「かみつきっ!」「第二話:清く楽しい戦いを♪♪」
「ねぇねぇ、この間の都市伝説の話なんだけどさぁ」
「ん~どうしたの?」
「その食べられた悪い悪魔って跡形もなく食べられちゃうの?」
「ん~そこまでは聞いてないけどね~。
あ、でもこういう話もあったかな?」
「え、何々?」
「食べられちゃった悪い悪魔の跡には天使が産まれるんだってさ。
正義の悪魔さんが悪魔を食べちゃったら」
「え~、それどういうことよ~。
悪魔から天使が産まれるの~?」
「アタシに聞かないでよ~。
ただの都市伝説よ都市伝説」
そう、これは都市伝説の一部。
巷で広まっている都市伝説の一つ……。
あたりは静寂に包まれていた。襲ってきた三人の神砕きも、学校と生徒を守っていた教師や警備員達も皆押し黙っている。
教師たちは不気味な表情を浮かべる少年、八咫 焔の言ったことに疑問符が浮かんでいた。
異端の[神砕き]との言葉に……。
この学園は神憑きの少年少女を保護し育成するための学校。
そんな学校が神砕きを入学させているという事態に驚愕していた。
静寂を破ったのは一つの可愛い音だった。
‐かぷっ‐
その音の元はドクターが発したものであった。自分の右薬指に噛み付いた音。
噛み付いた箇所からは血が流れていた。……いや、それは血であって血ではなかった。
その赤い液体は彼女の右手を覆いやがてその手は光に包まれた。
光り輝く手を大きな切り傷を負っていた人たちにかざす。
みるみる傷は塞がっていき……まるで何事も無かったかのような肌になる。
神憑きの能力の発現。それは自分に合った箇所に噛み付くこと。
同じ神憑きという存在、同じ能力であってもその噛み付く場所だけは人それぞれである。
ドクターの場合は右薬指。その位置に噛み付くことによって彼女は治癒能力を発揮できる。
光に包まれた手をかざすことによって皮膚の傷を治し、内臓であっても切開し内臓に直接かざすことによって治すことができる。
傷が回復したのを見た教師たちは焔に詰め寄ろうとする。だが、ドクターはそれを制した。
「いつも言ってるけど見た目塞がっただけだから安静にすること。
中まで治ったわけじゃないから傷すぐ開くわよ~。
そして……遅くなりましたけど、彼がこの学校を守るための切り札の一つです」
[切り札]。その話は教師間では広まっていた。この学校の様々な問題を解決するための人物が配属されると。
教師たちはざわついた。まさか神砕きがその[切り札]とは聞いていなかったからだ。
口々に言っていた。騙されているんじゃないかと。ましてやあんな不気味な姿の少年の何が[切り札]なのかと。
だが、そんな状況を見てもドクターは笑顔を浮かべた。それはドクター自身も思ったことだからだ。
ドクターは一つだけ言った。
「ちょうどいい機会です。この戦いを見てご判断ください。
彼はたしかに不気味で何を考えてるかわからない子ですが……ただのお人好しですから」
最後のお人好しという言葉に心底疑問を浮かべる教師一同。
そして皆、視線を少年に向けた。
目を見開き、神砕きたちと心底楽しげに笑みを浮かべながら問答している焔という少年に。
「ほっほっほっほ!」
教師たちの静寂がドクターの能力の発現で破られた頃、焔のいる戦場もジャミング型の甲高い笑い声で破られた。
一番奥で笑っているジャミング型だけでなく、その前に立つ他二名も小さく笑っていた。
その態度に名乗った側の焔とノワールは流石に不機嫌だ。
格好よく名乗ったつもりだったのだろう。たしかに異端の神砕きと名乗ったことに驚かれることはあれ笑われることはない。
だが、笑っているところは名乗りのそのものだったらしい。
「ノワール=ルシフェリア?と言ったかい?」
『ああ、そうだが?カマ野郎』
相当頭に来ているノワール。その下品なダミ声のトーンをさらに落とし、言うならばヤンキーのような声になっている。
カマ野郎と呼ばれ、ノワール以上に男っぽい声で反論するジャミング型。
まるでヤクザ同士の罵り合いである。
「おだまり!このにわか目玉!
いいかい?神砕きでファミリーネームを持つ者なんてそうそういないんだよ!
