身分証を呈示してください

 某テレビ局の裏口。人目を忍ぶように中年の男が入って来ようとしたところを、入口の前に立っていた警備ロボットが制止した。
《身分証を呈示してください》
 男はムッとしたように、ロボットの腕を振り払った。
「何しやがんだ。おれだぞ、おれ。『奥さまのアイドル、日サロのプリンス、ザ・マスター・オブ・セレモニー、懇々亭信太郎』さまだぞ。時間がないんだ。ごちゃごちゃ言わずに、ちゃっちゃと通せよ」
 だが、警備ロボットは微動だにしなかった。
《身分証を呈示してください》
 信太郎の日に焼けた顔が、怒りで赤黒くなった。
「ざけんじゃねえ。もうすぐ本番だぞ。メイン司会のおれが行かなきゃ、困るのは局の方だろうが!」
《身分証を呈示してください》
 信太郎は構わず通り抜けようとしたが、ロボットに腕をつかまれ、逆手に捻られた。
「痛ててて、放せ、このデクノボーめ!」
《身分証を呈示してください》
 もみ合っているところへ、別の男が通りかかった。
「信太郎さんじゃありませんか。どうしたんです?」
 信太郎は振り向いて男を見ると、ホッとしたのか、泣き笑いのような表情になった。
「荒巻P、このロボット野郎を、なんとかしてくれよ。身分証を見せろって、しつこいんだ」
「それはすみませんでした。優秀なロボットなんですが、融通が利かないんです。でも、正面玄関には人間のガードマンがいますから、信太郎さんなら顔パスでしょうに」
 信太郎は不愉快そうに顔をゆがめた。
「それができりゃあ、こんな苦労はしねえよ。玄関の周りには今、週刊誌の記者がいっぱい張り込んでるんだ」
「ああ、例の愛人の、あ、いえ、失礼しました」
「ふん。おれにやましいことなんか、これっぽっちもない。それより、こいつをなんとかしてくれよ」
「わかりました。ええと、警備ロボット、おまえは何号だっけ?」
《17号です。身分証を呈示してください》
「うん。これだ」
《荒巻プロデューサーですね。おはようございます》
「ああ、おはよう。では、警備ロボット17号、その人を放しなさい」
《命令コードをお願いします》
「え、ああ、そうか、ちょっと待て。確か手帳に、あ、あった。ええ、おほん、命令コード、AP34G6だ。その人を放し、通らせなさい」
《了解しました》
 警備ロボットから解放された信太郎は、荒巻と一緒に中に入って行きながら、相手の肩をポンと叩いた。
「荒巻P。ま、今回は大目に見るけどよ。次、こんなことがあったら、おれ、番組降りるかもしれねえぜ」
「ええっ、勘弁してくださいよ」
 そう言いながらも、荒巻は軽く頭を下げただけだった。スキャンダルで人気の落ちた相手に、あまり未練はないらしい。それを察し、もっとキツイことを言ってやろうとした信太郎は、しかし、後ろから激しくフラッシュを浴びせられて、言葉を失った。
「週刊春秋です。信太郎さん、一昨日、マンションで会っていた女性について、一言お願いします」
「週刊大潮の山藤です。その女性に高級外車を買ってやったというのは、本当ですか?」
 信太郎と荒巻が入って来た裏口から、続々と週刊誌の記者が現れたのだ。荒巻は仕方なく、信太郎を庇うように両手を広げて立ち塞がった。
「きみたち、失礼じゃないか。いったい誰の許可を得て、入って来たんだ?」
 すると、記者の一人がニヤリと笑って答えた。
「入口の前に立ってるロボットに身分証を見せろって言われたから、自分のところの社員証を見せたら、すぐ通してくれたよ」
(おわり)

身分証を呈示してください

身分証を呈示してください

某テレビ局の裏口。人目を忍ぶように中年の男が入って来ようとしたところを、入口の前に立っていた警備ロボットが制止した。《身分証を呈示してください》男はムッとしたように、ロボットの腕を振り払った。「何しやがんだ。おれだぞ、おれ。『奥さまのアイドル......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted