アンバーの鞭
アンバーの鞭は、祖父から賜った。
彼女の鞭は、大概物置に置いてあった。
アンバーは、長谷川アンバーと言う名のハーフで、その田舎では知られた名だった。
アンバーは、祖父に「悪漢が来たらこれで追っ払え」とその鞭を賜った。
彼女は「こんなもん、SMクラブ以外使いようがないわ」と、高校の同級生に笑い種として語って聞かせ、実際に見たいという者や、一度パシッと打ってるところを写真に撮らせてくれという同級生の意見に答え、物置に掛けてある物々しいそれに度々手を伸ばし、実際に祖父に倣った技術を披露した。
その内、地元で映画を撮るという話があり、時代劇であるというそれに、悪漢を鞭で打つ西洋人の血を引くくのいちと言う設定で、アンバーに映画に出て見ないか、という話がやってきた。
アンバーは、「嫌よそんなの」とにべもなく断ったが、その内親戚のお偉いさんから厳命が下され、嫌々ながらも一族の繁栄のためにその技術を披露することとなった。
母親の京子さんは、「あんまり破廉恥な服装だと困る」と言い、事前に衣装さんとチェックを入れて、なんとか娘をB級映画の三流女優とすることを阻止したが、はかま姿のアメリカ娘と言うのもなかなか見応えがあった。
長い金髪を一つに束ね、アンバーは母親が伴天連の、親の仇打ちに自慢の鞭を振う女侍と言う設定に収まり、その技でスタントマンをビシバシと打ち倒し、腕試しに小石を順番に右から一つずつ打つという芸当も見せ、撮影人を唸らせた。
「君君、女優にならないか」
僕の専属として。
そんな話も監督の口から出たが、京子さんの「冗談じゃないわよ」という一言で撃沈した。
アンバーも父親のトムさんもちょっと乗り気だったが、祖母の「能ある鷹は爪隠す、だよ」との一言でなんとか押しとどまった。
所詮ハリウッド、と舐められてはたまらない。
しかしその後、鞭の腕は確実に彼女の進路を助け、妙な男に言い寄られることもなく、彼女は順調に人生を歩んだ。
今では年老いたアンバー婆さんがそう言って、その鞭の腕を披露し、いじめられっ子の私に伝授してやると言ったときは驚いたが、成程、彼女の腕は本物だ。
美しい老婆になったアンバー婆さんに鞭の弟子入り志願をしてから、私は縄跳びでいじめっ子の暴力を撃退し、学校に呼び出されたが、「相手が多勢に無勢だった」との一言に、校長先生は「アンバーさんか、懐かしいな」と瞳を緩ませ、「ぼかあね、彼女に憧れてた一人だったよ」そうか、君があの鞭を引き継ぐのか、と感慨深げに言った。
その後、私は鞭の手ほどきをする部活を友人と発足し、主に防衛のすべをアンバーさんから学んでいる。
彼女は今を持って尚、生き生きと輝いている。
アンバーの鞭
映画風に。