The Bride of Corpse

妻の葬儀の日、彼女は蘇り、世界は死へと向かった。

The Bride of Corpse

脆くなった教会の中に私はいた。
 目の前には花嫁の姿をした彼女が立っている。微笑みを向ける彼女へ、私は銃を構える。彼女を本当の“死”へ導くために。

 始まりはある女性の死であった。
 二〇五六年の八月、アメリカ・ニューヨーク付近に住んでいた彼女、ガブリエルの葬儀が行われた。場所はマンハッタンにあるトリニティ教会。
 皆が皆、黒い礼装で赴き、椅子に座りながらステンドグラスの下にある彼女の棺桶を見つめている。
 泣いている者、それを慰める者、俯いている者など様々な人間がいる。最前列にいた私も同じく手にしたハンカチを自身の涙で濡らしていた。
 まだ三〇という、今の時代において短命と言われるだろう齢でこの世を去った彼女への思いは数えきれない程ある。
 神父の話がもう終わるだろうという頃、高く昇った日が、ステンドグラスから差し込み、色鮮やかな光景が目に映る。
 そして私の目には、いや、この教会にいる全ての人間が見た。
 真っ黒に塗りたくられた棺桶から立ち上がる一人の姿を。白の死装束に化粧を施された端麗な顔の彼女は正しくガブリエルであった。次の瞬間、彼女は側に立つ神父の肩を掴み、首筋に噛み付いた。
 日に照らされた鮮血が、噴水のように噴き出し、赤いカーペットをより濃く染め上げる。悲鳴と、教会から急いで出ようとする者の怒号が飛び交う中、私は彼女を真っ直ぐに見据えて名前を呼んだ。
 色鮮やかであった銀色の髪を血で赤く染めた彼女はこちら向いて微笑む。
 そして一言。
「始まるよ」
 とだけ呟いた。

 その日、ニューヨークにある研究施設から、世界に向けてミサイルが撃たれた。核兵器だと思われたそれは、むしろそれであった方が良かったと思わせる物だった。
 爆発すると同時に、霧状の液体が降り注ぐ。それを浴びた者達は、穴という穴から血を噴き出し、絶命した。
 だが、数秒の後に蘇る。自我を持たない、歩く『屍』と化したのだ。
 撃たれたミサイルは全部で二八発。各国の主要都市に向けて撃たれたそれは、見事に幾つかの国の機能を失わせた。
 屍は生者を襲い、生者はまた屍となる。地上が『屍者』で溢れるのに長い時間はかからなかった。
 ミサイルから噴出されたウイルスは、すぐに死滅するもので、その間外にいなかった者やミサイルの範囲から逃れた場所に住んでいた者は、何とか生きていた。

 私はと言えば、ガブリエルが逃げたのを呆然と見届けた後、急いで仕事場へと走って行った。
 車を運転する途中、緊急の無線が入った。そこで例のミサイルのことを知ったのだ。私の仕事場にはミサイルによるウイルステロは及んでいなかったようで、一息吐いたが、地獄の始まりであることには変わりなかった。

 彼女と出会ったのは、大学時代だ。私も彼女も同じ学部に所属していた。特に話す間柄でもなかったのだが、少人数しか受講していない授業内でペアを組む時、隣にいた彼女に声をかけたのがきっかけであった。
 ガブリエルは、生物学に興味を持ち、学者になるのが目標だと述べていた。
 私はと言えば、大学でやりたいこともなかったので、陸軍へ入隊するのを決めていた。それぞれの道に進み、お互いの目標を実現出来た所で婚約した。
 ガブリエルも私も仕事の影響で会える日は多くなかったが、愛し合っていた。
 だが、ある日のこと。彼女が所属する研究所で倒れたという知らせを受けた。彼女の運ばれた病室に向かうと、そこには呼吸器を付けられ、生命維持装置を傍らにベッドへ横たわるガブリエルの姿があった。
 医師の診断では、急性心筋梗塞。意識が戻るかは賭けだと。
 私は祈るばかりであった。しばらくの間、仕事を休み彼女の側にいた。
 思えば、この時が一番長く夫婦として側にいれた時間だったのだろう。
 ガブリエルは意識を取り戻した。しかし、それはごく僅かな時間であった。私へ向けて涙を流しながら最後の言葉を残し、永遠の眠りへとついた。

