緞帳 柳居橋の怪異

登場人物
① … “石工の甚五郎”
② … “石工の妻ツネ”
③ … “初老の男”
④ … “石工頭の妻マツ”
⑤ … “石工見習いの定吉”
⑥ … “柳居橋の怪異”

0.梗概


水の底



アアァ、エエ、イイダロウ

ウルセェ、ウルセェ、アア、エェ

アンダッテ、アア?オオウ、ウルセェナ


 甚五さんは煙草がお好きでしたから。


オオイ、テメエ、オウ、オ、オオ

イェアイ、アイ、アイ、チクショウ、チクショウ

オ、オア、アンダトォ?ナニヌカシャァガル


 煙草がお好きでしたから。


ヤイ、イエイ、ダマレダマレ、オ、オォ

ウ、ウアウ、ェイ、ダレニムカッテ、エェ、クチィキインテンダ

オオ、クソ、クソ、コノアホウ、ブッチメテヤル、オ、アァ


 ですから、きっと一服、
 でも煙草を切らしてしまって、きっと、それで。


テメェ、テメィ、コノ、オ、エエ、ヤヤイ

コノ、コノォ、コノ

クソ、クソ、クソゥ

--------------------

 誰もいない舞台があります。
上手から男女が中央へ向かいます。
男は“石工の甚五郎”、その場に胡坐をかきます。
女は“石工の妻ツネ”、男のそばに立ちます。
二人の台詞が終わると、男が女を殴る動作をします。

そして、女が倒れると、舞台の明かりが消えます。









1.柳居橋について

雨宿り

ざざざざざざ、ざざざざざ、ざざざ。
柳居橋は一丈余りの短い小橋です。
岩がちの沢に掛けられていて、伸びた草で茫々と茂っています。
そばに柳の木がありますから、きっとそれが名の元なのでしょう。
ざざざざざざ、ざざざざざ、ざざざ。


初老の男の話です。

ざざざざざざ、ざざざざざ、ざざざ。
えへぇ、その日は丸一日、ずいぶんと強く降っておりまして。
それはまぁ傘の端からはねた雨で肩が濡れるほどでございます。
して、その女ですがね。
もう夕刻になろうとしていた頃でしょうか。
苔と雨でどうもすっ転びそうで、へぇ、足元ばかり見ておりました。
ええ、日暮れも近くて薄暗かったのを覚えております。

ざざざざざざ、ざざざざざ、ざざざ。
橋を渡ろうとしまして。
女の下駄が見えたところでやっと気づいたのでございます。へぇ。
えぇ、いえ…向こうは会釈をして立ち止まったのです。
顔はよく見えませんでぇ、
ですがね、傘を差しておるのに髪と肩がずぶ濡れで。
そしてこう聞いてくるのですよ。

「もし、そこのお方、煙草をお持ち?」

煙管はやりませんし、なんせ気色が悪うございます。
ええ、へぇ…そうでございます。持ってない、と、えぇ。
そしたら女は、…ええと、なんと言ったか。
まぁそれなら仕方がない、失礼する、だいたいこんな返事で、へぇ。
私が見聞きしたのはこれくらいでございます。

ざざざざざざ、ざざざざざ、ざざざ。
着物ですか…ううむ、水浅葱の付け下げ…ですかいねぇ。
柄は…うーむ、確かではございませんが、海老茶の花枝か何かかぁ…。
なんせ強く降っておったもんですから。ええ、よくは見えませんで。

--------------------

下手から“初老の男”が中央へ進みます。
舞台に会釈をして、台詞を発します。
ひょこひょこと身振り手振りを交えます。
台詞が終わると再び会釈をして、下手へもどります。
舞台の明かりが消えます。







2.石工の甚五郎が語ったこと

 あちこちを酷く擦りむき、ずぶ濡れの甚五郎が軒先に突っ立って居る。
顔は血の気が引き真っ青で、がちがちと歯を鳴らすほど凍えている。
石工頭の妻マツは仰天して、とにかく中に上げたのである。

