昼下がりの雨

遊びの作品。

「怖いわねえ」「怖い怖い」老婦人たちがささやきあった。

大学を出て、喫茶店へと向かう。
僕はがやがやとしたところは苦手で、三回生だというのに学内のネイチャースクールも兼ねた喫茶店が未だ苦手だ。
悪いやからとはつるまない。フジロックフェスティバルには興味があったが、「いかにも」という感じがして遂に行かずに終わりそうだ。
それより路上ライブや、地下ビルの中で無償でCDを配り歩いている人たちの方が「らしい」という感じがして、僕は好いている。

最近は財布事情もあり、あと父が体が弱ってきたと聞いて、自分の健康管理について興味が湧き、自販機でも100円の水しか買わない。
友達に言うと、「せめてボトルウォーターって言えよ、水って、お前」と、僕の老衰ぶりを心配された。
食事は必ず味噌汁を作り、ご飯抜きの切り干し大根か豆腐で食べる。
それを徹底していたら、すっかり痩せた。
女の子の友達に誘われて料理教室など顔を出していたら、マダムの友達がすっかり増えて、今じゃ冷蔵庫はお惣菜で飽和状態だ。

その子を連れて、水族館や実家の方の田舎の散歩道など歩いていたら、「良治君、なんか、いいね」と言われて、手をぎゅっと握られた。
慌てて僕は、「君の彼氏に殴られることはしないよ」と言って、冷たいふりをした。
女の子は拗ねた顔をして、今の彼氏がやたらうるさいこと、自分の趣味を押し付けてくることなど話して、ぶーたれた。
僕は車を走らせながら、「この子とも、お別れかな」とそう思った。

ある日、本屋から出て、友達との待合場所でせっせと立ち読みをしていた。
するとそこへ、一台のボルボが大音響で曲を流しながら止まり、中からぬっとでかい男が出てきた。

見ていると、のしのしとこちらへやってくる。
後ろには、あの女の子。

こういう輩が多いから、大学とか、若いとかって嫌なんだよな。

僕はぱたんと本を閉じ、すぐにダッシュで走り始めた。
「待てゴラ」と後ろから大きな声。
僕は日ごろから夜のランニングで鍛えているから早い。
あっという間に距離を取って、知り合いのマダムのビルのインターホンを鳴らし、「匿ってくれませんか」と玄関口で言った。
ピーッと音がし、扉が開く。
僕は重厚なそれを潜り抜けて、エレベーターに乗り、マダムのいる8階へと向かった。

エレベーターを降り、赤いじゅうたんとオレンジの洒落たランプの照らす廊下を歩いて、マダムの部屋へたどり着いた。
がちゃりと玄関を開けると、ヒナ子さんが「さあさあどうぞ、入って」と入れてくれた。フランス調の赤いドレスが可愛らしい。
「あらあらどうしたの」と美菜緒さんがソファから立ち上がり、タオルを手渡してくれた。

「いえ、軽く、運動をね」

僕はそう言って、インターホン越しに「出てこいやゴラ!」と抜かすゴリラを親指で指さした。
「あらあら、怖いわねえ」「ほんと、怖いわあ」
ヒナ子さんと美菜緒さんは、姉妹のように笑ってそれを見ている。
しばらくすると、警備員が来てゴリラを引率していってくれた。

僕は携帯を取り出し、女の子にかけて、「面倒はごめんだって言ったはずだよ」と言った。
彼女は、「だって別れたかったんだもん」と泣いて見せ、「あのね、僕は、ゲイだよ、さっきの奴も、タイプだ」そう言うと、ぷつっと向こうから切れた。
窓越しに覗いたが、8階ではわからない。

「あらあら」「まあまあ」
ヒナ子さんと美菜緒さんが、びっくりした、という動作をゆっくりとして見せた。

三か月後、とうとう僕は大学で浮き、僕は田舎へ帰ることにした。
山の中、日暮を聞きながら歩く。
父の作業所へ着き、「本気で弟子入りします、しごいて下さい」と頭を下げた。
父は、「学歴は、良いのか」と聞き、僕は「そんなもんより大事なもんがここにあるでしょう」と言った。

「遊びの時間は、過ぎたんだよ」

今では僕は、ユンボの乗り方を勉強し、ゲーセンで毎日鍛えている。ただひたすら、草刈りの日々。
これに耐えられなかったら、他の仕事を探せ。父は言外に、そう言っている。

僕は、32歳のバツイチ主婦の、京子さんが気に入ってる。京子さんは謙遜するが、僕はこの人となら、やっていけそうだ。
なんでかって、毎日職員全員分の長靴の泥を落としてくれる。
弁当を用意してくれる。僕の好きな切り干し大根。
僕の冗談に、いつも乗ってくれる。

その日、仕事が終わった後で、京子さんが「危ないから、懐中電灯持って行って」と手渡してくれた。
途中まで、見送ってくれる。
橋のたもとに来たら、「あ」と京子さんが言った。
「蛍」

パアーッと、闇の中に、奇跡みたいな光がたくさんで、そのうちの一つが、京子さんの髪に止まっていた。
取ろうとしたら、「こんなところに」と京子さんが手を伸ばして、僕の肩に止まった一匹を人差し指に乗せて見せてくれた。

「ね?」

僕は、この人と付き合おう。心からそう思った。

昼下がりの雨

書きたいこと書きました。

昼下がりの雨

あらあら、まあまあ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted