u‐0 其三~夏祭編~

u‐0 其三~夏祭編~

※この物語はフィクションです。実在する人物・団体とは一切関係ありません。

 鎖された檻の中――ただ一人、焔に抱かれた。
 少女に罪はない――相違なく、その片鱗さえ。

      †

 箱を開けては閉じ、次を開け、また閉じる。幽霊は目当ての物を求め、押入れの隅に積まれたダンボール箱を相手に、この動作をひたすら繰り返していた。――それは、あの夜から丁度一週間が経過した、夕暮れ時の出来事である。
「…………あ。与式くん、あったよ!」
 幽霊は、ようやく見つけた捜し物を箱から引っ張り出して眺めた。
「お、あったあったー。ありがと幽霊さん」
 与式が求めていた――と言っても実際に捜索していたのは幽霊なのだが、箱から出てきた物とは、夏の風物詩とも言えよう〝浴衣〟であった。黒地に若干の白模様が浮かぶ、与式のセンスの光る一着であった。
「にしてもよー。紅くんも無茶苦茶だよな。前日になって突然『男子も浴衣集合だぜ!』なんて言い出しやがって……」
 本日は八月六日。紅に誘われて参加することになった夏祭は、既に翌日に迫っていた。
「東雲にはとっくに連絡入れといたし、もう後は集合するだけだな。っよし、風呂行くか……」
 部屋に浴室のない『東雲荘』に住む者は、必然的に公共浴場に赴かざるを得ない。与式はシャンプーと石鹼の入った百均の籠に手にし、タオルと着替えを手提げ鞄に詰めて玄関へ向かった。
「……んじゃ。留守番よろしく、幽霊さん。泥棒来たら呪っといてねー」
 と言って、与式はさっさとドアを閉めようとしたが、
「……与式くん。明日の夏祭、私も…………一緒に、連れていってくれない?」
 と、幽霊が不意にぼやいた。与式と目は合わせずに、廊下の隅の方を視界に入れて、そっと――。数秒ほどの沈黙が流れた。しかし、それをもどかしく思った幽霊は顔を上げ、与式の表情から返答を悟ろうと試みた。すると、与式は目を細めて一言こう放った。
「……いや。地縛霊だし、無理だろ」
 丁度言葉が終わるか終わらないかというところで、まるで幽霊の更なる懇願を塞ぐように、与式はドアを閉めて立ち去った。
「あっ、ちょっと待っ…………行っちゃった」
 だが、かくて幽霊が残念がるのは、やはり、地縛霊である彼女が外出するなどという願いが叶うはずもないと、彼女自身が自覚しているから――という訳でもなかった。

      †

「……憑依(ひょうい)?」
 陽もすっかり落ち、与式がさっぱりとした頭髪で帰宅すると、幽霊は先に喋りかけた事柄を語り出した。六畳間の卓袱台を挟んで聴いた彼女の話によれば、地縛霊であっても〝生者〟の霊魂に依拠することで、その生者との同行が可能になるそうだ。それを、彼女らの世界ではそう呼ぶらしい。
「うんっ。ただね、憑依にもいろいろ条件があって……まぁ、与式くん次第なんだけど」
 と言うのも、憑依における条件は、生者側に大きく関わるのである。
「……俺次第って、どういうことだよ?」
 すると幽霊は目を閉じて一呼吸置き、座り直してから再度口を開いた。
「まず、対象の人間に霊の姿が見えていること。それからもう一つ、対象の人間が霊に心を許していること。…………あ。与式くん、これだけかも」
 幽霊は、実際に述べてみると大方条件は満たされているのではないかと考え、胸の前でパチンと音を立てて合掌し、表情を明るくした。与式の方は、
「そうか、もはや地縛霊じゃないね。すごいや」
 と言って、もうどうだっていいやという様子でただ頷いていた。だが、同時に一つの違和感が与式の脳裏を(よぎ)りもした。そしてそれは、与式が幽霊と出逢った日から続いている一つの謎にも繫がることであった。
「……あのさ、幽霊さん」
 与式は感じ取った違和感から、あること確かめようとこう言った。
「幽霊さんは生前の記憶は全くないんだよね……。まあそれは関係ないとしても、幽霊さんは自分が幽霊ってことをはっきり自覚してるし、幽霊の仕組みみたいなものも熟知してる。普通、死者ってそんなに幽霊について詳しくはないと思うんだけど……」
 与式にしては、随分長々と喋った。であるが、確かに、『霊態』と『物態』の状態変化、憑依の条件など、彼女は人智を超えた自らについて妙に明るい。謎――すなわち、幽霊が何故幽霊になったのかという疑問に解くには、彼女が彼女を知り過ぎている理由を、与式が知っていなければならないと思った。しかしながら、幽霊は口を閉ざしたままであった。いつものような無邪気さがほんの少しばかり濁っているようにも見え、言いようのない焦燥に与式は語気を荒げ再度訊ねた。
「おい、教えてくれよ! 何を隠すことがあるんだよ。――それとも何だ。俺のこと信用してないとか、そういうことかよ……」
 しばらく、蟬声だけが微かに聞こえていた室内に、ようやく幽霊の声を耳にしたかと思うと、
「それは――。……与式くんも、いつかは知ることになるはずだから。人間はみんな、必ず〝あの子たち〟のお世話になる日が来る。私に力を貸してくれるのは凄く嬉しいけど、でも、与式くんの人生の邪魔してまで……この世に迷惑かけてまで、私は救われたくないよ」
 あの子たち――その言葉は何処か恐怖を感じさせた。そして何より、死者のみぞ知る、特別な事情があるのかも知れない。そう感じた与式は、逆に心配されてしまったことが恥ずかしくなって、急にいつもの無気力な雰囲気に戻った。
「……そ、そうか。じゃあ、えっと……夕飯、食べる」
 そのせいで変な返事をしてしまったが、幽霊はさして気にする様子もなく、二〇四号室には一瞬にして普段の空気が流れ込んできた。その後与式が夕餉を済ませるともう九時を回っていた。漆黒のノートパソコン〈ベシュロイニガー〉を開いて今週の資料をまとめると、明日の夕方までに一週間の疲れを癒すため、ゲームもせず布団を敷くことにした。
「……そうだ、幽霊さん。明日は外出だけど、白装束のままでいいのか?」
 突然、枕を置きながら与式が言った。
「えっ――そもそも、連れていってくれる……の?」
「おう、当たり前だろ。ただ……取り敢えずは、明日だけだからな」
 という言葉が終わるか終わらないかというところで、幽霊の表情は与式が知る中で最高の輝きを見せた。
「やった! ふふ……お祭なんて何年ぶりだろう」
 こうやってあからさまに喜ぶ姿が、やはり彼女にはよく似合う。そして一通り歓喜した後、幽霊は先程の与式の問いに答えた。
「私は、このままでいいよ。んー、でも、少しはお洒落したくもあるけど……あんまり頼りにし過ぎるのも悪いしなぁ」
 直後に与式が口を開こうとしたのを遮って、幽霊は更に言葉を続けた。
「明日には手に入れるから、与式くんは心配しないで眠って」
 と、優しげな貌をして与式に言った。それを聞いて、誕生会の飾り付けの一件を思い出した与式は余計心配にもなったが、そう言うなら。と思って就寝することにした。
「了解。じゃあ、おやすみ。幽霊さん」
 天井から伸びるみすぼらしい紐を引っ張って照明を消し、灰と白のタオルケットを被った。
「おやすみ、与式くん」

      †

 ――暗闇。草木も眠る丑三つ時。二〇四号室に、一つの人影が訪れていた。
「はい、これでいいかしら? ……。彼、あなたが見えるらしいわね」
 幽霊は黙って頷いた。
「分かってはいると思うけど、前にも説明した通り、憑依は生者にとって決して良いことではないわ。それを理解してね。……まっ、明日は楽しんでらっしゃい」
 幽霊が〝装飾具(ヘアゴム)〟を受け取ると、小さな人影は大鎌を手にして闇夜に舞い戻っていった――。