「あんた、どうしたんだい、え、一体何があったんだい?
 これ、誰か湯を沸かしておくれ、アラアラアラ、こんなに濡れて」
手ぬぐいを渡してそう尋ねると、甚五郎はがたがた震えて、

「えぃ、いぃ、かみさん、やっちまったぁよぉ、ひえぃ、ふぅ、いぃ」
そう言ったきり、ぼうとなって蹲ってしまった。

 甚五郎に話をさせるのに、ずいぶんと時間がかかった。
頭は石工の寄り合いに一日出たきりであったので、
結局はその妻と見習いの定吉が甚五郎の世話をした。
湯茶を飲ませ、一服させると少し震えは収まったようである。
もつれる舌で甚五郎はやっと、およそこんなことを語った。

 昨日は久しぶりに外で酒を飲んで帰った。
家についても飲み足りなかったので、また飲んだらしい。
そうしていると、妻がそれを咎めたようである。
甚五郎はなぜか無性に腹が立ったのだという。
だから、妻を殴ったらしい。
気がつくとツネはもう事切れていた、と。

 妻は血相を変えて医者を呼びに飛び出した。
おそらく甚五郎は酒に酔って、
気絶した妻を死んだと勘違いしているのだと、そう考えたのだ。

だが、息を切らせて医者を連れもどると、甚五郎の姿は無かった。
ただ定吉が、甚五郎に渡した手ぬぐいを握って座っていた。
彼に甚五郎の行方を聞くと、へらへら笑ってこう言うばかりであった。


「じんさんはおりません、へびがさらっていきました
 わたくしは、いやだいやだと申しましたが、
 へびが、へびがどうしてもじんさんをもらうと、いうもので」



--------------------

舞台にはまず二人の人物がいます。
“石工頭の妻マツ”と“石工見習いの定吉”です。
上手から“石工の甚五郎”が二人のところへ向かいます。
医者を呼びに“石工頭のマツ”が下手へさがります。
そのあと“石工の甚五郎”はその場に倒れ、身を蛇のようにくねらせます。
そして舞台の明かりが消えます。








3.柳居橋の怪異

花菖蒲


蟇がおります。
泥を蚯蚓が這うております。

がまの穂が立うております。
浮き藻が流れております

ごうごうと岩を水が、雨が打つ音がします。
柳から雨が垂れております。

かわいそうな、かわいそうな
おおかわいそうな

かわいいおまえのためにひとつ、ひとつ

臍を隠して寝てござるか、
腹出して寝てござるか。

蝸牛がおります。
田螺が流されんとしております。

がまの穂が立うております。
浮き藻が流れております


--------------------

中央に“石工の妻ツネ”が傘を持ってたたずんでいます。
上手から“柳居橋の怪異”がゆっくりと下手へ向かって歩きます。
下手の手前につくと、上手へ向き直り再び下手へゆっくり向かいます。
これを繰り返します。
“柳居橋の怪異”は蛇を姿を模した女性です。







4.回想

「ええ、えぇ、悲しゅうございます、はい、ええ、とても、とても」


六月二十二日のこと、
頭部を強く殴打され死亡した高場甚五郎が自宅で発見された。
妻の高場ツネはその遺体の傍らで、煙草を喫していたという。

高場ツネに怪我はなく、ただ着物は甚五郎の血にまみれていた。
甚五郎の死について多くを尋ねられたツネであったが、
それにひとつとして答えることはなく、ただ夫の死を悲しむばかりであった。


--------------------

これでこの物語はおしまいです。
舞台に明かりがつきます。






緞帳 柳居橋の怪異

緞帳 柳居橋の怪異

へびが、へびがどうしてもじんさんをもらうと、いうもので

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2016-08-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 0.梗概
  2. 1.柳居橋について
  3. 2.石工の甚五郎が語ったこと
  4. 3.柳居橋の怪異
  5. 4.回想