書き時というものがある
毒があるうちは、書いてはいけない。
ある人がこう言いました。
中学生のころ、私は多分に悩んでいて、そんなとき、瀬尾まいこ先生の「図書室の神様」を読み、何度も読み直して、読みすぎて本がふやけたほど、その話が好きだった。
その中に、「黙るべき時を知る人は、言うべき時を知っている」という一文が出てくるのだけど、これは勉強になった。
私はお喋りで、手が出る方で、考えるより直感で何もかも決めてしまう。
特に文章を書く面で、この言葉はとても有効に私の中で自戒となり、蛇口をきゅっと捻るように、「余計な言葉を使うな」と、私を叱咤してくれた。
自分の中に、相手に対する毒があるときは、余計に書いちゃいけない。
それが私の自戒だ。
今日もたくさんの人に注意され、助けられた。
朝は無事に過ごせたし、昼も何事もなく、用事を済ませることができた。
ひとえに周りの助力のお陰である。
これで私が本当の素っ頓狂で、大馬鹿のくそ野郎だったら、こちらの地元ではタコ殴りもんである。
私は、最近腐っていた自分を反省し、誰かからヤフオクで買わせていただいた本を出張買取してもらうことを諦め(いわゆるおバカな理由で)私と言うふがいない飼い主のお陰で不遜な目にあっている飼い犬を可愛がってトリミングしたり、体調を見てくれたりする人たちに感謝している今時分、である。
お金とは、遊びに使うも、勉学に使うも自由だが、少ない額、親にまず払いなさいとしか言いようがない。
今月こそ、貯めるぞ。そう思いながら、すっかり可愛くなり、アロハなスカーフを巻いて私を下に見ている犬を追いかけまわしている。
ご機嫌な昼下がり。
暑い中、ご苦労様です。
書き時というものがある
とある自戒の話。