緑茶を冷やして

冷やしたお茶が一番美味い。

氷を三つ浮かべて飲む。

最近、よく寝ている。

朝、5時ごろに起きては、母を見送り、どことなく拭き掃除をこなした後、テレビをつけてよく眠る。これが10時ごろ。
最近古本を段ボールで大量に買ったせいか、体があちこち痒くなる。犬もまめに風呂に入れてやる。

国宝さんを見ていたら、パシャリパシャリと舞妓さんを撮るおじさんなど出てきて、夢の中でふすま越しに、ばあっと出て写真を撮っているような光景を見た。
その後体が痒くなり、また掃除をしようと思うのと、風呂に入らねば、と思う。

犬がめっきり、散歩に行かなくなって、こちらはだいぶ楽になった。
人が買い物に出る時だけついてくるのだ。なんとも気まぐれ。

とりあえず、まめにせねばなるまいよ、と思う。
読書をして、寝て、気持ちよく過ごす。変なニュースは見ない。

ハト麦茶を飲みながら、「氷だしの緑茶が飲みたいなぁ」と考える。
この間作ってみようと試したが、まったく氷が溶けなかった。
少しだけ出来たのを、犬にあげたらとてもおいしそうに飲んでいた。
「愛情がわかるかい」と聞いてみるが、素知らぬ顔をしている。

この間父が帰ってきたとき、お茶を出すときに、咄嗟に氷を入れてあげたのを思い出した。
父は「それでこそ礼儀」とでもいうかのように美味そうに飲んでいた。
自分が食べたい、飲みたいと思うものを人にあげることこそ本当の思いやりだと思う。

毎日おいしいご飯を買ってきてくれる母のありがたさを身に染みて感じる昨今である。
それがわかるから、人の行為やら尊厳やらを無下にする人のどこがいけないかがよくわかる。そういった人は日々からぼうっと浮いて見える。

お金を稼ぐだけでもない、食べ物に凝るだけでもない。食欲に負けることこそ恥と知る、そういった毎日を送っている。
人に強制はしない。その人はその人の稼ぎでやればいい。

うちの兄など、本当に美味しそうにご飯を食べるので、なんともこちらもお腹が空いてくる。
見事な食べっぷり。福があって良いではないか。

もしも幸福の形があるとするなら、それは奇麗に整理整頓された布団の上。
喉が渇いた時に用意されたお茶の器。滋養のある果物の果肉の中。

自分の部屋にいると落ち着くように、日差しを浴びると暖かいように、離れた人と連絡が取れると満足する。

そんな光が、思いやりの中に溢れている。
例え無視されても、倒れた大木に小さな芽吹きが付くように、心遣いは意外な結末を寄せる。

けして押し付けがましくなく、目立たない思いやり。
優しさは緑茶に浮かぶ氷に似て、ふわふわとたゆたっている。
そんな感じだ。

では、頂きます、と箸を持ち、会釈してから、鰻に箸をつけた。

緑茶を冷やして

本物の思いやりを。

緑茶を冷やして

筆が進むままに。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-27

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