緞帳 大鳥邸の怪異

登場人物
① … “主人公”
② … “古物商”
③ … “大鳥家の主人”
④ … “大鳥邸の怪異”

0. 梗概

杯を持っての独白

 大鳥邸の蔵には、朱塗りの杯があると伝えられています。
ただ、その杯は人間の髑髏から作られている、とのうわさがあるのです。
皆はさまざまなうわさをするのです。
その杯で酒を飲むと願いが叶う、だとか。
あるいは髑髏の呪いに逢う、だとか。
蔵の中に恐ろしい鬼がいる、とか。
はたまた、そんな杯はない、というものもおります。
 ですが、確かに大鳥邸の蔵には、そのようなものはありません。
確かに、ありません。
…わたしが知っているのはそれだけです。

あの蔵の行李には、みにくいものが這入っているのです。

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 誰もいない舞台があります。
中央にはあらかじめ銚子と杯が置かれています。
“主人公”がとぼとぼと歩いて、中央にとどまります。
そして、その場に座ります。“主人公”はさめざめと泣きます。
銚子から杯へ注ぐ動作をして銚子を置き、両手で杯を持ちます。
ここで“主人公”は泣き止みます。
静かに高く持ち上げ、独白をします。

 独白を終えたら、杯を静かに下ろします。
舞台の明かりが消えます。













1.大鳥邸について

うつむきの人


「ええ、はあ。
えーと、その坂を登りきると、右手に寺が見える辻に出るんですよ。
寺側に曲がって、奥の雑木林に近づく頃には左手に細い坂があります。
そこを進んだ先が、大鳥さんのお屋敷です」

「大鳥家はそれはそれは大きな財を成した商家とお聞きしました。
まぁそれも昔の話でして、
今では不動産の収入でほそぼそとやっていらっしゃるそうです。
ああ、大鳥さんですか?ええと、かなりの年齢でしょうが矍鑠としていらして」

「最後に大鳥さんへお伺いしたのは、ちょうど去年の夏頃ですね。
普段は出張なんてあまりしないのですが、
大鳥さんには大変お世話になっておりますので、
ええ。その前にも何度か買い取りにお邪魔しましたが、
その蔵の話を聞いたのはそれがはじめてでした」

「大きな蔵がいくつもあるのは知っていました。なにせ五つもありますから。
ですがひとつだけ離れた場所に建ててあるんですよ、そこが、ええ、例の蔵です」

「その蔵へは大鳥さんの奥様に案内していただきました。
いつもならご本人が必ず見えるのですが、その日は手が離せないとかで。
母屋を裏にまわって、古井戸の向こうにその蔵があります。
ああ、そうだ。蔵の水切り瓦に妙な鳥の置物がいくつもありましたね。
いえ、なぜかは聞きはしませんでした。
奥様はあまりご機嫌がよろしくなかったようで」

「ええ、はい。入りました。中も変わっていまして。
入り口のあたりには物がいろいろと置かれているのですが。
ほとんど奥はからっぽなんです。傷んだ畳がぽつりと真ん中に敷いてあって。
ええ、そうです、直接床に。
そしてその上に文机と、あとたぶんあれは…行李でしょうね。
でも一番気味が悪かったのは、
梁から太い麻紐がだらりと文机へ垂れていたんですよ」

「中の物は一通り見ましたが、ほとんど値のつかないものばかりでした。
はい、ええ、文机も見てみました。決して安物ではないですが買うほどのものでは」


「はぁ、ええ。行李…ですか。中には何も。あの、もうよろしいでしょうか」


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 下手から“古物商”が歩いて中央にとどまります。

上手からは“主人公”が中央へ向かい、上手を背にして正座します。
“主人公”はそのままうつむいた状態を維持します。

“古物商”は起立したまま、淡々と質問に答えるように話します。
最後の台詞で、“主人公”はわずかに頭を持ち上げます。











2.蔵の中にて

 カパアラ

 蔵で、男が話しています。
男はぼそぼそと話していて、要領を得ません。
むしろの上に座って、うつむいて発音するので余計にです。
脇には小さなやかんが置いてあります。
中身は冷えた水です。
蔵の中の温度差でやかんの表面は結露しています。

 男が話しているほうには文机があります。
文机の持ち主は、男の話を聞いているのでしょうか。
おそらく居眠りをしているのでしょう。
頭を、こく、こく、と揺らしています。
男は話を続けます。
いっそう挙動不審になって、ろれつが怪しくなってきました。
みっともない汗をかいています。
必死に話そうとしているのはよくわかります。
ほこりっぽい蔵はカビの臭いがします。

 女中が外から夕餉の支度ができた、といっています。
蔵には一足の下駄が落ちていました。

外には花は咲いていませんでした。

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舞台には文机と行李があります。
そこへ“大鳥家の主人”と“主人公”が下手から中央へ向かいます。
“大鳥家の主人”が文机に、“主人公”がそれと向かいあうよう着座します。

台詞を終えると舞台の明かりが消えます。










3.大鳥邸の怪異

丹頂

★もう二度と、あの蔵に入ってはいけない。
もう二度と、行李を開けてはいけない。

中には朱塗りの杯がある。

あの蔵の中にいると遠くで私を呼ぶ声がする。
不明瞭な声に耳を澄ませると、ますます聞き取れなくなる。

でも、じっと、目が暗さに、鼻が埃の臭いに馴れる頃。
やっと彼女の言葉の意味が分かるのだ。

行李を開けると、中には木箱がある。
木箱を開けると、中にはあの朱塗りの杯がある。

行李の中には朱塗りの杯がある。
行李の中には朱塗りの杯がある。
行李の中には朱塗りの杯がある。

☆あア、ああ。きよしさン。

いいの、いいの、許してちょうだい?

アの事は大丈夫よぉ。

聞いてよ聞いて、どうしてよ、ううン。

いやよォ、嫌。ねぇ、ねぇ。ねぇ。

もう少しヨぉ、お願いお願い。

おお、うう、はあぇえ。

文が届いたのよ?え?

だからね?あのヒトよォ、あのヒト。


★私は信じていなかったのだ。

朱塗りの杯があることは知っていた。
しかしどう見ても只の杯なのだ。

でも今はよく解る。

行李の中に木箱がある。
その中に杯が入っている。
その中に入っているのだ。

いいやいいやいいや、その中に、這入っているんだ。


☆ねぇねぇねぇ。

話を聞いてほしいだけなの。

ネ?いいでしょう?

ダメダメ。もういいでしょ?

お願いよォお願い。

アタシはね、あなたなんか大嫌いなのよ?

でも、ね。さようなら。

ああ、はア、許してほしいだけなのよ。



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舞台に“主人公”がいます。★を台詞とします。
その後に“大鳥邸の怪異”が“主人公”の元へ近寄ります。

“大鳥邸の怪異”は鳥の姿を模した女性です。☆を台詞とします。
両手を広げ、できるだけ体をねじりながらゆっくりと近寄ります。

双方の台詞を終えると舞台の明かりが消えます。











4.回想

「あら、旦那様を見かけませんでした?
お食事の支度ができたのだけど、お部屋にいらっしゃらないの」

「……はぁ、いあや、…ああ、なんでもない。見かけてないよ」

「あらそう。…まぁでもすごい汗だこと。何か拭くものをご用意しましょうか?」

「…いや…いいよ、大丈夫だ、大丈夫、ぼくは平気だ」



八月二十二日のこと、
蔵の梁から麻の紐を用いて大鳥家の当主が縊死した。
同日、
その家から男が一人出奔した。
大鳥家の家人および使用人たちは確かにその男のことを記憶していた。
だが名前はおろか、なぜ大鳥家にその男が居たのか、
何をしていたのか、誰一人として思い出せる者はなかった。

そして、当主無き蔵には終ぞ、朱塗りの杯は見つからなかったのである。

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これでこの物語はおしまいです。
舞台に明かりがつきます。













緞帳 大鳥邸の怪異

緞帳 大鳥邸の怪異

大鳥邸の蔵には、朱塗りの杯があると伝えられています

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更新日
登録日
2016-08-09

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Copyrighted
  1. 0. 梗概
  2. 1.大鳥邸について
  3. 2.蔵の中にて
  4. 3.大鳥邸の怪異
  5. 4.回想