幸せそうに笑うからよ。

ちくわ・粘土・水族館

「隣いいですか」「はい、どうぞ」
 彼女と初めて交わした言葉。化粧っ気のない地味な顔立ちと、上から下まで5千円以内で済んでしまいそうな服装。その日隣に座っている間も弾むような会話はなく、次に会っても彼女を覚えていられる自信が、私にはなかった。
 しかし、
「ここ開いてますか」「はい。…あれ、もしかして先月の」
 翌月再び、今度は私から彼女の隣に座ることになった。電動ろくろを回して粘土を成形する彼女の横顔は相変わらずの地味さだったけれど、真剣そのものだった。
 月に一度の陶芸教室。暇を持て余しなんとなく見ていたサイトで、イケメン若手陶芸家が教室を開くことを知った。先生とどうにかなりたいわけではないけれど、この教室には「あわよくば」と思っている女性がたくさんいるはずだ。そして私もそのひとりだった。
 いつの間にか彼女とも顔なじみになり、話し相手になり、教室の休み時間に一緒にご飯を食べるようにもなった。私はだいたい、ちくわときゅうりとマヨネーズを挟んだホットサンド。彼女はいつもお弁当を持ってきていた。
 本当は私もお弁当にしたかったけれど、最初に彼女が「ホットサンドなんておしゃれ!」と瞳を輝かせて褒めてくれたことや、彼女のお弁当がいつも色とりどりで可愛らしいことを思うと、とても実行できなかった。
 彼女は地味で、美人でもなくて、服装もありきたりで、話すことも記憶に残らないくらい取り留めのないものばかりだったけれど、私のことを良く褒めてくれた。
「いつも綺麗だね」「何のシャンプー使ったらこんなに綺麗な髪になるの」「スタイル良いからきっとどんな服も似合うでしょう」
 その言葉はどれもとても嘘には聞こえず、私はとても気分がよかった。彼女が私に媚びて得をすることはないから、いつも単純に思ったことを口にしているのだと思う。
 彼女に会うたびに私の自尊心は保たれ、優越感に浸ることができた。
「先生に褒められちゃった。次の展覧会に出してみないかって」
 ある日、彼女が嬉しそうにそう話してきた。その手の中の花瓶には、水族館の大水槽のように様々な柄が楽しげに散りばめられていて、とても可愛らしい。
 別に、人よりいい作品を作ろうなんて思っていない。展覧会なんて出したいとも思わない。私の作品は私の作品で個性も味もあると思うし、先生に褒められたこともある。でも、褒められるために作っているわけではない。
 だから、よくわからなかった。
 どうしてこんなに自分の心が揺さぶられているのか。どうしてこんなに腹の底に黒い感情が渦巻くのか。
 わからないまま、一人残った教室で乾燥棚に置かれた彼女の作品に触れた。そのまま指先に力を入れると当然のように花瓶は棚から落ち、足元で砕けた。
 砕ける直前、浮かんだのは彼女の幸せそうな笑顔。
 小さな声で冗談のように、どこかで聞いたようなセリフを吐いた。心の黒い靄はいつの間にか消えていった。

幸せそうに笑うからよ。

幸せそうに笑うからよ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-25

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