さては……焔とか言ったかい?そう、あんただよ」
いきなり名指しされたがまったく視線を合わせない焔。まるでその場の話を聞いていなかったかのような表情だ。
いや、その逆か。ジャミング型には興味を示さず、短剣を手にしている軽武装型と丈夫な腕を持つ強襲型に視線を集中している。
ジャミング型はそんな彼の態度も気に食わなかったのか、笑いながらさらに語気を強める。
「おい、そこの坊や!
そんな目玉があること自体変なんだって言ってるんだよ!
特殊メイクでひっつけて一人で腹話術でもし……ひっ!?」
‐ぐちっ‐
一瞬。
焔がいた位置にはすでに誰もいなかった。一瞬すぎて神砕き達も見失うほどに。
だが、笑い声を上げていた神砕き達の中で一人だけ焔を視界に入れていた。否、無理矢理にでも視界に入っていた。
なぜなら……その神砕き、ジャミング型の視界には焔しかいなかったからだ。
「ひぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁっあぁぁあぁぁあっぁあぁぁ」
突然悲鳴を上げるジャミング型の方を振り返る軽武装型と強襲型。そこには……数瞬前までは予測できない光景があった。
ジャミング型に焔が組み付いていたのだ。悲鳴の原因は見るからに明らかだ。
焔の右手がまるで槍のようにジャミング型の左目を貫いていた。焔は残った右目にその不気味な顔を近づける。
「五月蝿いなぁ。
あってもなくても変わらない節穴な目だろう?おれをこんな不気味な不純物と一緒にしないでよ」
『あんだと?てめぇの方が不純物だろうが!
てーか、カマ野郎。俺様を下手な手品と一緒にするとか酷いな、ったく』
酷く落胆したような表情の焔。その目はまるで線の様に細く、ジャミング型に対しての興味が全くないのが伺える。
ノワールも顎に見立てた指を動かし、ぐちぐちという音と共にジャミング型を罵倒する。
ノワールの動かす指が動くたび、ぐちぐちという音が鳴るたびにジャミング型は悲鳴を上げる。
「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああっっっっ!!」
そんな悲鳴にも離すのをやめない焔。そして指を動かし続けるノワール。
その残酷な光景に呆気にとられていた強襲型と軽武装型だったが、一旦飛び退き体制を整える。
仲間の危機ではあるが、すぐに向かわずに一旦距離を取る。その冷静さに感心する焔。
感情的に向かってくるかと予想し体勢を作っていた焔だったが……目を見開き嬉しそうに口をつり上げる。
「いいね~。やっぱりこいつは一番下っ端ってとこか。
能力だけ買われて持ってきたってとこかな?
まぁ、目貫かれてもジャミングやめないのは立派かな?」
そう、ジャミング型は異様に戦闘には不似合いの神砕きであった。
口数多く、さらには隙も多い。焔がほか二名に視線を集中させていたのもそれが理由だろう。
いつでも取れると。
相変わらず何も話さない強襲型と軽武装型。さきほど少し見せていた笑い顔はそこにはなかった。
最大警戒。
それもそのはずだ。瞬時に、それも気づかれずに二人の奥のジャミング型を潰したのだ。
そしてなにより……。軽武装型が口を開く。ピッタリしたライダースーツのラインと肩まで伸ばした髪ですぐに女性だとわかる。
顔は長い髪でよく見えなかったが、その声色は女性のそれであった。
「お前……いつ能力を発現した」
そう、神憑き同様神砕きも能力を発現するのには決まったひとつの行動がある。
焔にはそうした動作は見受けられなかった。もしここに到着した時に発現したとしても制限時間というものがある。
彼女、軽武装型の彼女が発現したナイフはどこに消えたのか見えなくなっていた。
隣の屈強な強襲型の腕も筋肉質な力強いものではあったが、少し前の鉄のような重苦しさはない。
その問に焔はニヤリと微笑むだけであった。
痛さで悶絶するジャミング型の頭からずぬりと右手を引き抜き二人に向き合う。
「さぁて、タネは自分で見破るのが楽しいよ。
