そして春へ。
純白のドレスに身を包み、色鮮やかなブーケを大事そうにもって 、あの頃より短くなった黒髪はてっぺんで形よくまとめられていて 。
全身ドレスなんじゃないかっていうほど、真っ白な肌はとても綺麗で 、笑うととろんとしたタレ目も、薄い唇も、ほどよく施された化粧によりとても映えていて 、彼女は間違いなく、間違えようもなく、彼女だった 。
「村瀬は、私のこと好きだった?」
「勿論。」
あの夢の中にどうか、僕を居させて。
「目が覚めましたか?」
「…ここは?」
「病院です。よかったですね。さくちゃんとお揃いですよ。」
「先輩、助かった…?」
薄い笑いを浮かべてこちらを見る旦那さんに少しばかしの期待を浮かべてみた僕が悪かった。
「勿論」
「よかった。」
「死にましたけどね?あの高さから落ちて助かると思ってたんですかね。」
「…!?」
こんな時でも笑っている、先輩の、旦那さん。
こんな人を選んで、最後まで僕を見てくれなかった、この人の、さくちゃん。
あれ、どうして、僕、あの人のこと
「よくも、あんなふうに死ねたもんですよね?」
「…」
「『あなたの前』で『投身自殺』ですか。」
吐き気が、止まらない
「『さくちゃん』の『さいご』はあなたのものですよ?よかったですねぇ。」
「やめてください。」
心なしか声が震える。
この人は本当に、先輩が好きだった?
先輩は本当に、この人が好きだった?
僕は先輩が本当に好きだった?
先輩はなんであんなことを聞いた?
…待って。どうしてこの人はこんなことを聞くの?
ねぇ、先輩助けて。
「さくちゃんの死体、ぐちゃぐちゃで見れたもんじゃ無いんですよね。返してもらえませんかね?うちの妻。」
「向こうが勝手に…!」
「ほんと、勘弁してくださいよ。不倫ごっこなら別のところでやって欲しいんですけどね。」
「一生懸命止めたんです」
「あなたまだ、さくちゃんが目の前で勝手に死んだとか思ってるでしょう?」
「ちがいますか?」
「さくちゃんは『あなたのせい』で『あなたの』言葉で『死んだ』んです。そこは、間違えないでくださいね。それでは『あなたは助かって』よかったですね。では。」
『あなたの前』
『投身自殺』
『さくちゃん』
『さいご』
『あなたのせいで』
『あなたの』
『死んだ』
『あなたは助かって』
さくら、先輩、助けて、息が出来ない。
「そっかぁ、それなら良かったぁ。」
先輩の最後の言葉がフラッシュバックする。
旦那さんの言葉がつながる。
僕のせい?
全部、僕のせい?
外に咲く桜の花が散る。
あの日の記憶が香る。
「村瀬さーん、お薬の時間ですよー…っとトリップ中か、婦長、どうしましょう?」
「村瀬さんね、多分今また回想の中に居るから戻ってくるまで時間かかるから投薬は暫く後でいいわよ。」
「…初恋の女の子が目の前で死んだんですっけ?」
「僕のせいじゃありませんっ!!」
新人看護婦はビクッとしたのち、独り言か…と、ひとりごちる。
カルテを見た後、「春で記憶がとまった症状がみられる。季節は春で話を合わせて下さい。」との記述の横に「投薬は後で」と書き添える。
「春なんてまだなんですけどね〜?」
「村瀬さんにとっては年中春なの。細心の注意を払って。」
「そうなんですね。」
そして春へ。
「先輩が死んだのは僕のせいじゃありません」