緞帳 猿噛梍の怪異

登場人物
① … “けもの”
② … “子供の面” “壮年の面” “老爺の面”
③ … “男”
④ … “ましら”
⑤ … “じし”
⑥ … “ちどり”
⑦ … “猿噛梍の怪異”
⑧ … “袋の少年”

0.梗概


まだ若いけものは、しらないのです。

秋になると、糧が実ります。

でも、若いけものはまだしらないのです。

ぞよぞよと黒い長い実を垂らした、

あのさいかちの木の下を通ることを。

ざぎざぎととげからとげが生えた若枝の、

あのさいかちの木の下を通ることを。

おおさいかちのうろ穴の、

その深くには、畏れ多いものが棲んでいるのです。

ぶちりぶちりと実をちぎる

ぐさりぐさりととげを刺す。

破らねば、食えぬのです。

破れば、溺れるのです。

まだ若いけものは、しらないのです。

ぞよぞよと黒い長い実を垂らした、

あのさいかちの木の下を通ることを。

ざぎざぎととげからとげが生えた若枝の、

あのさいかちの木の下を通ることを。

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誰もいない舞台があります。

下手から人物が中央へ向かいます。

人物は“けもの”を模した面をつけ、
台詞を語ります。

台詞を終えると、上手へ向かいます。
舞台の明かりが消えます。








1.猿噛梍について


御婆さんがこんな話を教えてくれたの。
家の裏山の雑木林に、大きな大きな木があって、
それはかみさまのほこらなんだって。
けもののほこらなんだよって。
けものっていうのは山に住んでいる動物のことで、
むかし、猟師がそのお弔いを、
その大きな木にお願いしたんだって。


はぁ、祠ですか。
知りませんねぇ…うーん。
ふうん…ううむ、いやぁ、そんなものは…ないですよ、ええ。
うーんそうですねぇ、とにかく山に入られるなら気をつけてくださいよ。
いえ、山で妙な人を見たって話が多くて。
ええ、はぁ、妙といっても、まぁ、おそらく釣り人か何かでしょう。
実は私も一度だけ見たことがありまして。
詳しくですか、ううむ、詳しくといっても…汚い男がですね、
川の中の岩で、こう…白い棒みたいなものいくつも洗っていただけですよ、
釣り具かなにかでしょう、ええ。




ほこらぁ?知らんねぇしらんしらん。
はい?あの山にぃ?さぁどうだか。
獣ったってそんなもの出やしない。今はただの山ですわい、やぁま。
でも、あーぁ、あれだぁ、あのぅ、梍があるわな、サイカチ。
ひぃじいさんによく脅かされたわな。
そらぁでかい梍の木よ、まだしっかりあるわいな。
あれは、ああと、あんだっけ…あぁ、思い出した。
猿だか鹿だかをとって食うんだと。
まあぁ、いやぁ子供だましよぉ、そんなもの。


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誰もいない舞台があります。
中央には三枚の面が置かれています。
上手から“人物”がそこへ進みます。

順に、“子供の面”“壮年の面”“老爺の面”
それぞれをつけ、台詞を語ります。

台詞を終えると、下手へさがります。
舞台の明かりが消えます。






2.仏法僧


砂利道にて


 ハンドルが汗で滑りそうになっている。
体は暑いが、手先はひどく冷たい。
エアコンの噴出し口を、直接顔にむかないようにした。
甘くないコーヒーを買うべきだったと、今は思う。

 もう数分で着くだろう。
そろそろ舗装路は終わる。
着けば、汗が拭える。
着けば、首元のシートベルトから開放される。
着けば、外の空気を吸える。
着けば、体を伸ばせる。

 深夜である。
仏法僧が鳴いている。
木立が風でゆれる
男がその山の中深くで荷物を、降ろした。

 
 裾も靴も泥だらけだ。
鋭い草葉で指を切ってしまった。
爪に泥が入ってしまった。
でも、あとは、一人で帰るだけだ。
家に着いたら、水を飲もう。
着いたら、手を洗おう。
着いたら、エアコンをつけよう。
着いたら、シャワーを浴びよう。
着いたら、布団をひこう。
着いたら、薬を飲んで眠ろう。

 できるだけ、考えないようにしよう。
そう思った。


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舞台の中央で、“男”が台詞を語ります。
傍らには一抱えくらいのごみ袋があります。

台詞を終えると、袋をそのままにして下手へさがります。
舞台の明かりが消えます。









3.猿噛梍の怪異

☆かしこき かしこき さいかちよ

まをすこと まをすこと

きこしめせ きこしめせ

かしこみ かしこみ  かしこみ かしこみ  

ましらが かしこみ かしこみ まをすこと
じしが かしこみ かしこみ まをすこと
ちどりが かしこみ かしこみ まをすこと

きこしめせ きこしめせ

かしこき かしこき さいかちよ


★ぐう、ぐう、ぐう、ぐう、

よよよ、よ、よ、よよよ、よよよ、よ。

ぐぐう、ぐ、ぐ、ぐう、ぐう、ぐう、

ぎよぎよぎぃよ、ぎよぎよぎぃよぎよ。

ぐう、ぐう、ぐう、ゆう、ゆう、ゆう。

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舞台に明かりがつきます。
中央には三人が立ち、もう一人が仰向けに寝ています。

起立した三人はそれぞれ、
“ましら”猿を模した面をつけます。
“じし”鹿もしくは猪を模した面をつけます。
“ちどり”鳥を模した面をつけます
仰向けに寝ている人物は、
“袋の少年”です。

起立した三人はそれぞれ、
☆の台詞を三度、斉唱します。

台詞が始まると、
下手から“猿噛梍の怪異”が中央へ向かいます。
体から黒い帯を無数に垂らし、棘のある面をつけた男性です。

★の台詞を唱えながら、まわりをゆっくりと一周し、
起立している一人一人に覆いかぶさります。

覆いかぶさられた人物はその場に伏します。

三人ともが伏したら、“猿噛梍の怪異”は
次の人物を探す動作をします。

しばらくして、立ち止まります。
そして、“袋の少年”をじっと見つめます。

舞台の明かりが消えます。







4.回想

「山菜を採りに山に入ったのですがね、
 木のうろで男の子が、ぐっすり眠っていたんですよ」


七月二十二日のこと、
山林深く、梍の古木の下で中田勇人くんは発見された。
軽い脱水症状があったが、命に別状はなかった。

すぐそばにはなにかを埋めた形跡があり、掘り起こすと
同年代の子供の白骨死体が袋に詰められていた。
身元は不明であったが、勇人くんと血液型が一致した。

父親の中田雄介が息子の捜索願を取り下げたあとのことである。

その後勇人くんは、入院ののち体調は回復したが、
それ以来、大きな木をみると耳を塞いでひどく怯えるようになった。


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これでこの物語はおしまいです。
舞台に明かりがつきます。





緞帳 猿噛梍の怪異

緞帳 猿噛梍の怪異

ぞよぞよと黒い長い実を垂らした、あのさいかちの木の下を通ることを

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2016-08-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 0.梗概
  2. 1.猿噛梍について
  3. 2.仏法僧
  4. 3.猿噛梍の怪異
  5. 4.回想