      †

 駅を出て開催場所へ向かう道中で、既に混雑らしきものが見受けられた。陽も西へ降り始め、茹だるような暑さが若干にも引いてくる時間帯ではあったが、こう人が集ってしまっては熱気が収まる気配もない。
「結局紅くんは返信なしか……。まあ、本部に集合って話だったし、取り敢えずそこに行けばいいだろ」
 田舎育ちの与式は慣れない人混みを掻き分け、左手首を気にしながら目的地へ向か――おうとするも、不意に立ち止まって背後を見た。
「……おーい。行くぞ」
 そこには、辺り一面に目を見開いて驚愕と感動を味わう白装束の女が一人立っていた。しかも、その装いに反し、長い黒髪は可愛らしく結われている。
「すっごーい! しかも久々~。本当いつ以来だろう、こんなに大勢の人見たの!」
 念願の外の世界を訪れた幽霊は、実に生き生きとはしゃいでいる様子だった。生ける者にとっては当然過ぎる光景の中を、あんなにも喜々として歩く姿は何処となく微笑ましいものであった。だが、左腕を高々と揚げ、重力に浴衣の袖を捲らせて腕時計を見やると、約束の時刻が近い。
「早くしないと間に合わねーから」
 と言って、幽霊を連行した。念のため述べておくなら、憑依は霊魂を拠点とするために、その持ち主である生者から大きく離れることはできない。与式が動けば、幽霊の躰は半ば強制的に引っ張られていくのである。
「あーん。ここのエクレア、ちょっと見せてよ~」

      †

『ウィッチ! 今どっち? 新天地~♪』
 ようやく到着すると、無数のスピーカーから尋常ではない音量で音楽が流れていた。その上、ここへ来る途中に同じ曲を三度は聞いた気がする。与式はただ喧しいなと思っていたが、幽霊にとってはそんな騒音も感激の種となり得るらしい。そんな幽霊のことはさておき、与式は、既に到着しているであろう紅と明日風を目で探した。すると――
「…………あ。居上さん、こんばんは」
 背後から、囁かれるような形で声を掛けられた。明日風だ。突然の不意打ちを食らい与式が振り向くと、そこには、与式にとって更に驚くべき光景があった。
「東雲…………お前、それ」
 明日風が(まと)っていたもの。それは紛れもなく浴衣だった――但し、黒地に若干の白模様が浮かぶ。
「ぐ、偶然だな。びっくりしたよ」
「そう……ですね。私も驚きました」
「これじゃお揃いみたいだな。……そういや、紅くんはまだ来てないのかな」
 音信不通で集合場所にも不在となると、与式も少し心配になった。だがそれとは反対に、明日風はけろっとした顔で、
「見てはいませんけど……多分、欠席だと思います」
 と言っている。何だかどうしたらいいか分からなくなった。
「まあ、急な用事とか、あるかも知れないしな。取り敢えず、行くか……」
 このままただ待っていても仕方ないと思い、与式は明日風を連れて行くことにした。周囲をぐるりと見渡すと、日暮れから始まる花火を見物しようと準備する家族や、猿回し劇場を訪れる人々など、実に皆、様々な楽しみ方をしていることが見て取れた。
「ねー与式くん、屋台回らない?」
 幽霊が、早速提案してきた。与式はそれに返答することなく、
「じゃあ、屋台回るか。この道ずっと向こうまで店出てるから、今から行って丁度花火に間に合いそうだしな」
 と、明日風に提案した。
「そうですね。……行きましょうか」
「与式くん。ほら、行こ行こ!」
 白い髪に黒浴衣。黒い髪に白装束。彼女らを交互に見た与式は、何とはなしに、オセロの石を想起した。
「っよし……行くか」

