純潔の墓標

時間に見放された

そして化け物に成り果てる


5回目の別れ話を切り出されて、5回目の有耶無耶にする言葉を返した帰り道。
ふと、中学生の頃に付き合っていた、サラリーマンのあの人が吸っていた煙草を買って、それに火を点けて真っ暗な空を見上げた。
あの人の唇の味がする気がした。私の奥底まで肌を辿って、辿って、果てた、あの人の匂い。
この匂いが好きだった。甘ったるさを孕んだ、粘ついたマルボロの香り。
愛されたかった。愛してくれた。だから別れた。それだけの思い出を買うことに、純潔は喪われる。
中学生とセックスがしたかっただけでしょ。
高校生とセックスがしたかっただけでしょ。
制服を乱されて愛の言葉を聞くたびに、私の愛は死んでいった。一つ一つ潰れていった。
誰もいない公園のベンチで小さな火を見つめていると、5回目の別れ話をしてきた彼から、もう少し考えてみる、とLINEが来た。
この人の愛はもう死んでいる。それが、何より触れた冷たさから推し量られる。
死体を愛している。縋っている。愛されなくていい。愛させて欲しい。大好きだよ、と返信をすると、既読がついたきりLINEは止まった。
もう3ヶ月ほどセックスをしていない。私にその価値が無いのだろう。だから、私の愛は潰れない。殺してくれない。から、死に損なう。
年齢の割に幼い容姿と、あの頃から何も変わっていない私の心は、マルボロの香りに包まれたまま、時を止めてしまったようで。世界から放り出された化け物だ。
ジジ、と音がして足元を見ると、死にかけの蝉が、まさに息絶えるところだった。そこに死を待つようにして、蟻が1匹周囲をうろつく。獲物が死ぬのを待っている捕食者の姿は、あたかも愛しいものに優しく寄り添うようだと、私の網膜を静かに焼く。
息絶えたのか、もう動く気力もないのか、音も立てなくなった蝉の上に蟻が乗った。私は、短くなったマルボロを、その上に突き立てる。
火種が2匹を焼いた。蝉が痙攣するのが感覚で伝わって、蟻はきっとその上で溶けた。
突き立てたマルボロは墓標のようで、私はそれを写真に撮る。二人のお墓。誰にも見せないフォルダの中に、保存して、眺めた。
いつものキャスターに火を点ける。誰もいない公園と、墓標と、化け物を、柔い明かりが照らしていた。

純潔の墓標

純潔の墓標

女の独白調。短いです

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-08

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