうでもいいか。

早くいくよ~!とはしゃぐ先輩に、着替えるので少し時間を下さいと言い、ロッカーに向かおうとしたことろで、肝心なことを思い出す。

「リナちゃん、本当に大丈夫?行きたくないなら僕が代わりに言ってあげるよ?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。楽しみです」

「…そっか」

他人の本心を表情や言葉で察するのは、得意なほうだ。
リナちゃんは嘘を言ってないだろう。

けれど、それは、可愛い顔で綺麗に笑う彼女が人形じみ過ぎて、僕が本心を汲み取れていないだけなのかも知れないのだけれど。

 …まあ、こうなることは予測していた。
そう、分かっていたけれど…。はぁ…。



僕達は先輩の運転で、地元駅の前にあるファミリーレストランまで来ていた。

先輩は到着するやいなや、アルコールを注文。
まあ先輩も成人しているし、飲みすぎなければ別に良いだろうと思っていたが、なぜか注文したのは二人前。

愛想の無いウエイトレスはさも当然のように僕の前にグラスを配り、上機嫌な先輩はさも当然のように乾杯しようぜ!とグラスを持ち上げる。

「はぁ…」

今度は声に出してため息をつく。
しかしここで場を白けさせるつもりも、先輩の乾杯を断るつもりも無い。

僕はグラスを手に取り、先輩のグラスにコツンとぶつける。

「…乾杯」

「かんぱ~い!」

もうすでに酔ってんのかと疑いたくなる先輩を見ながら、先輩の隣に座るリナちゃんとも乾杯をする。

ちなみにリナちゃんは当然ノンアルコールだ。先輩の妹だから、酒に付き合わされることはあるだろうが、公共の場ではまずいだろう。

「乾杯」

「はいっ」

乾杯に対してその返事はどうなんだろうと思ったが、そもそもこの場の乾杯という言葉に何の意味も無い、ノリだけのものだし別にいいか。

ドリンクバー(先輩の持っていたクーポンで百円になった)で選んだオレンジジュースをストローで飲むリナちゃんを見つつ、僕も手中のグラスを傾ける。

…冷えていて美味い。

五月とはいえ、今日は少し気温が高かったし、労働の後のビールは身体に染みる。
と、高校生らしくないことを思ってしまうのは、大体先輩のせいだ。

「リナちゃん、何か食べる?お腹空いたでしょ」

もう午後十一時を回っているが、この姉妹に生活リズムや女子としての食生活の気配りは不要だろう。
たしか先輩がうちの温泉に連れてくるまで寝ていたらしいから、そろそろ腹も空く時間なんじゃないか。

「あ、はい、少し。ありがとうございます」

「いいよ、気にせず注文してよ。そうしてくれないと母に叱られるから」

冗談めかして言うと、ふふっと笑ってくれた。
母や先輩の、リナちゃんへの溺愛ぶりを見て呆れることもあるが、基本的にこの子には庇護欲が掻き立てられる。
メニューを広げ、リナちゃんに見せる。