      †

 屋台は、川沿いの大通りの両側にずらりと並んでいた。その賑わいに目を楽しませているだけでも趣深いものであったが、少し小腹も空いたので、早速何かを購うことにした。
「与式くん! ……ここどう?」
 幽霊が最初に指差した先にあったのは、
「『有名な有名なオコノミ=ヤキ』……って何だ。この店、興味深いな。――って言っても、まだソース系食べるほど腹減ってはないかなァ」
「……居上さん。ここは、どうですか?」
 今度は明日風が、とある店を指差した。
「『危険なカキ氷(笑)』……って、ふざけた名前だな。何だ……この店シロップがフラスコに入ってんのか、気持ち悪い。……東雲、ここは何か店名通り危険そうだし――あっ、あそことかどうだ」
 与式の指の先に位置していた店……その名も、
「『437㣺++』……何屋だろ、あそこ」
 気になって店に近づくと、ようやくその言葉の意味すること――否、正しい読み方を理解した。
「『チョコバナナ』……みたい、ですね」
「これは読めないねー。お店に並んでるチョコバナナ見ても、一瞬分かんなかったもん」
 読めない暖簾(のれん)に惹きつけられた与式らは、ここで最初の腹ごしらえをすることに決めた。そういえば、祭に来ること自体が久々だった与式には、その食を味わうことも久しぶりの出来事だった。そんな考えを脳内に巡らせていると、店主の方から声を掛けられた。
「んぁい、いらっしゃい。三本でいいすかねぇ?」
 細身の男性は、首を突き出して与式に問うてきた。与式は首肯する直前、何かおかしいと思ったが、言われるがまま三本買った。
「んぁい、毎度」
 作りたての方から三本のチョコバナナを受け取って、与式らは店を後にした。与式に一本、明日風に一本、そして、もう一本は取り敢えず与式が持って歩いた。
「……どうして、一本多かったんでしょうね」
 明日風は不思議そうに首を傾げている。だが、より奇妙に感じているのは与式の方である。まさか、あの店主には幽霊の姿が見えていたとでも言うのか。
「…………神かよ」
 しかしだからと言って、与式とて単なる人間である。中には見える者もいるかも知れないと思い、自分の中で、何となく解決させた。
「ねぇ、与式くん。次は何処行く? 焼きそばもいいし……胡瓜の一本漬なんてあるんだ! あっ、童心に返って射的っていうのもいいんじゃない? それから……」
 幽霊は、彼女にとっての〝非日常〟に興奮しているようだった。まるで生まれて初めての体験かのような振る舞いは、彼女こそ童心に返っているのではないかと感じさせた。
「……おい、あんまりはしゃぐなって」
 目を輝かせ、無数の屋台に胸躍らせる幽霊を制止しようとする声も届かず、与式は最終手段を選択することを余儀なくされた。その最終手段とは――
「――幽霊さん!」
 与式は、周囲の喧騒と彼女の鼓動を掻き消すほどの声でその名を呼び、
「んっ、何ー?」
 と、穏やかな面持で振り返った幽霊の口元を目掛け、
「ihbf挿wq……!」
 と、言葉にならない言葉を発してチョコバナナを振り翳した――
「! んっ……あァふ」
 ――瞬間、チョコバナナは見事に命中した。
「……ったく、これでも食って大人しくしてろ」
 突然の出来事に、幽霊は一瞬自分の身に何が起こったのかを理解できずにいた。しかし、まもなくして状況を把握すると、すぐさま不快極まりないといった表情をしてモノを抜き取った。
「んもー。……けほ、そんなに無理やり突っ込まないでよ! ……けほ、危ないでしょー?」
 幽霊は少し噎せながらそう言った。そして意外にも、チョコバナナを与式に突き返してこう言った。
「物には順序ってものがあるの」
「はァ……?」
 急に冷静になった幽霊に与式は困惑の色を隠せなかった。それでも、幽霊は一つ咳払いをしてから語り始めた。「幽霊はねー、『物態』で普通に食べるのはできないんだけど……『霊態』なら、食べられるの」
 唐突に新しいことを喋り出した幽霊に、与式はただ呆然としていた。と言うより、頭の中で少し分析してみても、やはり彼女の言うことはよく分からない。そもそも『霊態』とはこの世との物理的影響を受けない状態なはずである。それで何故、食物の摂取ができるのかということが与式には不明だった。
「『霊態』で、どうやって食うんだよ……」
 与式が素直に訊いてみると、次はこう返ってきた。
「えっとね。幽霊は食事だけは例外的で、供物(くもつ)っていう扱いになるんだけども、食べ物を私の前に置いて合掌してくれると、その食べ物の魂が抜き出て『霊態』でも触れられるようになるわけなの! ……まぁ、ずっと二〇四(あのへや)にいた訳だし、食べたことは、ないんだけどね」
 黙って聴いていた与式は、幽霊の話が終わるや否や、
「へえ。そうなんだ」
 とだけ言った。いつもの如く、無気力に。
「またそれー? もう少し私に関心持ってくれてもいいのにっ」
 幽霊は呆れた貌で、しかし何処か楽しそうに言った。こんなさっぱりとした与式が、幽霊は好きだった。

