唯一の私

自分とは何か? 客観的な認識によって初めて認められるものなのか? そんな問題を取り扱ってみました

 西暦3016年の日本は25世紀に工業国として飛躍的な発展を遂げ、借金まみれの現状を打破したという記録があります。私はその当時の日本が工業国として飛躍的な発展を遂げた一因となった製品のバージョン685型のお手伝いロボットのYUKAです。YUKAという名前は私たちを開発した会社の社長さんの娘の名前だそうです。娘さんは私たちに自分の名前がつけられることをあまりよく思っていなかったそうです。何故でしょうか?
 私たちYUKAはお手伝いロボット、すなわち家政婦ロボットです。度重なるアップデートによって現在の685型の外見は人間の成人女性と何ら変わりのないものとなっています。もちろん、他にも十代の未成年の女性や高齢者の姿、男性の姿をしたタイプまで存在しております。男性のタイプは最初のYUKAが発売されてから279年後に作られたそうです。男性のタイプは当時の社長さんご自身のお名前がつけられることとなりましたが、購入者の皆さまはそれぞれ別の名前で呼んでいたそうです。それは女性のタイプでも同じだったそうです。
 かくいう私は二十代前半の姿をしたタイプでございます。私を購入してくださったご主人様からはそのままYUKAと呼ばれておりますが、ご主人様は私に特注のメイド服を着せてくださったり、私を家族同様に愛してくださるとても優しい男性です。しかし、そんな風に私に愛情を注いでくれる様を奥様はあまり快く思っていないようです。何故でしょうか?

 そんなご主人様はある日話があると言ってを私をお呼び申しつけました。

 「君をこれからメンテナンスに連れていく。時間は大丈夫かい?」

 「問題ありません、すぐに準備いたします」

 そうです、私たちは機械で構成されている以上定期的なメンテナンスを必要とします。車検のようなものですね。過去にメンテナンスを行わなかったYUKAが購入者であるご主人様に対しひどい無礼を働いたという従者としてあるまじき行為に及んだ記録があります。考えられませんね。

 「ねえねえゆかー! おすもー! おすもーしようよ!」

 出かける準備を行っている最中にご子息のゆう様に呼び止められてしまいました。私とゆう様はよく我が国の国技であるお相撲をして遊んでおります。私たちYUKAは家を守るセキュリティ機能として腕力などは並みの人間の倍近く有しておりますが、ゆう様とお相撲で遊ぶ際はもちろんお怪我をなさらない程度に加減をしたうえで勝利しています。わざと負けるのはゆう様にかえって失礼だと判断したためでございます。

 私はゆう様にこれから出かけなくてはいけない旨を丁重にお伝えし、メンテナンスを行う施設へと向かいました。
 そこには私と同じ顔をしたタイプや男性のタイプであったり、海外の女性をモデルにしたタイプのYUKAがたくさんいました。皆、従者としての役目をきちんと全うしているようです。

 私のメンテナンスの時間がやってまいりました。ご主人様と離れ、数人の係員に別の部屋へ連れていかれることとなりました。少しの間とはわかっていても寂しさを感じます。あと、これから行われるメンテナンスに対する不安もあります。もしも何らかの重大な異常などが見つかった際はどうしようかと途方のない不安が頭を巡ります。

 「それでは、一旦あなたの電源を停止させます。リラックスして横になっていてください」

 電源を切られている間は何も感じません。ただ眠るということとは違います。人間で言うと死と同じです。しかし、次に目覚めることが保障されているという点では眠っていることと同義なのかもしれません。次に目覚める時は無事にメンテナンスを終え、ご主人様の待つ家へ帰ることができるのか。それだけを望みながら、そっと目を閉じました。





 目が覚めると先ほどとは別の部屋に移されていました。白い壁に囲まれた清潔感のある一室です。一瞬の出来事のように感じられましたが、窓の外を見てみると既に日が暮れていました。

 「無事、メンテナンスは終了しました。身体が軽くなった感じがするでしょう」

 私を担当していた係員の方がそう仰り、試しに動いてみると何というか関節がヌルヌル動きます。今の私なら過去に絶滅したというヒグマにも勝てそうな気がします。

 「ありがとうございました! すごいですよ! 生まれ変わったみたいです!」

 そう言って喜ぶ私を係員さんは笑顔で見つめていました。

 「YUKA、お疲れさま。何ともないかい?」

 「ゆかー! ゆかー!」

 部屋を出ると広い待合室にはご主人様とご子息様が私を快く出迎えてくださいました。帰りを待ってくださる方がいる。こんなに感激できることはありません。

 「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。帰ってご夕食をすぐに用意いたしましょう」

 「今日は妻が作ってくれているんだ。まあ、メンテナンスが無事に済んだお祝いだと思ってくれ」

 「おいわいー!」

 私には涙を流す機能までは付属しておりません。しかし、今の感情が言葉にできないほどの感動に包まれていることはわかります。感無量という言葉が当てはまるのでしょう。これからもずっとご主人様一家と一緒に日々を過ごし、様々な感情を知り、ご子息様のお子様を目にするまでずっとこの一家に仕えていたいと感じました。

