餃子の味

兄がいつも遊びに来る。

兄はいつも、先に行ってしまう。

最近、10年音信の途絶えていた兄と再会した。

偶然本屋で出会い、「あ」と私が言ったら、「あー」と兄が言った。
兄は流行りの漫画を数十冊まとめ買いしていた。私は文庫本一冊。

「まだそんなの読んでるのか」
兄がいい、私は「こういうの読まないと馬鹿になるよ」と言い返した。電車の中、家に向かう。

実家につくと、兄はまず仏壇に線香をあげにいった。私は兄の漫画を読みふけり、「ほーら、やっぱりお前もおたくだよ」と言われ、「しょーがないじゃん」と本を投げて返す。

夕飯どうするー?と聞かれたので、「王将でよくない?」と言い、王将の餃子を食べに行った。
兄はチャーハン追加。大盛りで。

最近の調子を聞かれ、「相変わらずだよ」と答える。兄に聞くと「こっちもさっぱりだ」と答えた。

駅前で、じゃあ、明日な。そう言って、兄は去っていった。

普通の人。兄はそんな感じ。

帰ると、一人のリビングが広い。
兄は洗練されてるよなーと思いながら、兄の置いていった漫画を読み漁った。

次の日、兄がスイカを下げてきた。
私は「これから犬を買いに行くんだけど」と言うと、兄は「あっそう」と言い、漫画に夢中だ。
私は予約していた喫茶店で、柴犬を受け取り、飼い主と「この子をどうか、よろしくお願いします」と頭を下げに下げて、老いたその犬を連れて帰った。

「つーよーしー」

兄がそう言って犬を撫で、「なんでつよし?」と聞くと、「だってそんな感じすんじゃん」と兄は答えた。つよしは困り顔で、されるがままだ。
「つよしー、今日からここが家だよー」
そう言って畳に上げると、つよしは強く私の顔を舐めた。昔から犬には好かれやすい。

「猫も飼おうよ」

兄が言い、「それもいいかもしれないね」と返した。
子供のころの夢を一度に叶える。そんな感じがした。

「お昼はー?」と聞かれ、「冷凍餃子がある」と私はつよしの世話をしてやりながら軽く答えた。
兄は今日も、帰っていく。

「遊びに来てんだな、要は」
そう思った。

銭湯に来た。
割と近所ででかい銭湯。
滝に打たれたり、サウナに入ったり。
出てきたら兄と鉢合わせた。
「わ」と言い、兄は「おっ」と言ってお互い驚いた。
兄は昔と比べてずいぶん痩せた。
そのことを神社の前で言うと、「まあ、人生の楽しみが減っちゃったからなぁ」ともっともらしいことを言った。
みーんみーんと蝉が鳴いている。

午後、一階に下りると、兄がマッサージチェアに座って漫画を読んでいた。がたがたと肩が揺れている。
つよしが寄り添っている。

「今日母さん、旅行から帰るってさ」

そう言うと、「おー」と兄は言い、やはり漫画をぱらりとめくった。
私はDVDを見ながらつよしの毛づくろいをし、コンビニにガリガリくんとコーラを買いに出かけた。
つよしは大人しく待っている。

「良いわんちゃんですね」

若い子にそう言われて、ちょっと照れた。
お互いにありがとうございましたーと言い、コンビニを出る。
つよしを忘れかけて、「わん」と吠えられ、慌てて取りに帰った。
家に帰り、兄にコーラを手渡し、私はガリガリくんを食べた。つよしにちょっとやる。

「読み終わった」
突然兄がそう言った。
「じゃあ俺、帰るわ」
やはりな、そんな気がしていた。
「まだ私読み終わってないから置いといて」
そう言うと、「んー」と兄はつよしを撫でながら返事をし、「じゃ」と玄関を出て、すたすたと歩き去った。

兄はいつでも早目だった。ポケモンブルーを誰よりも早く手に入れ、誰よりも早く一人暮らしを始めた。
そのくせ、縁は切れない。

三時ごろ、「ただいまー」と母が帰ってきて、「何!?この犬は?」と驚き、私は「つよしだよ」と答えて、母のお土産を開いた。
風呂上がりに、母と高麗人参パックをして寝そべりながら、弟の話をした。

「あの子はね、もう入っとく人なのよ」

ニコチン中毒から逃れるため病院に入れた弟の身の上話。今はとても、穏やかなのだそうだ。

「どうにも、お金さえあれば、生きていけるよ」

そう言って、私は涙ぐむ母を慰めた。そっと手を握る。
パックしてるから、目もきれいになるわー。
そう言ったら、母が噴き出した。

つよしが突然立ち上がり、ぺろぺろと母の顔を舐めだし、「やーん」と言って母が逃げた。

翌日、つよしを連れて、畑に入っていたら、小さいキュウリができていた。
取っていたら、「お前畑やってんの?」と兄がスクーターで立ち止まっていた。
「ほれ!」とキュウリを投げて、「今年は、もう駄目だ」と笑ったら、兄も笑った。つよしが尻尾を振った。

「母さん、今日のお昼は?」
汗だくになって帰ると、母が「じゃーん、王将の餃子」
あんた、好きでしょ?好き、と言いながら、だって痩せやすいもん、と餃子を食べた。
父の買った立派なテーブルがごつごつして痛い。
つよしがあーんと口を開けたので、魚肉ソーセージを分けてやった。

夜、勉強していた。
エンドウ豆の栽培方法が知りたくて、図書館から本を借りてきたのだ。
いろいろと主張があるなぁと思いながら眺めていたら、父からメール。
「北海道はスキーシーズン」と写真付きで、「滑れんの?」と送ると、「いいや、見てるだけ」とビールジョッキを片手におっさん達と仲良さげにしている様子が写っていた。

「あなたのご予定は?」

そう尋ねてきたので「しばらくは畑一色」と書き、「犬買いました」と送ると、「明日見に帰る」と返ってきた。

相変わらず適当だなぁと思いながら、母に「明日お父さん返ってくるってー」と二階から叫んだ。
「えー」と母が言った。

うちは一家バラバラですが、とても楽しい我が家です。
つよしが突然、月を見てわおーんと吠えた。

餃子の味

割と実話。

餃子の味

つーよーしー。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-26

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