草原

庭からつづく草原を駆け降りて
海辺で，波間に小舟が揺れていた。
時刻は午後の二時、僕の黒く縮んだ影は
砂に濡れた外套のように脱ぎ捨てられている。

庭で遊んでいる僕の妹に別れを告げるために
大声で叫んでみた。
風，あゝそうだ，風に吹き上げられた僕の声は
駆け降りてきた草原を駆け上り，
僕の家に，
たった一人で待ち続けている妹に，
『もう，誰も帰りはしないのだ。』
『おまえは，町にでるんだ。
　そして，働き，いつかは，
　おまえの家族のことは忘れて，
　この，草原に，風に吹かれていた家のことも，
　おまえを愛していた兄のことも，
　そのような時間が存在していたと
　不思議に思うときがやってくるのだ。』

僕は，再び小舟を見た。
誰もいない小船の上で
懐かしい君の白いブラウスが風に吹かれている。
これが，僕の希望か？
この白い一枚の布切れが，
僕の心を捕らえ，
僕の家族を失わせて，
僕の前に広がる名もない空の青と海原に漂う記号か？

いつも見てきた夢の結末は、
繰り返し，回転していた無数の時間の束から
再び，君にまみえるために，
僕に用意された現でしかないのか。

ここは何処なの？
わたしは，何者になったのか。
わたしに，投げ返されるあの熱ある物は。
どのようにして，わたしはもとあるところから運ばれてきたのだ。