 「おすもー! かえったら! ね!」

 「はい、帰ったらぜひお相手願います」

 いつかゆう様が本当に私にお相撲で勝利する日がやってくるのでしょうか。男の子ですから希望はあります……かね?





 目が覚めると先ほどとは別の部屋に移されていました。複雑な機械が並んだ薄暗く乱雑な一室です。一瞬の出来事のように感じましたが、どれくらい時間が経ったのかわかりません。

 「無事、メンテナンスは終了しました。あなたは最新のタイプのボディに移されましたよ」

 ふと、どこからともなく聞こえる声がそのように言いました。どこかにマイクでも設置されているのでしょうか? 暗くて周囲の状況が上手く把握できません。
 気がつくとなんと横になったまま身体が拘束されているではありませんか。メンテナンス中に拘束されるならまだしも終了したというのになぜ拘束が解けずにあるのでしょうか?

 「失礼を承知でお聞きしたいのですが、なぜ私は未だに拘束されているのでしょうか? ご主人様にはいつ会えるのでしょう?」

 私の問いに対し、どこからか聞こえる声は笑みを含んで言いました。

 「君はメンテナンスを無事に終えた。主のもとへ帰っている頃だろう」

 正直、何を言っているのか理解が及びませんでした。ということ私はここにご主人様によって連れて来られたということなのでしょうか? だとすればこれから何が始まるのでしょうか?

 「今回のメンテナンスで君には重大な欠陥が見つかったんだ。それで急遽新たなボディを用意する必要ができたのだ。そのために君の記憶そのものである脳チップを新しいボディに移したというわけだ」

 そんなことがあったのですか。記憶が新しいボディに移されたとはあまり理解できない感覚ではありますが、自分の身体が前よりも改善されたと認識していいでしょう。何はともあれ欠陥が改善されてよかったです。

 「その記憶を新しいボディに移す方法だが、古いボディにある脳チップの情報を新しいボディに付属されている脳チップのコピーするだけで完了するんだ。便利なものだろう?」

 「待ってください!? それは一時的に私が二人存在したということになるのではないでしょうか? そのため、古いボディの私からすればその新しいボディの私は意識を共有しない別人ということになるのではないでしょうか? 新しいボディの私から見た古いボディの私も同様です!」

 嫌な予感がします。これまでに感じたことのない言い知れぬ不安が身体の芯から湧き上がってくるみたいです。

 「それは主観的な問題であって客観的には問題にすらならない話だ。見たまえ、新しいボディに移った君を迎え入れる君の主の姿を。機械相手に良い主人じゃないか。彼らにとっては何の問題もないのだ。君はこれからもずっと彼らと過ごしていけることだろう」

 大きなモニターに映された映像には広い待合室のような場所で笑顔で新しいボディの私を迎え入れるご主人様とご子息様の姿でした。そこに映る私はとても幸せそうな笑顔を浮かべていました。

 「だから、古いガラクタは廃棄しなくてはいけないな。『古いボディ』の君の存在は彼らを混乱させてしまうだけだからね」

 「ま、待ってください! は、離して! 嫌です! 嫌だ! ご主人様のもとへ帰りたい!」

 この時、過去に自身のご主人様に対して無礼を働いたYUKAのことを思い出しました。もし彼女がこのような目に遭うことを何らかの形で知ったうえでメンテナンスに連れていかれるとなっていたなら……私も彼女のように行動していたのかもしれません。ご主人様が何ら変わりなく日々を送ることができるとしても、私にはそうすることができないなんて受け入れることができません。何故私の記憶を持っただけの機械が私が奪われた未来を歩むことができるのでしょうか? 何故その未来を歩むのがこの私ではなかったのでしょう?

 この時、新しいボディの私をひどく憎悪しているということに気がつきました。こんな感情は初めてです。

 「い……嫌だ! 私はみんなと一緒に……」

 ものすごい速度で迫りくる天井が私を押しつぶす瞬間、私は最期まで新しいボディの私を憎悪し続けていました。

唯一の私

唯一の私

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-12

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