「何がいい?」

「えと、そうですね…」

数瞬迷い。

「このサンドイッチが食べたいです」

あまり迷わず決めてくれて助かる。
…先輩は決めるのにかなり時間が掛かるからな。

「おっけー、先輩は?何かツマめるものでも頼みます?」

既に八割空いたグラスを片手に、テーブルに肘をつきリナちゃんの横顔を眺める先輩に声を掛ける。

「えっとぉー、あたしはぁー、何にしよっかなぁ~。うーん…。えっとねー?んっとねー??」

うぜぇ。
いや間違えた、めんどくせぇ。

「分かりました。先輩決められないみたいなんで、僕適当に頼みますね」

そう言い呼び出しボタンを強めに押す。

「えーっ、こーちゃんひどーい!さべつだよー!いじめだよー!」

「決めるの遅い先輩が悪いんですよ。足りなくなったときにまた頼めばいいでしょう」

「そういう問題じゃないの!分かってないなぁ、こーちゃんは」

「はいはい。ごめんなさい」

あー、もうマジでめんどくさいなこの社会人。
慣れてるし、別にいいんだけど。


グラスを傾ける。
気がつけば僕のグラスも空きそうになっていたので、注文を取りにきたウエイトレスにサンドイッチとビール、適当につまみを注文した。



料理も運ばれてきて、話も盛り上がる。
と言っても僕と先輩がくだらないことをぐだぐだ喋って、リナちゃんはにこにこ笑ってるだけだけど。

話がふと途切れて、僕は少し気になっていたことを聞く。

「先輩、仕事の調子はどうですか?」

こういう席ではタブーなのかもしれないが、まあ気にする必要はないだろ。先輩だし。

「調子?フツーに順調だよ~?えっ何!?こーちゃん心配してくれてるのー?」

「そらそうですよ。フリーのタトゥーアーティストだなんて、海外でもあるまいし…」

しかもどこかで技術を学んだわけでもなく、完全独学で開業したのだから。
普通、成功すると思うほうがおかしい。

「そうは言ってもねー…。だって、あたしだよ?あたしなんだよー?」

「なんですかその自信。過剰すぎてイラっときますね」

「自信なんて過剰じゃないとやってらんねーっつの~!」

「…まあ、先輩が言うと説得力ありますね」

「でしょー?」

少し嬉しそうに胸を張る。

先輩には絵の才能がある。

技術も人並み以上に磨いているし、自身を甘やかさない姿勢はとてもかっこいい。
そんな、普段とかけ離れたイメージを植えつけられたのは、美術部で先輩と知り合った一年の頃だ。
高校生でこれほどまでに自分に厳しく、そして自分しか見ていない人間は、僕の人生で初めて出会う人間で、鮮烈だった。

まあ、そんなプロ根性だとか職人肌な部分は、僕みたいな凡人からすれば、秋月レイナという天才のオマケみたいなものにしか考えられない。

それほどまでに、絵という分野において、この先輩の才能はズバ抜けている。

…先輩が僕に付き合って、美術部の課題をしたことがある。イラストコンテストに応募するものだったのだが、先輩の作品は当たり前のように最優秀賞。審査員のコメントには『こんな恐ろしい絵を描ける人間がいて、しかもそれが未だ高校生というのは、同じ画家として大きな嫉妬と、より大きな賛美をするしかない。』とあった。
その道でかなり有名な人だったらしく、ネットでかなりの反響があったらしい。
あまり詳しく調べていない。
先輩も興味無いだろうし。
ちなみに僕の絵は佳作だった。

まあ、先輩の描く絵に関する武勇伝を語れば枚挙に暇がないということだ。
しかし当の本人は、自分の才能はオマケ程度で、努力してきた技術が認められるんだと信じている。

変なところで熱血だよなぁ…。


「汚い話、一人の受注でどれくらい入るんですか?」

「んー…。サイズとか彫るものによるけど、大体十五万から二百万くらいかしら?」

…けろりと答えているが、その数字は多分同業者が聞くと驚く数字なんじゃないのか。
しかし。

「でも、先輩なら画家としても成功していたと思いますよ」

「それは仕方ないよー。あたしの描きたいものが、タトゥーに行き着いちゃったんだからさっ」

「そうですか」

「うんっ!!」

誇らしげに、嬉しそうに笑う。
この姉妹は本当に、よく笑う。

「よかったらこーちゃんも彫ってあげるよー?後輩料金でっ!」

「結構です」

即答する。
仮にも温泉旅館の息子が肌に色を入れるなど、温厚な両親も流石に僕を殺しかねない。

「えー、肌の質もいいし、綺麗に映えると思うんだけどな~…」

「人をそんな目で見ないで下さいよ…」

「ほら、あたしのこれも可愛いでしょ?」

そう言い、首元を晒し、自身のタトゥーを見せる。

「綺麗だと思いますけど、こういう所では見せないほうがいいんじゃないですか?」

「なんでさー!温泉じゃあるまいし!人に見せなきゃ意味ないでっしょーがっ!!」

「あー…まあ、そうかもしれませんね」

…おかしいな、僕の記憶が間違ってなければうちは温泉旅館のハズなんだけどなぁ…。

まあ、公認らしいが…。先輩は特例だと母が言ってた気がする。

しかし、本当に綺麗だ。
首元にある花を象った鮮やかな首輪から、右手首に茎を伸ばし、手首には茨の手錠。
何度か見せてもらったことがあるが、いつ見ても見蕩れてしまう。

