薫風
忘れていた。この嵐は
遠い遠い場所から
いままで一度だって
私がどれほど嘆いたか
私がどれほど恐れたか
私がどれほど孤独だったか
そんなことも知らぬままに
少しずつ近付く
気付けば、
見渡す限りの闇
澄ませど聞こえぬ音
酸素の無い海
その目に吸い込まれたとき
私の箱庭はすっかり崩されてしまった
何処まで歩けば救われる
何が私の破片だったのかさえ
如何したって濡れるのを
誰が私にこんな仕打ちを
泥が跳ねるのもただ鬱陶しくて
この雨の前に私は無力で
立てど眠れど雹は容赦無く
折れた木片を握り締めても
強い風に散り散りにされ
彼方まで吹き飛ばされて
生殺しのままで
こんなに静かな時間を
持て余してしまいそう
見上げれば広がる青空に
手を伸ばせば掴めそうな雲に
嫉妬しそうになっている
この嵐が隠す空の向こうが
知りたくて堪らない
欲しくて堪らない
理由を考えるのをやめれば
私が私でなくなってしまう
何処かに私を残しておかなければ
私が根底から覆されて壊れてしまう
けれどそれ以上に
鴎の連れてくる潮風の匂いが
魅力的に思えた
そうして私は思い出す
乾いた大地に降り注ぐ
この雨の名を
他に何も要らない
恐れなどもう無い
それは、言い訳だろうか
それは、本心だろうか
それは、幻だろうか
それは、好奇心だろうか
それは、憧れだろうか
それは、
薫風