ねぇ……楽しもうよ」
張り詰め静まり返る周囲の空気。
響くはジャミング型の悲鳴と能力の乱れのせいかスピーカーから聞こえる砂嵐だけ。
‐ザザザザザザ……ザザ……ザ…………ザ………………ザ……………………‐
ジャミング型の悲鳴が落ち着くたびに収まっていく砂嵐。
……不意にジャミング型の喉を踏み潰す焔。まるでうるさい虫を潰すかのような動作で……。
「がっっっっっっ…………」
‐ザ……………………‐
ジャミング型が気絶し静寂が支配した。
悲鳴もスピーカー雑音もなくなる。
その時……、軽武装型の女性が焔に飛びかかった。
同時に彼女は自分の髪の毛を口に近づける。
‐プチッ‐
まるで髪が抜けたような音だ。だが、それは抜けた音ではなく[髪を噛み砕く]音であった。
口に含まれた髪は次に口を開くときには既に綺麗なナイフとなっていた。
ぬるりと口からナイフを出す姿は艶かしいものであった。そのナイフ逆手に構え、焔の顔に向ける。
‐シュッ‐
避けた焔の数ミリ前を鋭い風が通り抜ける。寸でのところで避けたがすぐさま次の一閃が迫る。
横薙ぎの一撃。その一撃を足元のジャミング型を蹴り上げて防ぐ。
だが……。
「無駄」
ジャミング型に構わず横薙ぎの一撃を止めない軽武装型。
振り切り、ジャミング型の胸には横一線の傷が付いた。
その痛みでまた意識を取り戻すジャミング型。呻き始める。
呻き声を気にする様子もなく、三撃目……四撃目……と続ける軽武装型。
「早いね~。けど……!」
その動作を見切ったのか焔は一気に攻めに転じようとする。もし、彼が普通の人間であれば……。
[ここで死んでいたであろう]。
『危ねぇ!あほむら!』
その言葉で神経全てを張り詰める焔。目は見開いていたが口にはいつもの余裕はなかった。
気づけば強襲型の気配がどこにもないのだ。
いや、ないはずはない。ここは室内。そしてかれは2mを超える巨漢だ。隠れることは容易ではない。
だが焔はノワールの視線ですぐに場所を察し、体勢を無理やりひねる。
焔の視点ではまるで天井が落ちてきた感覚だっただろう。
‐ズドンッ!‐
強襲型は上から落ちてきた。天井を見るにコンクリートの天井に手足の指をめり込ませ機を伺っていたのだろう。
「まったく、容赦ない女性だと思ったらこんな攻め手があったなんて」
右腕をさすりながら軽口を言う焔。余裕そうだがどうやら先ほどの攻撃がかすったようだ。
右肩から腕にかけて大きく擦り傷が出来ていた。まともに受けていたら押しつぶされていたであろう。
だが、まともな傷ではない。ただの筋力強化型の強襲型ではないことに焔とノワールは察していた。
あの巨体を天井で指だけで支えていたとも思えない……。さらにあの[天井が落ちてきた]感覚。
(あいつ……まさか)
原則、神憑きも神砕きも一つの能力しか持つことはない。だが、稀に例外もいる。
二つの能力を発現できる者だ。
「ノワール、もしかしてあいつ」
『ああ、ダブルだ。今回のは稼げるな!』
[稼げる]。この言葉について少し怪訝な顔をする軽武装型。
まるで遊び程度にしか見られていないことに腹が立ったのか顔つきが厳しいものになった。
その顔を見た焔の真剣な顔が見るからに緩んでいく。
への字に下がった口角がニヤリとつり上がり、それはまるでU字の三日月。前口上のような口ぶりで二人に話した。
「これはこれは申し訳ないことしましたね~。
少し本気で……いかせてもらうよ!」
右手をまた悪魔の頭の形にする焔。しかし今度は上顎に見立てた中指と薬指、そして下顎の親指から牙のようなものが生えた。
それは既に[悪魔の頭のような]ではなく[悪魔の頭]そのものである。
その悪魔の頭を上に掲げようとする焔。だが、すぐさま軽武装型が割って入る。その顔には脂汗が滲んでいた。
それを軽く飛び退いてやり過ごす焔。やれやれといった表情だ。
「だめだよ~。
そういうのは戦闘の暗黙の了解から外れるんじゃない?」
刀から鞘を抜く、銃を懐から出す。そういった時には攻撃しないということだろうか。
