茶店の謎(1)
第一章:アカンタレの恋
(1)山の上
元旦の午後、標高二百十三米の高倉山。高い山ではないが、山頂の茶店は眺めが良い。店内には他にも数人の登山客が居るが、いずれも一人づつで、お正月らしく静か。外は厳寒だが、大きな透明なアクリルをはめ込んだ窓からは、午後の陽が差し込んで、店内は暖かい。
本当は六十七だが、老けて七十以上かと見える老人がコーヒーを飲んでいる。ブルーマウンテンはこの茶店で価格が一番高いから、注文する登山客は少ない。が、ここ数年、年に一度元旦だけ高倉山へ登り始めてから、老人はそれを必ず二杯と決めている。苦いから、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲むのは通らしくないが、ひと癖ありそうな顔の造りと合わせると、個性的ではある。
老人にとって、このコーヒーは格別な味わいだ。何故なら、コレを飲む為に彼は殆ど生涯に近い年月を費やした。飲みながら、一時間くらいぼんやり物思いに耽る様子には、何処かしら他の登山客と違った雰囲気がある。きっと、彼はこう考えているに違いない: もし、この山が無かったとしたら、自分の人生はひどく退屈なものになっていたろうーーー。
*
2.女の子
初めて「女の子」に話しかけたのは、学校からの帰り路。彼女も私も小学校二年で同じクラス。昭和二十四年で、余り昔の事なので名前を忘れてしまった。
当時五十数名の級友の中で、彼女は一番背が高く綺麗だった。目が優しく、癖毛の短い髪が下端でやや外向きにカールしている。私が生まれて最初に、異性と意識して眺めた女である。
そんな風に姿は目立っていたが、女の子は温和しい性格で、教室の隅に何時も独りでいるような処があった。彼女の持つ静かな雰囲気が好きで、私は遠くから眺めて憧れに似た気持ちを抱いていた。
当時の小二といえば、男女が気軽に遊びに交わったり言葉を交わしたりせず、むしろ、そんな所を他人に見られるのを気恥ずかしく感じ始める年頃。かと言って、互いに無関心であった訳ではない。
男の子にすれば、女の子の体に触れてみたいし、パンツも脱がせたいものだ。そんな好奇心に私も例外ではなかった。教わらなくても簡単だのに、どうして女の子は立ったままオシッコすらようしないのか、その辺りの不器用さにも格別の興味があった。
つづく 明日
茶店の謎(1)