タトゥーによくあるチープな感じがまるで無く、そういった皮膚を生まれ持ったかのような一体感は、流石としかいえない。

まるで、本物の花が先輩に咲いたようだ。

「でもあれですよね、タトゥーアーティストという職業もですけど、嫁入り前の身体にタトゥー入れることをよく許可しましたよね、先輩達のご両親」

「うちは自由な家庭だしねー。パパもママもどんな柄を彫るのか興味深々なくらいだったよ~」

「そういう家族って良いですね」

「ん?こーちゃんもウチの子になる?」

「無茶なこと言わないで下さいよ」

「無茶じゃないよ~。あたしかリナと結婚すればいいんだよ!」

「いきなり何言ってるんですか。冗談は止してください」

「冗談じゃないよ~。…ちなみにあたし、嫁入り前どころかまだ処女ですぜー?」

引いた。
流石に引いた。

「何いきなりカミングアウトしてるんですか…」

「えーぃ、嬉しいか?え?小僧、どうなんだー?」

「正直言うと、悲しいです」

リナちゃんに似て、外見はとても良いんだから彼氏くらい作って欲しい。いやほんと、頑張ってほしい。

「最近の男の子は複雑ネー。特にこーちゃんは、何考えてるかわかんないや。ねぇリナ?」

「ふぁい?」

サンドイッチを頬張っていたリナちゃんが、先輩のほうを見る。

「だからぁ、こーちゃんて何考えてるかわかんないよねー?いっつも無表情だしさー」

頬張っていたものを、ごくんと喉に流し。

「えーっと…」

こちらに視線を向けて、僕の目を見る。
口元が緩み。

「でも、とても優しい人です」


うわー。これは効くわー。
世の中の男の八十パーセントくらいは惚れちゃうんじゃないの、マジで。

「だーよーねー!さっすがリナ!わかってる!」

きゃーん、と言いリナちゃんに抱きつく先輩。相当酔ってんなぁ、と思いつつ、先ほどのことでこっぱずかしい僕は自分の頬を左手で掻くしかない。

「ということからしてぇ!こーちゃんはもっと表情豊かに生きるべきだよ!そうすりゃかわいい彼女が出来る!」

「何で言い切るんですか。あと先輩にだけは言われたくないです」

「なーにぃーをー!」

「だって先輩こそ、浮いた話聞いたことないですよ」

「そ、それはね、理由があるんだよ?」

「へぇ、差し支えなければその理由を教えてもらえませんか?」

「実はあたし、前々からこーちゃんのことが」

「ダウト」

「正解!」

頬を赤らめる演技までしやがって。

「まーあたし、そういうのあんま興味ないんだーよ」

「それ、僕の前じゃなかったら完全に言い訳に聞こえますよ」

「えー?そーかなぁ?あ、でもでも、こーちゃんなら付き合ってみてもいいかも」

「ありがとうございます。ごめんなさい」

「つーれーなーいなぁ!」

身を乗り出して僕の頭を撫でる。
この行為に何の意味があるのか、僕には分からないけれど、とりあえずため息をつく。

ちらりとリナちゃんのほうを窺うと、コップが空になっている。

「飲み物なくなったね、取ってこようか?」

「あ、本当ですね。大丈夫です。自分でとってきます」

「そう、いってらっしゃい」

はい、と笑顔で返事をしつつ、リナちゃんが左手でグラスを掴み立ち上がる。
その際に、長袖がめくれ、白い手首が覗く。

その手首に、僕の見間違えでなければ大変なものが見えた気がする。

それは今僕の頬を両手で包み遊んでいる先輩の手首にあったものとよく似ていた。




「…先輩、リナちゃんに彫っちゃった?」

「うん!」

褒めて褒めてと言わんばかりの笑顔で肯定される。


………………マジか。

黒い月の涙

黒い月の涙

引きこもり系従順××女子と、 真面目系クズ男子と、 片思い中の非乙女女子の、 物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-19

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