 それが一週間前のこと。今日は彼女の葬儀であった。しかし、彼女は蘇った。屍のままには変わりないが、私の目の前で神父の首に噛み付いてみせた。
 彼女は一体何を完成させたのか、私には分からない。

 職場である陸軍基地に着いたのは、ガブリエルが蘇って一時間後。葬儀に出るための喪服姿のまま、私は本部に駆け込んだ。
「状況は」
 私の問いに、隊長は理解し難いとだけ返す。屍となった者が蘇り、生者に食らい付くという、まるで物語の中でしか見ないような光景がこの一時間で起きている。
 ヒューイ、とネームプレートのつけられたロッカーの前に立ち、私は準備を始めた。
 迷彩柄の戦闘服に着替え、装備を整えた私は、再び隊長率いる部隊の元へと走り寄る。「先程送られてきた情報だ。蘇った死体の弱点は頭だ。首を切り落としてもいい。ただ噛まれれば、それがどれほど小さな傷でも奴らの仲間となる。気を引き締めろ」
 隊長の叫ぶような指令に、全員が敬礼する。装甲車の一台に乗り込んだ私は、ガブリエルのことを考える。
 鮮血に染まった彼女の顔は、奇妙なことに笑っていた。まるで、自分のやりたいことを始められた子どものように無邪気なようにも思えるあの顔。
 仲間は皆、険しい、悲哀を帯びた表情の者ばかり。そんな中、私の脳裏にはやはりガブリエルの顔しか浮かばない。

 ニューヨークの街がこれほどまでの地獄に変わると、私は思わなかった。ミサイルの被害が一番に出たのが、あの葬儀場から近かった五番街なのだ。
 道端にはまるで獣にでも喰い散らかされたかのような人の死体、死体、死体。ここは大きな墓の中だろうか。直ぐ側にいた死体に噛み付く屍者の頭に銃口を押し当てて引き金を引く。綺麗に割れた頭からこぼれ落ちた脳みそが、それを本当の死へと導いたという証明にも思える。音に気付いた他の屍者が迫ってきたところで、隊長の大声が響く。
「殲滅開始だ」
 その声と同時に私達は銃を撃った。発射された弾丸は、屍者の体を、足を、そして頭を弾き飛ばす。
 優勢にも思えた私達だが、仲間の一人が近くにいた屍者に気付かず噛み付かれた。
 すぐにその屍者を排除したが、遅かった。噛み付かれた仲間が屍者となり、意図的とは思えないが、持ったままであった銃を乱射したのだ。引き金にかかったままの指が、生きた意志を持たない指によって仲間がまた一人、また一人と減っていった。
 すると、銃で撃たれた仲間までもが、蘇っている。私達は完全に正気を失っていただろう。これが、悪夢ならもう醒めていい頃合いで、リビングには淹れたてのコーヒーと朝刊が置いてあるのを確認して安堵するという流れだ。
 けれども、そうはさせまいと屍者が数を増して襲いかかる。装甲車に戻り、一時撤退を言い渡された。
 他の部隊が入れ替わりで私達と同じく戦闘態勢に入るのを見送りながら、基地へと戻っていくのだった。

