スイカズラの花

旧友が、変わってしまった。

良い匂いにつられて。

この道を曲がると、盆栽畑。
その家の横に、スイカズラの花畑。

ああ、咲くのはこの季節だったのか、と私は妙に感慨深く思った。
小さいころ、「良い匂いのする花」として、スイカズラを道先で摘んで集めて遊んでいたのを思い出す。
その内桑の葉で指を切って、「だから触っちゃいけないって言ったのに」と引率の大人の人に怒られたのを覚えている。
あの時は、痛い痛いと、わんわん泣いたっけ。

つつじの花の、蜜を吸っていた時代。
今の子は、知っているんだろうか。
まるでちびまる子ちゃんのような少女時代であったなぁと思う。夢のように過ぎたあのころ。

「ただいまー」
家に帰ると、父が車越しに隣人と仕事の話をしていた。
「おかえりー」
この父の妙に無邪気なところが、人を寄せ付ける所以だな。タバコを吸いながら優しい目をして話し込む父を横目に見ながら思う。
犬の足を拭こうと鎖を離すと、たたたたーと廊下を走って行ってしまい、「ああー」と声を上げる。
母が「やー、早く捕まえてー!」と叫び、潔癖症だな、と私は追いかけて犬の首根っこを摑まえた。
足を拭いてやると、「がうう」と唸るので、「こら」と軽くはたく。

お昼頃、母とざる蕎麦を食す。
「こののど越しが、なーんとも」と無意味に言うと、母が「たまりまへんなー」と言った。
私と母は、空気感がそっくりだ。

最近、不審電話が何度もなるので、私は母の見ている前で、とうとう出ることにした。
畳に座り、姿勢を正して、「はい」と出ると、旧友のUであった。

久しぶり、会えないかな。

そう言うので、会うのは、ちょっとね。自分のしたこと忘れた?と聞くと、

それでも、会えないかな。

と、嫌に深刻そうに言う。

じゃあ、近所でならいいよ。
そう言うと、ありがとう、と弾んだ声で返す。

母が「大丈夫か」と聞いてきたので、「まあ、刺されはしないでしょ」と言って、出ていった。
彼女は昔から変にめかし込んだところがあったが、私はそのまま、普段着で行った。

近所の家の前で待っていると、派手な女が近づいてきて、「こいつは危ないな」と思い顔を背けていたら、それがUだった。
「久しぶりー、なんか、痩せたね」
そういうあなたは、すっかり厚化粧になって。私は無言でそう言った。
Uは、所在なさげに、私の手を取り、ぶんぶんと振ってから、妙にハイテンションで、「私、今度結婚するんだぁ」と言った。
「ふーん」と返すと、狼狽えたようになり、「だから、Kには知っておいてほしいなって思って」と、要するに今は付き合っている友達がいないか、また例のごとく私に自慢したくなったかのどちらかだな、と思い、私はもう昔の私じゃないぞ、と見せつける思いで、「おめでとー、今この場で言っとくよ」とそう言外に、「式には出ねーぞ」と言った。
Uは、相変わらず幸が薄いというか、ふわふわと地から浮いていそうだ。

「Kには、そういう人、いないの?」

「いないね、相変わらず」

こんな田舎じゃ見つからないよ。
そう言うと、Uは少し傷ついた顔をした。
いらいらとして、私は「あのね、U」と、手を取って、道の端に寄った。

「人はいつまでも同じじゃないし、子供みたいな幻想で結婚なんてできないし、現実は厳しいよ。友情がきれいなものだなんて思ってるなら、誠意を見せなきゃいけないのに、いつも裏切ってくれたのはUだよね。そんな奴の式に、誰が出ようと思う?男ともね、寝ればいいってもんじゃないんだよ。子供なんてできたら、事だよ、責任とれんの?その子が死にそうなとき、体張って止められる?その覚悟あんの?」

聞けば、男は前にUにDVを働いた男だという。
私はいらいらとして、静まってからこう言った。

「わかった、今まであんたをほっといた私にも責任がある。あんたが一人前になるまで、私が指導してあげるから、頼むからその男とは別れな」

そう言ったら、Uは、

「やっぱ、羨ましいんだ」

と、鼻で笑った。

私は言葉を失い、そのまま後ろを向いて立ち去った。スイカズラの甘い匂いが香る。
Uはもう、取り返しのつかないほど阿呆になった。

「親が金持ってるからってえばんじゃねーよ!絶対あんたより幸せになってやるー!」

後ろでUが、哀れなほど悲痛な声で叫んだ。
誰かに言わずにおれなかったのだろう。例えそれが、10年音信不通だった私だとしても。
U、あんた、この10年誰とどう過ごしてきた?

痛々しいほどの赤い口紅が、匂いの強いスイカズラを連想させて、私は項垂れたくなった。
私が精神的に向上したなら、あんたは何もかも恵まれていたくせに、どんどん下へ落ちていったのか。
私の知らないうちに。

それが何が原因でかはお互い分からない。
しかし私は実際、幸福者であった。
そのことが痛感させられた、ある日の出来事である。

スイカズラの花

創作意欲が湧いてきました。

スイカズラの花

映画チックに。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-29

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