だが、時すでに遅し……。彼の手にはいつの間にか刀身60cmぐらいの剣が握られていた。
「くっ……貴様、武装型だったか」
噛み砕いた先の物を武器や防具にする。そういったことをできるのが[武装型]である。
その大きさや発現する武器の種類から様々な種類があるが総称としては[武装型]となる。
だが、軽武装型の彼女には疑問符が浮かんでいた。それは最初に交わった時だ。
焔は強襲型の重い一撃を受け止め、掴んだ彼女のナイフにヒビを入れたのだ。
さらにジャミング型に向かっていったその瞬発力。そう、どれも腕力や脚力を操ればできる芸当。
筋力強化系の類と思っていた彼女は少し度肝を抜かれていた。
さらにもうひとつ。焔の噛み砕いた先だ。本来神砕きは自分の体の部位を噛み砕き武器とする。
焔が何かを噛み砕いた素振りはなかった。髪の毛をあらかじめ抜いていたのだろうか。
軽武装型は悩む。敵を知り、戦い方を練っていく。戦いの初歩も初歩だ。
が……焔の能力の種類がわかった時点で軽武装型の彼女の口元は緩んでいた。
そう、三つ以上の能力を発現は確認されていないからだ。
たとえあり得たとしても三つ程度。軽武装型は一旦下がり体勢を立て直す。
自分の能力だ。欠点もわかっているのであろう。さらに持っていると想定する能力は筋力強化系。
軽武装型の考えていることを見透かしたのか、焔は一気に間合いを詰めた。
軽武装型もすかさず髪を噛み砕き、またナイフを生成する……。そして吐き出すように焔の顔に吹き付けた。
今度のナイフはナイフというよりも針に近かった。さすがに驚いた焔は横に飛ぶ。すぐに軽武装型に向き合うが……姿がない。
周囲に気を張り巡らせる焔。だが、そこにはなにも居なかった。
いや、おかしいくらいに何も居なかった。先ほどと同じようにあの巨大な強襲型の姿もいないのだ。
焔は手にしていた剣を離した。その剣は手を離れるとふっと真っ黒い羽に変わりひらひらと地面に落ちる。
先ほどもおかしかったのだ。確かに焔は軽武装型の猛攻に耐えていたが、強襲型にも気を張っていたはずなのにいつの間にか消えて……。
その答えを見つけた時には神砕き二人の必殺の攻撃が焔に直撃していた。
‐ザクッ‐
‐ドスッ‐
焔の体が二つの音を鳴らした。
一つは焔の胸を貫く音。もう一つはまたもや頭上から落ちてきた強襲型の打撃。
そう……軽武装型も二つの能力を携えていたのだ。
「姿を消す……ステルス能力か……がく……」
『珍しい……物を……がく……』
そう、珍しい能力である。水を操ること以上に、炎を操る以上に珍しい能力。
おそらく遠めに見ていた教師たちもその能力に震えたことだろう。
なぜならこの能力があれば人を簡単に殺めることもさらうこともできるのだから。
「できれば使いたくなかったのですがね……。
ダブルの個体ならば仕方ないでしょう。珍しい検体ですし、殺さずに本部に届けるとしましょう。」
軽武装型はぐったりした焔の様子を確認し終えると次に教師の方に向かった。
そう、もう彼女たちの目的を遮る邪魔者は居なくなったのだ。
「わかったでしょう?この力があればあなたたちを何人も殺すことができる。
ですが、あなたたちも貴重な材料です。わかったら大人しく……ん?」
軽武装型は教師たちの表情を見て疑問を抱いた。
一人を除いて全員が驚愕にあふれた顔だったからだ。
そして唯一……ドクターの顔はケタケタと笑っている。
「あー、その口上、後ろのアホにも言ってやってみてくれる?」
軽武装型は何を言っているのかと思う。後ろにいるのはもうすでに瀕死の焔。
そして、後ろをついてくる強襲型だけだ。
だが、彼女は勘で飛び退いた。その後ろにいるのが味方の強襲型ではないと感じたからだ。
「あ~れ、気づいちゃった?ドクター、ヒントあげないでよ~」
『てめぇ、邪魔すんな!』
軽口を叩いているのはぐったりと倒れているはずの焔、そしてその右手のノワールであった。
軽武装型は目を見開いて驚く。口上を述べている間に焔は回復しさらに……。