 これが約一年前から始まった私達と屍者との戦いの始まりの記憶。今でも覚えているのは、ガブリエルのあの笑顔で、新たに分かったことは彼女がミサイルの開発者であるという事実。
 生き残った人間は皆、私のいる陸軍基地か、対核弾頭用地下シェルターの中で生活を送っている。
 政府が他の国からの核弾頭に備えて作らせた地下の巨大シェルターが、まさかウイルステロを引き起こすミサイルの為に使われるとは、誰も思わなかったであろう。
 地上は恐らく、屍者の方が多い。私も多くの仲間が屍者へと変貌をするのを見届け、そして真の意味での死体へと変えてやった。
 基地の中を歩いていると、小さな子ども達が楽しそうに走り回る姿があった。それを見ていると、まだ自分はまともな人間として生きているのが少し実感できる。
 老いと共に早くなる時間が、今ではとても遅い。生存したガブリエルと同じ研究所に勤めていた職員もこの基地と地下シェルターにいる。彼ら、彼女らはワクチンの研究を任されている。
 ガブリエルのことを知っていた研究員は、彼女が作っていたウイルスの名を明かした。『God』、そのままの意味で、『神』のウイルスということだ。彼女の研究レポートを壊滅状態である研究所から見つけ出したことで、判明した。
 そして、私達はもう既に屍者への道のりにいることも。
 銃で撃たれて仲間が死んだ。屍者には噛まれていないはずなのに、蘇った彼ら。既に私達の体は感染していたのだ。
「ミサイルから噴出されたウイルスは、一定時間で死滅はしますが、空気中に微細に残るものがあるとレポートに書かれています」
 そう語ったのは、ガブリエルの元助手であった。
「つまり、ミサイルからウイルスの噴射された直後に外にいた者は即死。屍者へと変貌するが、微細に残った状態で外に出た者は死にはしない。だが、ウイルスに犯された状態ではあると」
 問いかけると、彼女は頷いた。ミーティングルームに集められた残りの部隊と研究員達が騒がしくなる。
「ですから、私達は皆死ねば、一度は蘇るのです。自分の意志など関係ない。魂の抜けたこの体は、誰かに終わらされるまで彷徨い続ける」
 元助手は力強く宣言した。その為のワクチンを彼女始め、他の研究員が開発に励んでいる。皆がそのために動いている。私はと言えば、協力してはいるが、心の奥底ではガブリエルを探していた。彼女は屍者として生きている。その彼女に訊きたいことがある。
 このようなウイルステロを引き起こしたのには、それ相応の理由があるに違いない。
 
 ある日、私は仲間に呼ばれ皆が集まるミーティングルームへと足を運んでいた。囲まれた状態で立つ私に隊長が一枚の写真を渡した。そこに映っているのは、全てが始まったあの場所、『トリニティ教会』であった。そこの内部、割れたステンドグラスから差し込んだ光に照らされる人物がいた。
 それこそ、間違いなく私の妻であり、屍者を作り出した第一の屍者、ガブリエルだった。「昨日、周辺の地下シェルターから物資の調達にドローンを使った者がいてな。偶然にも映り込んだそうだ」
 重苦しい声で語る隊長は、私に厳しい目を向ける。何を言いたいのかは、ここにいる全員からの気配で分かった。
「明日、出発します」
 それだけを言い残し、私は部屋を後にする。彼らの視線から、『お前が殺すんだ』、『元凶となった女の夫であるお前が』と言われている気がしていた。

 翌日、私は隊長達と、あの時と同じようにして装甲車に乗り込み、教会を目指した。道中、近寄ってきた屍者は無視して。
 車内には何もない。会話も感情も。あるのはウイルスに犯されている者達と、まだ生者であるという意識だけ。
 私は、ほとんど揺れを感じることのない車内でただじっと、屍者になるのはイヤだ、屍者になるのはイヤだと祈る心の声が聞こえてくるような気がした。

「人の意識とは、どこにあると思う」
 仕事の休みが一緒になり、夕飯は久々に外で食べようと決めた日。運ばれた料理を口に運ぼうとした私に投げかけられたガブリエルの問いに、私の思考は一瞬停止した。
「何だい、急に」
 スプーンを皿に戻した私は、彼女の顔を見て問い返す。ガブリエルはいたって真剣なようであった。私には難しいことは分からないが、可能な限り彼女の期待に添うことができるよう考えた。
「意識っていうのは、誰にでも備わっているものだろう。目には見えないけれど、私達が行動するのに必ずつきまとっているもの。ただ、どこの器官にそれが宿っているのかは分からない」
 返答を聞いた彼女は微笑んで続けた。
「じゃあ、死んだ人間にもそれはあると思う」
 私は耳を疑った。今日の君は何か変じゃないかと流石に返してしまった。
 だが、彼女は表情を崩すことなく、ごめんなさいとだけ謝罪した。
「最近、よく考えることがあって。気にしないで」
 会話が続くことはなかった。次にはもう別の話をしていたし、何より彼女が続けたくないという雰囲気を出していた。
 彼女が亡くなる二ヶ月前のことであった。

 教会周辺には、屍者が集まっていた。中にいるガブリエルを守る傭兵のような奴らに向けて、一斉攻撃をしかける。
 装甲車に取り付けられた機銃が、次々と肉片を作り上げていく。
 屍者達が飛びかかってきたところで、装甲車から出て行く仲間に続いて私も外へと出た。アサルトライフルの銃口が火を噴きながら、屍者達の頭に風穴を開けていく。
 しかし、数が多すぎる。このままでは、教会にいつ入れるか分からない。
 軍用の防弾ベストに入れていた榴弾を、アサルトライフルに取り付けられたグレネードランチャーに装填する。
 教会の入り口を開くようにして放つ。爆風と弾体の破片で周囲の屍者が吹き飛ぶ。仲間も同様にグレネードを撃った。
 僅かに開いた道を走る。再び屍者の壁で塞がれそうになるその道を私と数名の仲間は駆ける。
 その時、後方から叫び声が聞こえる。一人、二人と増えていくその声を聞く度に私の目に自然と涙が浮かんでいた。
 後少しという所で、私は扉に向けて飛び込んだ。教会に入り込むと同時に、扉を閉め切り、抑えた。
 少しの間、中に入ろうとする屍者達に押され、開きそうになったが、それがぱたりと止んでしまった。
「心配しなくても大丈夫よ。ここには私達二人きり」
 静かな教会に響く声。振り返った視線の先には、純白のウエディングドレスに身を包んだガブリエルの姿があった。
 何故か彼女の顔は、私が初めて彼女と出会った時と同じであった。
「久しぶりだね、ヒューイ」
 消えそうな声で私の名を呼ぶ、ガブリエル。間違いないと確信した。彼女は若返っている。仕組みは直接彼女に訊くのが早い。
 私は銃口を彼女に向けて問う。
「教えてくれ、ガブリエル。君はどうして蘇った。何故、多くの人間を屍者に変えた」
 質問攻めにあった彼女は、手を振って待つように言った。
「一つずつ話していこうか。私はウイルスの研究をしていたの。ある日、一匹の死んだマウスにそれを打ち込んだ。すると、次の日には起き上がって、一緒に入れられていた仲間のマウスを噛み殺していた。歴史を変える発見だと思ったよ。そこで、私の研究者としての好奇心が騒いだの。人にこれを打ち込めばどうなるのか」
「まさか、君は」
 満面の笑みでガブリエルは、自分へウイルスを打ち込んだことを話す。彼女の死の原因はそれであった。
「でも私のはただのウイルスじゃない。改良を重ねて、生者となる要素を手に入れたんだ。それが“意志”の力」
 彼女がミサイルに積んだのは、自身のものより劣性のそれであった。大仰に腕を広げ、芝居がかった声で宣言する。
「死なない人間を作るのが、私の目標だった。皆は今、“生者の意志”ではなく、“屍者の意志”を持って生きている。ミサイルの発射は、私の実験プロジェクトに過ぎないんだよ」
 私は引き金を引いた。被弾した右腕から流れた血が、彼女のドレスを赤く染める。
 ふざけるな、と私は自分でも滅多にないぐらいの声で叫んだ。
「何が死なない人間だ。生者の意志、馬鹿なことを言うんじゃない。お前の勝手な好奇心のせいで、どれほどの人間が死んだと思っている」
 ガブリエルは大きな溜め息を吐いて、滴る血を唇に当てた。
「だから、皆生きているのよ。屍者となった私も皆も意志がある。魂が再び吹き込まれた体を持っているんだよ」
「考えることもなく、生者に食らい付くことが意志だと」
 私の問いに、彼女は頷きながら歩み寄ってくる。続けて引き金を引く。ガブリエルの体に穴が開いていく。しかし、彼女は全く動じぬままに私への距離を近づけてくる。
 後少し、彼女は触れることができそうな距離で語る。
「死者を蘇らせる究極のウイルス。私は身を以て体感した。死なない体とは、人類が求める理想じゃないかしら」
 弾のなくなったアサルトライフルを捨て、ホルスターから拳銃を取り出す。彼女の頭に狙いを定め、
「君なら、屍者の動きを操れるんじゃないのか。もしそうだと言うなら頼む。私の仲間をこれ以上殺さないでくれ。地上と地下に生きる人を助けてほしい」
 唯一、意志というのをはっきりと持っているであろう彼女に頼んだ。
 すると、ガブリエルは言った。
「私はね、もう一度ヒューイとやり直したい。死なない体でまた結ばれたい。覚えてるかな、ここは私達が結婚式を挙げた場所だって。ここで次は、屍者としてまた一緒にいたい」
 それが彼女の答えだ。忘れるはずもない。ここが彼女と結ばれた場所で、彼女を天国へと送り届けるはずの場所で、そして彼女が戻ってきた場所であった。
 全てはこの教会から始まり、終わるのだと私は思う。
「ガブリエル、私は君を愛していた。亡くなった時、本当に辛く、蘇ってほしいと思ったことはある。だが、君はもう僕の愛していた君ではなくなってしまった。だから――」
 安全装置を外し、彼女の頭に狙いを定める。
「今は本当の君の“死”を願うとしよう」
 引き金を引く瞬間、ガブリエルは目を閉じた。そして、その口元は何故か小さく笑っているように見えたのは、気のせいかもしれない。

 あの後の話しをしよう。
 ガブリエルが真の『死者』となったあの日。それに合わせるかのようにして、『屍者』の活動が全て停止した。壊れた玩具のようにして、崩れ落ちた屍者たちは、死者へと変わったのだ。
 およそ一年という期間は、人類を滅亡へと導くのに十分な時間であった。私の国も復旧の目処はない。
 しかし、未だ国としての機能を失っていない他国からの支援で、幾つかの国へ移民としての移住を許可された。
 もう屍者を相手に銃を握ることはなくなったのだと思いたい。
 
 ガブリエルは歴史上最も凶悪な殺人犯という扱いをされるようになった。その夫である私は、何を言われようが仕方ないと覚悟は決めたものの、やはり安息を求めて人里離れた場所に一軒家を建てて生活を送っている。
 時々、彼女の助手として研究室に所属していたものが集まる。そこでは、毎度彼女の話しをしてもらった。
 仕事、仕事と死ぬ前の彼女と話した時間は、夫婦になってから少なかったと自覚した。
 助手が私に言ったのは、ガブリエルは殺人のためにウイルスを作ったのはではなく、あくまで人を死なない境地へと導く架け橋としたかったということ。
 そんなことは、言われなくとも分かっていた。だが、彼女のしたことは生き延びた者に多くの恐怖と哀しみを与えた。それは許されることではない。

 昔の、ガブリエルと暮らしていた家に戻ったことがある。一年間、誰も暮らすことがなかったはずの場所は、何故か散らかっていた。もしかするとガブリエルがここへと足を踏み入れたのかも。などと考えながら私は彼女との思い出を探す。
 すると、一冊の手帳があった。
 以下の内容は、『ガブリエルの手記』に記されたものである。

死んだ人間を蘇らせるにあたって、気付いたことがある。それはあまりにも分かりきっていたこと。
 魂は記述できない。私達は体に魂というプログラムを書き込まれたものだと思う。それぞれ違うプログラム。誰にも書くことのできないプログラムだ。
 だから、私はそれに近づけるよう努力だけした。これを読んだあなたには、失敗した私を殺してほしいことと、後の処理を任せたい。
 読み終えた私は、初めて彼女の願いを叶えられたのではという思いに一人涙を流すばかりであった。

The Bride of Corpse

 今回のタイトルを訳すと「屍者の花嫁」となっています。これは円城塔先生の「屍者の帝国」に似せた結果です。最初のから改変して近づけました。途中、ウエディングドレスを着たガブリエルが出たのはそのためです。
 最後をどうしようか迷った挙げ句、ガブリエルの手記というものを出したかっただけなので、このような形になりました。
 『死者』は魂の完全に抜けた状態、『屍者』は死者に、生者ほどではないが意志というものがある状態だと思って書いています。
 これからも、今の自分の稚拙な文章を少しでも良いものに変えていけるよう励みます。

The Bride of Corpse

主人公・ヒューイの妻・ガブリエルの葬儀が行われた日、彼の目の前に再び起き上がるガブリエルの姿があった。 そして、世界へと放たれたミサイル。それには、生者を死者へ。そして、屍者へと変えるウイルスが搭載されていた。 主要都市の機能がダウンした中、生き残った人間は隔離された場所での生活を余儀なくされ、一年が経つ。 そんなある日、ヒューイの所属する陸軍が街の様子を写した画像の中に奇妙なものを見つける。 人を完全な元の姿に戻すことはできるのか。それは禁じてとされるのか。 魂、感情、意志という目に見えない人としての要素を取り戻すことは、生きた人間には出来ないのか。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-11

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