お年頃
先生は仰った。
優しいばかりが、正しいのでしょうか。
先生、最近私は、悩んでしまいました。
仲良くなりたい人にやさしく接していたら、「取り入るのがうまいから」と言われてしまい、それから自分の作風やら、何から何までただ単に優しいだけに思えてしまい、少し力を入れたら、途端嫌われ者。
私より不良な人はたくさんいます。
でも、私ばかり責めるんです。都合がよくて、私は人間というものがほとほと嫌になってしまいました。
先生だって、そのうちの一人ではないかと思えてしまい、こういった相談をするのも、どこかで囁かれはしないかと心苦しいです。
先生、どうなんですか。
「その質問には、一つだけ真実があるね。まず、私は友達がいないから、みんなみたいに噂して歩くこともしないし、それに縁者である君を、嫌うわけがない。きっとその子は優しくなくて、自分にない部分を持った君に嫉妬したんだろう。実際、君はよくできた子だから。それにね、嫌われてちょうどよかったんだよ。そんな輩のご機嫌伺をしているようでは、いつ良いように使われてしまうか分かったものではなかったからね。君は悪縁を切ったんだよ」
「この世の中、悪い大人はたくさんいて、きれいごとばかり並べます。選り好みしては、あんまり出来のいい君を手に入れたくて、意地悪したりからかったり、はたまた醜聞を流したり。君の足を引っ張りたくて、スキャンダルを待ってみたり。君は世の中の真実を今学んでいるところなのです。だから、そんな君を笑う誰からも相手にされない人間など、放っておきなさい。寂しい者同士、お似合いじゃないか。君のクオリティは決して低くはないし、君はそんな輩に交じって誰かを蹴落とすなんてできないだろう?」
先生はそう言って、たばこをふーっと吐いてから、「大体ね」とまた仰った。
「そんな悩みを持ってること自体、世の中に十分に相手にされている証であって、君はモテているということだよ。贅沢だよ、そんな悩みは。見た目がいいのに、それに伴う器がない。君はまだまだ、子供だよ」
ぐうっと唸って、それを聞く。
「こんな状態は求めていません」と言うと、「それが贅沢だというんだよ」と先生がまた仰った。
「それを利用して跳ねあがらんとするくらいの気概を見せればいいのに、君は全くお人好しで、人をだますということをしない。君の才能は文を書くことにあるというなら、そのまま世の中をだまくらかしていれば良かったのに、本当のことまで書いてしまうからいけないんだ」
確かに、私は先日ある失態をした。
しかし誰にも言っていないのに、それを先生まで知っているということ自体、非常事態だと思うのですが、そう言うと、
「だからね、君はそれだけ注目されてるんだよ。今後の動向にもうちょっと自信と注意を持てよ。君はただでさえ気が弱いんだから」
「男だって、こうおバカなんじゃ寄ってこないぞ」と先生。
それは余計なお世話です、そう怒って言うと、先生はたばこをすぱすぱ吸って、
「君には、もうちょっと、欲というものがないのかね」
こう仰った。
欲、それだけは持つまいぞ、と思いつつ、「はあ、漫画くらいは、買いますが」と言うと、
「馬鹿か」
そう言われた。
それから将棋を指し、ぱちりと王手を指すと、「それだけ頭が良くてなぜだまされる」と先生は嘆かれた。
要するに、私は世間知らずなのだそう。
でも、善行に励んでいるうちは、まだ救われる気がするんです。そう言うと、
「それは君の善処だが、時に良いように使われるぞ」
と先生はにべもない。
「とにかく、もうちょっと警戒心を持て、頼むから」と言われた。
土産の桃を剥いていると、先生が「君が小さいころ、ここで蟻の行列を眺めていたなぁ」とつぶやいた。
「小さな手で、石を置いたり棒を置いたり、蟻の巣穴を掘ってみたり・・・」
「君は、暴君だったよ」
そう先生は言って、笑った。目じりのしわが優しい。
「そんな風に笑ってくださる方が、私の目の前からどんどん消えていく」
そう桃を持って真剣に言ったら、「それでも君は、恵まれてる」と先生は言って、たばこを消した。
「僕にはそんな人すらいなかったんだから」
蚊取り線香の香りが漂って、縁側が夕日色に染まった。日暮が鳴いている。
私はぬるくなった桃を食べながら、先生とぽつりぽつりと、本の話などして静かに盛り上がった。
二匹のバッタが、桑の葉の上で出会い、跳ねて一匹がどこかへ行った。
お彼岸のころ。
お年頃
嘘もつけない私ですが。