「いつ倒した……」
強襲型も倒れていたのだ。後ろを振り向いた瞬間に。
ニヤリとした顔で焔は答える。どこかノワールも目だけではあるがニヤけている雰囲気が伝わってくる。
「あのデカブツ、筋力強化型と重力操作型だろ?だから天井に貼り付けた」
度肝を抜かれたような表情の軽武装型。なぜなら重力操作型も珍しい能力だからだ。
そんな珍しい能力を見抜き、対処する。そんな焔に軽武装型からは脂汗しか流れかった。
臨機応変に対応しすぎる焔。そんな彼に、そして確実に軽武装型のナイフは彼の胸に突き刺さったはずなのに。
まるでゾンビを見るような目で焔を見る軽武装型。その目線に気づいたのかさらにニヤリと焔は答える。
「ひとつだけ種明かししてあげるかな~。
答えはこれさ」
引っ張り上げたのは気絶したままのジャミング型であった。
そして彼の胸には……軽武装型のナイフが刺さっていた。
それを見て唖然とする彼女。そう、彼女が刺したのは焔ではなくジャミング型であったのだ。
「貴様……筋力強化型ではなかったのか……?」
「いや~たぶんだいたい合ってるよ~?おそらく~きっと~」
ひどくはぐらかす焔。
ますますわからないといった表情の軽武装型。
それもそうだろう。武装に筋力強化、さらに姿をくらますのならばジャミングの一種もあるのだろう。
能力は三つあるということになる。
と、強襲型が起き上がる。すぐに状況を把握し、軽武装型の横につく。
そして……信じられない一言を言った。
「女……、注意しろ。
アイツ、俺と同じ……重力使い。
しかも俺よりも強い」
軽武装型は驚愕した。いや、腰が抜けそうなほどになっていた。それもそうだろう。これではまるで能力が……。
「なんならもう一つ見る?」
そう言うと焔は右手を高く上げる……。その瞬間、焔の姿がまるで消えてしまった。姿もなければ気配も全て消えた。
「ステルス……嘘でしょ!?……くっ」
その言葉を発した瞬間軽武装型の彼女は何者かに掴まれる感覚に襲われた。
強襲型も軽々と持ち上げられる。まるで子供が持ち上げられるように。
そして……一直線に玄関へと連れ出された。
焔が二人をおろしたさきは校舎前にある広いグラウンドであった。
姿を現し、二人の前に立つ。
「ここなら思いっきり戦えるしね~。
さぁ、思いっきり楽しもうよ」
そう楽しそうに話す焔とは裏腹に二人の表情は恐怖にゆがんでいた。なぜなら焔の能力の量。現在発現したものは五つ。
まだあるかもしれないと考えてしまえばキリがないほどだ。二人の顔には脂汗が滲んだ。
必死に次の手を考える軽武装型。強襲型も必死に攻撃する機会を伺っている。
だが、最初に向かったのは焔たちであった。
『どうした!最初の威勢はどこいったんだかなぁ!!』
右手に拳を握る焔。そこにはノワールの血走り、嬉々とした大きな目があった。
すかさず軽武装型の前に立ち守りに入る強襲型。同時に爪を噛み砕いた。
砕けた爪は両腕に突き刺さり、その周辺から鉄化が始まる。そしてもう一度、今度は親指を噛む。否……。
‐ボリッ‐
噛み砕いた。そう、強襲型の重力操作の代償は親指を噛み砕くこと。
瞬間、辺りの重力が増した。これにはさすがの焔も苦い顔……と思いきや涼しい顔をしていた。
「忘れた~?おれも使えるんだよ?重力操作~」
そう、強襲型が発現した瞬間、焔も反重力を発生させたのだ。さらに焔はその半径を広げる。
その反重力の範囲は広大なものであった。強襲型の操作半径を簡単に覆い尽くし、全てのものを持ち上げた。
転がっていたサッカーボールも、設置されていた鉄製の重いサッカーゴールも全て持ち上がる。
「いっけー!シュート!!」
そういうと焔はサッカーゴールを木を足場にして強襲型めがけて投げつける。
とはいえそこまでのスピードはない。楽々強襲型は避けたのだが……。
避けた瞬間重力操作を解く焔。重力はすぐに元に戻る。
だが、強襲型の近くは……。
「ぐあっ!?!?」
そう、重力が増したままになっていた強襲型の周りだ。一瞬にしてゴールが強襲型の彼の上に降ってきた。
