改札越しに
この幸せがあるから、この仕事を続けられる。
「敬礼!」そう小さな男の子が、びしっとポーズを決めた。
何と勘違いされてるのかな?
僕に向かって軍人よろしく敬礼してくる男の子に、お母さんが、「こらこら」と苦笑して促している。
僕は同じく敬礼をしながら、笑顔を返した。
こんな小さな喜びがあるのも、この仕事の醍醐味だ。
僕がこの駅の改札に着いてから、三年経つ。
誰も通らないような田舎町、お婆さんが日陰にベンチに座るばかりで、ろくにお客もいない。
僕はあくびを噛み殺しつつ、その日の終電、午後6時の電車を待った。
友人が、おたく趣味が高じて電車の動画を3Dで作っていたが、あれほどの情熱は僕にはない。
僕はただ、流されるままここに来て、ここに座っている。
人生、何がどうなるかわかったものではないな、と僕は三年前を思い出した。
三年前、僕は女の子に告白した。
彼女は気まぐれな人で、「じゃあ、明日私に猫をプレゼントして」と言われ、ペットショップで三毛猫を飼い、連れて行ったら、「え?お金を出して、買ったの?」
つまらない人、そう言われてしまい、僕は焦った。
「私、改札の人が好き、改札の人になってよ」
そしたら毎朝会えるから。
そう言われて、僕はそいつは素敵な思い付きだと、快諾して試験を受けたのだった。
そして今日も6時の終電で、会社から彼女が帰ってくる。
「ただいま」
僕は切符を受け取りながら、
「おかえり」
そう言って笑った。
こんな幸せがあるから、僕はこの仕事を辞められないでいる。
改札越しに
短編です。