金魚鉢の中
私は金魚鉢の中。
ある朝起きたら、金魚鉢に入っていた。
布団の中で寝返りを打つ。
こぽぽ、と音がして、寝息が泡となって浮かんでいく。
その音で目が覚めた。
さっと起きると、髪が水に浮いて揺れた。
鏡を見ると、水の中、ベッド以外は砂が敷かれ、私は人形のように、小さな人間となって、金魚鉢の中にいると分かった。
虹色に鉢の淵が透けて見える。
「うーん」
金魚鉢の外、寝ている人間がいる。
どうもそれは、私らしい。
私の部屋に置かれた金魚鉢に、私はいて、外には大きな私がいる。
私は私に飼われている。
案外、驚きはなかった。
泡を指でつつきながら、「そうか、私は私を飼っていたのか」と納得する。
心なしか、手にうろこが点いているように見える。
ピッと音がして、テレビが点いた。
外の私がのそのそと起きる。
大きくて顔は見えない。
ぱらぱらと餌を振られて、一つずつ手に取ってぱくぱくと食べていると、「次のニュースです」と外の音がくぐもって聞こえ、まるで音楽のように反響して響いて、きれいだった。
「あれー?」
外の私は、不思議そうに鏡を眺め、こちらを眺め、やがて普段は着ないワンピースに着替えて、化粧をし出した。
ヘアアイロンまで当てて、念の入り用。ベッドにもう一人いる。男のようだ。
そういえば、私は金魚を対で飼っていたな。
そう思い出し、その動向をじっと見る。
女の方は外に出ていき、次に男が起き上がった。
ぼーっとして、テレビを見てから、私の方を見て、ぽつりとつぶやいた。
「俺は案外、あんたの方が好きだったよ」
どう取っていいのかわからぬ。
しばらくすると、男は空になったコーヒーの瓶を持ってきて、水と一緒に私を入れると、ジージー蝉の鳴く中外に出て、カンカンと階段を下り、車に乗ってばたんと扉を閉めた。
暫く車で走る。
どこかの山中。
ぴーひょろろ、と鳶の鳴き声が聞こえる中、岩肌を昇り、川の上流を目指す男。手には私。
「さあ、行きな」
湖に着いたところで、瓶を逆さに振られ、私は空中に躍り出た。
ぱしゃんと水に落ちたところで、ぱちんと目が覚めた。
自由の喜び。
それを味わった胸をどきどきとさせ、私は金魚鉢を見た。
二匹はこぽこぽと、泡を立てて泳いでいる。
ああ、放してやろう。
そう思った。
とある夏の日。
金魚鉢の中
簡潔に。