下敷きになった格好の強襲型。おそらく背骨でも折れただろう。
苦悶の表情を浮かべる強襲型。意識を失わないのがやっとといったところか。
『おい、焔。
あれハンドだろ?』
「ノーノー。
ワターシ、ナニーモ、シラナイーヨ?」
一人封殺し、上機嫌の二人。だが、次の刺客はすぐに首元にやって来た。
ステルス状態の軽武装型。焔の首元にナイフが襲いかかる。が……。
「みえてるよ!」
『見えてるぜ!』
ナイフごと手首を掴まれる軽武装型。ステルスの解けた先にあったのは脂汗にまみれた綺麗な顔であった。
もう戦意はとうの昔に喪失しているかの表情。だが、焔はそんな彼女にも容赦はなかった。
すぐに手首を掴んだまま姿を消す。
‐スパッスパッ‐
何かが何かを切る音を軽武装型が包む。
見えない何かに襲われる恐怖。すぐさま姿を消そうと掴まれていない小指を噛み砕こうとする軽武装型。
だが……。
「いっ……」
そう、たとえ神砕きとはいえただの人間だ。当然痛覚もある。
強い能力の代償の骨を噛み砕く行為はやはり精神的にも応える……。
戦意が先ほどから希薄なのはこの痛みもあるのだろう。
「無理しないの。大人しくちょっと楽しませてよ。
ステルスなんて珍しい能力[初めて]なんだから」
『ちーっと陵辱されな!』
軽武装型はその言葉に気づいた。小指を砕いた痛みで気づかなかった何を切られているのか……。
まずファスナーを切られた。首元から下腹部にかけての白い肌が露わになる。
恥ずかしさからかすぐに手で隠そうとする。だが、その隠そうとした腕は動かない。
『っかっかっか……。
隠すにゃ惜しい肌だからな……。』
軽武装型のもう片方の腕も取り、ぎりっと両手首を焔は左手で掴む。焔のその力強さに憔悴しきった軽武装型は反抗できなかった。
次に切られたのは背中から臀部にかけてスーッときっていく。綺麗な背中があらわになっていく。
やがてその拘束力を失ったスーツははだけ……様々な恥部が見える見えないかというあられもない姿になっていた。
「へ~、綺麗な肌してるじゃん。もうちょっと扇情的な衣服着てたら動揺したかも」
『っか。てめぇが色仕掛け通用するたまかよ』
焔は顔をノワールは目を近づけて彼女に軽口を叩く。
もう精神的に限界だったのか軽武装型は懇願してきた。
「あなたの好きにしていいわ……。だから……殺さないで」
瞬間、今まで興味で見開かれていた焔の目は薄く閉じられた。
ただ簡単に生を望んだ彼女に、もう抵抗する気力がなくなった彼女に興味が失せたのだ。
掴んでいた両腕を離し……。
「終わり」
そう言うと焔は胸に手にしていた剣を突き刺した。
「これは……」
体勢を立て直し、援軍も呼んだ教師たちがグラウンドに駆け寄ってきた。
だが、その状況は悲惨そのものだった。
大きな強襲型と呼ばれる神砕きはサッカーゴールの下敷きになり、女性の軽武装型と呼ばれる神砕きは胸を剣で突き刺されていた。
そう、悲惨。そんな形容詞が似合う惨状であった。
あとから一人の女性がゆっくりと歩いてきた。ジャミング型の片目を潰され胸を突き刺された彼を背負って。
だが、ドクターはこの惨状を見てもそれほど驚いた様子はなかった。
これが当たり前かのような態度で軽い口調で言いのけたのだ。
「おー、やっと終わったか。のろすけ」
と。
さすがに教師陣はドクターに対して不信感を抱かずにはいられなかった様子だ。
その中でも熱血そうな教師がドクターに詰め寄る。
「ドクター……。この状況を見てもよくそんな軽い態度でいられますね!」
「では片付かなくて私たちがやられて生徒たちが連れ去られてもよかったと?」
ドクターは酷く冷たい目で詰め寄った。そう、教師陣の言ったことは人道的に正しいのだろう。
だが、この結末でなければ被害を受けていたのは何物でもない。この学校の生徒たちなのだ。
しかし、教師陣は口々に言う。もう少しやりかたがあったのではないかと。
こんな残虐な方法ではなく平和的な解決方が、と。
そんなブツブツと話す教師陣の列を通り過ぎるドクター。
通り過ぎた後、振り返りまた冷たい目と声色で話す。酷く冷たい声で。
「だからずっと危険に晒してきたのでしょう。生徒たちを。
去年の出来事で……わたしの腹は決まっているんですよ」
去年の出来事。
その言葉が出ると教師たちは全員押し黙った。その出来事こそ悲惨そのものだったからだ。
押し黙ったのを見るとドクターは今度は優しい顔になった。
優しく、ジャミング型の顔を見る。そして次に教師たちを見て話す。
「見ていてください。
彼のなにが[切り札]なのか、お人好しなのか……。これから見れますから」
そう言うとドクターは焔の方へ向かった。
焔もドクターを見つけ、大きく手を振った。まるで無邪気な子供のように……血まみれであることを除いては。
どさっと焔の足元にジャミング型を無造作に置いた。
彼はもう息も絶え絶えであった。隣に並べられた軽武装型の息もヒューヒューと虫の息といったところ。
ゴール下の強襲型は呻いているが時間の問題だろう。
ドクターは焔に今回の戦いを見ていた感想を正直に言った。
「よくやった。平和ボケしたあいつらに現実見せられたよ」
そう、現実。
戦争が数年前あったとはいえそれは当事者たちだけの記憶に過ぎない。
さらにひと月たらずで終わってしまった戦争だ……。実感というものは薄い。
その中で保護の名目でこの学校はあるが……どうしても頼りないのだ。
襲われては逃げられる。それもこれもやはり人の姿をした神砕きをどうすることもできないからだ。
毎週のように事件が起こっていた。いつも寸でのところでやり過ごすが……。
今一歩及ばず連れ去られたり生徒に被害が出ないものの神砕きを撃退するのみ。
そして……去年、悲惨な惨劇が起きてしまった。
「今日、ダブルの神砕きが出てくるって[ラプラス]が言ってたからな。
お前を呼んでよかったよ、焔」
そう、ドクターは知っていたのだ。神砕き側が今回のような二つの能力を備えた神砕きがこの学校に攻め入ってくることを。
だからこその、契約。
「焔、覚えてるか?交換条件の契約」
忘れっぽい焔のことを心配し契約の内容を聞くドクター。
少し考えた後、たどたどしく答える焔。
「も、もちろん。一つ目はこの学校を神砕きから守る。
こっちは[アタリ]探しをこの学校でさせてもらえる」
一つ目、ということはまだ契約があるのだろうか。
だが、大事なこのひとつの契約を覚えていることに満足したのかドクターは笑顔になった。
そして……今度はノワールに語りかける。
「ノワール、そろそろ送ってやれ。
[死んだあと]より[生きてた]方が上質なんだろう?」
『わかってるじゃねぇか。それじゃ……』
ノワールはまた焔の右手で頭のような形を作る。
そして……今度は剣を作った時よりももっとハッキリと牙を発現させる。
一言。
『いただきます』
ノワールがそう言うと天高く右手を振り上げる焔。そして何かがその右手に渦巻いていく……。
黒く……禍々しい空気。
遠くにいた教師の一部はその気持ち悪さから嘔吐してしまう者もいた。
それだけの禍々しい邪気が……右手に集まっていた。
邪気が強くなるほどその足元にいたジャミング型と軽武装型の姿が薄くなっていく。薄く……薄く……まるで消えてしまうかのように。
その禍々しさもだんだんと薄まり……消えていく。そして……足元の神砕きたちは消えてしまった……。まるで渦の中心のノワールに食べられたかのように。
焔はそれを確認すると手を下ろす。下ろした右手のノワールは奇妙な物体を咥えていた。
丸い二つのボール状の透明な結晶。大きさは2cmくらいのが一つと10cmの大きなものが一つ。
その透明な結晶中には黒い結晶が包まれていた。漆黒の正十二面体を覆う透明な正二十面体。
それはまるでこの世のものではない綺麗な宝石であった。その漆黒の中にさらに何かがあるような気がするが……肉眼では確認できないようだ。
「う、うう……」
焔の足元で動く人影があった。だんだんと実体を作っていく何か。
