横浜不思議物語「オールド・パル 古き友に乾杯」

結構昔に書いた作品です。他サイトでも発表していますが、こちらでも・・・。
似たような話も多いですが、まあ、それはそれということで・・・。
モデルが居たのでかいてみました。

横浜不思議物語「オールド・パル 古き友に乾杯」

かなうことのないはずの願い。

今伝えたい言葉。

もう一度会いたいあの人。

人を現実から夢に誘うのも酒なら、長い夢から覚ますことのできるのもまた酒である。

夢と現の境にある店、ここは「BAR Sin」



重い樫の扉がかすかにきしむ音を立てて開かれる。

入ってきたのは年のころは42~3歳ほどの背広を着た男であった。

どこか悲壮感を漂わせる表情は諦めと覚悟の入り混じったような色をしていた。

カウンターに座り、マスターの顔をじっと見つめ、ため息をつく。

その客が注文するより早く、マスターの手が動いた。

ライ・ウイスキー、ドライベルモット、カンパリ。

材料をミキシンググラスに入れ、バースプーンでステアする。

炎の色をした液体がミキシンググラスの中で燃え上がった。



「どうぞ」



男の目の前でグラスに注ぎいれる。

冷えた液体がグラスを満たすと、グラスの表面がうっすらと曇った。

グラスを差し出し、ぱちんと指を鳴らす。

同時に緩やかなピアノの音が店内を満たした。

男が店内を見渡すと、目立たない店の奥にグランドピアノと、

鍵盤をリズミカルに叩く女性の姿が映った。



「あなたにぴったりのカクテルです、古い友人という意味の名前を持っています」



男の耳に、心地よくマスターの声が響く。

自然と男の手はグラスを握っていた。

最初は恐る恐る口をつけ、やがて一気に喉の奥に流し込む。

炎の色の液体が男の喉の奥を焦がした。



胸の奥に広がるアルコールの熱い感触を、男は目を閉じて味わっているようだ。

やがて、目を開けたとき、男は自分の隣に信じられないものを見た。



「何を鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてるんだ?」



男の隣には、忘れられないかつての親友の姿が、当時のままにあった。



「お、お前・・・なぜ・・・?」



親友はこともなげに笑って見せる。



「どうした?熱でもあるのか?幽霊でも見たような顔をして・・・?」



いつの間にか男は泣いていた。

熱い雫が男の頬をとめどなく流れ落ちていく。

男の親友はカウンターに座り、男の肩を叩いた。



「お前のことだ、どうせ思いつめてろくでもないことを考えてたんだろ、人生ってのはな、
 やり直しがきかないんだぞ、思いつめるな、よく考えろ、生きてるってのはな、それだけで価値のあること なんだ・・・」



男の脳裏に様々なことが蘇っていた。

親友と過ごした日々、まだ希望に燃えていた若い頃のこと。

親友との急な別れ、そのときの憤り。

結婚して、家族ができ、慎ましいながらも幸せだった日。

突然のリストラ、借金のこと、心に決めた覚悟。



「お前のできることはまだあるはずだ、俺が言うんだから間違いない」



男の表情が涙と共に柔らかいものになっていった。

その表情を確認して、男の親友は安心したようにマスターに微笑む。

マスターはゆっくりと頷いた。



「がんばれよ」



消え入りそうな笑顔を残して男の親友は辺りの風景に溶け込んでいった。



「あいつ、自分と同じ道を俺に歩ませないために・・・」



カウンターから顔を上げた男の顔は、最初に見せた消え入りそうな表情ではなかった。

むしろ、清清しささえ感じられる表情だった。

いつの間にか、店内に響くピアノの音が止まっていた。



「おかわりはいかがですか?」



マスターの言葉に男が頷く。



「おかわりの一杯はあいつの分です。

 マスター、ありがとう・・・」



深々と頭を下げる男に、マスターは首を横に振った。



「私はなにもしていませんよ」



男はカクテル2杯分の代金をカウンターに置くと、奥で子猫と遊んでいる店員に目を移す。



「彼も、不思議な魅力を持っていますね・・・」



「いや、まだ見習いの飼い猫ですよ・・・今はね・・・」



男はマスターに再び一礼すると、重い樫の扉を開け店を後にした。



「オールド・パル、古い友人・・・か・・・」



マスターの顔にどこか寂しげな表情が浮かぶが、すぐにそれはかき消された。



「おい、猫と遊んでる暇があったらグラスを磨いてくれよ」



奥にいる毒舌のバーテンに声を掛ける。

バーテンはマスターに苦虫を噛み潰したような顔で答えた。



「はいはい、マスターもたまにはしらふで猫とでも戯れてみてください大人の猫ばかりじゃなくてね」



ぶつぶついいながらも、グラスを磨きにカウンターに入る。

猫を触った手はもちろん、よく洗ってから。



店内に再び流れ始めたピアノ曲に混じって、遠く「ありがとう」というこえが聞こえたが、
マスターは小さく微笑んだだけだった。



ここは横浜、不思議の国とこの世とを結び、生者と死者を結ぶ架け橋となる町。

別な世界からこの世界へ、ひと時の想いを届ける不思議の店があるという・・・。

「BAR Sin」

不思議のカクテルを作るマスターと、毒舌のバーテンダーのいる店。

あなたが覚めない長い悪夢の中にいるなら、この店に来て見ませんか?

長い悪夢から、気持ちのよい目覚めを誘ってくれるかもしれませんよ・・・。

横浜不思議物語「オールド・パル 古き友に乾杯」

拙い文章力ですみません。
読んでいただいてありがとうございました。

横浜不思議物語「オールド・パル 古き友に乾杯」

横浜にあるとあるBarに一人の男が訪れる。マスターに勧められるカクテルを口にした男は信じられないものを目にした・・・。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-17

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