プールの匂い

可愛い可愛い、小さな優ちゃん。

傍を通ると、ばちゃばちゃばちゃ、とバタ足の音が聞こえた。

優ちゃんが、小学校に通っている。

優ちゃんと言うのは私の小さな従弟で、犬目当てに昔はよく通ってきた。
親と私が仲が悪く、優ちゃんは次第に足が遠のいていったけれど、どうしているかぐらいは聞く。
こないだは小学校に入学して、今年初の夏休みを迎えた。

優ちゃんは、親に何を吹き込まれたか、私のことを「おばちゃん」と呼ぶ。
まだお姉さんな年齢だが、敢えて無視する。「はーい」と返事して、優ちゃんに罪はないんだ、と念じる。
私の母が人好きな人で、私はインテリ。優劣の差を付けられているのは明らかで、叔父叔母は容赦がない。

それはいつの間にか他の従姉妹達にも波及して、私のことを嫌うものが増えた。
母にその話をしても、お気楽、というより自己中な母は「そんなことないってー」としか取り合ってくれない。

今に取り返しのつかないことになる。

そう思っていたら、ある日、叔母に、「主人の会社が危ないかもしれいない」と相談をされた。

なぜ私に、親を通せ親を。そう思って席を立つと、追いすがってきて、「あんたしかおらんのよ。貯金、結構持っとんのやろ?」と聞いてくる。
私はぶちぎれた。
無言で500万の貯金の内50万を引き出すと、目の前に戻ってきて、ばしっと叩きつけ、「手切れ金じゃ、二度と顔見せんな」と言った。

その後、叔父叔母夫妻は何事もなかったかのようにまたうちと付き合いを持とうとしたので、ことのいきさつを親に話し、「なんだその話は」と信じられないといわれたが、貯金通帳を見せ、最近叔母が車を新しく買ったことなど考慮に入れて、「腹が黒いかもしれない」と、母は警戒の色を見せ、年だから父には黙っていろと言われ、母が一人で話を付けに行った。

その後、叔父夫妻は離婚し、叔父は優ちゃんと慰謝料をがっぽり取られた。今でも仕送りをしているらしく、げっそりと痩せた。
従姉妹達の私を見る目も少し驚きを含んだものに変わったが、どうということもなく、私は誰とも関わりを持つまいと決めてかかっている。

しかし小さな優ちゃんが、まだそこの小学校に通っているのかと思うと胸が痛む。

プール開きの声がするたびに、優ちゃんを無意識に探してしまう。
プールの近くを通ると、「華絵ちゃーん」と呼ばれた気がして、はっと振り返った。

ばしゃばしゃと、子供たちの遊ぶ声と音が聞こえる。
あの中に優ちゃんがいるわけではない。
そう思う、思うが私は動けなかった。しばらくその場に立ち尽くした。

プールの匂い

心苦しいですが。

プールの匂い

優ちゃんは、私の小さな従弟だ。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted