一分の幸せ
三題話
お題
「目の毒」
「金欠」
「幸運な一日」
日がな一日、僕達はこうして歩き続ける。
晴れの日も雨の日も、暑い日も寒い日も。
とはいいつつ季節的に寒いと感じることは今のところないけど、そのうち寒い季節になれば、その通りになる。
残暑の厳しい九月の初め、僕達はいつものように汗を流しながら歩き回っていた。
「うう、今日も暑いね」
「……だな。出来るだけ日陰を歩こう」
そして今日も天気は快晴。陽が陰ることは期待出来ないから、建物によって作られた日陰を選んで歩く。
「あ、発見!」
たたたーっと小気味好く走り出すミツナ。僕もその背中を追いかける。
かちゃ、かちゃ。
「ん、なにもないや」
「それが普通だからな。一応下も見てみよう」
下の隙間を覗き込むが、目当てのモノは見付からなかった。
「うーん、ハズレみたいだね。次行こうか」
「うん」
僕とミツナは歩く。どこまでも。
そして暗くなって家へ戻る頃にはくたくたでへとへとになっている。
汗を流しながら階段をひたすら昇り、重たい金属の扉を開けると、風が吹き込んできて汗ばんだ身体が冷やされてゆく。
周り一面の夜景、晴れた日には星空が広がるこの場所は、建築途中で放置されてしまったとあるビルの屋上。ここが俺達の住処。マイホーム。
「あれ? 私のパンツが一枚足りない……」
「今日は結構風があったからなあ。どこかに飛ばされたんじゃねえの」
「……これ以上減ったら替えが無くなっちゃうよ。買うお金もないし」
泣きそうなミツナをなだめてから少し周りを見てみると、フェンスに何かが引っかかっているのが見えた。
黒い小さな何か。
近付いてそれを拾い上げると、見覚えのある布だった。
「おいミツナ、あったぞ」
「ちょちょ、ありがとうだけどもう少し配慮してほしいかなあ。私、一応女の子なんですけど」
「はん、お前のパンツなんて見慣れてるから何にも感じねえよ」
「ひどっ!?」
俺達は洗濯物を集めて再び重たい扉を抜けて中へ入る。
さっきまでいた屋上へと出るための小さな部屋。エレベーターはあるが動いていない。階段で下の階へ降りて、ベッドが置いてある部屋へ移動する。
「それで、私からひとつ言いたいことがあるのですが」
ミツナはベッドの上に正座して俺に向かい合って片手を上げた。
「改まってどうしたんだ?」
「このままだと生活費が来月までもたないと思います」
「そうだなあ。やっぱ自販機巡りはだめか。むしろ道に落ちてるお金のほうが多かったりするし」
今月は自販機を巡りおつりの取り忘れを期待して歩き回っていたが、大した収穫はなかった。
一応サイフの中を見てみるが、心許無いというレベルを通り越していて目の毒だ。
「初めから二人でバイトしておけば……まあ私も人のことは言えないけど」
「ふふふ、実はお前には秘密にしていたが、俺には秘策がある」
「な、なにそれ? そんなにすごいの?」
「これを見てみろ!」
俺はズボンのポケットから一枚の紙切れを取り出してミツナに見せ付ける。
「これは……た、宝くじ?」
「そうだ。先週拾った。ちなみに当選番号の発表は今日だから、明日の新聞には載るだろう」
「…………」
「ん、どうした。急に黙り込んで」
ミツナは俺の両肩に手を置き、哀れむような表情でこちらを見ている。
「お兄、現実を見ようよ」
妹から全力で諭されてしまった。
…
そして次の日。
公園のくずかごで今日の新聞を手に入れて、ミツナと二人でベンチに座る。
俺は一枚の宝くじを取り出し、ミツナは当選番号が載っているページを開く。
「大丈夫だ。星座占いでは二人とも一位だったぞ。しかもすげー幸運に恵まれるって」
俺とミツナは誕生月は違うが星座は同じだ。
「そうだね。きっと良いことが起こるはず」
宝くじの番号と、新聞の当選番号を、ゆっくりと慎重に見比べる。当たりを逃さないように、一つずつ確認してゆく。
どきどき。どきどき。
「あ!」
「ああ!」
俺とミツナは顔を見合わせる。
二人で何度も番号を確認する。
再び顔を見合わせて、
「当たったー!」
「三百万ー!」
大声で喜びの声をあげた。
占いどおりの幸運な一日。奇跡な一日。
これだけあれば、一生というのは無理にしても、しばらくは大丈夫そうだ。
「あっ……!」
「ん、どうしたんだミツナ。三百万が当たったのに元気が足りないぞ」
「お、お兄、こんなこと言いたくないんだけど……」
ミツナは俯いて言いよどむ。その様子を見て、俺は何か嫌な予感がしてもう一度番号を確かめてみた。
「……ああ、まさかこんな漫画みたいなオチになるなんて」
まさか前回のモノが落ちていただなんて。
「お兄、短い夢だったね」
「あ、ああ」
真面目にバイトを探そう。二人でそう誓いあったのだった。
一分の幸せ