それは先ほどまでジャミング型と呼ばれていた男性、そして軽武装型と呼ばれていた女性の姿だ。
だんだんと形作られていった彼らはやがてはっきりとした姿になった。
傷一つない、綺麗な裸の姿でそこに横たわっていた。そう、えぐられた目も突き刺された傷も何もない。
やがて軽武装型と呼ばれていた女性が目を覚ます。
「私は……なにを」
はっと焔の顔を見て思わず髪に手を伸ばす彼女。だが……髪を噛んだが……それが口の中で剣になることは無かった。それどころか……噛み砕くことすらできなかった。
「え……あれ?何故……。というか何故私髪を……?」
「何故ってそういうことさ。
もうあんたは晴れて普通の女性。
……いや、普通の[神憑き]さ」
興味のないような薄い目で焔は語りかける。だが、どことなく暖かく優しい……そんな雰囲気が今の焔にはあった。
ただの神憑き。
その意味するところはここにいる焔、ノワール、ドクターしか知らない。
だが、ドクターが意味深なことを言った。
「もう、[罪神(ついばみ)]に操られることもないさ。
もう、苦しむことはないよ」
そういうとドクターは彼女を抱きしめる。
抱きしめられた瞬間、彼女は泣き出した。今まで泣けなかった分だろう。泣いて泣いて泣いた。
もう軽武装型の神砕きでなくなった彼女はそれからずっとドクターの胸に顔をうずめて泣いていた。
その様子に飽きたのか残った強襲型に駆け寄る焔。
距離が離れていたために彼だけは[噛み砕けなかった]のだ。
「それじゃ、ノワールよろしく~」
『むにゃむにゃ、もうお腹いっぱいだお』
そんな冗談を言うノワールにしっぺをかます焔。
やはり自分の右手なのでノワールと一緒に悶絶するいつもの光景があった。
一件落着で笑い合う二人。先ほどの場所から去ったのも飽きたからではなくただ単に照れていたようだ。
二人とも照れ隠しのいい笑顔になっている。命の危険と隣り合わせの戦場で血みどろになりながら……。
だが最後にあるあの泣きじゃくっている彼女のような命を[神憑き]を救うために……。
彼女を見ながらノワールはつぶやいた。
『救えたな。また一人、二人』
そう呟くと感慨深そうに遠くを見つめるノワール。一緒にその細い目を遠くにやる焔。
二人はその遠くに同じものを見ているように感じる。何か大事なものを見つめる、大事な守りたかった物をみつめるような……。
血みどろの体、そして手を焔は二つの目で、ノワールは一つの目で見つめた。
「それでも……」
二人の悲しい表情がそこにはあった。すごく虚しく……遠い思いが交錯する。
だがふと……ノワールは意識を近くに戻した。じっと、残された救済すべき強襲型を見つめる。だがその表情は酷く疑問符があふれていた。どこか違和感がある。そんな表情。
そしてその表情はすぐに焦りとなった。
『おい、焔。……早く腕を上げろ!』
「えっ?」
その瞬間であった。強襲型の様子が変わったのは。
目は血走り、辺りの重力がおかしいことになっていたのだ。
戦った時とは段違いの超重力。そしてその範囲も広すぎた。グラウンドを覆い尽くしている。
さらに言うならば……強襲型の影が大きく膨れていた。見覚えのあるノワール、そして焔は冷や汗を流す。
先ほどの戦闘でずっと余裕を保っていた彼らが……だ。
「あー、ノワールこれは……」
『稼げると思ったが……。労力少なく稼ぎは良く~なんて……、上手くいかねぇよなやっぱ!』
強襲型の影が膨らんでいく。強襲型を押しつぶしていた重いサッカーゴールが吹き飛ばされるほどに。
そして……その影は一つの顔となった。いや、頭といったほうがいいか。
まるでノワールの右手を彷彿とさせるその頭は焔とノワールに語りかける。
『くっはっはっは!よもやここで覚醒できようとは!
感謝させてもらうぜ?王子様よ』
そう言うと影は大きく口を開いた。
‐ガブリ‐
そんな擬音が聞こえるようだった……。そして強襲型は闇に包まれ……異形へと姿を変えていった……。
「かみつきっ!」「第二話:清く楽しい戦いを♪♪」