      †

「綺麗……ですね」
「そうだなー。この瞬間だけは現実を忘れられるよ」
 沢山の人でごった返す河川敷にどうにか隙間を見つけて腰を下ろし、与式と明日風、そして幽霊の三人は、次々に上がる花火を眺めて夏の夜のひとときを満喫していた。真っ黒のスクリーンに浮かび上がる色とりどりの光の華が、爆音と共に無数に弾け飛んでいく。
「ん~。これも美味しい」
 ずっと上を向いていた顔を横へ向けると、幽霊が林檎飴――もとい、林檎飴の魂を舐めながら、皆と同様に上空を見つめていた。本物の林檎飴は、丁度幽霊と話していたときに明日風が買ってきたものだった。幽霊の透き通った瞳に映る光を見て、与式はふっと微笑んだ。その間も、花火は止むことなく、夜空に昇り続けていた。
「ずっと、こうしていたいな」
「? どうか、しましたか」
 珍しく明日風が反応した。だが、突然そんなことを隣で言われても、彼女が困惑するのは当然だろう。これは失言だったと思い、与式は慌ててこう言った。
「い、いや、良い雰囲気だなあ……って思ってさ! ほら、こういうの、なんて言うんだっけ――」
「――詠嘆、ね」
 林檎飴を片手に、幽霊がそう言った。
「あ、そうそう。詠嘆だよ、詠嘆。やっぱり日本の夏はこれだよなー……はは」
 そんな与式の言葉を聞いて明日風はしばらくきょとんとしていたが、すぐに納得したような貌をして、
「確かに、そうかも知れませんね」
 静かにそう言った。そして、明日風はまた視線を上に向けた。氷のような、綺麗な横貌だった。

      †

 グランドフィナーレをその目に焼き付けた後、一気にその場から離れる人の波からようやく抜け出してやっと駅に着くと、今度は皆そこに集まってきていたようだった。三人はやっとのことで二人分の切符を買い、超満員の電車に乗り込んだ。乗客は皆綺麗に着飾っていて、夏祭の土産物を手にしている者も少なくなかった。途中に中央駅で一度乗り換え、『東雲荘』の最寄りに到着すると、明日風とはそこで別れることにした。
「じゃあ、今日はありがとな。久々に楽しめたよ」
「……いえ。こちらこそ、連れてきていただいて良かったです。また、何かあったら誘ってください」
 と言っても、元々誘ってきたのは紅なのだが。
「おう、そうだな。次はちゃんと紅くんにも来てもらってな。それじゃ、おやすみー」
「はい。おやすみなさい……」
 そう言うと、明日風は与式に背を向けて去っていった。その背が人波に呑まれて見えなくなると、与式もいよいよ帰路に就くことにした。
「与式くん。今日は本当に楽しかったよ」
 とぼとぼと『東雲荘』へ向かって歩み出した与式の隣で、幽霊は宙に浮かびながらそう言った、実に楽しそうに、満面の笑みを浮かべ。
「そうか……それは良かった」
 与式はそう言うと、閑静な町を更に進んでいった。

      †

「はー、疲れたー!」
 二〇四号室に着くと、与式は大の字になって横になった。幽霊が与式の魂から離れていつもの地縛霊に戻ると、憑依の代償か、与式は突然強い疲労に襲われた。
「ごめんね。やっぱり、外出は控えた方がいいかも知れないね」
 幽霊は申し訳なさそうに言った。すると、与式は大の字になったままでこう言った。
「いいよ。その……つまらなくはなかったしな。偶になら、連れてってあげるよ」
 そう言うと、与式は寝返りを打って幽霊の方を見た。幽霊は瞳に光を浮かばせて思った。ずっと、彼とこうして過ごしていたいな、と。
「残念ながら……そうもいかないわよ」
 不意に、六畳間に女の声が響いた。部屋の隅に黒い炎のようなものが立ち込めたと思うと、そこから、大鎌を携え闇色のフードを被った小柄な少女が一人現れた。その姿を一言で表現するなら、そう――
「死……神?」
 驚嘆する与式などお構いなしに、少女は一言、こう告げた。
「……居上与式。お迎えに来たわ」



    (其四へ続く)

u‐0 其三~夏祭編~

 ご読了、お疲れ様でした。君代紅圓です。前回予告致しました通り、この度革命が起こる予定だったのですが、ちょっと先送りになりそうです。申し訳ありません。
 さて、今回も〝分かる人には分かる〟が多発した回になりましたね。いろいろありますが、与式くんの謎の台詞が気になった方は、是非調べてみてください! 多分見つかるはず。そして……また長くなりましたね。内容が深まったわけでもないのに。それから新キャラも登場しましたね。あの死神っぽい女の子、気になりますね。次回は、今回のラストシーンからそのまま始まる――かと思いますので、どうぞお楽しみに! あと全然関係ないうえに今年は既に過ぎてしまったのですが、四月一三日は東雲さんの誕生日です。是非お祝いを(笑)。
 それでは、次は秋か冬か――早めにお会いしましょう。

u‐0 其三~夏祭編~

彼女を知ることは、魂を識ること

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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